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⑤共闘


「共闘なんて初めてじゃないか?」


 腰に剣を下げながらレイニーに言うと、彼はムスっとしたまま「そうだな」と答える。


「俺たちは初めてだが、もしかしたら他のアダムの使いは普通にしているかもしれねぇな」


「でもよ」と続けた。


「なんであのブタ猫と一緒なんだよ! 他にもアダムの使いは沢山いんだろ!」

「良く知っている相手との方がコミュニケーションは取りやすいぞ」

「そうかもしれねぇけどよ!」

「ほらもう行くぞ」


 騒ぐレイニーと冷静なシュガーレットという絵はいつものこと。

 小さく呼吸をして家の中を見渡す。二人で暮らすここは自分たちが帰ってくる場所だ。


「行ってくる」


 レイニーよりも先にそう言うと、隣で彼が微笑んだ気配がして恥ずかしくなる。

 ここが帰ってくる場所だと教えてくれたのは誰でもない、レイニーだ。

 行ってきますも、ただいまも、ちゃんと言うべきだと口うるさく彼が言ってきた。

 初めはそんなこと言ってどうするんだと思ったが、今はここが大切な場所だからこそ言うのだと心から理解している。


「行ってきます」


 そうレイニーも言い、シュガーレットの隣に立つ。


「カラスの姿にならないのか?」

「今日はブタ猫が一緒だからな。人間のままでいる」

「そうか」


 なぜエリオットが一緒だと人間のままなのかよく分からないがシュガーレットは頷き、ドアを開けた。

 扉の間にはいつものようにアダムの使いが行き来していたが、出入り口付近で、すでにエリーゼとエリオットが待っていた。

 エリオットも猫の姿ではなく、人間の姿だ。


「すまない。待たせたな」

「わたくしを待たせるなんていい度胸ですわ」

「どうせバカラスが羽の手入れに時間掛かってたんだろ」

「てめぇよりも綺麗だからって嫉妬すんなよブタ猫」


 二人もとい二匹の間でバチバチと音がしそうなのをシュガーレットは「お前ら、そのへんにしておけ」と声を掛ける。


「アンノウンの所にはもう行ったのか?」

「まだですわ。さっさと行きますわよ」


「エリオット」とエリーゼが名前を呼ぶと、彼は「はいよエリーゼ」と彼女の腰を抱き、役所の方へ一緒に歩いて行く。

 これが俗に言うエスコートというものだろうかとシュガーレットが見ていると、レイニーがこちらを覗き込んだ。


「シュガーも腰がいいか?」

「・・・・・・? どういうことだ?」

「抱き寄せられるの」


 真剣な表情で聞いてくるのに対し、シュガーレットは首を傾げながら「別に」と答える。

 それよりも彼女たちに置いて行かれてしまうと足を進めた。


「どちらでも構わない。抱き寄せなくても問題ないしな」

「・・・・・・・・・・・・」

「うわっ!」


 エリーゼの後ろに追いついたと思えば、突然身体を後ろへ引き寄せられいつものように肩を抱かれた。

 ムスっとした表情は家を出る時よりも少し不機嫌そうだ。


「どうしたんだ?」

「シュガーは冷てぇなって」

「なんで私が冷たいんだ」

「あーあ、エリーゼみたいにシュガーにも名前を呼ばれてみてぇなー」

「レインっていつも名前を呼んでいるだろう」


 どこか大げさに言うのが分かったシュガーレットはムッとして答えると、前を歩いていたエリーゼがクスクスと笑いながら顔を少しだけこちらを向けて言った。


「その唐変木にそれを望むのは難しくってよ」

「シュガーレットの美しさはそこにあったりもする、ってででででで!」

「その軽いところは貴方の悪いところよエリオット」


 腰を抱く手の甲を摘まむエリーゼは笑顔だが威圧感が凄い。

 だがエリオットは慣れているのかどこか楽しそうに「エリーゼが一番美しいよ」と微笑み直して彼女の頭に頬ずりした。

 それを見ていたレイニーもシュガーレットに頬ずりし、突然言い出した。


「エリーゼの金髪も綺麗だよな」

「そうだな。キラキラして綺麗だ」

「・・・・・・はぁぁ」


 そして大きな溜息。

 一体何だと眉を寄せるが、また前のエリーゼたちからは笑い声が響く。

 周りのアダムの使いたちよりも騒がしくしながら役所へと向かった。



「エリーゼとシュガーレットですわ。これから、怖がりな魔女、アヤノ・チトセを討伐しに行きますの」

『――――ではお二人のカギをお渡しください』

