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⑩実験


「魔女の思念を入れた実験体・・・・・・?」


 なんだそれは。どういうことなのか。

 急にここ研究室が、いつもの場所とは違うような気がしてきた。けれど双子はいつもの様子でうんうんと頷いている。


「私が?」

「説明しろ」


 呟くように言ったシュガーレットに、怒気を含めて言ったのはレイニーだ。

 腰を抱きしめる彼の手が強くなる。もう片方の手ではまた柄を握っていた。

 こちらの様子を見ながら双子が口を開こうとした時――――ガチャ、と突然研究室のドアが開いた。

 奥のドアではなく、いつも使う方のドアだ。

 ノックもせずに現れたのは褐色の肌に金髪の髪、身長の高い男性だった。

 シュガーレットとレイニーは一体誰なのかと彼を見るも、相手は「シュガーレット・アインツ」と名前を呼んだ。


「そしてネネ、ノノ、クリスタル様がお呼びだ」

「はいはいなノ」

「ペインの人型は久しぶりに見た気がするネ」


 ペインと呼ばれた男性は、髪と同じ金色の瞳を少し細めただけで反転し、そのまま研究室を出て行ってしまう。


「ペインも主人に似て無口なノ」

「えと、今のは?」


 溜息をつきながらわざとらしく首を振っている双子に、シュガーレットが問うと、ネネが何度か瞬きをして「そうだったネ」と言った。


「二人はペインとクリスタルに会ったことが無いんだネ」

「クリスタル様の存在は知っているが・・・・・・」

「今のはそのクリスタルのガーディアンなノ」


「そんなことより」と、ノノはとことこと歩き出す。向かう先はペインが出て行ったドアだ。


「クリスタルが呼んでるノ」

「シュガーレットも一緒だネ」

「どうして私が・・・・・・」

「ナイレンみたいにてめぇらシュガーに手を出すつもりじゃねぇだろうな」


 レイニーが呻くように言うと、双子はケタケタ笑いながら「それは分からないノ」と答える。


「クリスタルは昔から気分屋さんだからネ。でももしそうなりそうだったらボクたちが守るネ」

「そうなノ。だからついて来て欲しいノ」

「・・・・・・・・・・・・」


 状況が全く分からないが、あのクリスタルが自分を呼んでいるらしい。

 ナイレンしか会ったことがない相手だ。どうして自分なんかをと思うも、双子に言われた実験体という単語を思い出す。

(どこから理解すればいいんだ)

