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転生面接  作者: 深川アオ
2/7

1.一人目 - 45歳/男/元アスリート

 一人目の希望者は元柔道家という大柄な男だ。

 狭い面接室でなぜそこまで大声を出す必要があるのかと思うような声量で名を名乗り、パイプ椅子に悲鳴をあげさせながらどかっと腰掛けた(なんでパイプ椅子なんだろう。予算不足なのか? 神のくせに?)。

 ひとまずエントリーシートを見ながら話を振ってみる。

「在学時代にインターハイ出場。卒業後はオリンピックに出場ですか。すごいですね」

「いやあ、大したことはないですよ」

 男は確実にそうは思っていないと分かる得意満面の笑みで手を振る。

「子供の頃から体がデカくて暴れん坊だったものでね。こいつは早めに体育会系の世界に入れて上下関係ってのを学ばせにゃいかんと思った親父が柔道教室に入れてくれたんですよ。おかげで人生のほとんどは柔道漬けでね。まあ、そのお陰で多少は目立つ成績も残せたし、現役引退した後も柔道教室を開いて後進育成に励んでたんですよ。なかなか繁盛してたんですがねぇ。運悪く病気をやらかしたもんで、こうして思ったより早くあの世まで来るはめになっちゃったんですよ」

「はあ。まあ正確にはここはあの世とこの世の狭間ですが」

「ああ、はいはい。それでですね、このまま天国に行くのも別にやぶさかじゃないんですよ、俺は。でもせっかくの機会だし、もし転生ってのができるならやってみるもの悪くないかなと思ったんですよ。俺はこの通り柔道一本でやってきたんで、知らない土地で体一つでやってくのも平気だし、いざとなったら戦うことだってたぶんできますからね。ぜひやらせて見てほしいんですよねぇ」

 男は自信満々という感じで鼻息も荒くそう言った。

「なるほど……。それと高校も大学もスポーツ推薦で入学したんですね」

「いやあそうなんですよ。勉強っていうのは昔から苦手というか、どうもやる意味が見いだせなくてねぇ。実際、こうして死んでから振りかえったところで、勉強しなかったから困ったなんてこともなかったですからね。むしろ俺に言わせれば勉強ばかりしている連中なんて逆に馬鹿ですよ。結局、人間一対一で向かい合ったら腕っ節の強い方が勝つんだから。勉強なんかやっても大した意味はないと俺は思ってますね」

 なんだか妙に高圧的に男はそう言った。俺が勉強家のタイプだったらどうするんだろうと思ったが、男はそういったリスクには気づいていなさそうだ。

 まだまだ喋り続けそうな男を制して、俺はエントリーシートで気になったことをつついてみることにした。

「ちょっと、誤字が多いですね」

「は? あ、そうですか? まあ、ぱぱっと書いたもんでね」

 男の顔は笑いを浮かべたままだが、小さなことを指摘されてムッとしているのが隠しきれていなかった。俺はもう少しついてみることにする。

「人生が決まるかもしれない面接の資料ですよ」

「あー、まあ、そうかもしれませんが、大事なことはこうやって直接話したほうが伝わりますからねぇ。その紙切れ一枚で俺のことが分かるわけじゃないですから」

「文章もあまりお得意ではない?」

「はあ、まあ、そうだね」

 男は素直に頷いたが、明らかに不機嫌になっていた。突然こんな風に文章の書き方について指摘されるなんて思っていなかったのだろう。それも年下の若い男に。

 男を怒らせる意図は無かったが、それでも俺は聞かなければならない。

「その、これは決して他意は無い質問なんですが」

「なにか?」

「九九、言えます?」

「は?」

「基本的な掛け算です。全部言えます?」

「な、なに言ってんだ、あんた。当たり前だろ」

 男は威圧するように言ったが、その目はかすかに泳いでいる。

「じゃあ硫化水素の化学式は分かります?」

「な、なんて?」

「理系教科は苦手でしたか? では第二次世界大戦が終わったのは何年ですか?」

「……」

「衆議院議員の任期は何年か分かります?」

「……いや」

 男はイライラと手を擦り合わせている。少々意地悪な詰め方になった自覚はあるが、こちらも仕事なので仕方がない。

「今聞いたのは義務教育で習う問題です。まあ知識問題については忘れてしまうのは仕方ないかもしれませんが」

「だからなんなんです? そんな学校のお勉強が転生と何の関係があるっつーんですか?」

 男はドスの利いた声で行ってこちらを睨みつける。お互い肉体を持たない死んだ身なので万が一飛び掛かられても問題が無いのは幸運だった。俺は続ける。

「これは私の個人的な意見ですが、転生するにあたって元の世界の一般常識くらいはもっておかなくては転生の意味が無いと思うんです。これといった知識も無いままに転生したところで、それじゃその世界の一般人と一緒です」

「で、でも生まれたところから今の頭を持ってやり直せるんだろ? だったら他のやつよりはすごいだろうが」

「子供の時は神童ともてはやされるかもしれませんが、大人になったら何のアドバンテージも無いことになります。それでは意味がない。加えて異世界でやっていくためには転生後もそれなりに勉強は必要になります。その世界のことを学ばなければいけないですからね。転生者としてやっていくためには最低限の一般教養と学習意欲が不可欠なはずです」

