― 花一匁 ―
勝って嬉しい花一匁、負けて悔しい花一匁
あの子が欲しい、あの子じゃ分からん
相談しましょう、そうしましょう
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これは昔々のお話です。
幾重にも重なった山々の中に、のどかで小さな村がありました。村人たちは田畑を耕し、決して裕福ではありませんでしたが、皆毎日を幸せに暮らしていました。
そんな村には6人の子供がおりました。ちょうど半分は男、半分は女の子供でした。その子供達は皆仲良しで、毎日一緒に遊んでいました。
村の小さな広場は子供達の遊び場でした。竹でできた1mほどの小さな壁に囲まれた広場で、入口の向かい側には山が伸びており、そこからは心地の良い風が吹いていました。
子供達はいつものようにその広場で『花一匁』をやっていました。『花一匁』とは二組に分かれ、ふしをつけた唱えごとをしながら、じゃんけんで勝った方が相手の方の子を取るという、子供の遊びの1つです。
そして、子供達が楽しそうに『花一匁』をやっていた時です。山から強い風が吹き、それは思わず目を瞑ってしまうほどでした。子供達は目に砂が入らぬようにと手で目を隠し、風が止むのを待ちました。
風はすぐに止み、子供達が目を開けると、見知らぬ女性が立っていました。山を背にこちらを向いて立っており、その顔はとても綺麗なものでした。神秘的な雰囲気を纏っており、着物は真っ白で、羽織りは桜色でした。子供達は、あまりの美しさに言葉が出ませんでした。
すると、その女性は長い銀髪を揺らしながらこちらに歩み寄り、微笑んで言いました。
「私も仲間に入れてくれないか?」
子供達は一瞬、きょとんとした表情をし、しかしすぐに笑顔で了承しました。
「それで、君達は何の遊びをしていたのだ?」
女性の質問に、子供達は説明をしました。たった1回の説明で、女性は分かったとすぐに理解しました。
そして、
「では、私は1人でやろう。君達は6人で1組だ」
女性はそう言いました。子供達はどうしてこういう分け方をするのか不思議でしたが、誰一人として女性の言葉に疑問を投げませんでした。この女性はとても美しいですが、有無を言わさぬような雰囲気を持っていたのです。
そうして、女性1人と子供達6人の2組で『花一匁』を始めました。
勝って嬉しい花一匁、負けて悔しい花一匁
あの子が欲しい、あの子じゃ分からん
相談しましょう、そうしましょう
ふしを唱え、お互い取りたい子を選びます。子供達の方は相手が女性だけなので、女性を選ぶ他ありません。あとは、女性が自分たちの中から取りたい子を選ぶだけです。
「私は決めたよ」
そう女性が言い、誰が欲しいのか聞くと、左から2番目の青い着物を着た女の子を指名しました。こちらも女性が欲しいと言うと、選ばれた青い着物の女の子と女性は前に出て、じゃんけんをします。
じゃんけん、ぽん。
女の子の方はチョキ。女性はグーでした。
ルール上、女の子は女性のものになりました。
「では、お前を連れていこう・・・」
女の子の手を取り、元の位置に戻ろうと女性が踵を返した時でした。再び山から強い風が吹いてきました。さっきと同じように子供達は目を閉じ、手で風を受け止むのを待ちます。
そして風が静かに止み目を開けると、さっきまで居たはずの女性と女の子は忽然と姿を消していたのです。残った5人の子供達は慌てて女性と女の子を探しましたが、村のどこを探してもいませんでした。
夕方になってもその女の子は帰ってきませんでした。そしてどうしようもなくなり、子供達が途方に暮れていた時、この村の村長で、この村一番の物知りである老婆が子供達の元にやってきました。子供達はすがるように老婆に事情を説明すると、老婆は皺で隠れた目を大きく見開くと、何と言う事だ、と1歩後ずさりしました。
「山ノ神が下りてこられた・・・」
いつも物静かな老婆が、こんなに取り乱しているところを見るのは初めてでした。どういうことか説明を求めると、老婆は静かに語り出しました。