 あのナイレンに殺されそうになったかと思えば、魔女の思念を入れた実験体? 全てが唐突すぎて飲み込めない。


「シュガー」


 強く名前を呼ばれ、横を向く。

 レイニーはいつの間にか腰ではなく、手を握ってくれていた。


「大丈夫だ。俺も一緒に行く」

「・・・・・・・・・・・・」


 どう答えたらいいのかも分からない。

 クリスタルに会うことが何を意味するのか。これからどうなるのか。

 危ないからお前はここにいろとも言えないし、一緒に来た方が私がお前を守れるとも言えない。

 不安な表情を隠しきれないシュガーレットにレイニーはこちらの頭に頬を当て、撫でるように動かした。


「大丈夫だ。何があっても、何を聞いても、俺はシュガーの隣にいる」

「・・・・・・すまん」

「俺がそうしたいだけだ」


 ぎゅっと強く手を握られる。


「早く行くノー!」

「どうせレイニーもついてくるネ?」

「当たり前だくそマッドサイエンティスト!」


 すでにドアから出ようとしている双子にレイニーは怒鳴り、それからシュガーレットに微笑みかけた。


「行こう、シュガー」

「あぁ」


 シュガーレットも強く手を握り返し、一緒に歩を進めた。



 ノノとネネの後について行きながら、いつもならば通り過ぎる道へ入っていく。

 変わらない白い壁と道。それでも初めて通るここは未知なる通りに感じられた。

 その奥に、研究所の入り口のように一つのドアがある。その向こうがどうなっているのか全く予想出来ない。クリスタルもどんな姿をしているのか、二人は全く知らないのだ。

 ネネがドアノブを取り、開く。

 ノックはいらないのかと思うも、中を見た瞬間、必要がないことが分かる。


「なんだこれ」


 レイニーが呟く。

 それもそうだろう。部屋の中というよりも、広い空間に繋がっていたという広さで、筒状の丸い床が様々な高さに存在している。

 その丸い床の先に階段がついていて、ここから見える一番大きな円のそれに続いているようだ。

 天井も筒状が伸びている下も暗くてどこまで続いているのか分からない。まるで扉の間を連想させる。


「ここは毎度昇るのが面倒くさいノ」

「クリスタルももっと近いところに座っていて欲しいネ」


 双子は文句を言いつつも、階段を昇り始めた。

 コツンコツンと四人分の足音が聞こえるが、こんなに広いのに響くことはない。どこか空気が冷たいような気がするのはただ自分が不安だからだろうか。

 周囲には様々な高さの筒が伸び、円の床を作っていて、けれどその白い床には何もない。階段があるのはどうやらクリスタルがいるところへ続いている床だけなのだろう。

 しばらく昇っていくと、下から見上げた一番大きいそれに到着する。

 そこには椅子に座るクリスタルがいた。


「あの人が、クリスタル様?」


 銀色の長い髪に、鼻まで覆われた白い仮面。

 一体どんな表情をしているのか全く分からない。

 その斜め後ろには先ほど研究所まで呼びに来たペインが立っており、逆にクリスタルの斜め前にはかしずくように膝を床につけているナイレンがいた。

 こちらに気付いたホワイトウルフ姿だったハイネは人間の姿へと変え、威嚇するようにこちらを睨みながらダガーを握った。

 まだ濡れている身体は、きっと彼らもこちらに戻ってきたばかりなのだろう。

(無事だったか・・・・・・)

 こちらの命を狙ってきたといえど、二人が無事だったことにシュガーレットは安堵する。しかしいつまた殺しに来るかも分からない。レイニーも戦闘態勢へと入り、シュガーレットを守るように前に出た。


「お前がシュガーレット・アインツか」


 ガーディアンが睨み合う中、クリスタルがゆっくりと口を開いた。

 その声はどこか透明で、足音も響かなかったというのにその声だけが大きく響く。

 レイニーの手を握りながら頷くべきなのか困ってしまう。

 自分は確かにシュガーレットだが、『シュガーレット・アインツ』かと聞かれたら分からない。だがシュガーレットが答えを出す前にナイレンが口を開いた。


「早く彼女を殺すべきです」


 ポタリと彼の髪から雫が床に落ちる。


「彼女は我々アダムの使いには出来ない、魔女と会話をし、名前を聞き出すことが出来るようになりました。それはもう彼女はアダムの使いではないということ」


 そして、と続けた。


「彼女の存在が魔女を引き寄せている。これ以上被害が出る前に今すぐ殺すのが妥当です」

「ちょっとちょっとなノ~」


 冷たいナイレンの声に、どこか気の抜けたノノの声が間に入る。


「ここまで育った実験体を簡単に潰さないで欲しいノ!」

「こんなに上手くいったのは初めてなんだからネ!」


 長い白衣の袖を頭上で揺らす双子。それはいつもの姿なのに、彼らが今なんの話をしているのか、シュガーレットは全く分からない。

 張本人である自分が置いてかれているこの現状に、口を挟むべきなのは自分だ。

(でも・・・・・・)

 繋いでいる手とは反対側の手で、ワイシャツの胸元を握りしめる。

 大きく呼吸をするが、自分でも分かるほど震えている。

 アダムの使いである自分の存在に不安を抱いたことは無い。いつ自分たちがアダムの使いとして生まれたのか、それを知らずとも自分のやるべきことは決まっているのだ。それさえ分かっていれば問題なく生きていけた。

