ハッピー・ウエディング
〈春寒し親御の目には涙かな 涙次〉
【ⅰ】
私(作者・永田)は、每日の執筆の後、特にすることもなく、ぼんやりテレビを眺めてゐた。
「楳ノ谷汀アワー」と稱された、輕い報道番組 -報道とワイドショウの兩方を兼ねたもの- が始まつた。楳ノ谷のナレーションとそのキャプションがこの番組の導入部となるのであるが、それには...「なんとカンテラ一燈齋、戸籍取得、此井悦美と結婚!」私は愕然とした。中野區役所の英断だなこりや。さう思ひ、目は、思ひは、テレビに釘付け。いつも漫然と流してゐるテレビを、今日は食ひ入るやうに観る羽目になつた。
【ⅱ】
カンテラと悦美さんの挙式- かあ。世の中捨てたもんぢやないなあ。おまけにカンテラの人間名「神田寺男」と云ふのが洒落てゐる。だうせじろさんが付けた名前だらう。
挙式は、カトリック、プロテスタント、神前、佛前の如何なるものにも当て嵌まらぬ、「魔導」婚式の様相を呈してゐて、楳ノ谷の云ふには、テオくんの提案に依るものだと。
白無垢の悦美さん、白い紋付袴のカンテラ、の前には、護摩壇が置かれ、その後ろに、カンテラの「修法」の師匠、橘川靜禅師が、立つてゐる。護摩壇に、カンテラの古びた隠棲處であるカンテラ、が投げ入れられた。彼は住み替へをするのだと云ふ。護摩壇から取り上げられたカンテラ(=外殻)は、すつかりリニューアルされた新品だつた。恐らく、視聴者は、「魔術のやうだ」とひとしなみ、思つた事だらう。それは確かに「魔術」であつた。
カンテラにはテオくんが、悦美さんにはでゞこちやんが、お稚児さんのなりをして、介添へ人(介添へ猫、か)付き添つてゐた。黑いタキシードのよく似合ふじろさん、和装の澄江さん(相当髙価な着物だと思ふ)は目の涙を拭つてゐる...
【ⅲ】
安保さん(いつもの袖口の擦り切れたスーツに職工用の帽子姿)が友人代表として、スピーチ「思へば、【魔】退治の日々は、新郎にとつて靑春の日々でありました。これからも、神田寺男、必ずやこの大東京を護つてくれるものと期待し、また、新婦に於きましては、そのよきパートナーとして、仕へてくれるものと期待し、私のスピーチに替へさせて頂きます」こゝで、やんやの拍手。客席には村川佐武ちやん、雪川組組長・雪川正述の姿も見えた。
杵塚くんが、これはジャケットにデニム、と云ふ輕装(服装は各人の自由だつた、と云ふ)で、ハンディヴィディオキャメラを回してゐる。「龍」の牧野は、珍しい脊廣姿で、やゝ堅苦しいのか、いつもの元氣なく、坐つてゐる。由香梨ちやんも余所行きの洋服を着て、ペパーミントの葉の載つたアイスティーを飲んでゐた。
橘川師は熊野の修験者と云ふ身でありながら、わざわざこの友人であり弟子であるカンテラの為に、駆けつけたのだ。會席者には熊野、とカンテラの聖處である秩父、の野草をふんだんに使つた、精進料理が振る舞はれた。これはグルメ垂涎ですねえ、などゝ楳ノ谷、埒もない事を云つてゐる。さう云へば、彼女と杵塚くんの戀は、だうなつてゐるのだらう。
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〈挙式なり魔導士新郎魔退治の日々を思ふか新婦は如何に 平手みき〉
【ⅳ】
悦美さんは、結婚式に付き物の、白塗りを必要とせぬ程、色が白い。多分、透き通るやうな白い肌、と云ふのは、彼女の為にある言葉だらう。
お召し替へが濟んで、豪奢なドレスを着た彼女は、もぐら國王の戀人・朱那と歓談してゐる。立派な體型の國王(こゝでは杉下要藏名)は、殊の外、盛装だと映える。ノータイで、茶色のハリスツイードのジャケット・胸ポケットには紫色のチーフ。肉しか食はない彼にも、たまに精進は良からう。髙いものを着て、髙いものを食べる事に慣れた人たちの寄合ひで、全く、貧乏文士の私などは、溜め息が出てしまふ。
【ⅴ】
と、こゝで、酒に少しばかりふらついてゐたじろさんが、きりつとした顔モードに切り替はり、タキシードの上着を脱いだ。カンテラに、差し料、傳・鉄燦を投げ渡し-
式場の外には、(式場自體は結界の内にあつた)「はぐれ【魔】」たち迄まで詰めかけてゐたのだ! 楳ノ谷「なんと云ふ事でせう! 挙式の締め括りは【魔】退治! これもカンテラ一味の業でありませうか!!」
やれやれ、彼らに休息の時はないんだなあ、などゝ思つた私は、彼らの【魔】退治迄もばつちり捉へた映像を消し、埼玉の陋屋の換氣扇下で、煙草に火を點けた。恐らく、テレビ局がこのエキサイティングな画像の為に稼いだ視聴率に感謝して、仕事の代金を支払ふのだらう。一千萬(圓)と云つたところか。
と云ふ事で、神田寺男ことカンテラ、じろさん、テオくん、悦美さん(勿論神田姓になつたのだ、彼女は)、杵塚くん、牧野の日常に變はりは、ない。未來永劫、【魔】と対峙する、まさしく「業」のなせるところに、着き従つて行くのみであらう。
私はまた、PCに向かつた...
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〈祝詞讀む譯でもなき魔集ふ春 涙次〉
お仕舞ひ。次回からまたカンテラ一味の冒険が始まります。作者としては、ひとゝきの安らぎを彼らに與へたかつたが、さうも行かなかつた。ぢやまた。アデュー!!