「あぁ」


 シュガーレットとエリーゼは家のカギを白いカウンターに置く。するとアンノウンがそれを取り、二つではなく一つのカギを置いた。

 どうやら共闘の場合は二組で一つという形らしい。なるほど。共闘の場合は共に役所に来なければいけないということか。


『このカギが一日しか保たず、一度使えば灰になりますので気をつけてください』

「・・・・・・分かりましたわ」


 それをエリーゼが受け取る。シュガーレットはそれに対して何も言わず、レイニーも特に意見しなかった。

 いつもならばこの後、『神のご加護が』の言葉で終わるのだが、アンノウンは『今回の討伐に関してですが』と続けた。


『共闘である理由は、それだけ魔女が強いということを意味します。万全な態勢でお臨みください』

「えぇ」

「分かった」


 二人は頷く。

 共闘は初めてだが、その理由を考えればおのずとその答えは導かれる。

 アダムの使いとガーディアンの一組では太刀打ち出来ない相手なのだろう、と。


『エリーゼ、そしてシュガーレット。貴方に神のご加護がありますように』

「ありがとう」


 シュガーレットは礼を言うが、エリーゼはすぐに背を向け歩き出す。

 またそれを追いかける形でシュガーレットはレイニーと扉の間へと戻ろうとした途中、「あ」と声を上げ、エリーゼを抜かして見つけた彼の元へと走って行った。


「ナイレン」

「・・・・・・シュガーレット」


 シュガーレットが声を掛けると、ナイレンが振り返った。

 傍らにはホワイトウルフの姿のハイネもいる。小さく呻くような声が聞こえたが、気にせずにシュガーレットは「どうだ調子は」と訊ねた。


「任務の方は順調か?」

「そうだな」


 頷いた彼に「そうか」と頷くと、不機嫌そうなエリーゼの声がシュガーレットの名前を呼んだ。


「突然なにかと思いましたわ」

「すまない。ナイレンがそこにいたんだ」

「ナイレン、ね」


 エリーゼが腕を組み、フンと鼻を鳴らす。


「クリスタル様に会った後かしら」

「エリーゼ」


 遠慮無く噂になっていることを聞く彼女に、シュガーレットは諫めるように視線を向けるが、ナイレンは気にすることもせず、「あぁ」と頷いた。

 それに目を丸くしたのはシュガーレットの方だ。


「何をしているか知らないけれど、貴方も大変そうね」

「あぁ」

「もしかして、ナイレンとエリーゼはよく話す仲なのか?」

「いいえ?」


 見知った仲のように話す彼らに驚きのまま聞くが、あっさりと否定される。

「エリオットがガーディアンに話し掛ける程度ですわ」と溜息をつく。

 視線をナイレンから逸らしハイネの方を見れば、彼女の警戒するような視線はこちらではなくエリオットの方を向いている。


「ハイネちゃんは警戒心が強いねぇ」

「黙れ」


 ハイネの冷たい声が響く。それにエリオットは頭で両手を組んで笑った。


「ナイレン。早く行きましょう」

「あぁ。そうだな」


 ハイネに促され、ナイレンはシュガーレットに改めて視線を向け言った。


「これから任務か」

「あぁ」

「・・・・・・気をつけて行ってこい」

「ありがとう」


「失礼する」と彼は役所の方へと歩いて行く。

 ハイネも最後にガウッ! とエリオットに噛みつく素振りを見せてからナイレンについて行った。

 それを見送れば、手を組んだままのエリオットが疑問の声を掛ける。


「シュガーレットが見かけただけで声を掛けるのは珍しい気がするんだけど?」

「だよな!?」


 それに食いついたのは黙って見守っていたレイニーだ。


「シュガーはナイレンにだけ妙に話し掛けンだよ」

「へー? なに、ナイレンのことが好きとか?」

「は?」

「いや、そういうことじゃない」


 シュガーレットは首を横に振り、もう見えなくなったナイレンが歩いて行った方を見つめたまま答える。


「ナイレンは妙な親近感があるんだ」

「どいうことだよ」

「なんていうか・・・・・・いたことはないが、兄弟みたいな感覚・・・・・・だろうか」

「「兄弟・・・・・・」」


 レイニーとエリオットが声を合わせて言う。

 ニヤニヤしているのはエリオットで、どこか苛立たしげな表情をしているのはレイニーだ。

 なんだ、何か変なことを言っただろうかとエリーゼの方を向けば、彼女は溜息をついて歩き出した。