 だが、今はそれら全てが間違いだと言われている。

 どこか自分はおかしいと思っていた。だが、自分が実験体だなんて思ってもみなかった。

 正直、全てを聞くのが怖い。自分の正体を知るのが恐ろしい。

 けれど――――もう片方の握られた手の温かさを感じながら、ゆっくりと再び深呼吸をする。

 震えは止まらないし、恐怖しているのは変わらない。それでも、一緒にいてくれる彼がいる。


「す、すまないがっ」


 シュガーレットは少し大きめな声で間に入った。


「わ、私にも説明して欲しい」


 声は震えてみっともないが、ここで黙って耳を塞いでいるよっぽどいい。


「ナイレンは知らなくてもいいと言った。だが私を殺すにしろ、処理するにしろ、自分のことを知る権利はある」

「シュガー・・・・・・」

「教えて欲しい。私は一体なんなんだ?」


 少しの沈黙。

 こちらを見つめる全員の視線が怖かったが、唇を噛み締め睨み返すようにすると、ケタケタとネネが笑った。


「別に全てを教えても問題ないネ」

「ネネ!」

「ナイレンはどうしてそうも真実から目を背けるノ」


 制止の声を上げたナイレンだったが、ケタケタと笑う双子に簡単にいなされる。

 クリスタルは何も言わず、頬杖をついたまま静寂を纏ったままだ。

 双子はよしよしと互いに頷き合い、説明を始めた。




 あるところに、双子の博士がいました。

 その世界にはアダムの使い、ガーディアン、魔女など、不思議な存在が沢山いて、研究にはもってこいの世界でした。

 そんな中、一番気になったのは魔女の存在でした。

 魔女さえいなければ、アダムの使いも、ガーディアンも必要なくなるからです。

 双子は魔女はどのようにして生まれるのか。それを確かめる為に適当に街へぶらつくようになりました。

 今にも死にそうな女性の人間を見つけては、観察しました。しかし魔女になる場面を見つけることは難しく、幾人の女性を看取ったか分からないほどでした。

 そこで、片方の博士が言いました。

『こちらで憎しみを抱く女性を作れば良い』と。

 それから双子は時に噂を流したり、身近な人に嘘の情報を与えたり、目の前で子供を殺したり、様々なことを始めました。

 そしてやっと、魔女になる瞬間を目撃することが出来たのです。

 それは鎮魂の祈りの儀式をした後とは全く逆の状態でした。

 死した女性の身体から光の球が浮き上がったかと思えば、それらに黒い霧がかかり、汚れた球が身体に戻って行くのです。

 それからまるで赤子が生まれたかのように悲鳴を上げ、瞳はボタンに、そしてその悲鳴を止めるかのように口に糸が縫われていき、彼女は魔女として生まれ変わりました。

 ようやく魔女が生まれる瞬間に立ち会えた双子の博士。

 しかし誕生の瞬間を見たからといえど、魔女がいなくなるわけではありません。ならば、他にも魔女について調べなければいけません。

 そこで考えついたことが、汚れた光の球――――思念を別の身体に移し替えたらどうなるかということでした。

 憎しみを抱いたのはあくまでその本人であり、別の身体に入れたら消えるのではないか、と考えたのです。

 双子の博士はまた魔女になる女性を作り、浮き上がった思念が汚れたところを見計らい、思念と魔女になる彼女とつなげている精神を鎌で断ち切りました。そして死した別の人間の女性に入れてみたところ、身体と思念が拒絶反応を起こし、その場で身体は無残な姿になり果て、思念もその場で消滅してしまいました。

 元々魔女になる筈だった身体も思念と同様に黒い霧に包まれ消滅してしまい、何も残りませんでした。

 しかし鎮魂の祈りを捧げずとも消滅した。それは実験の大きな成果です。双子の博士はもっと色々と試してみようと話し合いました。

 魔女の思念を別の死体に入れても消滅してしまうのならば、違う方法で魔女の思念を消滅させずに器に入れることは出来ないだろうか。

 そこで試してみたのは、アダムの使いの死体、ガーディアンの死体、それらを融合させたものも使ってみました。けれどどれも拒絶反応を起こし、消滅してしまいます。

 ならばもういっそと、人の形をした単なる義体にそれを移してみることにしてみました。

 そのときに使った女性の名は『シュガーレット・アインツ』

 彼女が魔女になる瞬間の思念を義体へと移すと、なんと人型の義体が人間の頃と全く同じ姿へと変化したのです。

 消滅することなく収まった思念。ですが元のシュガーレット・アインツの身体は気付けば消えてしまっていました。

 それでもようやく成功した実験に、双子の博士は喜び勇みながらシュガーレット・アインツの思念を入れた義体を持って帰りました。

 しかしまたここで問題が。彼女が一向に目を覚まさないのです。

 これではただの死体と同じ。そこでふと思いつきました。

『ある筈の鼓動が彼女にはない。きっと血液が足りないのだ』と。

 そこで、たまたま研究所にいた『ナイレン』というアダムの使いから血液を分けてもらい、それをシュガーレット・アインツに輸血すると、ついに彼女は目を覚ましたのです。

 不思議なことに、彼女は自分をアダムの使いだと思っていました。それはきっとアダムの使いからもらった血液が流れているからだろうと双子の博士は考えました。

 どちらにしても、魔女からアダムの使いを作ることに成功したのです。




「これが、シュガーレットの正体なノ」

「少しは理解できたかネ?」

「――――」


 魔女から作ったアダムの使い。

(それが、私)

