④記憶
「また消えてる」
目が覚め、ベッドから下りて日記帳を確認したシュガーレットはそう小さく呟いた。
真っ白な紙を手でなぞれば、何かを書いたようなへこみは感じられるが、ほんの少しのそれだ。文字として捉えることは不可能だろう。まずそれが出来るのならば双子の博士が気付いているに違いない。
「この前討伐した魔女の名前はリアナ・ライネルト」
パタンと日記帳を閉じた。
その時にした怪我はレイニーも含め、綺麗に治っている。その怪我だってどうして負ったのか、ちゃんと言うことがまだ出来る。
「私の記憶の中には、まだいるのにな」
私はまだちゃんと、憶えている。
今は、まだ。
~ * ~
「思念が強い魔女がいるか、だネ?」
「あぁ」
研究室で椅子に座りながら、ネネとノノに真っ直ぐ向き合う。
シュガーレットは先日の魔女のことを彼らに聞きに来ていた。
「そうだネー、人間を殺して強力な存在になった魔女なら、思念が強くてもおかしくないネ」
「また何かあったノ?」
ネネは答えながら右に首を傾げ、ノノは聞きながら左に首を傾げる。
「何かあったほどではないんだが、前の討伐で、そのなんだ・・・・・・」
言いながらシュガーレットは言葉を詰まらせる。
物事をハッキリ言う傾向がある彼女からしたら珍しい姿だ。双子はパチパチと瞬きをしてこちらの言葉を待っている。
それでもこの間のことをどう説明していいのか、シュガーレットは困ってしまう。
「いつも鎮魂の祈りを捧げた後、魔女の過去が光りの玉で浮かび上がる。それは確かに彼女たちの過去だが、記憶だったり、思念だったり、そういう類いでもあると前にネネとノノが話してくれたことがあった」
「そうだネ」
「普通なら光の玉が消え去れば過去も、記憶も、思念も消え、魔女は浄化されたことになり任務が終わる。だがこの間は、その後にまた思念を感じられた」
あの時のことを思い出しながら、何とか言葉を選び絞り出す。
正直、何かを説明したり話したりするのは苦手なのだ。
それでも気になることは放ってほけない性質の自分が憎らしい。
「ハッキリと過去が見えたわけではない。ただ感じただけだ。光の玉の欠片のようなものかとここ数日で考えたが、私にはそれが正しいか分からないからな」
だから二人に聞いてみたと苦笑すれば、双子は無表情を変えずに問い掛けて来た。
「・・・・・・鎮魂の祈りを捧げた後に感じた思念は、本当にその魔女の思念だったノ?」
「分からない。だがあのような感覚は魔女を浄化した時にだけ感じられるものだ。ならば、浄化した魔女のものだったと考えるのが妥当ではないのか?」
「確かに、それが妥当だネ」
頷きながらネネはデスクの上に乗せていた用紙のようなものに、同じように置いてあったペンを取って走り書きをする。
何を書いているのかは見えないが、何か思うところがあったのだろう。それを説明するようにネネは続けた。
「前に話したように、あの光の玉は魔女になったキッカケである強い思念かつ、鎮魂の祈りをもって浄化された証のようなものだネ。だからこそ、その玉と一緒にその思念を持つことになった人生が見えるんだと思うんだよネ」
「なら、やはりこの間の魔女はその思念が強かったということになるのか?」
「それはまだ言い切れないノ」
ネネの方を見ていたノノが、シュガーレットに向き直る。
左右の違う瞳は、こちらを覗き込むように真っ直ぐ射貫いてくる。
「魔女が生まれる理由は知っての通り、死ぬときに悲しみや苦しみを抱えていると、魔女へと変化するノ。さっき人を殺して強力な存在になれば思念が強くなるかもとネネは話したけど、まずどの時点で思念の大小を考えるのか分からないノ」
「もしかしたらボクの考えとは逆に憎しみ深い思念を持っているからこそ、人間を多く殺せて、強力な魔女になる可能性もあるネ」
「そっちの考えの方がボクはしっくりくるノ」
またノノはネネの方を向く。するとネネもノノの方を向き、足をぶらぶらと揺らした。
「じゃあシュガーレットの感じた思念はやっぱり魔女の思念ということかネ?」
「そういうことになるかノ。偶然にも強い思念だったということかもしれないノ」
