エピローグ
「シュガーレットだ」
いつもと変わらないアンノウンにシュガーレットは言った。
「笑顔を忘れた魔女、シノ・マリナを討伐して来た」
『────お疲れ様です。シュガーレット。いまカギをお返し致します』
アンノウンはカウンターの下に手を差し込み、一本のカギを白いカウンターの上に置く。それを受け取り、シュガーレットは「ありがとう」と礼を述べてから反転した。
向かうは扉の間、二人の家である。
「今回は少し苦戦したな」
「でも大した怪我もなくすんで良かった」
隣を歩くレイニーの前髪は汗で貼り付いていて、シュガーレットもまだ流れる汗を袖で拭った。
今日討伐した魔女は守りがかたく、討伐に時間と体力が必要だったのだ。
それでも怪我が無かったのだから良かったとシュガーレットは心の中で頷いた。
「戻っても日記、書くんじゃねぇぞ」
「もうちゃんと分かっている・・・・・・全く何度目だ」
あれからシュガーレットは日記を書くのをやめた。
再び自身の中に魔女の思念を取り込んでしまう可能性があるからだ。
十分理解しているというのに、レイニーは未だにしつこく言ってくる。心配なのだろうが、いい加減このやり取りは嫌になってきた。
「日記帳だって捨てただろう」
「でもシュガーのことだ。また同情して書き出すかもしれねぇだろ?」
「もう書かない」
ハッキリと言う。
正直魔女に同情することはある。それでも今はそれ以上に守りたいものがある。だからもう二度とあんなことにはならないように自分だって気をつけているのだ。
「お前が心配してくれているのは分かるが、そろそろ信用してくれ」
「・・・・・・信用してないわけじゃねぇけどさ」
少しだけ唇を尖らせ、こちらの肩を引き寄せる。
瞬間、ドンとシュガーレットはレイニーの胸板を押した。
「ちょっ、まっ、こっ、どっ!」
「・・・・・・ちょっと待て、ここをどこだと思っている?」
訳してくれたレイニーにブンブンと首を縦に振る。
呆れたように言った彼だったが、次にはニヤニヤした顔で近寄って来た。
「前からしてることじゃん。なんで今更そんな意識するんですかー?」
「~~~~っ、うるさいっ」
フンと顔を逸らし、レイニーを置いて歩いて行く。
後ろから「シュガー、待てって」と楽しそうな声がするが、腹が立つから無視だ。
すると前から聞き覚えがある声にその相手をキョロキョロ探すと、向こうからエリーゼが歩いてくる。
その隣にはガナレードがいて、どうやら彼を怒っているようだ。
「エリーゼ」
少しだけ歩を早め彼女の元へと行くと「あら、シュガーレット」と、怒った表情のままこちらを向いた。
「任務の帰りかしら? 随分汗を掻いているようだけど、まだ体力が戻ってないんじゃなくって?」
「いや、それは大丈夫だと個人的に思っているが・・・・・・ガナレードはどうしたんだ?」
いつもならばエリーゼの言葉の次に何か言ってくる筈なのに、どこかしょぼんとしている彼がいる。
それに彼女はフンと鼻を鳴らし、「放っておきなさい」と冷たく言い放った。
「さっき犬の姿で別のアダムの使いの足を噛みましたの。有り得ないことですわ」
「何か理由があったんじゃないのか?」
「理由は、ただ他のアダムの使いが私の肩を叩こうとしたから、ですって」
「相手は知らないアダムの使いか?」
「いいえ? ガナレードも会ったことがある相手ですわ」
「・・・・・・・・・・・・」
シュガーレットは視線も落としたままのガナレードを見て、それから追いついて隣に立つレイニーを見た。
彼はどこか「あーあ」と呆れるように苦笑していたが、ふむとシュガーレットは口を開いた。
「犬は人の感情にも敏感だろう。だからそのアダムの使いがエリーゼに好意を抱いているとガナレードは気付いていたんじゃないか?」
「・・・・・・・・・・・・」
エリーゼは瞠目し、ガナレードを見る。しかしその彼は「バカっ」とシュガーレットを怒った。
