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2/14

①帰宅


「んじゃ、ホワイト・コアへ戻りますかね」


 レイニーは伸びをし、キョロキョロと辺りを見渡した。

 これだけ建物がある街だ。細い裏道でもすぐにドアが見つかった。


「シュガー」

「あぁ。待っていろ」


 見つけたドアの前で待つレイニーに、シュガーレットは黒いスーツの中に来ている白いワイシャツの方の胸ポケットに手を入れた。

 そこから取り出したのは銀色の古めかしいカギである。

 それをドアの鍵穴に差し込み、回した。

 そのドアのカギでは無い。だがそれはスムーズに回り、抵抗なくガチャりと音を立てて錠を解く。

 横からレイニーが手を伸ばし取っ手を掴んで下ろせば、ドアはゆっくりと開いていった。


「いつもこの瞬間は緊張するな」

「閉まる前に早く行くぞ」


 鍵穴に差し込んだままだったカギは、サラサラと灰になり消えていく。

 だが二人はそれに気を留めることなく、レイニーはシュガーレットの背中を軽く押し、急ぐように早足で開いたドアをくぐった。


 カギを開けた時のような音を立てたようにガチャンと音を立ててドアが閉まる。

 中は真っ暗で何も見えなかったが、ぼんやりと真っ直ぐ伸びる道が、淡い光を帯びて浮かび上がった。

 二人は横並びになってその道を歩いて行く。


「今回は苦戦せずに済んで良かったな」

「あぁ。怪我もなく無事に終えることが出来た」

「これくらいの戦いだったらいいのによ」

「そうだな・・・・・・」


 シュガーレットは苦笑し、結んでいる赤い髪を揺らした。


「だが、出来ることなら魔女なんて生まれない方がいい」


 悲しみ、苦しみ、それらの強い思念から生まれる魔女。

 そんな悲しい存在はいない方がいい。


「そうだな」


 レイニーは頷き、ぽんぽんとシュガーレット頭を叩く。

 そうしている間に、目の前にドアが浮かび上がった。

 今度はその取っ手をシュガーレットが掴み、開く。

 すると、白い床の部屋へと出た。

 天井は暗く、何処まで続いているのか分からない。それは長方形に長いここ、『扉の()』も同じで、奥までずらりと左右にドアが並んでいて、それも何処まで続いているか、少なくとも二人は知らない。


 周りにはシュガーレットやレイニーと同じ服装をした人や動物がいて、これからドアをくぐる者、二人と同じように出てきた者など、他のアダムの使いとガーディアンが沢山いた。