「バカな話は終わりにしてそろそろ行きますわよ」

「これは想像以上に苦労するな、バカラスは」

「察してくれてありがとよ、ブタ猫」

「ちょ、なんなんだ一体」


 意味が分からないと眉を寄せるが、ガーディアン二人がうんうんと頷くだけで何も教えてくれない。

 シュガーレットは「なんなんだ本当に」と、三人の後を追うように扉の間へと歩いて行った。



「準備はよくって?」


 一番近いドアの前に立ち、彼女は振り返った。

 傍らに立つガーディアンが「いつでも」と肩を揺らした。


「俺様とエリーゼが一緒なんだ。すぐに終わる任務だろ」

「油断は禁物だ、エリオット」

「そうだな」


 レイニーが頷き、まっすぐドアを見つめた。


「またここに必ず戻って来る。どれだけ魔女が強かろうと、絶対だ」


 彼の言葉に何かを言う者はいない。それでも皆が無言で頷いたのが感覚で分かる。

 では、というようにエリーゼがカギを差し込み、ドアを開けた。いつもと同じ道がそこに広がり、エリオットが先頭に中に入っていった。

 それに続こうとしたエリーゼがふと、シュガーレットに振り返った。


「・・・・・・シュガーレットは共闘をしたことがあって?」

「いや、初めてだ」

「そう」


 彼女は頷き、ドアをくぐる。後ろから「エリーゼは?」と訊ねれば、彼女も「初めてですわ」と返す。

 どうやら互いに共闘は初めてのようだ。


「足を引っ張らないようにして頂戴ね」

「善処する」


 四人全員がドアをくぐった。

 パタンと閉まった音は、逃げることは許されない音。後はもう魔女を討伐しない限り、自分たちに道はない。

(共闘、か)

 魔女がいつも以上に強いということは分かる。もしかしたらまた光の球の過去以外にも思念を感じられるかもしれない。

 だがそれが見られるのは浄化に成功したならばの話だ。まずは魔女の相手をしなくてはいけない。

 もしかしたら他のアダムの使いは共闘をしたことがあるかもしれないが、アダムの使いとガーディアンの一組が任務に向かうのが普通だろう。

(もしかしたら、今回の魔女にすでに何人かのアダムの使いが送られているのかもしれないな)

 それでも太刀打ち出来ない相手だから自分とエリーゼでタッグを組むことになったという可能性は大いにある。

 顔見知りと組むことになったのもきっとたまたまではないだろう。



 エリーゼたちとの出会いをハッキリとは覚えていない。それだけ長く一緒にいるからなのか、それとも自分がアダムの使いとして生まれて間もない時に出会ったからなのか、それも分からない。

 でも多分、エリオットから声を掛けてきたのだろう。彼は女性に声を掛けることが多い――――そこからエリーゼと仲が良くなるかは彼女次第で、エリオットはどうこう出来ないけれど。

 だがそれがキッカケで話すようになったのかもしれない。エリオットのあの気さくに話し掛けることが出来るのは良い特技だとシュガーレットは思っている。

 エリーゼからすると、こちらは無骨者で唐変木だから話していると腹が立つらしい。それでも言葉の端々でこちらの身を案じたりするのが分かる為、どれだけ嫌いだと言われても彼らが話し掛けてくれるならば一緒に話をして、仲良くしていたいと思っている。

(ナイレンのことは良く分からないな)

 自分から追いかけてまで声を掛けるのは確かにナイレンだけなような気がする。

 エリーゼとすれ違うならばまだしも、少し遠くで見かけたとしても、そこまで声を掛けにいったりはしないだろう。

 ガーディアンであるレイニーを大切に想う気持ちとも違うし、エリーゼとエリオットのように仲良くしたいと想う気持ちとも違う。

(一体何なんだろう)


「シュガー? どうした?」


 考え込んでいるとレイニーがこちらを心配そうに覗き込んでくる。

 それにハッとして「なんでもない」と首を振れば、少し固くなったエリオットの声が響いた。


「出るぞ」


 一枚のドア。

 目の前にあるそれに手を掛けてゆっくり開けば、夜の湿った空気が身体を纏った。

 ドアをくぐった先にあったのは暗闇だけではなく濡れたコンクリートで、どうやら先ほどまで雨も降っていたことが窺えた。

 四人で視線を巡らせれば、どうやらここはどこかの路地裏らしい。しかし遠くから人の騒がしい声や、エンジンの音。そして高い電子音が聞こえることから、最近訪れていた場所とは少し違う国や時代に来たらしい。

