⑪討伐
「このカギはお前が人間として死んだ時の街、カナルレイドに繋がっている」
手のひらで浮くカギを見つめながら、シュガーレットは息を飲んだ。
レイニーは「どうして!」と悲鳴のように叫ぶ。
「シュガーが死ぬかもしれねぇんだろ!? それなのにどうしてそんな残酷な命令すんだよ!」
「双子も何とか言えよ!」と、ネネとノノを見るが、彼らも白旗を上げるように白衣の長袖を頭の上で振った。
「まぁ害が出ちゃった以上、どれだけ大切な実験体でも処分する時ってあるノ」
「これはあくまで実験で、貴重なデータを取るだけに過ぎないネ」
「なんだよそれ・・・・・・っ!」
ガシガシと頭を掻くレイニーに、ナイレンが静かに言う。
「魔女の増加が無かったとしても、このまま放置していたら必ずいずれ誰かに討伐される。魔女という存在である以上、それは討伐対象だ」
「でもシュガーがっ!」
「レイン」
必死になってくれる彼の名前をそっと呼ぶ。
表情は今にも泣きそうで、ポンポンと背中を軽く叩いた。
「魔女である私を浄化すれば魔女の増加は抑えられるんだな?」
「それはあくまで推測でしかないネ」
双子に聞けば、研究途中である言葉が返ってくる。
「もしかしたら浄化した瞬間、シュガーレット自身が魔女化する可能性もあるノ」
「・・・・・・そうか。そのときはそうだな」
何か言おうとしたレイニーの前にナイレンに向けて言った。
「ナイレン、よろしく頼む」
「・・・・・・あぁ」
深く頷いたナイレンに、また双子へ視線を戻す。
「あと、もし浄化しても魔女の増加が止まらなかったらノノとネネ、なんとかしてくれ」
「なんとかしてくれってすごい注文なノ・・・・・・」
「お前たちが引き起こしたことだ。責任は取れ」
「分かったネ」
「それからレイン」と続けると、レイニーは「ちょっと待て」とシュガーレットの言葉を遮った。
「少しだけ、家に帰らせてくれ」
彼はクリスタルに言う。
驚いたのはシュガーレットで「おい」と肩を掴んだが、それを払い、クリスタルに近づきながら続けた。
「もう二度と帰ることが出来ないかもしれないんだ。それくらい、許して欲しい」
「・・・・・・・・・・・・」
クリスタルは黙ったまま。けれどレイニーは彼の手のひらに浮いている討伐のカギをむしり取るように握り、そしてもう一度頼んだ。
「一度だけでいい。家に帰りたい」
「・・・・・・・・・・・・」
カギが無くなった手のひらに再びカギが形成される。
「一度だけ使える。好きにするといい」
「助かる」
レイニーは先ほどとは違い、その家へと続くカギをそっと掴み、大切に握りしめた。
「ちゃんと家から出てくるか、扉の間で俺が監視するからな」
すかさずナイレンがそう言うが、レイニーは何も言わず「シュガー」とこちらに戻ってきた。
「帰るぞ」
「え、あ」
刀を拾い、腰に戻したかと思えばそのまま手を取られ歩き出す。
転びそうになりながらついて行くと一緒に、ナイレンとハイネも後に続いた。
「手を煩わせてすまない、ナイレン」
「・・・・・・いや、構わない」
視線を合わせずにそう返したナイレンに、シュガーレットは苦笑する。
長いこと監視し、最後は魔女になった時は討伐をしなくてはいけないのだ。損な役回りばかりさせてしまっている。
(でもきっと一番損な役割をするのは――――)
こちらの手を引っ張り進む、レイニーの背中を見つめ、またシュガーレットは苦笑することしか出来なかった。
「三十分以上は待てないからな」
「分かった」
扉の間に着き、ナイレンがそう言う。それに頷いたのはシュガーレットだが、意識は周りに向いてしまう。
どこか慌ただしくしているアダムの使いたち。ところどころで話すのは、ホワイト・コアに魔女が現れたとのことだった。
「ここにも魔女が来たのか・・・・・・」
「だがここにはアダムの使いが沢山いる。もしもの時はクリスタル様もいるから問題ない」
「・・・・・・迷惑ばかり掛けているな」
