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アフターストーリー① 恋と愛、残された時間

「雪也くん、今日の夜、雪也くんの家に行ってもいいですか?」


 昼頃、大学の食堂で雪也がいつも通り美鈴と二人で昼食をとっていると、そう聞かれる。


 お互いの家に行き来したり、デートしたり、大学生になって美鈴と遊ぶ機会が増えた。


「明日一限なのか?」

「いえ、泊まるわけではないです。ただなんとなく行きたいなと。あ、私の家でもいいですよ」

「懐かしいな、美鈴の家。まだ引っ越ししてないんだろ?」

「はい、通える範囲内なので。ふふ、一限授業の時はいつもお世話になってます」


 美鈴は大学から近い雪也の家に泊まっている。

 

 高校を卒業してから一人暮らしをしたいと無理言って、今は親元を離れて一人で暮らしている。

 だから常に暇なので雪也も美鈴を歓迎して泊めている。

 美鈴を泊める日は美鈴が料理してくれるのでそういう面でも断る理由がない。


「一時間以上かけて通学してるもんな……別に遠くはないけど引っ越せばいいのに」

「いい物件がなかったんですよね、仕方ないです」

「ていうか美鈴の家、高一の春以降行ってないよな」

「そうですね……高一ですか、雪也くんが告白してくれたの」

「告白させられた感じだけどな」

「だって、あれは雪也くんが当時鈍感すぎたのが悪いです」

「……そう言われるとそうだな」

「でも……変わりましたよね、大学生になってから頼もしすぎます」

「そうか?」

「ええ……女子の間で割とモテてますよ? なので今は必死に彼女アピしてるんです……もう」


 美鈴は頬杖をついて頬を膨らませている。

 嫉妬をしているらしい。


 ただ、周りの事情は雪也にはどうしようもできないので困る。


「そう言われましても……」

「雪也くんがかっこいいのがいけないんです」

「……ありがとう、美鈴も可愛いよ」

「っ……そ、それ言うのは私だけにしてくださいね」

「当たり前だ、美鈴以外にこんなこと言わないし、言いたくない」


 お互いにお互いを褒め合う。

 美鈴にいきなり言われた時は一瞬、胸がドキッと跳ね上がった。


 やはり最愛の彼女にそう言われると嬉しいし、その分もっと愛を返そうと思える。


 付き合ってもうすぐ三年が経つ。

 お互いの距離は離れるどころかさらに縮まっている。


「……ちなみに雪也くんは将来のこと考えていますか?」

「あんまり考えてない。けど美鈴と結婚できたらなって……い、いや、やっぱり忘れてくれ、なんでもない」


 雪也が顔を赤くすると美鈴も顔を赤くした。

 少しこの話は早すぎたかもしれない。


 結婚なんてまだ数年先のことだ。


 けれど美鈴は答えた。


「……そうですね、結婚、できたらいいですね」


 美鈴は頬を赤くしつつも、はにかむ。

 そんな笑顔により一層、ずっとそばにいたいという思いは強くなった。


「……や、やっぱり今日は雪也くんの家に泊まっていいですか?」

「お、おう……足りない食材とか買っとく」


 一年後、二年後、三年後、美鈴と付き合えているかはわからない。

 けれどずっと付き合って結婚まで行きたい。

 それが今の雪也の大きな目標だ。


「明日って授業ありますか?」

「午前はないけど午後からあるな」

「じゃあ……午前中は雪也くんと一緒にお出かけしたいです」

「俺も出かけたいけど、明日は九時から病院だからごめん」

「病院ですか、ひどくはないですけど咳が続いてますもんね」

「ああ、薬飲んでも治らないし、ちょっと変な咳だから。一応、明日検査受ける」

「……大丈夫なんですか?」

「多分な、咳だけだし。また二人でどこか出かけよう」

「そうですね、私とのデートのために早く治してください」

 

 二人はそんな会話をしばらくして、席を立った。

 そしてお互いの授業に行った。


 ***


「雪也さんは肺がんのステージ三です。手術をして、化学療法と放射線療法を併用して治療を……」


 大学一年生の冬の始めだった、雪也は行った先の病院でそう診断された。


 高校を卒業して、大学に入って、やっと慣れたと思った矢先のことだった。


 長く息苦しさや咳が長引いていたので病院に行った。

 単なる風邪だろうとさほど心配していなかったのだが、肺がんになっていた。


「……大丈夫ですか? 雪也さん」

「す、すいません、何が何だか……」

「そう心配する必要はありません。治療は間に合います」


 医者にそう言われても全く安心できるわけがなかった。

 自分とはまだ縁がない病気と思っていただけにショックが大きかった。


「手術のために来週から入院をしましょう。一度肺にできた癌を……」


 雪也は頷きながらも、内容が頭に入ってこなかった。

 しばらくは現実を受け入れられなかったと思う。

 

 入院するのでもちろん、親だけでなく、一部の友人や彼女には事実を言わないとならない。

 友人には講義で会った時に軽く言ったりした。

 

 ただ、彼女となると話が違った。


 美鈴が一番、言いづらかった。


「……雪也くん、改まって話ってなんですか?」


 雪也は自分の部屋にて、ソファに二人並んで座る。

 この時ばかりは美鈴の顔を見るのがなんとなく怖くて、目を逸らしやすいソファに座った。


「その……来週から、入院することになった」

「入院……?」

「肺がんのステージ三だって。手術して治療していくらしい」


 雪也がそう言うと美鈴はしばらく黙った。

 