 いつかの日に、ナイレンのことを兄弟みたいだと思ったことがある。それはあながち間違いではなかったということだ。

 しかし気になるのはそれだけではない。


「ノノとネネは、わざと魔女を作ったりしていたのか」

「そうだネ」

「消滅した魔女は、浄化されて消滅したと考えていいのか」

「それは分からないノ。でもきっと浄化はされることなく消滅したんだと思うノ」

「それは――――」


 苦しみから解放されることなく、神の元へと逝くことも出来ずに消滅したというのか。

 彼女たちの苦しみをわざと作りだし、そのまま消滅させることもいとわず、実験という名を借りて残酷なことを繰り返していたなんて。


「それは、反吐が出るな」


 彼女たちと向き合ったことがあるから分かる。

 あの苦しみから解放されないなんて、それは地獄と同じことだ。

 シュガーレットは双子を睨付けながら口元に円を描き、レイニーの手を離した。


「シュガーっ」


 制止の声が届く前に、剣を抜き双子へと走り出す。しかし彼らに届く前にその剣をナイレンが受け止める。


「退けぇ!」

「っ――――!」


 受け止めている剣を薙ぎ、跳ね返す。若干傾いたナイレンの足も払い、手前に転がした。そしてその背中に足を乗せ、より勢いをつけて双子に跳躍しようとしたが。


「シュガー・・・・・・っ!」


 後ろからレイニーに抱きしめられる。

「ナイレン!」とハイネの声がしたかと思えば、倒れたナイレンが身を翻し、シュガーレットの手の甲を手刀で殴った。

 そのまま剣はカランと音を立てて床に落ちてしまう。


「離せっ、離せレイン!」

「シュガーでもあの双子には敵わない!」

「分かってる! でもっ、でもっ!」


 双子は特に表情を変えることもせず、こちらを見つめている。

 どこにも罪悪感などないとばかりに。

 それにシュガーレットは涙が溢れた。


「どれだけ彼女たちが苦しんでいるか知らないから、そんなことが出来るんだっ・・・・・・!」

「苦しみなんて理解していたら博士なんて務まらないネ」

「感情なんて二の次なノ」


 首を振りながら答える姿に、「くそっ、くそっ!」とシュガーレットはレイニーの腕から逃げようとするが、彼の腕も身体も離れない。

 自分が実験体として生まれるまでに、どれだけの犠牲があったのだろう。

 どれだけの苦しみが、悲しみが浄化されずに消滅したのか。考えるだけで腸が煮えくりかえる。


「お前たちを、絶対に許さない!」


 そう叫んだ瞬間、全身を包み込むほどの魔女の気配がした。

 全員がハッとし、周囲を見渡す。


「今のでバレたかノ?」

「さっきの話からして、感情の揺れ動きには気をつけるべきだったネ」


 ノノとネネがどこか出したのか分からないが、いつの間にか鎌を握っていた。

 暗い、天井がどこにあるか分からないここに、フワリと姿を現わしたのは一人だけではなかった。


「なっ・・・・・・」


 全部で十人はいるだろうか。

 こちらを見下ろすように魔女がそこに現れた。

 ナイレンもシュガーレットではなくその魔女たちに刀を構え直す。それはハイネも同じだ。

 レイニーはこちらを離すことはせず、むしろ抱きしめて守るようにしながら刀を構えた。


「突然どうしてこんなに魔女が・・・・・・」

「シュガーレットが彼女たちを呼び寄せてるノ」


 ノノがレイニーの呟きに答える。


「レイニーが死にそうになった時、ボクたちを殺そうと思った時、それはどちらもシュガーレットの感情の振り幅が限界に達した時――――ようするに、シュガーレットの中にある魔女の思念が強く反応したノ」

