第十七話 バレンタインと甘いチョコ
「もう二月か……しかもバレンタインって。時間の流れが早いな……」
休み時間、雪也はそんなことを呟くように左右にいる友人二人に向かって言う。
三学期は雪也にとって出来事が多すぎた。
一月は美鈴が病気だと知って、毎日お見舞いに行って、治った美鈴とようやく友達になった。
月の終わり頃には久しぶりに父と再会して、二月の初め頃に父と実質の絶縁。
その時に母の新しい彼氏がいることがわかって、後に雪也もその人と会って挨拶した。
実父のこともあり怖かったが良い人そうで、少ししたら籍も入れるらしい。
学費のことは心配するなと言われて、今は自分のことを優先している。
「バレンタインか……お前はいいよな、どうせもらっただろ? しかもあんな人から」
「いや、もらってないし……そんな関係じゃないから」
透が言っているのは美鈴のことだろう。
学校ではお互いに不用意に話しかけない約束だが、最近は美鈴はそれを無視して話しかけてくる。
おかげでヘイトが集まっている訳だが、同時にクラス内での人気が何故か高まった。
天使様と今日はどこ行くのか、だったり昨日はどこに一緒に行ってたの、などと男女ともに質問してくる。
放課後に一緒に帰ってよく遊んでいることがバレているらしい。
「二人で放課後デートとか行ってるくせに嘘つけ。もう付き合ってるってみんな思ってるぞ」
「付き合ってないし、友達だから」
「ならさっさと付き合えよー」
「美鈴がどう思ってるかわからないし、そんな素振り見せないからな」
「鈍感すぎじゃね。見せまくりだろ。天使様、お前にだけ態度違うし、デレデレだぞ」
「それは……友達だし」
透と永戸の二人にそう言われて、余計に美鈴の気持ちがわからなくなる。
美鈴は自分のことをどう思っているのだろうか。
「雪也は実際どうなの? 好きなの?」
「……すぐにはわからなかったけど、最近になって好きって気づいた。恋とかしたことないからわからなかったけど、美鈴といるときだけもっと笑顔が見たいって思うし、胸が熱くなる」
「おー、初恋ってやつだ」
「好きになったきっかけとかあるの?」
「きっかけか……」
「いや、そりゃあ可愛い子と毎日いたら好きになるって。聞くなら馴れ初めだろー」
雪也は少し悩み、過去を振り返ってみる。
好きになったきっかけ、前から気になってはいたのかもしれないが明確に気づいたのはやはり最近だ。
「馴れ初めは、ハンカチ貸してからだ。それから偶然だったけど妹と遊んでくれる人が美鈴だったってわかって仲良くなったな」
「あー、あの時か、俺らが雪也問い詰めたとき」
「その後、ちょっと紆余曲折あって友達になって……」
二人に簡単にきっかけを説明する。
美鈴と本格的に仲良くなったのは三学期からだ。
見舞いに毎日行って、友達になって、一緒に遊んだ。
そんな友達らしいことをしていた中、いきなり美鈴にハグされた。
友達だからと言っても、いくら雪也を癒すためと言っても、あんなことをされてドキドキしない人はいない。
ましてや気になっている人だったら尚更だ。
あの一件で美鈴に救われて、そこから美鈴への好意を自覚した。
雪也にとって一番大切で、特別で、必死になれる存在だった。
「……いや、カップルかよ」
「でもあの一件だけだし、美鈴も元気づけるためにしてくれただけだ」
「けど好きなんだろ? 早く告ったほうがいいんじゃね? だって美鈴モテるし」
永戸にそう言われて、雪也の気持ちは少々変わる。
やはり告白したほうがいいのだろうか。
ただ、友達の関係が崩れるのではないかという不安もある。
「やっぱり告白してなんぼだろ!」
「お、おい、透、ばか、声のボリューム……」
「雪也! さっさと告って……」
透は何故か前を見た途端、口を閉じる。
どうしたのだろうと雪也も前に視線を戻すと、女子と二人で歩いていた美鈴と目が合ってしまった。
移動教室から戻ってきている途中なのだろう。
悪すぎるタイミングである。
雪也にとっては長い時間目が合ったまま、しばらくして美鈴は雪也から目を逸らした。
そして何も聞いていなかったかのように会話をしながら雪也たちの横を通り過ぎる。
「……おい、透、あれ絶対聞こえてただろ」
「あ、いやー、その……」
「聞こえてたら……どうしよう」
「なら告っちゃえ」
「お前はもうちょっと反省しろ」
美鈴は気にも留めていない様子だったが、あれは絶対聞こえている距離だ。
友人と話していて聞いていなければいいのだが、どうだろうか。
そんな不安を抱えたまま、次の授業に入った。
***
「雪也くん、今日が何の日かわかりますか?」
帰り道、いつも通り美鈴と帰っているとそんなことを聞かれる。
休み時間の一件があったとはいえ、美鈴はさほど気にしていない、もしくは聞いていない様子だった。