 高いビルの間のこの路地には空き缶や煙草の吸い殻が沢山落ちているが、人が転がっていないだけまだマシだろう。

 シュガーレットとエリーゼは胸ポケットから手紙を取り出す。

 二人は一緒にそれを開いて、声を出して確認し合った。


「本日の任務。シンジュクエリアにて、怖がりな魔女『アヤノ・チトセ』の討伐」


 それをガーディアンは見守りつつも、警戒するように周りに視線を向ける。

 アダムの使いの一人は手紙を持っていない方の指をパチンと鳴らし、蒼い炎でそれを燃やす。そしてもう一人は後ろに投げ捨て、同じように指を鳴らすことで燃やして消した。


「魔女の気配が強いですわね」


 言いながらエリーゼは眉を寄せ、ビルを見上げる。

 空には雨が降っていたとは思えない雲一つ無い黒色が広がり、このビル街の明かりの為か星は一つも見えなかった。

 しかしそれらの光に負けないとでもいうような、チシャ猫のような三日月が黒い空に穴を開けていて、魔女の気配が満ちているここ、シンジュクエリアが妙に不気味に感じられた。


「だが人が襲われている様子はないな」


 悲鳴は聞こえない。

 シュガーレットは静かに歩き、路地裏から顔を出してみる。

 そこには沢山の人が歩いていて、まるで波が出来ているようだ。

 馬車ではなく車が走り、高い電子音は歩道にある信号機の音だったらしい。

 楽しそうに友人と話す姿や、どこかへと急ぐ人、スマートフォンを耳に当て、頭を何度も下げている人など、それぞれがそれぞれにこの波の中、時間を過ごしている。

 魔女を恐れている様子もなければ、襲われている姿もない。


「何ともなくてもこんなに魔女の気配が満ちてるということは、どこかにいる筈だわな」


 エリオットがエリーゼと同じサーベルに手を掛ける。

 確かに、いま突然背後から襲われてもおかしくないほどの気配だ。


「カラスになって空から見てみるか?」

「いや、逆にそれは危険だろう」

「そうですわね」


 レイニーの言葉に、アダムの使いは止めた。


「狙い撃ちされるようなものですわ」

「警戒しながら歩いて行く方が何かあった時に回避しやすい」


 シュガーレットは表に出していた顔を引っ込め、「少し裏を歩いてみよう」と提案する。


「これだけ人間がいるんだ。一人路地裏に引っ張り込んだところで誰にも気付かれない場合がある」

「どこかで食事中かもしれないですわね」


 エリーゼは髪の毛を流し、「レイニー」と名前を呼んだ。


「エリオットも、得物を出しておきなさい。四人で構えるのは流石に狭いから、わたくしたちは二人の間に立ちますわ」

「レインは後ろを警戒してくれ」

「わかった」

「貴方は前よ。エリオット」

「あいよ」


 レイニーはカラス。エリオットは猫だ。

 この細道をしなやかに動けるのはエリオットで、彼よりも素早いのはレイニー。ならば、もし前から魔女が現れたとしたらエリオットの方がビルの壁を使っての対応が上手いし、背後からの奇襲だった場合は、動きが素早いレイニーが応戦するのがいいだろう。