「それじゃあ、アンノウンに報告に行きますかね」

「あぁ」


 二人は扉の間の奥ではなく、白い道が見える方へと歩いて行く。

 暖かくも寒くもない、風もないこのホワイト・コアは主に白と黒の色で形成されていて、どこがどこまで広いのか全く分からない空間だ。

 自分たちが行き来する場所以外、その奥に行く必要もないため、迷子になる訳では無いので問題はないけれど────


「あ」

「げっ」


 前から見知った金色の毛並みをした猫が歩いて来る。

 それにシュガーレットは足を止め、レイニーは顔を歪めた。


「やぁシュガーレット」


 金色の猫はそう言い、一瞬黒い煙のようなものに包まれたかと思えば、毛並みと同じ金髪の男性に姿を変えて、自身の前髪をかき上げた。


「今日も君は美しいね」

「そ「黙れブタ猫」」


 そうか、と返す前にレイニーが前に出て相手を睨みつける。

 だがそんなことは気にした様子なく、彼は腕を組んで「相変わらずだなぁバカラスは」とクツクツ笑った。


「こんなバカラスと一緒じゃあ、シュガーレットも苦労するねぇ? 毎度のことながら可哀想で涙が出てしまうよ」

「黙れよブタ猫。そのご自慢の毛並みを全部むしってやる」

「おやおや怖い。でも、そんな子猫のような威嚇じゃあ、俺様には敵わないさ」


 相手はコツコツと前に出て、挑発するような笑みでレイニーに微笑みかける。

 ほんの少し、身長の高い彼はレイニーの肩に手を置いたかと思えば、まさに猫のように身軽に跳び、壁になっていたそれを超えてシュガーレットの前に立った。


「あっ! てめ!」

「今日も美しいシュガーレット。これから任務? それとも終えてきたのかな?」


 猫のガーディアンである彼はシュガーレットの結んだ髪を取り、口付けをするような仕草をする。

 それを気にすることなく、シュガーレットは返した。


「終えてアンノウンに報告しに行くところだ」

「それはお疲れ様。無事に討伐出来て何よりだよ」

「ぶーたーねーこーっ!」


 こちらに振り返り、腰に下げている得物に手を掛けようとすると、「エリオット!」と声が響いた。


「エリーゼ!」


 触れていたシュガーレットの髪から手を離し、これから二人が向かおうとしている側から名前を呼んだ女性────エリーゼの方を向いた。


「あら、誰と遊んでいるのかと思えば、シュガーレットじゃなくって?」


 金色の毛並みを持つ猫────エリオットと同じ金髪で、左右の高い位置で髪を結んでいる。

 残った髪の毛はそのまま肩あたりの長さを下ろしていた。

 彼女らとは顔馴染みである。


「あぁ。いま任務から戻って来た」

「あらそう。見る限り無事で何よりですわ。貴方のような無骨者、いつ魔女のエサになるか、気が気じゃなくってよ」


 エリーゼもまた、シュガーレットより身長が高く、上から見下ろすようにしてフフンと鼻高々と笑みを見せる。

 しかしシュガーレットはそれも気にすることなく、「そうか」と返した。


「いつも心配させてすまない」

「そういうことじゃなくってよ!!」


 エリーゼは頭が痛いとばかりに額に指を置き、「相変わらずですわ」と溜息をついた。


「ほんと、貴方のような小娘がよくアダムの使いをやっていますわ」

「レインが上手くサポートしてくれているからだ」

「惚気はよくってよ!」

「まぁまぁエリーゼ」


 いつの間にかエリオットはエリーゼの横に並び、彼女の腰を取る。


「お遊びはこれくらいにして、俺たちもそろそろ行こう。カギは貰ってきたんだろ? マイハニー」

「ちゃんと受け取って来ましたわ。貴方が遊んでいる間にね!」


 フン! と顔を背けるエリーゼに、エリオットはそれが楽しいとばかりにクツクツ笑い、「それじゃあ」とこちらに猫の瞳を向けた。


「俺たちも討伐に行ってくるよ。なぁに、簡単に終わらせて帰って来るから心配しなくても大丈夫さ、シュガーレット」

「心配なんぞしてねぇから、さっさと行けブタ猫!」

「今度こそ引っ掻くからな、バカラス」


 笑顔でそう返し、そのままエリーゼと一緒に扉の間へと歩いて行く。

 その後ろ姿に「気をつけろ」とシュガーレットは声を掛けたが、それにエリーゼは下ろしている髪の毛を手で流す動作をしただけだった。


「ほんっと気に食わねぇ。シュガーに着いて来て正解だったぜ」


 二人の後ろ姿が見えなくなるまで見送った後、レイニーは舌打ちをし、シュガーレットの肩を抱いて歩き出す。

 エリーゼは腰を持たれるが、肩を持たれるのとどっちが歩きやすいのだろうなんてことを考えながら、シュガーレットは特に言葉を返すことなく、アンノウンがいる『役所』へと向かった。


 役所も扉の間と同じようにズラリとカウンターが並び、どこまで続いているのか分からない。

 だからこそ、どちらも混む事がないとも言えるけれど、正直奥を選ぶのは抵抗がある。

 二人は空いている、近くのカウンターまで行き、そこに立っているアンノウンと向かい合った。


────アンノウン。

 彼なのか、彼女なのか分からないが、見た目は女性のように思う。

 白いワンピースのような、だがカッチリとした長袖のそれを着て、見える肌は首と鼻から下のみ。

 同じように白い手袋と、白いヘルメットのような物を被っているからだ。

 後ろ姿を見たことはないが、そのヘルメットに穴で空いているのか、シュガーレットのように一本で結ばれた白い髪の毛が、胸より下、カウンターに隠れて見えない位置まで伸びている。