いつもと変わらない様子で話している。
そんなことに安堵していると、すっかり頭から抜けた今日という特別な日が思い出される。
「バレンタイン……だな」
「そうですね、誰かから雪也くんはもらいましたか?」
「もらったといえばもらったな……いや、もらった範疇に入らないか」
「……というと?」
「男子同士で交換会しただけだ」
「なるほど、ちょっと安心しました」
「俺がもらってないことに何で美鈴が安心するんだよ」
雪也がそうツッコミを入れると、美鈴はバッグから赤いリボンが結ばれたハート型の箱を取り出す。
一目でわかる、バレンタインチョコだ。
「だって雪也くんが女の子からもらったチョコは私があげたチョコのただ一つだけだからです、どうぞ」
「わ、わざわざありがとう。もらえると思ってなかった」
「あげるに決まってるじゃないですか。だって……」
美鈴が何かを言おうとしたところで、何故か美鈴は口ごもる。
そして数秒経ってからうちに美鈴は言い直す。
「だって、友達じゃないですか。当然ですよ」
「それでもありがとう。これ手作り?」
「はい、でもお菓子作りは割としていますがチョコは初めてなので上手くできているかわからないです……あまり期待しないでください」
「わかった、美味しかったって送っとく」
「まだ食べていないのに美味しいかどうかわからないじゃないですか」
「俺のために作ってくれただけでもうすでに美味しいのは確定してるから」
「な、何ですか、それ」
雪也は冗談っぽく言ったが事実だ。
もらえるかなと期待はしていたが、実際もらえると嬉しい。
その上に好きな人の作った手作りチョコ。
美味しくないわけがない。
例え上手くできていなくても雪也にとっては美味しく感じるだろう。
「じゃあホワイトデーお返しするよ」
「過度な期待をしてます」
「……そんなに期待されると困るんだが」
「ふふ、冗談ですよ。軽いもので大丈夫ですから」
雪也は美鈴からもらったチョコを大事に自分のバッグにしまう。
そうしてバレンタインの話は終わり、美鈴が「そういえば……」と話の方向を変えた。
「…...雪也くんって、す、好きな人っているんですか?」
「あ、えっと……やっぱり聞こえてたか? 廊下の会話」
「ぜ、全部は聞こえていないのですが、告白がどうとかって話は……その、聞こえてました。誰かに、告白したり……するんですか?」
雪也はどう誤魔化そうかと数秒黙り込む。
正直、誤魔化さなければ雪也が美鈴に好意を抱いていることが察せられる。
もう察せられていると言ってもいいかもしれない。
けれど告白のタイミングくらいは考えたい。
「……友達にな、好きな人がいるらしいんだ。だからその友達が告白しようか迷ってるって話。でも早く告白して付き合いたい、ってずっと言ってるんだ」
自分で言っておきながら苦しい嘘だとは思う。
ただ、美鈴はそれ以上何も追求せずに「なるほど」とだけ返した。
雪也にとってはそんな言葉が逆に一番不安にさせられる。
「ちなみに、好きな人は今いるんですか?」
「好きな人……えっと、内緒で」
「内緒って何ですか、いるって言ってるようなものじゃないですか」
「言えない……な」
「……誰ですか? 同じクラスの人ですか?」
雪也は好きな人本人から好きな人がいるのか聞かれたため、テンパってしまう。
結果、曖昧な答えで返してしまった。
それが美鈴の興味をそそらせてしまったらしい。
「内緒だ、それも含めて言えない」
「なるほど……そ、そうですか、じゃあいるってことなんですね」
「……俺のことは置いといて、美鈴はいるのか? 好きな人」
雪也は無理やり話を美鈴に振る。
逃げるという意味もある上に、単純に雪也が気になっていた。
美鈴は少し頬を赤らめた後、答える。
「いますよ、好きな人」
「それは……雅之か?」
「違います、今思えばあれは恋じゃなかったのかなと」
「恋じゃない? 前、好きって言ってなかったか?」
「ええ、でも曖昧でした。あれは多分、憧れだったんだと思います。彼はどこか上品で真面目な人でした。雰囲気も静かで私と似てるなって思ってたんです。けど、彼は友人関係も上手でクラスの人に慕われていました。私にも同じように適度な距離で接してくれました。だからそんな彼のことが好きというより憧れてたのかな、と」
美鈴は昔を懐かしむように微笑みながら話す。
憧れられている雅之に嫉妬する自分と、恋じゃなかったと聞いて安心する自分。
その二つが心の中で共存している。
「なら今の好きな人は?」
「内緒です。雪也くんが教えてくれないので」
美鈴はニコッと雪也に向かって笑う。
そんな笑顔に先ほどから早くなっていた胸の鼓動はさらに大きな音を立てた。