「ふーん」
「へー」
双子は顔を合わせながら頷き合い、それからまたケタケタと笑い出す。
二人で何か通じ合った何かがあるのだろうか。ひとり置いてきぼりを食らっているようなシュガーレットは口を開きなんとか間に入ろうとする。
「じゃあこの間のは、討伐した魔女が強い思念を持っていた。浄化の際にそれが多く見られたということでいいのか?」
「それでもいいと思うネ」
「・・・・・・・・・・・・」
どこか適当な返事に感じられてネネを見つめていれば、ノノの方がフォローするように言った。
「ボクたちも正確な答えは分からないの。今までの事例を何個も何個も検証して重ねて、切って、貼って、それでようやく辿り着くものなの。だから絶対にこれ、という言葉を渡すことは難しいノ」
「そうか・・・・・・」
「アダムとイヴの話しにしても、ボクたちの適当な妄想だからネ!」
ネネがケタケタとまた笑ったのに対し、ノノが「うるさいノ」と頭にげんこつを落とす。するとネネは「ネっ」と小さく語尾を言いながら弱く殴られた頭を抑えた。
「ノノはすぐ手が出るネ」
「ネネは口が動きすぎるノ」
ムムムと睨み合うように顔を合わせた双子に、シュガーレットはまた始まったと椅子から立ち上がる。
双子が喧嘩をするのは珍しいことではない。このままここに居座っては、どちらが正しいか、どちらの味方につくのかを問われてしまうため、ここは逃げる選択が正しい。
自分の疑問から喧嘩に発展してしまったのは申し訳ないが致し方がない。
シュガーレットは二人に感謝の言葉を伝えてから研究室を後にしようと思ったが、コンコンとノック音が。
レインがまた迎えに来たのかと思ったが、すぐに名前を告げる声が聞こえた。
「エリーゼですわ。ノノ、ネネ、入ってもよろしくて?」
「あ、エリーゼだネ」
「大丈夫なノー!」
ノノが大きな声で返事をすれば、ドアが開く。
そこには名前通りエリーゼがいて、シュガーレットが名前を呼ぶ前に彼女の方から「あら?」と口を開いた。
「そこにいるのはシュガーレットではなくって?」
「あぁ。久しぶりだな、エリーゼ」
「最近姿を見ないから、魔女の餌になったのかと思っていましたわ」
フフンと笑うエリーゼだが、シュガーレットは笑うことなく、「まだ大丈夫だ」と答え、それから疑問を口にした。
「私は博士に聞きたいことがあってここに来たんだが、エリーゼは何かあったのか?」
「貴方のスルースキルには毎度腹が立ちますわ・・・・・・」
「まぁいいですわ」と彼女は結わいている髪の毛と一緒に、下ろしたままの髪の毛を後ろへと流しながら答える。
「この間の任務で、サーベルが欠けてしまいましたの。それの修理を二人に頼んでいたのですわ」
そう言うと双子は長い白衣の袖を揺らしながら両腕を持ち上げた。
「出来てるノー!」
「バッチリだネ!」
「いま持ってくるノ!」
「持ってくるネ!」
跳ぶように椅子から降りて、奥のもう一つのドアをくぐっていく。
その先にシュガーレットは一度も入ったことがないが、まだパートナーが決まっていないガーディアンがいると双子から聞いたことがある。
いや、まずそんなことよりも。
「博士は剣の修理まで出来るのか?」
「あら、知りませんでしたの?」
「あぁ」
腕を組みながら待っているエリーゼに頷けば、彼女はフンと鼻を鳴らして「彼らは博士でもあり、何でも屋ですわ」とどこか歪んだ笑みを見せた。
「エリーゼ、その何でも屋はやめて欲しいネ」
「毎度ボクたち嫌がってるノ」
奥から戻って来た双子は、一本のサーベルを二人で持って来た。一人は先端の方、もう一人は鞘の方を持っている。
金色と黒色の鞘が美しく輝き、金髪のエリーゼにピッタリな得物だとシュガーレットは思う。
「その名を付けたのはエリオットよ」
「でもそれを使っているエリーゼも同罪なノ」
「そういえばエリオットも顔を見せないネ」
やれやれだネ~、と溜息をつくネネだが、エリーゼは気にした様子もなく、双子からサーベルを受け取った。
金属音が多少混ざっているが、静かにスーっと取り出したサーベルの刃は刃こぼれ無く、綺麗な柔らかい曲線を描いている。