深く溜息をつけば、「そんなことはない」と、ナイレンが口にした。
まさか擁護してくれるとは思わず、驚きに目を丸くすれば彼は「これでも悪いと思っているんだ」と、視線を彷徨わせてからこちらを真っ直ぐ見つめた。
「あのとき血を分けたことをずっと後悔していた。お前には意思があり心があった。いつか真実を知る日が来たら残酷な結末しかないのに」
拳を握り、ナイレンは言った。
「全部背負わせてすまん。シュガーレット」
「・・・・・・ナイレン」
まさかそんなことを言われるとは思わなかった。
もしかしたら彼はずっと罪の意識を持っていたのかもしれない。
血を分け与えなければ、実験体など生まれなかったと。損な役回りどころか、辛い思いを彼こそ背負っていたのだ。
「いや、いいんだ」
だからこそ、シュガーレットは笑みを浮かべて言った。
「私は生まれて来て幸せだ。ありがとう、ナイレン」
「おい、そろそろ行くぞ」
グイとレイニーに腕を引かれる。
「じゃあまたあとで」
ガチャとドアが開く音がし、そのままレイニーとそれをくぐっていった。
フワリと香る自分の家の匂い。なによりも落ち着くそれに、やはり家とは偉大だなとシュガーレットは思った。
「ただいま」
いつもより大きな声で言う。
奥にある台所にも、二階の自室にも届くように。
けれどレイニーの声は続かない。
こちらの腕を放し、拳を強く握りながら震えている。
「レイン」
出来るだけ優しい声で呼べば、彼は振り返り強くこちらの身体を抱きしめた。
「レイン・・・・・・」
「逃げようシュガー」
レイニーは言った。
「今は他のアダムの使いたちが騒がしい。それの影に隠れながらすぐもう一つのカギを使って街に出よう。それでそのまま逃げるんだ」
「魔女の増加はどうするんだ?」
「クリスタルたちがいる」
「私の魔女が討伐されたら?」
「討伐されないように、俺たちで守っていけばいい」
「魔女を守るのか」
シュガーレットは吹き出し、クツクツ笑う。
だがレイニー「本気だ」と真剣に言った。
「お願いだシュガー。一緒に逃げてくれ。頼むから」
「レーイーン」
優しく一定のリズムで背中を叩く。
子供をあやすように。
「まだ私が死ぬと決まったわけじゃない」
「でも可能性がゼロじゃないんだろ? なら俺は絶対にいやだ」
「そうだな、もしかしたら死ぬかもしれないな」
ゆっくり瞬きをして、シュガーレットは柔らかく話す。
トントン、と叩くリズムに乗せて。
「でも死なずにすむかもしれない。だがそれじゃあもしかしたら魔女の増加も止まらないかもな」
「いやだ・・・・・・」
「たとえ魔女にならなかったとしても、増加を止める為には――――」
「いやだって!」
「レイン」
「言うな!」
微笑みながら、一粒涙が零れた。
「お前が私を殺してくれ」
「――――っ!」
声にならない悲鳴を上げ、怪我をしていない方の肩口に顔を埋める。
「なん、で、そんなこと言うんだよ」
涙で濡れた声に、「ごめんな」とまた涙が零れる。
「お前にしか頼めないからだ」
ちがう。
「お前に、頼みたいからだ」
ずっと一緒にいてくれた。大切な大切なガーディアン。
相棒で家族で、何にも代えがたい存在だ。
「そんなこと言うな頼むから・・・・・・お願いだから俺と一緒に生きてくれ。シュガーがいなかったら、俺は生きてる意味がないっ」
「お前が生きている意味はある。私がいなくなったとしても、お前はレイニーだ」
バカなことを言うカラスにシュガーレットは強く言う。
「私が名前を与えた、誰でもない、ただひとりのレイニーだ。だからお前が生きていれば、私もそこに一緒にいる」
「そんなの綺麗事だ」
「そうだな。綺麗事だな」
ははっ、と笑い、一定に叩いていた手を止めた。
「全部綺麗に終わらせようレイン。ほら、顔を上げろ」
「・・・・・・・・・・・・」
ゆっくりと顔が上がり、涙で濡れた瞳と目が合う。
ぽろぽろとまだ零れている涙を、シュガーレットが仕方が無いなと苦笑しながら指で拭った。
