表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

最強の死者、現世に帰還す

最高の◯◯になりたい! 〜白い少女と奇妙なダンジョン〜

作者: 夢乃アイム

 白い少女は、カボチャ頭の存在を不思議に思っていた。


 彼を初めて見たのは、ダンジョンの深部。

 巨大なカボチャの実にコウモリの羽が生え、歪んだ笑みを浮かべた異形の魔物。

 倒したはずだった。確かに、光の刃を振り下ろし、動かなくなったはずなのに——


「おい、お前! 俺を倒したな! ひどいじゃねえか!」


 少女の目の前で、カボチャ頭はまるで何事もなかったかのように立っていた。


「……死んだんじゃないの?」

「何回死んでも蘇るんだよ! だから気にするな!」


 言われてみれば、彼の体に傷一つない。むしろ、以前よりもツヤツヤとした光沢すら帯びている気がする。

 このダンジョンにいる魔物は、死んでも蘇るのか?

 いや、それならば、彼女が今まで倒してきた無数の魔物たちも——


「まあ、俺は特別なんだ。だからお前も安心しろ!」


 ——やはり、こいつはおかしい。


 少女は深く考えるのをやめた。考えたところで、こいつを理解できるとは思えない。


「……それで、何の用?」


 カボチャ頭はぎょろりと大きな目を回し、ひとつ咳払いをすると、厳かに言った。


「お前には願いがないのか?」

「願い……?」

「ああ。俺にはあるぞ! 俺はな、最高のカボチャ料理になりたいんだ!」


 少女は数秒間、無言のまま彼を見つめた。


「……意味がわからない」

「ははは! そりゃそうだろうな! でも、俺は本気だ!」


 カボチャ頭は大きく腕(?)を広げ、熱弁を振るった。


「人間はよく言うだろう! 『最高の〇〇になりたい』ってな! だったら、俺は最高のカボチャ料理になるんだよ!」


「……そんなことを考える魔物、聞いたことない」


「お前は聞いたことないかもしれないが、俺はずっと考えていた! どんな料理が一番うまいのか……! どんな味が一番人を喜ばせるのか……! そして! どんな調理法が、俺のこの最高のカボチャボディを究極の逸品へと昇華させるのか……!」


「……」


 少女はゆっくりと後ずさった。


 こいつは、何か恐ろしい病にかかっているのではないか?