「綺麗になりましたわ」
「何かあればいつでも言うといいノ」
「相談でも直しでも、何でも承るネ!」
「ありがとう」
刃を仕舞いながら礼を言うエリーゼに、シュガーレットは内心苦笑しながらも、それを表に出さずに得意そうな顔をしている二人の博士に言った。
「だから何でも屋と言われるんじゃないか?」
「はっ!」
「そうなるネ!?」
しまった! と言うような顔をしたネネとノノに、エリーゼはフンと鼻を鳴らし、もう用はないとばかりに双子に背を向けた。
「また何かあったらよろしく頼みますわ」
「エリーゼ、もう行くのか?」
「・・・・・・シュガーレットはまだ話しの途中かしら?」
「あ、いや」
そういえば自分ももう話が終わったのだったと思い出す。
こちらの答えは待っていないというようにそのままドアに手を掛けて出て行くエリーゼの後を追うようにシュガーレットもドアまで駆け足で行く。
取っ手を掴んだまま、振り返って言った。
「いつも世話になってすまない」
「別に構わないネ」
「シュガーレットなら大歓迎なノ」
双子はまた白い白衣を揺らし、オッドアイを細めながら笑った。
「「また話しを聞かせて欲しい」」
ネ、ノがまるで不協和音のように重なる。
だがそれもいつものことだとシュガーレットは微笑み、「ありがとう」と小さく頭を下げてドアをくぐる。
バタンと閉まったドアの向こうで双子がどんな表情をしているのか、今はもう分からない。
「エリーゼ」
「・・・・・・・・・・・・」
すでに先へ行ってしまっているのだろうと思っていたが、エリーゼは腕を組んだまま、研究室から出た先の白い壁に寄り掛かっていた。
不機嫌そうなのはいつものことだが、沈黙したままこちらを睨付けているのは珍しかった。
「どうした? 何か私に言うことがあったのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
聞くと彼女は預けていた背を持ち上げ、歩いて行ってしまう。また駆け足でそれを追いかけ、シュガーレットはエリーゼの隣にならんだ。
「貴方、研究室にはよく行くのかしら」
「あぁ。そうだな」
「なぜ?」
歩きながら話すエリーゼに、シュガーレットも返す。
「魔女について聞きたいことがあるからだ」
「それは討伐に必要な情報ですの?」
「それ、は・・・・・・」
書いても消えてしまう日記帳。感じ取ることが出来た思念。
魔女について。アダムの使いについて。人間。女性。
確かにそれらの情報は討伐に必要ないかもしれない。ただシュガーレットが疑問に思うこと、そしてもう出来れば魔女を生み出したくないという、単なる個人的な願望からあの研究室に行っている。
「レイニーはそれを良く思っていないのではなくって?」
「・・・・・・あぁ」
「エリオットもあそこには近づかないですわ」
コツコツと歩く足音が響く。だがそれは二つだけではなく、他のアダムの使いたちの足音も聞こえる。
歩く廊下にいるのは、シュガーレットとエリーゼの二人だけではない。
「別にガーディアンがあそこを嫌うから行くなと言っているわけではなく――――」
エリーゼは足を止め、シュガーレットの方を見た。
「アダムの使いを守るのが役目であるガーディアンがそれを放棄するまではいかずとも、なぜそれほどにあの双子に会わないのか、少し考えることですわ」
「・・・・・・・・・・・・」
真っ直ぐ見つめられながら、唇を噛み締める。
ネネとノノはシュガーレットからすると、良き相談相手だ。どんな疑問も聞いてくれる。たとえそれの答えが正解ではなくても、一緒に考えてくれる。それはレイニーも同じだが、知識がある方を頼ってしまうのは仕方が無い、というのは酷い考えだろうか。
彼らが入れさせないあの奥の部屋で、ガーディアンに何をしているのか知らない。レイニーが話すまで聞かないと決めている。
だが、先ほどエリオットが『何でも屋』と呼んでいるように、レイニーは『マッドサイエンティスト』と呼ぶ。そこから何を想像するかは人それぞれだろうが、きっと良い想像は出来ないだろう。