 二人のアダムの使いは柄に手を掛けたままの状態だ。不安は拭えないが、エリーゼの言う通りこの細道で四人が得物を抜くと流石に動きづらい。

 四人はそれぞれ辺りを警戒しながら歩いて行く。

 ビルに配置されたパイプからピチャンピチャンと水が滴る音。吹き抜ける風が空き缶を転がす音など、そのような細かい音まで聴き、注意する。

 しかし魔女の気配は遠くなることも、近くなることもない。


「まるで魔女の中にいるみたいだ・・・・・・」


 シュガーレットが呟くと、エリオットが頷いた。


「アダムの使いを二人も寄こしたんだ。それなりの魔女なら大きさもそれなりの筈だ」

「それだけ人を食らっているならば、行方不明者が出ていてもおかしくありませんわ」

「だが、街はいたって平和だな」


 以前訪れた海辺の街の住人は魔女のことを化け物と認識し、恐怖していた。

 だがここの街は何も起きていない。どういうことなのか。


「釣ってみるか?」


 レイニーの言葉に三人が振り返る。

 彼は刃の裏で己の肩をトントンと叩いていた。


「少し広い所に出て、血を垂らしてみればいい。匂いを嗅ぎつけて出てくる可能性が高い」

「そんなことが出来るのか?」

「それ、何でも屋の知識か」


 驚きの声の次には、どこか呆れたような声音が続く。


「でもよ、俺らの血を得たら力が増すとかいうのはどうすんだよ」

「それこそマッドサイエンティストの妄想だろ」


 レイニーはエリオットの言葉に溜息を吐いた。

 どうやらガーディアン二人しか分からない話のようだ。


「垂らすっつっても少量だ。こんだけ湿ってるならすぐ血も水に混ざる」

「これだけ人間がいても姿が見えない相手だ。出てくる可能性は低いぜ?」

「でもただこの気配の中、歩き回るよりはいいだろ」

「・・・・・・俺は血の一滴もやらねーぞ」

「俺がやるからいい」


「ということだ」と、レイニーは黙ったままのアダムの使いに言う。


「四人で得物を構えられるところに出て、俺の血を地面に垂らす」

「さっき言っていた魔女が強くなってしまう可能性はどうするのかしら」

「血を流すのは本当に少しだ。ここまで強力な気配がする魔女にとっては微々たるものだろうな」

「レインは大丈夫なのか?」


 不安げに聴けば、レイニーではなくエリオットが軽い口調で答えた。


「少しばかり標的にされる可能性はあるっちゃあある」

「おいエリオット」

「なんだよ、本当のことだろ」


 血の匂いを嗅いだ魔女はその本体を探す。すぐに傷が塞がるわけではないから、匂いが漏れる。それを求め魔女はレイニーを狙うだろう。

 その説明にシュガーレットは眉を寄せ、反対する言葉を放とうと口を開くが「仕方ありませんわ」とエリーゼがシュガーレットに言った。


「先ほどレイニーが言ったようにこのまま歩き回るよりやってみる価値はありますわ。もしどうしても自分のガーディアンが狙われるのが嫌だというのでしたら、エリオットにさせるけれど」