「また一緒に帰って来よう。また一緒に料理をして、一緒に笑ってくれ」
「・・・・・・いつもシュガーは頑固だ」
涙を拭う手を取り、その手に甘えるように擦り寄って、それから指先にキスをした。
「レイン・・・・・・」
「分かってる。シュガーは一緒に逃げてくれない。もう誰も苦しませたくない。被害を出したくないって思って、自分を犠牲にするんだ。誰よりもシュガーを大事に想ってる俺のことは後回しにして、他のアダムの使いや魔女を優先する」
「・・・・・・・・・・・・」
「でも、それがシュガーなんだよな」
手を持ったまま、彼は深呼吸をする。震えるそれは、今も大きな声で泣き叫びたいと言っているようだったが、それを必死に耐えるようにして、レイニーは続けた。
「一秒でも長く一緒にいる。シュガーも約束してくれ」
それは前にシュガーレットが彼に願ったことだった。
「絶対に一緒に帰って来て、また二人の時間を過ごして欲しい」
「・・・・・・分かった」
もう片方の手でまた涙を拭い、頬を両手で包み込むようにする。
「一緒に帰って来よう、レイン」
「あぁ」
レイニーもこちらの頬をそっと包み、額と額を合わせる。
――――どうか、一緒にこの家に帰って来れますように。
神様が本当にいるのかどうか分からない。祈ることだっていつもなら恐怖で、自分自身の為に祈ることなんて出来なかった。
けれど今日だけは祈らずにはいられない。
どうか、どうかレイニーと一秒でも長く一緒にいられますように。
この家に一緒に帰って来られますように。
(これ以上、誰も傷つきませんように)
ゆっくりと額を離し、視線を合わせる。
互いに苦笑して、そして「行こう、レイニー」とシュガーレットは声を掛けた。
すぅーっと息を吸って、帰って来たばかりの家に笑顔を作って大きく言った。
「いってきます!」
願わくば、また『ただいま』と言えますように。
ドアを開けると、まだアダムの使いは魔女が出たことの話で持ちきりだ。
慌ただしい様子だったが、扉の間の入り口に立つナイレンの姿はすぐ見つかり、相手もこちらに気付いたようだ。
互いに一歩前に出ると、
「シュガーレット!」
「エリーゼ?」
その間にエリーゼが割って入るように現れた。
「貴方、ノノとネネに一体何をしましたの!?」
「え? どういうことだ?」
「あの双子が鎌を持って貴方たちを連れて行ったという話を聞きましたの! 一体なにをやらかしまして!? ん? 髪の毛も少し短くなって・・・・・・まさかっ」
必死な形相にシュガーレットは笑って「違う、大丈夫だ」と首を横に振る。
「怪我をしたレイニーが治療を嫌がってな。それを双子が連行してくれただけだ」
「・・・・・・本当にそれだけですの?」
「あぁ」
その返事をしたのは後ろから来たナイレンだ。
エリーゼは視線だけ向け、「ナイレンもいましたの」と少しトーンを下げて言う。
「魔女もここに現れたのはご存じで?」
「あぁ、知っている」
問うエリーゼと頷くナイレンを見ながら、ふとガナレードの姿がないことに気がついた。
「エリーゼ、ガナレードは?」
「今は家で番犬をさせてますわ」
腰に手を当て、首をがっくりと落としながら溜息をついた。
「情報収集をしたいのに誰かと話す度に相手に噛みつくから、反省の意味も込めて帰れと命じましたの」
「はは、ガナレードもエリーゼのことが大好きなんだな」
「限度というものがありますわ」
困ったように言うが、きっと本心は嬉しさもあるだろう。
ガーディアンに大切に想われて嫌なアダムの使いなんていない。
小さくシュガーレットは笑い、そして彼女の名前を呼んだ。
「・・・・・・なぁエリーゼ」
「なにかしら?」
「いつも心配してくれて、感謝している」
「ちょっ、急になんですの?」
「別に心配なんかしてなくってよ!」と、焦りながら続けるエリーゼの頬は少し赤い。