「それで魔女たちはシュガーレットがどこにいるかを探ることが出来るネ」


 魔女たちはこちらを見下ろすばかりで、特に何も手を出してこようとはしない。

 しかし油断せぬよう視線はそちらを向けたまま、レイニーは再び問う。


「どうしてそれがシュガーレットが呼び寄せてることになるんだよ」

「・・・・・・これはボクたちも憶測にしかすぎないんだけどネ」


 ネネは何かを探すようにキョロキョロと視線を動かし、「あそこだネ」と長い白衣を揺らしてそこを指した。

 そこには赤い髪の毛を結び、スーツに手袋をしている姿の魔女が。

 その姿はどう見ても――――


「あれが半端な魔女『シュガーレット・アインツ』なノ」


 ネネの言葉をノノが引き継ぐ。


「きっとあれは、あのとき消えてしまったシュガーレット・アインツの死体なノ」

「死体が、魔女になったということか?」

「それは本当に憶測でしかないノ」


 ノノは珍しくどこか不安げに続けた。


「シュガーレット・アインツの死体・・・・・・思念の入れ物がどうして魔女になったのかまでは分からないノ。でも、きっとあの魔女を筆頭にシュガーレットに集まって来ているノ」

「自分の思念を返せって?」

「それもあるかもしれないノ」


 でも、とノノは言う。


「前にシュガーレットに言ったことがあるノ」



――――アダムという名前をつけられた君たちと対になるのは、神話の中にいるイヴだネ。

――――魔女になるのが全員女性なのは、アダムの使いと名乗る君たちの存在が答えなのかもしれないノ。

――――先に知恵の実であるリンゴを食べたアダムに、イヴは悲しみを覚えたのかもしれないネ!

――――怒ったイヴのご機嫌取り! 感情をまき散らした『イヴの欠片』をアダムの使いが討伐という名の浄化をする。そう考えたら魔女が全員女性である理由も、アダムという名前を君たちが背負う理由も、何となく繋がるノ!



「魔女たちが抱く悲しみや憎しみの感情は、生きていた頃に抱いた感情だけど、その感情を与えるきっかけとなったのはアダムに悲しみを覚えたイヴなノ」

「アダムの使いはアダムの欠片だとして、魔女はその感情を抱えたイヴの欠片だと推測すると、イヴの欠片はその苦しみから解放されたいが故に、イヴ本体に還りたいと思っているのかもしれないネ」

「イヴに還ればその悲しみはイヴ自身のものとなり、苦しみもなくなるノ」

「それの何がシュガーに繋がるんだよ」


 レイニーが首を傾げると、「やっぱり鳥頭なノ」と小さく笑ってからノノは言った。


「シュガーレットは、イヴとして認識されているということなノ」

「は?」


 理解出来ないと表情を歪めたレイニー。それとは逆にシュガーレットは無表情で自身の魔女を見つめていた。

 すると突然、今まで無言を貫いていたクリスタルが口を開く。


「そろそろいいか」


 ゆっくり立ち上がり、手を伸ばせば光の分子が集まるようにして大剣が姿を現わす。そして双子が「待って欲しいネ!」と慌てたのも聞かず、横にそれを薙いだ。

――――一瞬だけ風が吹いた。それしか感じられなかった。

 しかしシュガーレットの目の前で次々と魔女が消滅していく。残りが半数近くになり、再びクリスタルが大剣を振るわんとするが、そのまま魔女は後ろに下がるようにして姿を消した。