「まあ、お前には難しすぎたか……」

「そういう問題じゃない」


「とにかく! 俺は最高のカボチャ料理になるために旅をしているんだ! そして、どうやらお前も旅をしているようだな?」


「……まあ」

「なら決まりだ! 俺たちは仲間だ!」

「待って、誰も仲間になるなんて言ってない」

「ははは! そう照れるな! 一人旅は寂しいだろう?」

「別に」


「そう言うなって! いいか、お前には生きる意味が必要だろう? 俺には目的がある! つまり、お前は俺を手伝えば、生きる意味を見つけることができるって寸法だ!」


「……意味がわからない」

「つまりだな! 俺を最高のカボチャ料理にする旅に、お前も付き合え!」


 少女は静かにため息をついた。


 ……気が進まない。進まないが、一人でいるよりは暇つぶしにはなるかもしれない。


「……仕方ない。一緒に行くわ」

「よっしゃあ! 最高のカボチャ料理を目指して、いざ出発だ!」


 こうして、白い少女とカボチャ頭の奇妙な旅が始まった。


          ※


 カボチャ頭と旅を始めて数日が経った。


 白い少女は後悔していた。


「おい、そろそろ腹が減ったな!」

「……お腹は空いてない」

「俺は空いた! だから飯を探すぞ!」


 そう言って、カボチャ頭はダンジョンの岩壁をよじ登り始める。

 その先に食べ物があるとは到底思えなかったが、少女は黙って彼を見送った。


「おい、お前も手伝えよ!」

「……別にお腹空いてないし」

「飯を食うことは生きることだぞ! それに! 俺の最高のカボチャ料理の研究のためにも、色んな食材を試さなきゃならん!」

「……それで、何を探してるの?」

「肉だ! 最高のカボチャ料理には、極上の肉が必要なんだよ!」


 少女はため息をついた。

 どうしてカボチャ料理に肉が必要なのか、彼の理論はいつもよくわからない。


「ん? なんだあれ?」


 カボチャ頭が岩の上を指差した。

 そこには、小さな焚き火と、一人の男がいた。


 男は白いコック帽をかぶり、血のように赤いコックコートを身にまとっていた。

 焚き火の上では、大きな鍋がぐつぐつと煮え立っている。


「おおおおおおっ! なんだこれは!?」


 カボチャ頭は目を輝かせながら、岩壁を跳び越え、男の前に降り立った。


「おい、おっさん! その鍋、何を作ってるんだ!?」


 男は静かにカボチャ頭を見つめた。


「……奇妙な客人だな」


 低く響く声。

 その視線はまるで、獲物を値踏みする肉屋のようだった。


「貴様、食材か?」

「ちげーよ! 俺はカボチャだ!」

「ならば、ちょうどいい。カボチャスープにしてやろう」

「おおおおお! いいぞ! ぜひとも頼む!」


 男はカボチャ頭の反応を見て、ほんの僅かに目を細めた。


「冗談だ。……それより、貴様らは何者だ?」

「俺は最高のカボチャ料理になる男だ!」

「私は……旅人」


 カボチャ頭のハイテンションな自己紹介を無視しつつ、少女は適当に答えた。


 男はしばらく考えるように視線をさまよわせると、鍋の蓋を開けた。

 中から、ふわりと香ばしい香りが立ちのぼる。


「……食うか?」


 少女はわずかに目を細めた。


 ダンジョンの奥深く、こんな場所で料理を作る人間がいること自体が異常だった。

 普通の人間なら、こんな魔物だらけの場所で焚き火をすることすら躊躇うはず。

 それなのに、彼はまるで何も気にしていない。


「……毒は入ってない?」

「当然だ」

「じゃあ、いただくわ」


 少女は慎重にスプーンを手に取り、鍋の中のスープを一口すする。


 途端、驚くほどの旨味が舌に広がった。


「……おいしい」

「だろう?」

「おいおいおい! なんで俺の分がないんだよ!」


 カボチャ頭が抗議する。


「貴様はカボチャだろう。カボチャは食材であって、食うものではない」

「そんな理屈があるか!?」


 男は再び鍋の蓋を閉じると、じっと少女を見つめた。


「……貴様ら、どうやら普通の旅人ではないな」

「……どうして?」

「このスープを飲んで、平然としている者は少ない」


 男はにやりと笑った。


「これは、魔物のスープだからな」


 少女はスプーンを止めた。


 ——なるほど、どうりで妙に馴染みのある味だと思った。


 それは、彼女が“実験体”として生きていた頃、与えられていた栄養食の味と、よく似ていた。


 白い少女は、静かにスプーンを置いた。


「……魔物のスープ?」

「そうだ」


 コック帽の男は、鍋をゆっくりとかき混ぜる。とろりとした琥珀色のスープの中で、奇妙な肉片が揺れた。


「ダンジョンに潜るなら、食材の確保は重要だ。貴様らはどうしている?」

「俺はカボチャだから食わない!」


 カボチャ頭が胸を張る。


「……いや、普通に食べてるでしょ」


 少女は呆れながらカボチャ頭を睨むが、彼はまるで気にしていない様子だった。


「まあ、俺は肉料理の研究のために食うこともあるがな!」

「ほう。ならば、これはどうだ?」