いつも出会い頭に嫌味のようなものを言われたりもするが、それは裏返せばいつだってこちらを心配する言葉で、他のアダムの使いと仲良くしたりしないこちらに、情報を流してくれたりもする。
「私はエリーゼの優しさや強さに沢山救われた。こんな私にいつも声を掛けてくれて、ありがとう」
「・・・・・・シュガーレット?」
「また魔女がいつどこに現れるか分からない。お互いに気をつけよう」
「・・・・・・・・・・・・」
エリーゼは困惑した顔をし、視線をシュガーレットの隣にいるレイニーに移す。
彼がどう返したのか分からないが、エリーゼは「わたくしの心配なんていらなくってよ」といつものように胸を張って返してきた。
「貴方こそ、魔女の餌にならないよう気をつけなさい」
「そうだな。ありがとう」
シュガーレットは笑い、少しだけ俯いて目を閉じる。
だがすぐに顔を上げて言った。
「実はすぐに行かなくてはいけない任務があるんだ」
「ホワイト・コアにも魔女が現れたって大騒ぎですのに、こんな時にまで討伐命令があるんですの?」
「魔女はあちこちにいるからな。任務は待ってくれない」
いつか彼女が言った言葉を返すとエリーゼは瞠目し、黙った。
ナイレンに視線を向ければ、彼もなんとも微妙な表情をしつつも頷いてくれた。
「じゃあ、私はそろそろ行ってくる」
そう言い、レイニーに手を差し出した。
「レイン、カギを貸してくれ」
「・・・・・・・・・・・・」
彼もまた唇を噛み締め、動かない。それに苦笑してみせれば、やっと胸ポケットに仕舞っていたそれを渡してくれた。
いつものようにそれを差し込み、ドアノブを握る。そして開けば、暗くとも白い道が続いている。
そのまま足を踏み込もうとすると、「シュガーレット!」とエリーゼが名前を呼んだ。
振り返れば、こちらを睨付けている。
「エリーゼ?」
「・・・・・・貴方はっ、ほんっと出会った頃から可愛げが全くありませんわ」
でも。
「わたくしは、そんな貴方だからこそ、ゆ、友人だと思ってますのよ!」
「エリーゼ・・・・・・」
「くれぐれも魔女の餌にならないように! ちゃんと帰って来なさい!」
「・・・・・・・・・・・・」
唇を噛み締める。
(あぁ、本当に私は恵まれているな)
分かったとも、約束するとも言えないシュガーレットは精一杯微笑んで見せた。
「ありがとう」
そう言い、ドアをくぐる。
「行こう、レイン」
まだ嫌がるように来ない彼の手を取り、少し強めに引っ張った。
すると自然とドアが閉まっていく。帰り道を塞ぐように。
胸の奥がチリチリと痛むけれど、それは見て見ぬふりをしてレイニーと手を繋ぎながら歩いて行く。
沈黙したまま足音を響かせた先に再び見えてきたドア。
その先に待っているのは自分が死んだ街――――カナルレイドだ。
そこは白い壁の家々に水色の屋根が特徴的な街並みだった。
出た先は丘の上にあるコテージのような場所で、夜風が気持ちよく吹き抜けていく。
山に這うように出来ているこの街は坂が多く、丘の上から見ると、斜めった街のように見える。いや、実際そうなのだろう。
(ここで私は死んだのか)
白色灯と家の中の光が煌めくこの街は美しく見えるのに、そう思うとなんとも微妙な気持ちだ。
それでもどこか懐かしく感じるのは、この身体の中にシュガーレット・アインツの思念があるからかもしれない。
「魔女の気配はしないな」
辺りを見渡す。
「カラスになって空から見てみるか?」
ようやく口を開いたレイニーに、シュガーレットは少し考えたのち「いや・・・・・・」と首を横に振った。
「これだけ斜めっている街だ。屋根の影に隠れている可能性もある。下りながら見て回った方がいいだろう」
「分かった」
二人は歩き出し、丘の土の道から石の道へと下りていく。
下から上へ昇るように風が吹き、前髪が持ち上がる。途中、ランプを持って数人であるく男性がいたが、仕事終わりなのだろう。楽しそうに晩ご飯は何だろうと話しながら帰って行く。
まさに平和そのものだ。
「本当にここに魔女がいるのか?」