 背後の白い壁と下手すれば一体化してしまうのではないかと思うくらい、アンノウンは白色をしている。


「シュガーレットだ」


 アンノウンに声を掛ける。


「夢見る魔女、カナリア・ベルベットを討伐して来た」

『────お疲れ様です。シュガーレット』


 機械の電子音のような声で、アンノウンが返事をする。

 隣にレイニーもいるのだが、彼の名前を紡ぐことはない。


『いまカギをお返し致します』


 アンノウンはカウンターの下に手を差し込み、探すような動作は一切せず、取り出した一本のカギを白いカウンターの上に置いた。


「ありがとう」


 それをシュガーレットは受け取り、レイニーと共にまた歩き出す。

 そのカギを持って、また扉の間へと戻るのだ。

 大抵はこの二箇所を行き来するだけで、あと行く場所といえば、『研究室』だろう。

 他のアダムの使いがどうなのかは知らないが、シュガーレットはこの研究室にはよく顔を出している。


「あー、やっと帰れるー」


 扉の間の一番手前に立つレイニーに、そんなに早く帰りたいのかとシュガーレットは小さく笑った。

 そしてアンノウンから渡されたカギをドアに差し込み回せば、それは灰になることなくシュガーレットの手の中に戻る。

 取っ手を下ろして押せば、よく知る匂いが鼻をくすぐった。


「ただいまー」


 ドアをくぐった先は、ホワイト・コアとは違い、木の床、壁、そして暖炉のある温かい部屋だ。

 奥には台所があり、その前には同じ木のテーブルが置いてある。

────ここは、二人の家なのだ。

 このカギはこの家に繋がるカギで、任務を終えると返してもらえることになっている。


「ほら、シュガー」

「あぁ」


 腰に手を当てて唇を尖らせる──カラスにその表現は笑えるが──レイニーに、シュガーレットは少しだけ首を傾けて言った。


「ただいま」

「ん。おかえり、シュガー」

「レインもおかえり」


 満足そうにするレイニーに、シュガーレットもつられて微笑む。


「んじゃあ俺、風呂沸かしてその間に飯作っとくから」

「いつも悪いな」

「いいって別に」


 レイニーは笑いながら続けた。


「シュガーの料理は神秘的なものになっちまうし」

「うるさい」


 トス、と手刀を入れる。

 だが反論出来ないのが悔しいところだ。


「いつかお前に美味しい料理を振舞ってやる」

「はいはい。楽しみにしてる」


 ククッと笑い、レイニーは軽く手を振って風呂場の方へと消えていく。

 そんな彼にシュガーも口を尖らせつつ、黒い手袋を外し、暖炉の前にあるソファの背もたれに置いた。

 そしてキッチンで手を洗えば、同じように手袋を外し、両腕を捲ったレイニーが戻って来て言った。


「シュガーは先に日記書いちゃえよ」

「手伝いはいいのか?」

「今日は楽な任務だったし、俺一人でも大丈夫」

「・・・・・・ありがとう」


 シュガーレットは小さく頭を下げ、「じゃあ書いてくる」と小走りで部屋の手前にある階段を昇った。

 すると小さな踊り場みたいところがあり、そこにドアが二つある。その片方を開ければ、そこは自室だ。ちなみにもう片方はレイニーの部屋である。

 シュガーレットの部屋はシンプルなもので、デスクとベッドしかない。

 それで充分なのだ。


 シュガーレットは黒いスーツとズボンを脱ぎ、壁にあるハンガーに掛ける。

 白いワイシャツはそのまま腕を捲り、下は緩めのジーンズを履いた。

 そしてデスクに向かい、そこに置いてある分厚い本──日記帳と黒いインクを入れてある万年筆を手に取って、パラリと真ん中辺りのページを開く。

 真っ白なそこに、カリカリと音を立てて文字を連ねていく。


『シュバル・ギルガーネという街で、夢見る魔女、カナリア・ベルベットという魔女を討伐』


 彼女は美しいソプラニストだった。

 子供の頃からの夢を叶え、あの華やかしい街でスポットライトを浴びて歌っていた。

 その世界で出会った男性と恋に落ち、名の知れた二人のため、共演することも度々あり、二人でどんどん名を広めていった。