「お主たちが出会った女、それはきっと山ノ神であろう。山を守り、山を司る神。また、山の精とも言われておる。儂達は山ノ神に供え物をする代わりに、山ノ神はこの村を守ってくれている。しかし、ここ最近作物がうまく育たず、供え物をする余裕がない。もしかすると、そのことに腹を立てた山ノ神が、その女子を連れて行ってしまったのだろう」
しゃがれた声で話す老婆の言葉は、子供達にとってとても難しいものでした。しかし、老婆の態度から、それはとても危険なものなのだと悟りました。そして、その女の子は帰って来ないかもしれないという事も。
「もう、戻ってこないのですか!?村長!」
「いや、可能性はある。明日、また山ノ神は下りてくるはずじゃ。子供1人だけでは足りんだろうからな。その時に、もう1度『花一匁』をするのじゃ。それでじゃんけんに勝つしかない。取りたい子は女子だと言え。だが、もし負けてしまったら、その女子だけではなくお主らの内のもう1人も連れて行かれてしまうぞ―――」
翌日。
子供達は老婆の言った通り、昨日と同じように広場で『花一匁』をしながら女性を、山ノ神を待ちました。
そして、来ました。
強い風が吹き、目を開けると、そこにはあの女性の姿がありました。それに、あの女の子の姿も。2人とも手を繋いでこちらを向いていましたが、女性は頬笑みを、女の子は魂が抜けたように生気のない表情でした。
「今日も、やっているのかい?私たちも入れてほしいのだが・・・いいか?」
子供達はゆっくりと、慎重に頷きました。
勝って嬉しい花一匁、負けて悔しい花一匁
あの子が欲しい、あの子じゃ分からん
相談しましょう、そうしましょう
「取り子は決まったかい?」
女性は頬笑みを湛えたまま、子供達を見渡しました。
「はい」
「それでは、私は真ん中の君を選ぶよ」
選ばれたのは、この村の中で一番小柄な体形の男の子でした。選ばれた男の子は、まさか自分が選ばれるなどとは思っておらず、一瞬で顔が真っ青になりました。
しかし、ここで負けるわけにはいきません。男の子は勇気を振り絞り、こちらの取りたい子はその女の子だと言いました。
「ふむ、そうか。では、行っておいで。勝って、私たちの仲間を連れ帰ってきておくれ」
そう言って、女性は女の子を前に差し出しました。男の子も、それにつられてギクシャクとした動きで前へ出て、じゃんけんをします。
じゃんけん――――ぽん。
あいこで―――しょ。
しょっしょの―――しょ。
運命を決めるようなじゃんけんに、子供達は2人の取りたい子に釘付けでした。
そして、
じゃんけん―――ぽん。
なかなか決まらないじゃんけんは、ようやく決着がつきました。
女の子はチョキ。男の子は――――グー。
ルール上、女の子は男の子のものになりました。
途端、それまで虚ろな瞳だった女の子の目は光を戻し、ふと我に返りました。その様子を見て、子供達は女の子を囲んでおかえり、と笑顔で口々に言いました。
すると、それまで黙っていた女性は小さく微笑むと、再び吹いた強い風によって姿を消しました。
それを確認した後、子供達は慌ててその場から逃げ帰りました。
還ってきた女の子は、山ノ神に連れて行かれた時のことは一切覚えておらず、
今回の出来事は、山ノ神による『神隠し』として、この村で伝えられることとなりました。
そしてそれ以降、どんなに作物の育ちが悪く自分たちの食べる物がないとしても、山ノ神への供え物は必ずし、その村での『花一匁』は禁止となりました。
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勝って嬉しい花一匁、負けて悔しい花一匁
あの子が欲しい、あの子じゃ分からん
相談しましょう、そうしましょう
決まった、そちらからどうぞ……
はじめまして、那宮利人です。
此処に来て記念すべき第一作目です。
未熟なりに、これから頑張って書いていきたいと思っております。