第十五話 過去の因縁と望まない再会
「美鈴と遊ぶのが久々だからかめっちゃ楽しそうだな」
雪乃を迎えに行った後、雪乃は美鈴に自分の家で遊んでもらっていた。
外は暗かったので中で遊んでもらうことにしたのだ。
時間はあるらしく、母が帰ってくるまでの間は雪乃と遊んでくれるらしい。
久々に美鈴と遊んでいるからか雪乃はいつもよりいはしゃいでいる。
「お姉ちゃん、次はじゃんけんしよー!」
「普通のじゃんけん?」
「うん、だけど雪乃はパー出すからね!」
「じゃあ私もパー出そっかなー」
「そしたらあいこになっちゃうじゃん」
「ふふ、それもいいじゃないかな」
「むむー、じゃあ最初はグー、じゃんけんぽん!」
美鈴はグー、雪乃はチョキを出している。
美鈴は負けてあげようとしたのだろう。
しかし勝とうとした雪乃はチョキを出した。
結果、二人の事象が逆になって美鈴が勝っている。
「えー、なんでお姉ちゃん引っかからないの! あっちゃんにこれやられたからお姉ちゃんにやり返そうって思ったのに」
「裏の裏をかいたからね。もう一回やる?」
「うん、もう一回! じゃあ今度は……」
会話の内容的にどうやら美鈴は勝ちに行っているらしい。
本気で遊びに付き合って一緒に楽しんでくれるから雪乃も美鈴と遊ぶのが好きなのだろう。
雪也が雪乃と遊ぶとつい下手に手加減をしてしまうので、よく雪乃に叱られる。
何はともあれじゃんけんでここまで楽しそうに遊んでいる。
どんな遊びでも雪乃にとっては美鈴と遊ぶこと自体が有意義なのだろう。
「あ、お母さんが帰ってきたのでしょうか?」
雪也がぼーっと二人の様子を眺めていると、インターホンが鳴る。
母なら普通に鍵を開けて入ってくるはずなのでおそらく宅配か何かだろう。
「多分、宅配かな。俺出るから」
雪也はソファから立ち上がって、中のインターホンでその顔を確認した。
すると見慣れた、けど見たくもなかった顔がそこにはいた。
『ドアを開けてくれないか? 話がしたいんだ』
雪也はただただ驚くばかりだった。
その人物は数年前、とっくに縁を切ったはずの実の父だったから。
「……美鈴、雪乃と俺の部屋で遊んでくれるか?」
「雪也くんの部屋で? い、いいですけど……」
「ちょっと……大事な客人だからごめんな。雪乃、俺の部屋まで美鈴を案内してあげて。あと俺がいいって言うまで部屋から出ちゃダメだからな。なるべく声の音量も下げるんだぞ」
「了解なのです!」
雪乃は可愛らしく敬礼をすると、美鈴と二階へ上がっていった。
整理もしたので雪也の部屋は割と綺麗だ。
でも少々荒れていたとしても、同じことを二人に言うだろう。
父は雪乃にも手を出そうとした。
過去、まだ幼かった雪乃は雪也の勉強中に雪也の部屋に入ってきていた。
そこに雪也の課題の出来が悪く、不機嫌だった父がいたので雪乃は頭を叩かれそうになったのだ。
兄としての自我はあった雪也は謝りながら必死にそれを止めた。
おそらく雪乃はそんなことなど覚えていない。
ただ、もう会わせたくない
「……雪也か、久々だな」
「今更なんだよ」
玄関のドアを開けると相変わらず厳格な雰囲気を纏った父がそこにいた。
雪也は一瞬、父の姿を見て昔の記憶が蘇った。
故に少し怖気付いてしまった。
けれど雪也はもう高校生、おじさん呼ばれる年齢になった父の顔面に一発本気で殴るくらいは容易。
それくらい恐怖ではなく腹が立つようになったし、一瞬怖がってしまった自分にも腹が立った。
雪也は目の前の人物を、父さんと呼ぼうとした。
ただ、もう父ではない。
「父さ......いや、俺の人生の大半を奪った挙句、母さん困らせてるクソ野郎」
「お前……実の父に対して何を……!」
父は雪也のことを殴ろうとする。
ただ、父はその拳を当てずに抑えた。
雪也は殴られそうになっても瞬きすらせず、フォームが変だな、と思えるくらい心に余裕があった。
つい最近まで父のことについて悩んでいたのが馬鹿らしく思える。
初めて自分で必死に思えるようなことがあったから、だろうか。
「と、とうとう馬鹿になったか。ただ、そんなことはどうでもいい。母さんはいるか?」
「いないよ、仕事が長引くって」
「そうか、ならちょうどいい。お前にとって悪くない話を持ってきた」
「別にいらない。帰ってくれ」
「いや、話だけでも聞いてくれ。それからなら返してもらって構わん」