「えー、エリーゼぇ、俺は嫌なんだけどー」

「お黙り、エリオット」


 ぴしゃりと言うエリーゼを見つめ、シュガーレットは唇を噛み締める。

 ガーディアンはアダムの使いを守る存在だ。どれだけ相手を大切に想っていても、任務の方を優先させなければいけない。

 ここでエリオットに任せるということは、同じガーディアンであるレイニーの存在意義を否定するようなものだろう。


「レイニー」

「ん」


 シュガーレットはレイニーに向き直り、言う。


「頼んだ」

「あぁ。任せろ」


 彼は笑い、こちらの頭をくしゃりと撫でる。

 赤い髪の毛の尻尾が不安げに揺れるけれど、しっかりしなければ。


「開けたところを探そう」


 勢いよく前を向いて、また結った髪の毛を揺らす。エリオットは軽く返事をし、歩き出した。

 しかし、四人が気軽に得物を構えられる場所は簡単に見つからなかった。


「なんだよこのシンジュクエリア、人が多すぎるんだっつの」


 とにかく人が多いのだ。

 こちらの存在が彼らに認知されることはない。こちらから関わらない限り。だが、戦闘が始まれば話は別だ。

 認知していなくとも、強い風が吹けば彼らは飛ぶし、自分たちがぶつかれば彼らも倒れてしまう。

 魔女を討伐する時に人間を巻き込んでしまっては、元も子もない。

 ビルの上という手もあるが、鎮魂の祈りの際に頭から刺すことが難しくなってしまう。


「あそこの公園はどうだ?」


 ビルの隙間から覗いた先に見えたブランコ。そして小さな砂場があり、数名がその公園を取り囲む柵に腰を掛けているが、何かあれば多少手荒だが突き飛ばせばいい。


「とりあえず、ですわね」


 四人は減りそうのない人混みを横切るように進み、公園まで行く。

 その向こうには線路があり、電車が多く通っていた。

 ガタンゴトンと馬車よりも大きな音を立てるそれを聞きながら、三人はレイニーから背を向ける。

 シュガーレットとエリーゼも得物を抜き、構える。そして一つも見逃さないとばかりに周りを見渡した。


「レイン、いつでもいいぞ」

「わかった」


 風が吹く。

 だが公園の砂は舞い上がることなく、静寂を纏ったままだ。

 線路が近いため、もともと重たい砂を使っているのかもしれないが、雨が降って濡れているからだろう。

 フワリと持ち上がったのは前髪で、各々が視線をこらしている。


「切るぞ」


 レイニーはそう言い、袖を拭った腕を差し出した状態で刀を構えた。

 指先を切っては、刀を持つのに何かあったら困る。腕の内側に刃を当てて、皮一枚だけ切るように軽く引いた。

 赤い水滴がぽつりぽつりと浮き上がる。

 それを垂らすように腕を回し、地面と垂直にしたところで、エリオットが眉を寄せた。


「おい」


 何かあったのかと全員の気配が彼に向く。だがまだ血は地面に落ちていない。


「変だぞ」


 エリオットが言う。彼は街の方、人が沢山歩いている方を見ていた。


「さっきから声が変わらない」

「どういうことですの?」


 ガーディアンは元々動物のため、耳が良いということと、集中していたから気付いたのだろう。

 彼はそれを口にするが、血が重力に抗うことなく落ちていくのをもう止められない。


「あいつら移動しているように見えるが、あそこをぐるぐる回っているだけで、同じところにいンだよ」


――――ピチャン。

 レイニーの血が地面に落ちる。

 濡れた砂に赤色が混じり、染みこんでいく。瞬間、先ほどまでのざわめきが止まった。

 何があったのか。シュガーレットが街の方へ視線を向け、ぞっとした。

 そこを歩いていた人間全員が動きを止め、目を見開きながらこちらを見つめいた。


「あながち、魔女の中にいるっていうのは間違いじゃなかったみたいだな!」


 歪んだ笑みを見せながらエリオットは改めてサーベルを構え直す。


「もしかしてここにいる人間全員が・・・・・・?」

「すでに魔女の餌食になっているのですわッ!」


 柵に座っていた人が数名、一番近くにいたエリーゼに飛びかかる。

 それと同時に街にいた人間が一気に両手をこちらに向けながら走ってきた。


「っ――――!」


 エリーゼは襲いかかってきた人間の首裏を柄で殴るが、彼らは意識を失うことなくグルンと首を背中にまで向けて彼女に噛みつこうとする。

 動いていたとしてもすでに魔女の餌食となり、魂は奪われてしまっているようだ。

 それは食べられたのか、それともただ殺されただけなのか、正確なことは分からない。だが、すでにもう彼らの人生は終わっている。


「エリーゼ!」

「大丈夫ですわ!」


 躊躇いなくエリーゼはサーベルを振るう。

 死した人間に遠慮など不要だと、回っている頭を胴体と切り離した。

 音を立てながら倒れる人間はそのまま動かなくなる。「ふん」とエリーゼは次の人間を睨付けながら言った。


「ゾンビは頭を切り落とすのがいいっていうのがお決まりですわね!」

「レイン!」


 向こうから走ってくる人間たち、否、ゾンビの方を向きながら、シュガーレットはレイニーから少し離れた位置に立った。


「切った腕は問題ないか」

「こんなの掠り傷にもならねぇよ」

「これ全員相手にすんのは流石にヤバくね?」


 うめき声もないゾンビが無言で走ってくるのに対し、エリオットは言う。


「魔女はこんなにも人を殺めたのか」

「確かにこれ全員を相手にするのはきついな」

「どこかに本体である魔女がいる筈ですわ」


 問題なく片付けたエリーゼが血で汚れたサーベルを振り、払う。


「さっすが俺のエリーゼ。余裕だな」

「当たり前ですわ」


 腰を抱いて頬ずりするエリオットだが、もう目の前にはゾンビが迫っている。

 そんなことをしている場合ではないと焦りながらシュガーレットが剣を構えると、ふと、地面にある影が目についた。

 その影は先ほどエリーゼが倒したゾンビの影だが、ゆらゆら揺れている。動いていないにも関わらず、だ。

(討伐する魔女は、怖がりな魔女・・・・・・!)

 シュガーレットはハッとして前を向き直る。しかし目の前にいたゾンビはこちらではなく、レイニーの方に焦点を合わせていた。


「くそっ!」


 血のせいかとシュガーレットは一歩前に出て、彼に向かうゾンビの頭を薙ぎ払う。

(すまないっ)

