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第十一話 もし手術がうまくいったら

「はい、どうぞ」


 日は落ちた午後十七時半ごろ、雪也が美鈴の病室をノックする。

 許可が降りたので扉を開けると美鈴は本を読んでいた。

 

 本をすぐに閉じて、美鈴は雪也の方を見る。

 すると潤んだ瞳で目を見開かせながら驚いていた。


「え、雪也さん……なんで……」

「ごめん、来るなって言われたけど、迷惑かもしれないけど……天春も天春でひどいぞ」

「なんで私のせいにするんですか。本当に来ないで欲しかったんです……けど……」


 雪也は美鈴からもらった手紙を見せる。

 美鈴の話す声は小さくなり、やがて口を閉じた。

 そして雪也から視線を逸らして、自身の手元に視線を戻した。


「……見たんですか、その手紙」

「すまん、美鈴の病状が良くないって話を聞いて……読んだ」

「なんで……なんで、あなたって人は本当に……なんで……」


 美鈴はそう言って突然涙を流し始めた。

 そしてえずきながら自身の涙を袖で拭い始める。


 雪也が来たことで泣かせてしまった、そんな後悔が押し寄せる。

 だから雪也はどうして良いか分からず、当たり障りのない言葉で謝罪しようとする。


「その……手紙見てごめん」

「うぐっ……本当……ですよ」

「来ないでって言われたのに来てごめん」

「……本当ですよ! うぐっ……だって、だってあなたが来たら、あなたと話したら……もっと生きたいって思っちゃうじゃないですか!」


 美鈴は語気を少し強めてそう言った。

 そんな美鈴に雪也はハンカチを差し出した。


 公園で会ったあの時のようにやはり放っては置けなかった。


「その優しさが……迷惑なんですよ。もっと生きたいって……思っちゃうから……」


 しばらくして美鈴は落ち着き、ハンカチを綺麗にたたみ直した。

 美鈴の瞳は真っ赤になっていたが、表情はいつも通りに戻っていた。


「……ありがとうございます、落ち着きました。またハンカチ貸してくれましたね」

「人が泣いてるの見てぼーっと突っ立ってれる訳ないだろ」

「それが雪也さんの良いところです」


 泣いてスッキリしたのか、美鈴は雪也に笑顔を見せた。

 そんな笑顔が雪也に安心感を与えた。


「その……聞きたいことが山ほどあるんだが、聞いてもいいか?」

「……手紙を見られたのなら仕方ないですね。先に言うと私は結構重い病気です。一年前くらいに発覚して、段々と病状がひどくなって今に至ります。来週の手術が成功してうまくいかなかったら、私は死にます」

「なるほど……成功してうまくいったら?」

「命が伸びます。けどまたいつひどくなるかは分からないです」

「来週のいつなんだ?」

「土曜日です……来週というより正しくは今週でしょうか」

「すぐじゃないか」

「ええ、でも割と心の準備はできていたんですよ……誰かさんが来たせいでまた怖くなりましたけど」

 

 それから毎日、放課後に雪也は美鈴に会いに行った。

 雪乃は連れてこないでと美鈴に言われ、毎日雪也一人で病室に足を運んでいた。


 もしかしたら美鈴と会えるのが最後になるかもしれない。

 だから土曜日の手術日まで毎日見舞いに行く予定をしていた。


 けれど木曜日のことだった。


 ***


「ちなみに毎日来てるけど親の姿とか見たことないんだが……来てるのか?」


 雪也はふと、そんな疑問を投げかける。


 もうすぐ娘が死ぬかもしれない。

 そうなった時、一分一秒でも付き添おうとするだろう。

 しかし雪也は美鈴の親に出くわしたことがない。


「親は……私の病気のことなんて気にも留めていないです」

「……自分の娘だぞ?」

「いいんですよ、そういう家なので。親からの愛など受けたことがないですから」

「そんな家があっていいはずが……」

「けど雪也さんがいるから平気です。雪也さんは私が出会った中で一番優しい人ですから」


 雪也は美鈴にまじまじと言われて、ただ感謝を述べるしかできない。

 ストレートに言われると恥ずかしいものがある。


「雪也さんさえ良ければ、手術がうまく行ったら私の友達になってください」

「前断ったのに?」

「……少々おこがましいでしょうか」

「冗談だよ。いいよ、俺も美鈴と友達になりたい。でも友達になったらさん付け禁止だからな」

「ではなんとお呼びすればいいのでしょう」

「雪也でいいぞ、普通に」

「うーん……呼び捨ては慣れないですね。じゃあ雪也くんでいいですか?」

「ああ、それでいい」


 雪也は表情を緩ませた。

 

 美鈴との他愛もない会話がどうにも楽しかったから。

 距離が近くなった実感が湧いてどうにも嬉しかったから。


「じゃあ私のことも美鈴って呼んでください」

「名前呼び慣れてないんじゃないのか?」

「むう……今日の雪也さんは意地悪ですね」

「冗談だよ、美鈴」

「っ……や、やっぱり慣れないです。名前呼び」


 雪也は美鈴とそんな会話をする。

 しかし先ほどまで笑っていた美鈴だったが、美鈴は会話が途切れたタイミングで急に手を差し出した。


「……あの、手、握ってください」

「え? ああ、別にいいけど……」


 雪也は戸惑いながらも美鈴の右手の指の部分を同じく右手で握った。

 美鈴の指は少しひんやりとしていて、華奢な指だった。


「……やっぱり手術、怖いです。成功させて雪也さんの友達になって、手紙で書いたみたいな青春送りたいです」

「ああ、送ろう。手術が終わったら、友達との遊び方を教えるから」

「ふふ、それは楽しみです」


 しばらく無言で雪也は美鈴の手を握る。

 

 優しく、だけれども強く握った。

 美鈴の手を離したくなかった。

 離したらもう握れないような気がしたから。


「……ねえ、雪也さん」

「どうした?」

「……手、あったかいですね」

「カイロ、ポケットに入れてるからな」

「あ、私もまだありますよ、雪也さんからもらったカイロ」

「そういえばそんなのあげたな」

「……ねえ、雪也さん、もう一つお願い聞いてもらってもいいですか?」

「どんなお願いだ?」

「……雪也さんを傷つけるかもしれません」

「別にいい、できる範囲なら聞く」


 美鈴はためをつくって、息を吸った。

 そして笑いながら言った。


「……もし私が死んでも、私のこと、忘れないでください」


 美鈴の笑顔は儚くて、脆くて、けれど今まで見たことのない満面の笑みだった。


 その三十分後のことだった。


 美鈴の容態が悪化した。


 すぐに雪也はナースコールを押した。

 

 そして駆けつけてきた看護師によって、美鈴は手術室へと運ばれていった。


 雪也にできるのは美鈴がよくなるようにただ祈ることだけだった。


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