 男は鍋からスープをすくい、カボチャ頭の前に差し出した。


「ふむ……魔物のスープか……」


 カボチャ頭は腕を組み、鍋の中を覗き込む。


「この色……この香り……むむむ、これは!」

「……何が分かったの?」

「分からん!!」


 少女は深い溜め息をついた。


「だが、この俺のカボチャ魂が囁いている……これは間違いなく、うまいヤツだ!」

「ならば飲め」

「よし!」


 カボチャ頭はスープを一気に飲み干した。


「ぐおおおおおおおっ!? これは!!」


 カボチャ頭が目を見開く。


「どうしたの?」

「うまい!!!」

「知ってた」


 男は微かに笑うと、少女に視線を戻した。


「貴様はどう思う?」

「……確かに美味しい」


 少女は正直に答えた。

 だが、それと同時に、心の奥にじわりと広がる不安を振り払えずにいた。


「普通の魔物……じゃないわよね……」

「ほう、分かるか」


 男はにやりと笑う。


「その通り。これは、このダンジョンで生まれた“特別な魔物”の肉だ」

「特別な……?」

「実験体だ」


 少女の手が、ぴたりと止まる。


「お前と同じようにな」


 男の言葉が、静かに響いた。


「…………」


 少女は言葉を失った。


 カボチャ頭が首をかしげる。


「ん? どういうことだ?」

「お前は知らずに食ったんだろうが、この肉は元々“人”だった。人間として生まれ、しかし人間ではない存在に作り変えられた者たちだ」


 男の言葉に、少女は目を伏せた。


(……やっぱり)


 このスープの味は、彼女にとって懐かしすぎるものだった。

 かつて研究所で食べさせられていた栄養食——

 その正体を、彼女は知っていた。


「……なぜ、そんなものを」

「俺は料理人だ。命を食らい、命を繋ぐ者」


 男は鍋の蓋を閉じる。


「ここで生まれ、ここで消えた命を無駄にはしない。……それだけだ」


 少女は男を見つめた。

 彼の目には、何の感傷も宿っていない。ただ、事実を淡々と受け入れているだけの瞳だった。


「貴様らがこのスープをどう思うかは自由だ。だが——」


 男はスプーンをカボチャ頭に向ける。


「この世に、生きる者と、食われる者しかいないことを忘れるな」

「……ふーむ」


 カボチャ頭は腕を組んだ。


「つまり、お前はこの魔物たちの供養をしてるってことか?」

「供養……か。そんな立派なものではない」


 男はかすかに微笑む。


「ただ、俺は料理をしているだけだ」


 静かな炎が、ぱちぱちと爆ぜる。


 少女は何も言わなかった。

 ただ、冷めていくスープを見つめていた。


 少女はスープの表面に映る自分の顔をじっと見つめた。

 琥珀色の液体に映る顔は、まるで自分ではないように思えた。


「……なんで、こんなことを?」


 彼女は静かに問いかけた。


 目の前の料理人は、再び鍋をかき混ぜながら答える。


「俺は料理人だ。食材を前にして、それを無駄にするような真似はしない」

「でも、これは……」

「俺にとって、魔物だろうが人間だろうが変わらん。ここで死んだ者たちは、せめて誰かの血肉になるべきだ」


 少女は唇を噛んだ。


 彼女は知っている。

 研究所で消えていったクローンたちの行方を。

 使い物にならなくなった肉体がどう処分されていたのかを。


(……同じだ)


 この料理人のしていることは、研究所と何も変わらない。

 死んだ肉を”有効活用”しているだけ。

 ただ、それが研究のためではなく、「食事」という形になっているだけ。


「……お前、本当にただの料理人なのか?」


 カボチャ頭が鋭く問いかけた。


「俺は料理人だよ。ただし——」


 料理人は静かに笑う。


「選ばれた肉しか、扱わない」


 少女の背筋に冷たいものが走った。


「選ばれた……?」

「貴様も、自分が“選ばれた肉”だという自覚はあるんだろう?」


 男はスプーンを鍋に沈める。


「研究所で生き延びたのは、貴様だけだったんだろう?」

「……っ」


 少女は一歩後ずさる。


 彼の言葉は、彼女の最も触れられたくない部分を正確に突いていた。


「つまり、俺がここにいるのは運命だ」


 男は少女の顔をじっと見つめる。


「俺は最高の料理人であり、貴様は最高の肉。互いに出会うべくして出会った」

「……何が言いたいの?」

「貴様を料理してやろうか?」


 カボチャ頭が反射的に前に出た。


「おいおい! いくらなんでも冗談が過ぎるぞ!」

「冗談かどうかは、貴様らが決めることだ」


 男はナイフを取り出し、くるりと回す。


「俺はただ、“食材”を見極めているだけだ」

「お前……本気で——」

「もちろん、すぐにとは言わんさ」


 男は静かに言葉を続けた。


「だが、いつか貴様が死ぬ時が来たら、その時は俺に調理させろ」


 少女の喉が、ごくりと鳴った。


 まるで契約を持ちかける悪魔のような響きだった。


「それは……」

「嫌か?」

「……」


 少女は答えられなかった。


(私は……)