 もう死した存在だ。それでも人間の姿をしている彼らに謝罪の念をどうしても抱いてしまう。だが、レイニーを傷つけるのは許せない。

 それでも一人で彼を守るのは無理だ。


「エリーゼ! エリオット! 頼む!」

「あーいよ」

「分かってますわ」


 エリオットとエリーゼがゾンビの肩を使い、跳躍する。

 そしてどんどんレイニーに近づいていくゾンビの首を落としていった。


「レイン!」


 すでにレイニーはゾンビに囲まれ始めており、シュガーレットは身をかがめる。そして軸足に力を込め、スライディングをしながらゾンビの足を切り落とし彼の元へ行く。

 それをレイニーは見逃さず、傍らに来たシュガーレットの腕を持って立たせ、逆にこちらを守るようにしながら足を切られ倒れたゾンビの頭をはねた。


「シュガー! 無理してこっち来るな!」

「お前の肩を借りたい!」

「は?」


 言いながらシュガーレットはゾンビが転がる周囲を見る。そこにはまたあの影が。

 何もないにも関わらず、ゾンビの身体にも影ができ、揺れている。

 やはり魔女は彼らに隠れている。


「魔女を呼ぶ!」

「呼ぶって、おいシュガー!」


 シュガーレットは困惑しているレイニーの肩に手を置き、身体を持ち上げる。そして頭を挟むような形で両肩に足を乗せて叫んだ。


「アヤノ・チトセ!」


 それにぎょっとしたのはエリーゼとエリオットだ。

 魔女に呼びかけるなんて普通はしないのだろう。だがきっと反応する。前に討伐した、あの待ち続ける魔女、リアナ・ライネルトのように。


「こんな数の人間に隠れるほど、何が怖いんだ!」

「ちょ、シュガーレット!?」

「私はお前が見えているぞ!」


 足元が揺れ、姿勢が崩れそうになる。レイニーが下のゾンビの相手をしているのだろう。だが、出来るだけ安定させるように真っ直ぐ立っていてくれる。

 出来るだけ早く姿を現せと思いながら、シュガーレットはまた叫んだ。


「さぁ怖がりな魔女、アヤノ・チトセ! 今更隠れたって無駄だ!」


 また静寂な時間が突然訪れる。

 ピタリとまたゾンビが動きを止めたのだ。しかし動きが止まらないのが、彼らの影だった。


「シュガーレット! 後ろだ!」


 エリオットの声が響き、振り返ろうとした瞬間ガクンと身体が落ちる。


「レイン!」


 どうやらレイニー意図的にシュガーレットを落としたらしい。

 こちらの身体を横抱きにキャッチする。だが視線はこちらではなくシュガーレットが立っていた方を向いていて、同じようにそちらへ視線を動かせば、動いていた影が宙で一つに固まり始めていた。