「……わかった」
雪也は不本意だが父を家に入れた。
母と父が別居してから雪也は父と一回も喋っていない。
話したいこともある。
お前のせいで母は大変になったと、お前がいるせいで時間を失ったと、そう言いたい。
ただ、変な話をしてくれば今までの恨みも込めて一発くらい殴ってやろう。
そんなことを考えていた。
「誰もいないんだな」
「......雪乃も保育所だし、ばあちゃんとじいちゃんも仕事」
「なら誰かが帰ってこないうちに、さっさと本題に移ろう」
雪也の正面に座った父はバッグから一枚の紙を取り出す。
それを机の上に置き、雪也に差し出した。
「……これは?」
「とりあえず読め、話はそれからだ」
雪也は父から貰った紙を読んでいく。
そこには『転入または編入試験要項』と書かれていた。
上部に書かれた紙の題名通り、転入や編入の説明と試験に関する日程など要項が書かれていた。
「なんだよ、これ」
「読んでもらった通りだ。この試験を受けろ」
「は、今更なんで……」
「知っていると思うがその高校は県内でもトップの高校。国公立大学への進学実績もある。そんな高校の今年の人数が少ないらしく、入学試験後にもまた再募集をかけていた」
「父さんが前に言ってた高校......」
「だからこれを受けろ。聞いた限りだが転入試験は定期テストの勉強さえしっかりしていれば取れるらしい。またとないチャンスだ。雪也ならもっと上を目指すべきだ」
途中から父の言葉が右から左へと通り抜ける。
やっと勉強から離れられたと思ったのに、また勉強に束縛しようというのだ。
雪也はただ今の学校生活を楽しく送りたいだけだ。
そこに勉強はあっても、友達だったり勉強含めて楽しさがあると今はそう思える。
にも関わらず、父はまた束縛しようとしてくる。
「なんで俺が受けなきゃいけねえんだよ」
「お前の言葉など知らん、お前のために言ってるんだ、受けろ」
「受けるわけないだろ! 俺は今に満足してるんだよ!」
「じゃあその先は?」
「……は?」
「今の学校生活が終わった後はちゃんと考えているのか? ずっと勉強ばかりしてきたお前に夢があるのか?」
「はっきり言えるよ。今は必死になるようなものがあるって、やりたいことがあるって!」
「どんなことか知らんが、じゃあ勉強ばかりしてきたお前がそうやって他のことに走って母さんを困らせるというのか?」
「それは父さんの方だろ?」
「いや、違う、母さんを困らせてるのはお前だ、雪也。知ってるか? 大人になるまでにかかる子供の必要は学費含めて二千万から四千万と言われている。どう生活するかにもよるが実際はもっと高いだろうな」
父に言われた言葉は全て事実だった。
故に雪也は反論ができなかった。
雪也がいるから母は忙しく働いている。
そんな母に恩を返せるのが国公立大学に入って、出費を減らして、良い企業に就職すること。
今まで逃げてきた勉強が必要になってくる。
「これ以上、母さんを困らせたくないなら俺の元に戻れ」
「迷惑なんだよ……もう帰ってくれ」
「わかった、だがもし俺の元に戻りたいなら昔の家に来い」
父はそう言葉を残して家から出て行った。
何を言い返すことができない自分に今はただただ腹が立った。
「もう客人も帰ったから出てきていいぞ」
雪也が自分の部屋に行くと雪乃は心配そうな顔をしながらこちらに来る。
そして雪也に近づくと子供ながらの弱い、けれど力強く感じる力で抱きついた。
「……ごめんな、雪乃。その……やっぱり聞こえてたか?」
「はい、ここまで雪也くんの声が響いてました」
「本当ごめん、つい声荒げた」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。びっくりさせたし、心配かけたな」
雪也は雪乃の頭を優しく撫でる。
美鈴も心配そうにこちらを見ていたので「ありがとう」と雪也は言う。
「深いことに追求する気はありませんが……大変、なんですね」
「ちょっと複雑、雪乃の前では言えないことだからさ。また機会があったら言うよ」
「わかりました、私で良ければいつでも相談に乗ります」
「……ありがとう」
それから数分もしないうちに、祖父母の方が先に家に帰ってきた。
暗いので美鈴を家に送ることになり、二人で道を歩いた。
だから父のことなど大まかなことは言った。
しかし詳しいことは口には出せなかった。