それでもネネとノノに会いに行く自分は、一体なんなのだろう。
きっとエリーゼはガーディアンのことも考えろと怒っているのもあるのだろうが、そう呼ばれるような存在に安易に近寄るなと言ってくれているに違いない。
何をされたっておかしくないのだと。
「ねぇ、最近メリア見た?」
不意に聞こえた声に、いつの間にか俯いていた頭を上げる。
その声はエリーゼではなく、別のアダムの使いだった。市役所の入り口辺りで、三人が立って自分たちのように話している。
「メリア? さぁ、見てないな」
「そういえば、私少し前に任務に行くのを見たわよ」
「多分、私その任務を見送ったんだよね」
一人が祈るように手を組み、「それから見てないの」と溜息をついた。
「今度ガーディアンの話を聞いて欲しいって言われて、待ってるねって返したのに、あれから姿がないの」
「すれ違ってんじゃねぇの?」
「そう思って役所や扉の間で待ってたことあるんだけど、会わないんだよ」
震える手と声。それを慰めるように、もう一人が背中を撫でる。
討伐に使うカギは一日しか持たない。任務が無い日もあるが、そんなに長い期間空くことはない。役所の前で立って待っていれば、どれだけアダムの使いが多いといえど、会う確率は高い筈だ。
それでも会わないということは。
「わたくしたちは死んだら突然補充されますのよ」
三人に聞こえないようにだろうか。小さな声でエリーゼはそう言い、そこを離れるようにまた歩き出した。
シュガーレットは唇を噛み締めたままついていく。
「死んだことの確証を得ることもないまま、会わなくなって、初めて会った相手がいつの間にか当たり前の存在になる」
「・・・・・・・・・・・・」
「その相手が生まれたてのアダムの使いであっても気がつかず、死んだ相手のことはそのまま忘れてしまうのですわ」
泣き声が遠くで聞こえる。
きっと先ほどのアダムの使いだろう。そしてそれに「どうしたの?」と声を掛ける他のアダムの使い。
もしかしたらそのアダムの使いこそが、帰ってこない相手の代わりに生まれた――補充された存在なのかもしれない。
アダムの存在として生まれた時のことを覚えていない自分たちは、気付けばアダムの存在として当たり前に補充され、そして当たり前に先に生まれ、任務をこなしているアダムの使いと時間を共にする。
自分たちはそれに気付くことなくその存在を受け入れ、そして死した友を忘れる。
消えてしまう日記帳のように。討伐した魔女の存在を、忘れてしまうように。
「わたくしも貴方も、そんな簡単な存在ですわ」
金髪の髪の毛が揺れる。
残酷な言葉を吐きながらも、エリーゼは真っ直ぐ、凜とした瞳で前を向いていた。
「きっと貴方がどこでどんな形で死んだとしても、関係なくわたくしも貴方を忘れるでしょうね。きっと時間の流れに関係なく、忘れるのですわ」
「・・・・・・・・・・・・」
「けれどわたくしは、そんな記憶操作のような真似をされたくありませんの」
ぎゅっと腰に下げている、修理されたサーベルの柄を彼女は握った。
「シュガーレット」
名前を呼びながらも、今度は足を止めることも、こちらを向くこともしないでエリーゼは言う。
「わたくしは貴方のことが大嫌いですわ。でも、記憶操作をされる方がもっと嫌ですの」
「エリーゼ・・・・・・」
「魔女の餌になろうが、双子のモルモットになろうがどうでもいいけれど、私の記憶を操作されるようなことはしないで頂戴」
「・・・・・・あぁ」
シュガーレットは小さく微笑んで、真っ直ぐ前を向いた。
「エリーゼも、無理はしないでくれ」
「ちょっ、そういう意味ではなくってよ!?」
いつものようにこちらを向いて怒り出す彼女の頬は赤い。
そういえば彼女と出会ったのはいつだっただろうか。それすら忘れるほど長いこと一緒にいるのか、それとも覚えていられないようになっているのか分からない。
でも、出来るだけ彼女と仲良くしていたいと心から思う。
(ネネとノノのところに行くのも少し控えるか)