「・・・・・・逃げたか」


 彼は小さく呟く。それから手のひらを上にし、宙にかざした。すると大剣が現れた時のように光りの玉がふわりと浮かび、それをそっとその手で包み込む。


『終焉の加護を、彼女らに与え賜え』


 するとそのまま光の玉は消え、大剣も分子のように散って消えた。

 何もなかったかのようにクリスタルは再び中央の椅子に座り、足を組んで頬杖をついた。


「半端な魔女は逃げたが、どうするつもりだ」


 クリスタルは声を響かせて双子に聞く。

 ガーディアンであるペインはそのままクリスタルの傍らに立ち、表情を変えないが、どこか睨むようにしながら双子を見つめている。


「シュガーレットがイヴに認識されている以上、またここに魔女が現れる可能性があるネ」

「そうか」


 クリスタルは冷静に頷いたが、レイニーが「いやいや待てよ!」と、まだシュガーレットを守るように抱きしめながら会話に割り込んだ。


「だから、なんでシュガーがイヴと認識されてんだよ!」

「・・・・・・そろそろ説明が面倒くさくなってきたノ」

「ノノはそうやって適当に済まそうとするところが悪い癖ネ」


 鎌をまた肩に担ぎながら、ネネはオッドアイの瞳をこちらに向けた。


「元々シュガーレットもあの魔女と同様に、半端な存在だった筈だったネ」


 義体に魔女の思念を入れ、ナイレンの血液で動き出したアダムの使い。

 それは決して本当のアダムの使いとは言えないだろう。

 しかし注目すべきなのはそこではないとネネは続ける。


「シュガーレットは、討伐した魔女について日記を書いていたネ?」

「・・・・・・・・・・・・」


 無言でシュガーレットネネを見つめた。それは肯定とみなされる。


「けれどその内容は消えてしまうと見せてくれたネ。これも憶測でしかないけど、その日記の内容はシュガーレットが自身に取り込んでしまっているんだと思うんだよネ」

「・・・・・・その話は俺も聞いていない」

「教える必要はないネ」


 低い声で言ったナイレンに、ケタケタとネネは笑う。


「ナイレンはシュガーレットの監視を買って出ただけであって、全てを知らずともその様子の変化を伝えてくれればいいのネ」

「血を分けたのは俺だ。知る権利はあるだろう」

「確かにアダムの使いとしてシュガーレットが目を覚ましたのはナイレンがきっかけかもしれないけどネ、全てを教える必要はないネ」

「知る権利があるなら、聞けば良かったノ」


 途中でノノもケタケタ笑った。

 それにナイレンは苛立つように前髪をかき混ぜるが、シュガーレットのように双子に刀を向けることはない。


「さて、話が逸れてしまったネ」


「シュガーレットがなぜ日記を取り込んでいると推測したのかだけどネ」とネネがそのまま説明を続けた。


「普通アダムの使いは魔女に同情なんかしないネ。討伐する相手に私情は不必要。それこそボクたちと同じように感情は持ち込まないのが普通だネ」


 自分のせいでエリオットが死んでしまった時、エリーゼに言われた言葉を思い出す。

――――魔女は討つべき相手であって、私情は必要ない。いい加減にするのですわ。


「意識的なのか無意識なのかは分からないけど、シュガーレットは魔女という同族に哀れみを抱き、日記を書き始めたネ」


 その日討伐した魔女の名前。記憶。感情。それらは思念と同じもの。


「すなわちそれは、魔女の思念を文字化させることで再び蘇らせることに繋がり、身体がないその思念は魔女の思念を持ち、かつ彼女たちを哀れんだシュガーレットがその思念を取り込むことになったネ」


「だから書かれた日記は消えてしまったネ」と言うと、レイニーが問うた。


「どうして思念はそこら辺を漂って魔女化するようなこともなく、シュガーに取り込まれるんだ?」

「思念もシュガーレットに取り込まれたいからだネ」


 どれだけアダムの使いが魔女を浄化する存在だとしても、アダムという名はあくまでイヴを怒らせた相手。だからこそアダムの使いにも悪意を向ける。

 しかし――――


「シュガーレットは半端なアダムの使いであり、彼女たちを大切に想う心があるノ。さっき話したように魔女であるイヴの欠片は苦しみや悲しみから解放されたいと思っているとしたら、その思念は自分たちを哀れんでくれる存在、シュガーレットに縋ることになるノ」

「魔女を討伐し、日記を繰り返し書くシュガーレットはいつの間にか沢山の魔女の意思をその体内に抱きしめた状態になった――――それはアダムへの怒りや悲しみ、苦しみをばらまく前のイヴの存在と似た形だネ」

「だからこそ、シュガーレットをイヴと勘違いした魔女たちが、イヴに還ろうとシュガーレットに惹かれて集まってくるノ」

「半端な魔女、シュガーレット・アインツが、自分の思念であるシュガーレットと一つになろうと求めているということも、周りの魔女がシュガーレットをイヴと勘違いさせる起因でもあったかもしれないけどネ」