レイニーも思ったのだろう。
だがクリスタルが渡したカギだ。いないということはないだろう。
そこでシュガーレットはハッとする。
「もしかしたら、魔女の気配はないのかもしれない」
「どういうことだ?」
「・・・・・・私の魔女は半端な魔女だ。魔女になりきれていないのだとしたら、気配がない可能性がある」
あの場で魔女の気配を感じたのは、別の魔女も一緒にいたからと仮定すれば。
「なるほどな」
彼は頷き、風になびく前髪をうっとうしいとばかりに手で掻き上げた。
「しらみつぶしに探すしかない、か」
「だが、向こうも私を探している筈だ」
双子がシュガーレットの魔女を筆頭に探していると言っていた。ならば、向こうから現れるかもしれない。
感情を揺さぶればその可能性は高くなるが、そうすればきっと他の魔女も現れてしまうだろう。
そうするとこちらが不利になる。
「どこか広い場所に出よう。そうすれば向こうも見つけやすいだろう」
細い道、時折階段を下りながら進んで行く。
本当に気配がないとすれば、どこから襲われるか分からない。
二人は細心の注意を払いながら歩けば、途中で坂ではない広間に出る。
そこには中央に大きな噴水があった。女神のような白い像が持つ器から水が零れ、その周りがそれを囲うように水が噴き上がっている。
「ここは・・・・・・」
シュガーレットはその噴水を見て、何か心に引っかかるものがあった。
前に魔女を討伐した際に、聞こえた思念。確かあれは、待ち続ける魔女『リアナ・ライネルト』の時だ。
それは相手の魔女の思念が強かったから溢れたものかと思い、双子に相談したこともあった。
だが今なら別の見方も出来る。もしかしたらその思念は、〝私の思念〟だとしたら?
(あのとき、私はどんな思念を聞いたか思い出せ)
「シュガー?」
心配そうに伺ってくるレイニーに、シュガーレットは短く「辺りを警戒していてくれ」と返す。
それだけで何かを理解したかのように刀を抜くのだから、本当に最高の相棒だと思う。
(魔女の思念は私の中にあるんだ。意識しろ。魔女の記憶に入るみたいに)
シュガーレットは目を閉じ、自分の記憶を探っていく。
笑うレイニーに、腕を組むエリーゼ。ガナレードにエリオット。ノノ、ネネ、ナイレン、ハイネ、ペイン、クリスタル。
そのもっと奥、その奥で私は何を聞いた?
ふと、頭に響くように声が聞こえた。
――――一緒だって言った。ずっと一緒だと。
――――どうして勝手にそんなことをした。
――――私たちは、今までずっと何をするも一緒だった筈だ。
あぁ、そうだ。私はこれを聞いた。
これは私の思念・・・・・・私の声だ。
あの人に、彼に、裏切られたときの――――
「シュガー!」
レイニーの声にハッと目を開ける。
そして彼が刀を向ける方を見ると、細道からゆらゆらと揺れながらこちらに歩いてくる黒い影が。
「シュガーレット・アインツ・・・・・・」
赤い髪の毛を一本に束ねたスーツ姿。
ボタンの目と縫われた口。だが、他の魔女とは違ってボロボロでもなければ、身体が変形しているわけでもない。
ただ黒い影を纏って歩き彷徨っているだけのように見えた。
もしかしたら人間を殺めたこともないかもしれない。それにシュガーレットは心から安堵する。
「どうする?」
短く聞くレイニーに、シュガーレットは刀を下げるよう腕に手を重ねて下ろさせた。
「話してみる」
「おいっ、どんな魔女かも分かってないんだぞ!」
「私が危なくなったらお前が助けてくれるだろ?」
どこか試すように聞けば、彼は溜息をついて「わぁったよ」と刀を下ろしつつシュガーレットの頭に頬擦りをする。
「何かあれば俺がシュガーを守る。絶対。だから、お願いだから無事でいろ」
「ありがとう、レイン」
頬擦りするレイニーを真似て、近くにある彼の肩に頬擦りしてみた。
堅い生地だが、温かい体温を感じる。なるほど、彼がいつも頬擦りをする理由が分かったかもしれない。