 彼女は自分が何者なのか分からなかった。

 実験体として生み出され、生き残った存在。

 大量の失敗作の中で、たまたま生き延びた”選ばれた肉”。


(もし、私が……)


 自分が”人間”ではなく、“ただの肉”だとしたら?

 “食べられる側”の存在なのだとしたら?


「……やめろ!」


 カボチャ頭が少女の前に立つ。


「こいつは俺の仲間だ! 料理の話ならともかく、そんな不吉なことを言うな!

「そうか」


 男は肩をすくめ、ナイフをしまう。


「ならば今日はこのくらいにしておこう」


 彼はふっと微笑むと、再び鍋をかき混ぜた。


「だが、忘れるな。食う者と、食われる者しかいない」


 少女は答えなかった。


 スープの表面には、今も自分の顔が映っていた。


         ※


 気がつくと、白い少女はダンジョンの中にいた。


 ぼんやりとした光が宿った静寂の空間。


 けれど、料理人の姿はどこにもなかった。


 まるで初めから存在しなかったかのように、跡形もなく消えている。


 だが——


「……っ、ぐ……ぁ……」


 微かなうめき声が聞こえた。


 少女が振り向くと、カボチャ頭が地面に倒れ込み、苦しそうに身を震わせていた。


「カボチャ頭!」


 少女はすぐに駆け寄る。


 だが、その身体はすでにボロボロだった。


 不死身だったはずの彼の体が、ひび割れ、崩れ始めている。


「こ、これは……ちょっとヤバいな……!」


 カボチャ頭が無理に笑おうとするが、その声は弱々しい。


 理解する。


 彼の”不死”は、料理人の料理によって崩されてしまったのだ。


 あの料理には、ダンジョンで生まれた魔物の魂を”食いつくす”効果があった。


 それに抗えなかったのだ。


「……最高のカボチャ料理になれなかったのが、心残りだな……」


 カボチャ頭が、かすれた声で呟く。


 彼の体が、ゆっくりと塵になろうとしていた。


「そんなの、嫌……!」


 少女は思わず叫んだ。


 カボチャ頭は、彼女にとって唯一無二の”仲間”だった。


 ただのおかしな魔物かもしれない。

 けれど、彼は確かに”生きて”いた。


 それを、ただ消えさせるなんて、できない。


「……私が、あなたを”最高のカボチャ料理”にしてあげるわ」


 少女は両手をカボチャ頭にかざした。


 その手から、淡い光が溢れ出す。


 彼女の”力”は、完全ではない。

 けれど、“何かを生み出す”ことくらいは、できるはずだった。


 カボチャ頭の体が、光に包まれる。


 塵となりかけた彼の存在が、ゆっくりと再構築されていく。


 だが——


 それは、かつての”カボチャ頭”の姿ではなかった。


 そこにあったのは、小さなカボチャの”芽”だった。


「……ふふっ」


 少女は、そっとその芽を手に取った。


 力が足りなかったのだろう。


 彼を”そのまま”の形で再生することはできなかった。


 けれど、彼の”存在”を残すことは、できた。


「……ちゃんと育ててあげる」


 少女は、カボチャの芽を抱きしめた。


 水を与え、太陽の代わりに自身の光を浴びせ、大切に育てるつもりだった。


 カボチャが実ったら——


「その時こそ、本当に”最高のカボチャ料理”を作ってあげるから」


 少女は、カボチャの芽にそっと微笑んだ。


 ダンジョンの暗闇の中で、小さな芽は、静かに揺れた。




——最高の◯◯になりたい!【完】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