「それでエリーゼがあいつのこと意識したらどうすんだよ! 俺が黙ってた意味ねぇじゃねぇか!」
「これだからチビったれは!」と吐き捨てると、いつものように彼の頭にエリーゼの拳が当った。
「だっ!」
「だからその言い方やめなさいと言っているでしょう」
しかし先ほどよりも少しだけ言い方が優しくなっている。
拳の力もさほど強くなかったらしく、ガナレードはそこをさすっているだけだ。
「ガナレード、どこの誰が好意を寄せていようがわたくしには関係のないことですわ。何か言ってきたりしてきたのならまだしも、肩を叩こうとしただけで噛むのはおよしなさい」
「・・・・・・でもよ」
「他のアダムの使いだって任務がありますのよ? 怪我をさせてその任務に支障があったら貴方、責任が取れまして?」
「・・・・・・・・・・・・」
エリーゼの言葉に黙ったガナレードだったが、その次にエリーゼは溜息をついて「でもまぁ」と続けた。
「貴方の気持ちを全く考えなかったのはわたくしも悪かったわ。ごめんなさい、ガナレード」
「エリーゼ~~!」
見えない耳がぴょんと立ち、尻尾を振っているのが大いに想像がつく表情で彼は彼女に抱きつく。それにエリーゼも仕方が無いと苦笑し、ポンポンと背中を叩く。それからどこか面白そうに微笑みながらこちらを見た。
「シュガーレット、貴方、随分心の機微が分かってきたんじゃなくって? しかも〝こういう気持ち〟が分かるなんて、どういった変化なのかしら」
「え・・・・・・」
ぎくりと固まるシュガーレットの肩を引き寄せ、抱くようにしたのは勿論レイニーだ。
「俺のおかげっつーこと」
「あら」
エリーゼは口に手を当てて、わざとらしく喜んでみせた。
「良かったわね、レイニー」
「ほんと長かったぜ」
「っ、私には何の話なのかサッパリだな!」
「それじゃあエリーゼ、失礼する!」と、シュガーレットはレイニーを引き剥がして逃げるように小走りで進んで行く。
その後ろで「またな」と彼の声が聞こえ、どこかホッとする自分がいて余計に頬が赤くなる気がした。
彼とそういう仲になってから、今まで何てことなかったことが恥ずかしくなったり、変に楽しく感じたり、忙しい毎日だ。
任務を遂行するだけが自分たちの存在だと思っていたが、どうやら心とやらがある以上それだけでは済まされないようである。
「おいシュガー」
後ろから追いかけてきたレイニーに腕を掴まれた。
「ちょっと意地が悪かった。ごめん」
「・・・・・・お前は悪くない。ただ、その、私が、えと、恥ずかしいだけだから」
「・・・・・・・・・・・・」
彼の無言がより恥ずかしさを生む。
だがこれ以上なんと返せばいいのか。慣れるまで我慢して欲しい。
シュガーレットは気持ちを落ち着けるように深呼吸をして掴まれた腕を、もう片方の手で解き、改めて手をつなぎ合わせた。そして何も言わずに一緒に歩き出す。
扉の間に着くと、いつもと変わらずアダムの使いが行き来している。
これから任務へ行く者帰る者、そして役所や研究所へ向かう者。楽しそうに話していたり、どこか悲しそうな表情をしていたりと様々だ。
実験体だった自分から得たものは何だったんだろう。
魔女は相変わらずいるし、アダムの使いの存在についてだってよく分からない。
結局なにひとつ解決していないのだ。
それでも自分は確かにここで生きていて、守りたい存在がいる。
一日でも早く辛い思いをする魔女がいなくなればいいと変わらずに願っているけれど、自分を大切にすることも誰かを守ることに繋がるということも知った。
何も解決していないけれど、以前と全く同じというわけではない。
手を繋いでいない方でポケットを探り、カギを取り出す。
それを差し込んで回せば、錠がはずれた音がした。それにチラリと何となくレイニーに視線を向ければ、彼はそれに気づき、嬉しそうに微笑みながら頷く。
それだけで込み上げる喜びを噛み締めながら、アダムの使い、シュガーレットはドアを開いた。
「ただいまっ」
END