彼女の言うようなモルモットにされることは無いだろうけれど、それでレイニーが嫌な思いをしたり、他に心配を掛けたりするのが減るのならばその方がいいだろう。
どうであれ、今の自分の相談事は討伐に支障ないのだから。
「だから、俺から渡すからお前は家に引き籠もってろよブタ猫!」
――――と、突然前からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。
「あぁ、バカラスは鳥なだけに、伝書鳩の役割も担いたいってわけか」
「ちっげーよ! カラスと鳩を一緒にしてんじゃねぇ!」
「あーあー、耳元でうるさいうるさい。俺様の隣を歩かないでくれるかな? ぎゃーぎゃー騒がれると俺が恥ずかしい思いをするんだバカラス」
「ブタ猫が俺の行く方向に行くから悪いんだろ!? てめぇがさっさと退ければ問題ねぇんだよ! あ、そうか。ブタ猫は迷子になって扉の間に帰れねぇのか? 迷子の迷子のブタ猫ちゃんってかぁ?」
「てンめぇ・・・・・・」
その声は良く知った声で、シュガーレットとエリーゼは前から来る二人を見つけて瞬きをしてから溜息をついた。
「エリオット!」
「レイン!」
それぞれのガーディアンの名前を呼ぶ。すると二人はこちらに気付いたようで、「エリーゼ!」「シュガー!」と、またそれぞれの主の名前を呼んで走ってやって来た。だがその間も、互いのことを蹴ったり殴ったりするのは忘れない。
「二人が一緒なんて珍しいな」
「それはこっちの台詞だシュガー。実験場にいたんじゃねぇのか?」
「あぁ。その研究室で会ったんだ」
「で? 二人は一体なにを騒いでいたのかしら?」
そうエリーゼが聞くと、二人は顔を見合わせ、けれどフンと逸らしてから「「これだ」」と手に持っていたものを差し出した。
それは任務を告げる手紙である。すでに封は切られており、どうやら中身はすでに読まれているらしい。
二人もそれを顔を見合わせてから受け取り、中身を確認する。
そこには、
――――本日の任務。
シンジュクエリアにて、怖がりな魔女『アヤノ・チトセ』の討伐。
今回の任務では、
「アダムの使い、エリーゼとの共闘を命ずる・・・・・・」
初めて、共闘という文字が書かれていた。
~ * ~
「クリスタル様」
丸い筒状のものが天井が見えない暗い上へと何個も伸びる。
その中でその丸い筒が途中で切られたような、大きな円形の床になっている中心に一つの椅子があり、クリスタルと呼ばれる彼が座っていた。
その傍らには黒豹が黄金の瞳を光らせ、名前を呼んだナイレンを警戒するように見つめている。
「報告は以上になります」
片膝をつき、頭を下げているナイレンの一歩後ろにはハイネがホワイトウルフの姿で、黒豹と同じようにクリスタルたちを警戒するように睨みつつも、ナイレンに倣うように姿勢は低くしていた。
「そうか」
クリスタルは足を組み、椅子の肘おきを使って頬杖をつきながらそう返す。
そこには特段なにも感情は感じられず、ナイレンの報告にも関心がないように思えてしまう。
別にそれでも構わない――――現状が維持されるのであれば。だがもしものことがあった場合どうするのか。内心、ナイレンとしては気が気では無かった。
「クリスタル様、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「なんだ」
自分の声は響かないのに、クリスタルの声だけは妙に響く。まるでホワイト・コアが彼だけを受け入れているかのような錯覚を覚える。
けれどもしかしたら錯覚ではないのかもしれない。
ここでは彼が頂点に君臨する存在なのだから。
「もし、少しでも異変が現れた場合どうされるのですか」
「・・・・・・・・・・・・」
彼の銀色の長い髪の毛が少しだけ揺れる。音としては聞こえなかったが、小さく息を吐いたようだ。
「害が無いければ現状維持だ」
「害が出そうであれば――――」
「貴様が望んでいる通り」
こちらの言葉に被せるようにクリスタルは言った。
「すぐに処理しろ」
鼻まで覆われた白い仮面の下の表情をナイレンは知ることも出来ず、その言葉にただ返事をするだけだった。