 ネネの説明にノノも加わり、二人はどこか楽しそうに首を左右に揺らした。

 その双子を無表情で見つめたままだったシュガーレットは、ようやく口を開いた。


「・・・・・・私が私自身の魔女と出会ったのは初めてだ」

「きっとシュガーレット・アインツもシュガーレットを探し歩いていたと思うネ」

「半端な魔女だから、きっと気配を追えなかったノ。でも、膨れ上がった感情でようやくシュガーレットの位置を把握することが出来たんだと思うノ」

「私を探すうちに、別の魔女も私を探すようになったというわけか」

「まぁ、簡単に言うとそんな感じだネ」


 簡単に返される言葉に、シュガーレットは自嘲的な笑みを浮かべる。

 まさか自分がそんな存在だとは思ってもみなかった。

 魔女を助けたいという想いはアダムの使いとして抱いていたものではなく、魔女の一部であるからこそ抱いた気持ちだったのか。

(あれだけ双子に殺意を覚えたのもきっとそういうことだ)

 分からないものは分からない。いま分かっている守りたいと思う存在を大切にしよう。

 そう思い始めたのに、なんだこの現実は。


「自分がどんな存在なのか、私は全く分かっていなかったんだな」


 はは、と軽く笑い、「それで?」とネネとノノ、そしてその向こうにいるクリスタルに聞いた。


「これから私は処分されるのか?」

「シュガー!」


 投げやりな態度にレイニーの怒気が含まれた声で名前を呼ばれる。

 しかしシュガーレットはそれを無視し、再度聞いた。


「ナイレンが殺しに来たということは、クリスタル様がそう判断したからではないのか」

「・・・・・・あれは俺の独断だ。お前のことはいつも見ていた」


 ナイレンは刀を持ちつつもどこか脱力した様子で言う。


「少しでも魔女になる様子が現れたり、害を成す存在になるならば、早く殺さなければならないと思った・・・・・・血を分けたのは俺だからな」

「私が魔女の討伐に行くのについてきていたのか?」

「全てでは無いがな」


 彼は溜息をついた。


「今まで何の変化も見られなかった。だが、ついに今日は魔女の名前まで探れるようになった。そして魔女の増加。それらは全部シュガーレットに関係していると理解した次には、殺すことを判断した」

「なるほどな」


 シュガーレットはナイレンの言葉に対して頷く。


「その判断は正しい」

「いい加減にしろシュガー!」


 レイニーは刀を放り捨て、シュガーレットの両手を掴んだ。


「シュガーはシュガーだっ! そんな投げやりになるな! 自分で自分のことを処分なんて言うなよ!」

「――――っ」


 シュガーレットは唇を噛み締める。

 ダメだ。いまここで自分の気持ちと向き合ったらきっと自分は立ち直れなくなる。

 それをきっとレイニーは見越しているのだろう。

「大丈夫だ!」と冷たくなったシュガーレットの手を両手で温めてくれる。


「たとえ中身が魔女の思念で出来ていたとしても、シュガーがどんな性格で、どれだけ不器用なのか俺は知ってる。シュガーがどんな存在なのか、俺が一番よく知ってる!」

「レイン・・・・・・」

「何があっても俺が守る。だからそんな風に自分を投げ捨てないでくれ」


 両手を自身の額に当て、まるで願うようにするレイニーにシュガーレットはその手を握り返そうとするが、響いた冷たい声にそれは叶わなかった。


「どうであれ、ホワイト・コアにまで魔女が侵入した。それは決して良い状況ではないな」


 クリスタルはそう言うと、どこか時が止まったかのような感覚に陥る。

 ここにいる全員がクリスタルを見つめた。


「魔女であるシュガーレット・アインツを浄化したらどうなると予測する」

「少しは魔女の増加を止めることは出来るかもしれないネ」

「そうしたら実験体はどうなる」

「死ぬかもしれないノ」


 レイニーがギリっと奥歯を噛み締めるも、クリスタルは表情を変えることなく言葉を響かせる。


「被害が出ている以上、無視することは出来ない」


 彼はそう言い、腕を伸ばして先ほどと同じように手のひらを上へと向けた。

 するとスーっとカギが現れる。


「実験体であるシュガーレット」


 クリスタルは表情が読めない仮面をつけた顔で、言い放った。


「半端な魔女『シュガーレット・アインツ』の討伐を命じる」


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