「お、俺だってそれくらい……」

「できますか?」

 俺が改めて問うと男の語尾は萎んでいった。俺は続ける。

「もちろんさっきの質問に答えられなかったからといって、即失格というわけではないです。今から実際に転生するまでに多少の時間はあるし、そのうちに多少は学ぶ時間が持てますから。しかし、重要なのは転生後にも学び続けることができるかどうかです。転生先の世界のことを学び、その上で前世の知識を応用することができなければ転生の意味がない。それと向こうに行ったら前世で得た柔道の知識や経験がそのまま活かせると思わない方が良いです」

「……そうなのか?」

「なにせ剣と魔法の世界ですから。ドラゴン相手に大外刈りとかできないでしょう? 前世の知識を持ちながら転生先の世界のことをよく学び、それをどう活かしていくかが大切なんです。転生すれば人生が勝手にうまくいくわけじゃない。学び続けることが大事なんです」

「学び……」

 男はその言葉を口にすることにすらうんざりしているような口調で呟いた。

「たぶんですが、勉強はお嫌いでしょう?」

「……嫌いだよ。生きてた頃からずっと嫌いだった。そういうまじめ腐った言葉はな。嫌いだからなんだってんだ。頭の良い連中っていうのはいつもそうだ。そうやって他人を平気で見下す」

「いや、けして見下しているわけでは……」

「いーや、見下してるね。俺にはわかる。勉強ばっかしてる奴らっていうのは物事の本質ってのが見えないもんなんだよ」

 男はイライラとそう言った。こうなるともう完全に八つ当たりだ。俺が彼のコンプレックスを刺激してしまったらしいことは明らかだった。

「はあ。もういい……もういいよ。なんか面倒臭くなっちまった。転生だかなんだか知らんが、そういうのはどうぞ頭の良い人たちだけでやってください」

 男は不貞腐れた顔で出て行った。


 結果:不合格。

 理由:一般教養及び学習意欲の不足。また、それを指摘された際の態度。

 備考:嘘でも良いから「勉強します!」くらい言えば良いのに。


「『九九、言えます?』は最高だったね」

 楽しげな声が聞こえたので横を見ると、いつの間にか隣のパイプ椅子に笑みを浮かべた神が座っていた。

「見てたんですか?」

「もちろん。神は常に見ている。偏在もする」

「じゃあ自分で面接すれば良いのに」

「多角的な目線というのが必要な時もあるのさ。しかし君もなかなか厳しいことを言うね」

 からかうような目で見られて、俺は自分が説教じみた話をしたことが少し恥ずかしくなった。

「まあ、事実ですからね。せっかく転生するんだからそれなりの覚悟と意欲が無いと」

 俺は自分が生きていた頃、周囲の大人たちから口酸っぱく勉強しろと言われ続けていたことを思い出した。俺も子供の頃はさっきの人のように反発していたこともあったが、社会に出てからは勉強の意味と重要性を痛感したものだった。そのせいでさっきは少し意地悪な言い方になってしまったのかもしれない。

 しかし間違ったことも言っていないという自負もあった。俺が誤魔化すように背もたれに身を預けると、パイプ椅子がキィと退屈そうな声をあげた。

「転生というとなぜか軽く考える人が多いですけど、つまりは人生を生きなおすってことでしょう。自堕落に過ごしちゃ意味が無いし、本人にとっても良くない。真剣に考えなくちゃならないことだと思います」

「そうか。君は私よりよっぽど真面目だな」

「でしょうね」

 神は笑ったが、俺の前に置かれていたエントリーシートを見て少しだけ笑いをひっこめた。

「君の言うことは確かに正しい。しかし、さっきの男も勉強は苦手だがひとつのことをやり通すという力は持っていた。そうでなければスポーツの世界で身を立てるということはできないだろう。それに柔道の分野にだって学ばなければならないことはある。ルール、作法、戦略、対戦相手の情報、一般受けする情報発信の方法などなど。少なくとも特定の分野に限れば、あの男もまるで勉強ができないわけではなかったはずだ」

 確かにその通りだ。俺も別にあの男を馬鹿にしたかったわけではない。

「分かってます。だから俺は最後に『学び続けることが重要だ』って言ったんです。知識の偏りや教養の不足のそれ自体が問題なんじゃない。生き続ける限りなにかしら学び続けようという意識が必要だと思うんです。転生には、というより人生を生きる上では」

「なるほど」

 神は納得したのかしてないのか分からない顔で軽く頷いた。

「俺個人の考えが強すぎましたか? それとも言い方が悪かったですかね?」

 少し不安を感じながらそう聞くと、神は首を振った。

「いいや。君は君のやり方で構わないよ。そもそも完璧な仕事を望むのなら一人の人間にこんな仕事は任せない。私は君のそういう偏りも揺らぎも実に楽しみにしている」

「はあ。そうですか」

「さ、そろそろ次の候補者が来る。準備したまえよ」

 神がドアを指差すと同時に、コンコンというノックの音が部屋に響いた。ドアが開く直前に神は姿を消していた。

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