 二人が一歩踏み出すだけで注目の的。それは勿論ベルベットも沢山の人に愛された。

 しかし、それが恋人──のちに夫となった彼は我慢が出来なかった。

 彼女を自分だけのものにしたかったのだ。


 ベルベットと共演する日。

 会場が別の場所に変更になったと夫から伝えられた。

 共に行動する予定だったが、自分は別の指示をしなければいけないからと、彼女だけを馬車でその別の会場へと向かわせた。それを嘘だと疑わず、ベルベットは馬車に揺られた。


────カナリア・ベルベット! 公演をすっぽかす!


 そんな記事を書かれ、ソプラニストとしての人生は真っ暗になった。

 それを夫は喜び、自分だけは成功をおさめ、ベルベットへの嫉妬心から始まった筈の嘘は、別の輝かしいソプラニストへと簡単に気が移り、結局二人は破局した。

 元夫の子供を身ごもっていたベルベット。

 なんとか子供を産むも、育てるお金も雇ってくれる店もない。

 ベルベットは輝き過ぎたが故に、暗闇へと落ちてしまった。


『そして教会の前に子供を置き、もう痩せ細った彼女は悲しみの念を抱きながら息を引き取り、魔女へと化した』


 シュガーレットはペンを一旦止め、そして一行開けてまた書き始める。


『あの世でゆっくりと、また美しい歌声で楽しく歌っていたらいい。どうか優しい光のスポットライトで、彼女を明るく照らしてください』


 カリ、と書き終えると、小さく息を吐き自分が書いた文字を見直す。

 これは日記というより、今日討伐した魔女の思念を書き起こしたものだ。

 これは任務でもなんでもない。ただベルベットが勝手にしていることである。

 前のページを捲ると、そこは最初に開いたページと同じように真っ白で、次のページも同じように真っ白だ。

 この日記を書くのは初めてではない。だが、これを書いた次の日には、この書いた文字は消えてしまう。

 それがどうしてなのか、シュガーレット、そしてレイニーにも分からない。それでもシュガーレットは書くことはやめなかった。


 書くことに意味を求めていない。

 これは魔女と化してしまった彼女たちへの鎮魂歌のような行為としてシュガーレットがしたいだけだからだ。


「・・・・・・・・・・・・」


 消えてしまったページに、自分が何て書いたのかも覚えていない。

 すなわちそれは、どんな魔女が──彼女たちがいたのかも忘れてしまったということだ。

 ページと共に記憶も消えてしまったかのように。


「すまない・・・・・・」


 出来れば覚えていたいことなのに、どうしても覚えていられない。

 それについては何度も『研究室』にいる双子の博士にも訊ねたが、答えは得られない。それでもまた彼らのところに行ってみようとシュガーレットは立ち上がる。

 すると美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。

 オリーブオイルを炒めているその香りは、空腹を感じさせる。

 レイニーは料理が上手だ。きっと今日も美味しいご飯を準備してくれているに違いない。


「彼らのところへ行くのは明日だな」


 一階へ続くドアを見つめながら微笑み、それから再度日記を見る。

 そして消えてしまうその字をそっと撫でてから閉じ、振り切るように首を横に小さく振って顔を上げた。


「レイン、書き終わったぞ」


 彼を呼びながらドアを開け、部屋から出ていく。

 嬉しそうな彼の声が彼女を迎え、そして互いの柔らかい声が家の中に響いた。


 任務が終わり、そして次の任務が始まるまでの優しい時間。

 この時間がどうか少しでも長く続きますようになんて、そんな祈りは怖くて、終わりを思い起こすそんなことを願うことすら彼らは出来なかった。

 それでもこの時間をまた過ごすために、彼らはまたここに帰って来る。

 魔女を討伐して、生きてこの家に────


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