(もっと早く気付きたかったな)
どこか寂しくなってしまう気持ちにシュガーレットは唇を噛み締め、小さく呼吸をしてからレイニーから離れる。
「シュガーっ」
叫ぶように呼ばれた名前だが、振り返らない。
だが逆にその名前に反応したかのように魔女がこちらを向いた。
≪あ、ああ≫
シュガーレットを視界に映すと同時に、両手を伸ばす。
≪やっと、みつけ、た≫
その手には触れないよう少し距離を置いた状態でシュガーレットは足を止めた。
≪わたしの、はんぶん≫
「お前は、私の半分だな?」
こちらの言葉に対し、魔女も足を止めてコクンと頷く。
一応いつでも剣を抜けるように左手で柄を握っていたが、何もしてこない様子にシュガーレットはそれを離して、改めて魔女を真っ直ぐ見つめた。
まるで鏡を見ているかのようだ。いや、相手は魔女の姿をしていて全く違う存在や見た目であるのに、彼女は自分なのだとハッキリ分かる。
「浄化する前にお前と少し話がしたい」
シュガーレットは半身である魔女に言った。
「これは単なる私の我儘だ。嫌なら嫌だと言っていい」
≪・・・・・・・・・・・・≫
身体を揺らしながら魔女は黙り、まるで考え込むような間が出来る。そして彼女はゆっくり両手を広げて頷いた。
真っ直ぐこちらを見る瞳にシュガーレットは「ありがとう」と言い、再び歩き出す。そしてその広げた両手の間に入って、その瞳を見つめた。
いつものように視界に色が無くなり視界が歪む。そして暗くなり、目の前に自分が立っていた。
「シュガーレット・アインツ」
「・・・・・・ようやく逢えたな。私の半身」
どこか苦笑する彼女に、シュガーレットも同じように苦笑する。
「なぁ、どうして私が魔女になったか聞いてもいいか?」
「思念を持っているのはお前の方なのに、覚えていないのか?」
「あぁ」
シュガーレットが頷くと、彼女は「もしかしたら」と考えるようにしてから言った。
「お前はあくまで思念だけで、記憶は私の身体から離れなかったのかもしれないな」
「だからお前は何も覚えていないんだ」と彼女は続ける。
なるほどと頷いたシュガーレットに、「お前は私の半身だろう」とどこか小突くように笑った。
「まぁいい。私が魔女になった理由、か」
彼女はどこか遠い目をしながら話し出した。
幼なじみがいた。生まれた時から一緒だったから、いつから一緒だったとかそういう記憶もなく、家族のように一緒にいた男の子だった。
何をするにも傍にいた。同じ学校に通い、勉強も一緒にした。時折周りの連中にちょっかいを出されたが、家族同然の存在だ。
恋愛対象になることはなかった。
「でも、それは私だけだった」
大学受験をすることになった。勿論彼も一緒の大学に受験する筈だった。けれど、彼はこっそり別の大学の試験を受けていたんだ。
ずっと一緒だった。これからも一緒だと思った。けれど彼は言った。
『家族も友達もそういう間柄はうんざりだ。俺はお前が好きなんだよ』
「裏切られた気がした。私はこれからも変わらずにずっと一緒だと思っていた。でも彼はそう思っていなかったんだ」
そのまま彼は別の離れた大学へと進学し、私から離れていった。
悲しくて、苦しくて、彼がいないと生きていけない。どうにかまた一緒にいられないかと彼の大学まで会いに行った。
けれどそこで見た彼は、別の女性と手を繋いで歩いていたんだ。それを見て愕然として、そこでようやく気付いた。自分も彼のことが好きだったのだと。
「絶望した。どれだけ私は彼を傷つけていたのかようやく分かった。だからこそ、今更また一緒にいたいだなんて言えるわけがなかった」
「・・・・・・・・・・・・」
「その帰りだ。私が死んだのは」
本当は大学でとある先生の講義に出る予定だったから、その日はスーツを着ていた。
この街の階段を昇っていたら、誰かに結んだ髪を思い切り引っ張られたんだ。
「坂が厳しいこの街だ。私は簡単に転がり落ちて、この噴水広場で死んだ」
「引っ張ったのはノノかネネだな」