 だんだん大きくなるそれに、レイニーは距離を取るように線路の方へと跳躍する。

 影は少しずつ人の形を作っていき、最終的にツインテールの魔女の姿を現わした。


≪あぁ、う・・・・・・うぅ、やだぁ≫


 その声は高い雑音。だがそれは子供の声だった。

 それでも身体は普通の子供よりは一回り、二回り大きい。それでもこれだけの人間を殺めたにしてはまだ身体が小さかった。


≪おにんぎょうさんたち、たすけてよおおおおおお!≫


 金切り声で叫ぶと、再びゾンビが動き出す。突然のそれに不意を突かれたのだろう。エリーゼの短い声が聞こえた。


「エリーゼ!?」


 レイニーの腕から下り、立ちながらそちらを向けば、そのままゾンビの群れの中に倒れ、腕だけが見える状態だ。

 エリオットが瞳を細め、ギリっと奥歯を噛んで叫んだ。


「てめぇら、そこを退けぇッ!」


 高く跳躍し、彼はゾンビの肩に下りる。そして姿勢を低くしてサーベルを横に薙げば周囲の頭が一気に飛んだ。


「エリーゼ! 大丈夫か!」


 地面に下りながら、乗っていたゾンビの首の片手で簡単に切り落とす。

 抱きしめるように持つエリーゼは殴られたのか、唇の端から血を零し、頬が赤くなっていた。


「どうってことないですわ」


 唇を拭い、ペッと血を吐く。

 そしてエリオットと背を向き合うような形になりながらサーベルを構え直し、ゾンビと向き合った。


「シュガーレット! 聞こえていますわねっ!」

「っ、ああ!」


 安堵で息をついていたシュガーレットは、慌てて返事をする。


「ゾンビの相手はわたくしたちがしますわ! 貴方は早く魔女の方を!」

「分かった!」


 エリーゼの言葉に頷き、「レイン」と名前を呼んで、また彼の肩に手を置く。

 けれどレイニーはそれを良しとしないようにその手に自分の手を重ねた。


「待てシュガー! どんな攻撃をしてくるかまだ分かっていないのに突っ込むのは危険だ!」

「だが気を逸らせば、ゾンビの動きも遅くなるかもしれない!」

「なら俺が行く」

「レイン!」


 レイニーはそのまま黒い霧に包まれたかと思えばカラスの姿に変え、飛んでいく。


「あいつはそうやって勝手なことばかり!」


 シュガーレットは走り、線路の方へと向かう。

 公園の近くにはビルの壁はない。魔女のいる高さまで跳ぶには線路がある高架下まで行かなくては。

 走っている最中に魔女の声が響いた。


≪たすけ、て。とりさん、たす、けてっ!≫


「・・・・・・どういうことだ?」


 どうやらレイニーの姿を見て、助けを求めているらしい。

 ようやく線路の下に辿り着いたシュガーレットは高架下のコンクリートを蹴り上がり、線路に立ち振り返る。


≪いたい、いたいよ、いたいっ!≫


 魔女の幼い声が痛みを訴えるが、カラスのまま飛ぶレイニーは特に何もしていない。


「一体、何を言っているんだ?」


 シュガーレットは剣を構える。そして「アヤノ・チトセ!」と名前を叫んだ。すると魔女の身体がビクンと反応する。まるで何かを怖がるかのように。

そしてゆっくりこちらを向くその姿はただの小さな子供のようで、大きなボタンの目から涙を零し、耳を塞いで糸で塞がんとする口からは泣き声が漏れていた。


「なんで・・・・・・」


 構えていた剣を下ろす。

 どうしてそんなに泣いているのか。何がそんなに苦しいのか。

 その下ではエリーゼたちがゾンビを薙ぎ払っている。それが痛みと直結しているのだろうか。だが、それを止めるわけにもいかない。


「どこが・・・・・・どこが痛いんだ! 何が辛いのか教えてくれ!」

≪やだぁぁぁぁ! おこらないでよおおおおおお!≫


 また魔女は泣き叫び、腕を伸ばす。するとその腕が長く伸び、シュガーレットを掴んだ。


「ぐっ!」

「シュガー!」


 カラスの姿で飛んでいたレイニーが人間の姿に戻り、その腕を切り落とす。すると酷い雑音が混ざった泣き声が地響きのように響き渡った。

 しかし落ちた腕は影になり、一つに固まったかと思えばまた魔女の腕に戻る。どうやら彼女はゾンビに隠れていたように身体をバラバラにすることが可能のようだ。


「すまない、レイン」

「怪我は?」

「大丈夫だ」

「剣は構えてろバカシュガー」


 レイニーは魔女の方を見つめたまま怒る。確かにその通りだと謝り、剣を改めて構えた。

 それでも目の前で泣いている子供のような魔女を見ると胸が痛くなってしまう。しかしまた伸ばされた腕に、シュガーレットとレイニーは別々に跳躍し、避ける。

 しかしその腕が橋のような役割となり、シュガーレットはそれに飛び乗って魔女の頭を目指して行く。


≪こないで、こないで! ままぁぁぁあ!≫


 母親に助けを求めているのだろうか。そういえば、先ほどは人形に助けを求めていた。カラスの姿になっていたレイニーにも。

(どうしてカラスのレインには攻撃しなかったんだ?)

 理由は分からないが、少しでも早く浄化するべきだろう。


「すぐに楽にしてやるっ」


 そのまままた跳躍しようとするが、足が動かなかった。

 何かと思い下を見れば、影から沢山の手が生えていてシュガーレットの足を掴んでいた。


「なっ!」


 驚きに目を見開けば、魔女は叫んだ。


≪まま、なぐらないでぇぇぇぇ!≫

「・・・・・・っ!」


 もう片方の手が拳を作ってこちらに向かってくる。

 その大きな拳に殴られたら終わりだろう。シュガーレットは足を掴む手に剣を刺す。するとひるんだように手は逃げていくがまた次の手が生え、掴んでくる。


「レイン!」


 名前を呼べば、先ほどと同じように伸びてきた拳の手が切り落とされる。大きく太い腕だ。一回転して切るのがやっとである。 普通ならばそのまま落ちていく身体をレイニーはカラスになることでまた持ち上げ、シュガーレットが乗っていた腕も切り落とす。

 ボロっとそれは影となり、掴まれた足は解放される。二人は近くの信号機の上に下り、魔女を見上げた。

 だが切った腕はすぐ元に戻り、空を仰ぐようにしながら叫び声を上げている。

 金切り声のなんとも悲しい声だ。


「厄介な相手だなっ・・・・・・どうするあれ」

「レイン」

「あ? どうしたシュガー」


 シュガーレットはそんな魔女を見つめたまま言う。


「あの魔女は・・・・・・あの子はきっと、虐待を受けていた子供だ」


 だから怖がりな魔女なのだと、シュガーレットは胸元を辛く押さえた。


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