 体感的に十数秒沈黙が続いて、何を言うかと思えば、何かを言う前に美鈴は雪也の肩に頭を乗せた。


「なら……毎日、お見舞いに行かなきゃいけませんね。雪也くんがそうしてくれたように」

「……驚かないのか?」

「もちろん驚きましたよ。でも雪也くんが苦しそうな表情をしているのに彼女の私が支えてあげなくてどうするんですか」

「美鈴……」

「私が死にかけだった時に、雪也くんの暖かさを拒否しても雪也くんは私を支えてくれました。まさか覚えてないとは言わせませんよ……一緒に乗り越えましょう、二人で」


 一番、言いづらかったのは美鈴だった。

 けれど結局、一番欲しい言葉、欲しい表情をくれたのは美鈴だった。


「……でもやっぱり本音を言うと心配で心配で仕方ないです。なのでハグを所望します」

「ああ、俺もそうしたかった」


 二人はお互いに、お互いのことを強く抱きしめた。

 

 彼女と離れたくない。


 だから病気に対して前を向こう。


 雪也はそう心の中で決意した。


 ***

 

「すまんな、広谷くん。お見舞いに行くのが遅れたよ」


 夕日が差し込む病室、雪也が友人とメールのやりとりをしているとスーツを着た中年男性が入ってくる。

 

 美鈴の父であるとわかり、雪也はすぐにスマホをしまう。

 

 まさか来てくれるとは思わなかった。

 何回かメールのやり取りはしていたが、会うのは数年ぶりだ。


「お、お久しぶりです、天春さん」

「ああ、久しぶりだな。癌と聞いて心配したぞ。最後に会ったのは雪也くんが高校生の時以来か……大きくなったな。」

「本当にあの時は無礼な口を聞いてすいませんでした」

「気にしなくていい。今も美鈴と上手くやれているわけではないが、大事なことに気づかせてくれた雪也くんには感謝している……アポなしで来たお詫びと明日退院だと聞いて退院祝いだ。ここに置いておく」


 美鈴の父は雪也に高価そうな袋を見せて、それを棚の上に置いた。


 お金遣いが荒いのか金銭感覚がバグっているのか。


 雪也が一人暮らしをし始めた時に美鈴の父がいきなり雪也に仕送りをしたことがあった。

 その時は高級店の和菓子やスイーツ、高価そうな新品の服を送ってきたのだ。


 お詫びだから気にしなくていいと言われたのだが、どう考えてもおかしい。


「ありがとうございます。さ、流石に今回はブランド物の服とかじゃないですよね」

「ブランド物の服が良かったか? ならすぐに……」

「い、いえ、逆です! 高価な物だと困るので安物で大丈夫です、と」

「そういうことか、雪也くんはどうも遠慮しがちな性格だな。しかしそこも考えてあるから大丈夫だ。帰ってから安心して開けてくれ」

「ありがとうございます」

「美鈴の彼氏なんだ、これくらいはやらせてもらわないとな」


 美鈴の父は豪快に笑うと、ベッドの横にあった椅子に座る。

 そしてカバンを床に置いてネクタイを少し緩めた。 


「今日はわざわざお見舞いに来てくれるとは思ってもいませんでした」

「ちょうど出張から帰ってきたばかりなんだ。またすぐにしばらく東京に戻るのだが、ここにいるうちに久しぶりに顔を見たいと思ってな」

「なるほど、相変わらずお忙しいですね」

「もうすぐ年末だからな。だが、大晦日はもちろん我が家で過ごす。どうだ、美鈴と一緒に来ないか?」

「すいません、その日は実家に帰るので」

「そうか、雪也くんは一人暮らしだったな、忘れていたよ」


 美鈴の父はすっかり美鈴思いのいい親になった。

 それもこれも相手が誰かも知らないで礼儀をわきまえていない誰かのせいではある。


「雪也くんは……少し早いかもしれないが結婚のことは考えているか?」

「……正直に言えば美鈴と、美鈴さんと結婚したいです」

「そうか、美鈴の父親としては雪也くんにそう言ってもらえて嬉しい限りだ。しかし若さゆえの一時な感情という場合もある。要するに私が言いたいのは……美鈴のことを愛しているかどうか、だ」

「もちろん好きの感情もあります。けどたまに美鈴と過ごしていると安心して、落ち着く時もあって、ずっと一緒にいたいと思う時があるんです。幸せだなって。好きとはまた違う感情で……これがお互いに愛することなのかなって」


 雪也が美鈴と過ごしていると、たまにだがそう思う。

 恋愛感情なのだろうが、好きとはまた違う。


 好きが赤く激しく燃える炎なら、愛はゆらゆらと燃える優しい炎だ。


「愛……私は美鈴に愛を教えられなかった。けど雪也くんに愛してもらえているなら良かった。美鈴が誰かを愛する、愛されることを知れているなら良かった」


 美鈴の父親は椅子から立ち上がり、カバンを持った。

 そして扉の前まで行って扉を開けようとした時、急に動作を止めて雪也の方を見る。


「……ありがとう、雪也くん。これからも美鈴のことをよろしく頼む」

「はい、美鈴のことは任せてください」

「次に会うのは結婚前の挨拶だろう。そこで会えることを期待しているよ」

 

 美鈴の父はそう言って去っていった。


 まだ人生プランも不明瞭な中、結婚のことを言うのは早い。

 けれど美鈴への感情には愛も含まれていることは確かだった。


 それから約半年後のことだった。

 脳への癌の転移が確認された。


 雪也に残されたのは余命一年という短い人生だけだった。


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