「あぁ、私たちを半分にした小さい双子だな?」
どうやら死んだ後のことも覚えているらしく、彼女は苦笑した。
「死んだ私の身体を細道まで移動させて、思念と身体を引き離した。私の思念はもうひとつの身体に定着したことによって、身体も綺麗に残った。その瞬間きっと私は魔女になったのだろうな」
「・・・・・・そうか」
シュガーレットは拳を握りながら頷いた。
「すまない。辛い話をさせてしまったな」
「別に構わない。自分のことだ。知りたいだろう」
彼女は何てことないように笑い、「それより」とこちらを見つめた。
「私はずっと半身であるお前を探していた。ひとつになって浄化されたかった。難しいことは私にも分からないが、お前に還りたいと願っていたんだ」
きっとそれはイヴの話に通ずるものだろうとシュガーレットは思うが口にはしない。
「だがそうなったらお前はどうなる」
「・・・・・・死ぬか、魔女になる。もしかしたら生き残る可能性もあるが、お前みたいに私を求める魔女が再び現れるかもしれない。そうなれば――――」
「――――そうか」
全てを言わずとお自分と同じ顔の相手が溜息をつく。
「酷い運命だ」
「実験体にされたのが運の尽きだな」
「でも」とシュガーレットは明るく言った。
「お前には悪いが、私は生まれて来られたことに感謝している。大切な人に出会えて、幸せだった」
「・・・・・・・・・・・・」
「ありがとう。シュガーレット・アインツ」
それでそのまま彼女も微笑んで終わりだと思った。
あとは自分も彼女と一緒に消えるか、魔女となってナイレンに浄化されるか。それか一番起きて欲しくない結果になるか。
もう覚悟は出来ている。これ以上被害が広がる前に、綺麗に終わらせてしまおう。
「それでいいのか」
しかし、彼女はそれで終わらせなかった。
「え?」
「さすが、お前も私というところか」
呆れるように首を傾け、下から覗き込むように上目遣いで彼女は言う。
「私は彼とちゃんと向き合わなかったことに後悔している。他の女がいようが、本当は好きだったんだと伝えれば良かった。人の幸せを願うことは悪いことじゃない。だが、自分を苦しめてまで人の幸せを願うのはどこか違う気がする」
「・・・・・・何が言いたい」
「分かっているだろう? 私の半身」
シュガーレット・アインツは口角を持ち上げた。
「お前は死んでいいのか?」
グッと拳を握る。
「私と一緒に消えれば、他の魔女がお前を求めて現れることもない。迷惑な存在がいなくなって万々歳か?」
「・・・・・・・・・・・・」
「そうやって本心を隠して、微笑んで、お前はそれで本当に死ねるのか?」
「っ! 黙れ!」
シュガーレットは彼女の襟首を掴み、睨付けた。
自分と同じ顔なのに、相手は冷静沈着で、だからこそ余計に腹が立つ。
「だって仕方が無い! こうするしか無いんだ! どう足掻いたって、こうするしか・・・・・・っ!」
そう言った瞬間レイニーの『逃げよう』という声が耳の奥で響いた。
それにハッとし、涙が溢れ、次々と零れ落ちてしまう。
「死にたくないなんて、言えるわけ、ないだろ」
これ以上、誰も傷つけたくない。
魔女の増加によってアダムの使いが駆り出され、そして帰って来ない現実もある。
それが全て自分のせいならば、耐えられない。
「覚悟なんてない全部綺麗事で丸め込んで自分を騙して弱い自分を押し込めているだけっ、だってそうしないと怖いから!」
掴んだ襟首を離し、震えている自身の手のひらを見る。
(あぁ、エリオットの時と同じだ)
ポタポタと零れ落ちる涙。でも彼のように強くない自分が憎い。
「それでも守りたい人がいる! 大事にしたい人がいる! だから私はっ、死を選ぶ!」
「・・・・・・その人に別れは言えたか?」
きっと別れを言えなかった、本当の気持ちを伝えられなかった自分のようにはなって欲しくない彼女の思いからだろう。
後悔はするなと。
大丈夫。全部伝えた。そしてもう伝えることもない。でも、そう思っても、思い込もうとしてもっ――――
「レイン・・・・・・レイン・・・・・・っ」
両手で顔を覆った。
きっと今も私のことを守らんとしている彼を想う。
どんなに彼と約束をしたって、どれだけ生きて帰ることを祈ったって、きっとどこかで無理だっていうことを分かっていた。
レイニーをなだめる為の嘘。
自分を騙す為の偽り。
あの『いってきます』は、『さようなら』と同じ意味を持っていた。
でも本当は、本当にまた家に帰りたいんだ。
それで、レイニーとまた一緒に料理をして、今度こそ美味しいものを作ってあげたい。
もっともっと、彼と一緒に話したい。傍にいたい。ずっと、ずっと。
いつもみたいに抱きしめて欲しい。頬ずりをして、頭を撫でて欲しい。
隣に彼さえいれば、それでいいのに。
(あぁ、そうか)
ふとシュガーレットはストンと胸に何かが落ちてきた気がした。
離れて分かったのは自分も同じだ。
「本当にお前は私の半身なんだな」
涙を拭いながら言うと、彼女は「まぁな」と肩を揺らしながら苦笑した。
「ありがとう。もう大丈夫だ」
「もういいのか?」
「あぁ」
シュガーレットは目を閉じて一度、深呼吸をする――――彼の言葉を思い出しながら。
『どうか笑ってくれシュガーレット。泣くのは死んだその日だけにして、次の日には笑って新たなガーディアンを迎えるんだ――――きっとそのガーディアンも、生まれ変わった俺だから』
そして今度こそ頷いて笑った。
「いつかきっと、また巡り逢えるから」
「レイン!」
大きな声で名前を呼ぶ。
目の前にいる半端な魔女、シュガーレット・アインツは何もせず、そのときを待っていた。
「シュガー! 大丈夫か!」
心配する声に小さく笑って、剣を抜く。それを両手で構えながら、首だけで振り返った。
そこには同じように刀を握っているレイニーがいて、驚いたように瞠目している。
「ありがとう、レイン」
そう言った瞬間、彼は刀を投げ捨て走り出す。それほど距離はない。だけどこれだけは言っておきたいから。
「愛してる」
走りながらレイニーの手が伸びる。だが掴まれる前にシュガーレットは彼女に向き直り、鎮魂の祈りを捧げ始めた。
『シュガーレット・アインツ、我が名はアダムの使いシュガーレット。汝の魂を解放すべし者』
彼女の瞳がどこか涙で濡れている気がした。
それはどちらの涙なのか。いやきっと二人の涙だろう、私たちは元々ひとつなのだから。
『最期の産声を上げ、泣き叫べ。さすれば神が汝を見つけ――――』
「シュガー!」
彼の声が響く。
だが持ち上げた剣を止めはしない。
もうちゃんと、伝えたから。
『終焉の加護を授け賜わん』
一気に振り下げた剣。
他の魔女と同様に黒い霧みたいなものが噴き出し、そしてそれがゆっくりと光の球へと変化する。
カランと剣を落とした時には、後ろから身体を抱きしめられていた。
空へと飛んでく光の球は、魔女からだけではない。シュガーレットからもふわりふわりと浮かんでいく。
手のひらを見つめ、黄色く光っている自分に小さく息を吐いた。
「魔女になる心配はなさそうだな」
「――――っ」
強く抱きしめられる身体。
けれど少しずつ感覚がなくなってくる。
最期に彼の顔が見たいと思い、何とか抱きしめる腕に手を乗せて「レイン」と声を掛けた。
ゆっくりと力が弱まり、半分だけ身体を動かして泣いている彼の頬に、家でした時と同じように頬に手を当てた。
その手にレイニーの手が重なる。
「シュガーっ、俺もシュガーのことっ・・・・・・!」
言おうとしている唇に、もう片方の手を伸ばして人差し指で止めた。
「また、逢えた時まで、取っておいて、くれ」
一緒に家に帰れないことを謝りはしない。
ただまた逢えることを願って。
(あぁ、本当に私は)
幸せだった。
レイニーの泣き顔の向こうに光の玉が浮いて消えていく。
それと同じようにシュガーレットは瞼を下ろし、そのまま意識を失った。




