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⑨疑問


 死んでおけ。

 その単語の意味を理解しつつも状況に追いつけないシュガーレットに、ナイレンは躊躇無く間合いを詰め刀を振るって来る。

 ハッとした時には、目の前でもう一本の刀、レイニーの刀がそれを片手でなんとか受け止めていた。


「レイン!」

「どう、いうつもり、だっ、ナイレン!」


 表情を歪めながらも相手を睨付けるレイニーだが、ナイレンは表情を動かすこと無くより力を込めてきた。

(ナイレンは本気だ)

 彼と手合わせをしたことはない。だが普通は会うことの無いホワイト・コアの王座に位置する相手と接しているのだ。きっと長くアダムの使いをし、経験値も力も強いものなのだろうとは思っていた。

 その刃がこちらに向けられている理由は分からないが、このままでは本当に殺されてしまう。


「っ!」


 シュガーレットは剣を持ち、レイニーに加担するようにナイレンの刀を押した。

 二人がかりならば押し返せるだろうと思ったのだが、彼はそのまま二人分の刃を受け止めた状態で刀を滑らせ、体勢を低くする。

 突然無くなった刃に二人の姿勢が崩れた。


「シュガー!」


 しゃがんだナイレンの刀が真っ直ぐシュガーレットに襲いかかった。

 前のめりに転びそうになった状態だ。剣で切っ先を逸らせることは出来るだろうか。

 シュガーレットは素早く剣を構えるが、その前に腕が伸びた。

 レイニーの腕だと気付いた時には、彼の腕にナイレンの刀が突き刺さる。


「――――っ」

「レインっ・・・・・・!」


 悲鳴をかみ殺した息づかい。

 シュガーレットは自分の前に出るレイニーの肩を掴み、その上から構えた剣をナイレンに振るう。

 レイニーに刺さった剣を抜き、ヒラリと交わしたナイレンは再びこちらに切っ先を向けてくる。

 空気を切る速度のそれを反射で受け止め弾き、また受け止めては弾く。


「くそっ」


 弾くのをミスすれば、刀は再びレイニーに突き刺さる。だがこの雨だ。視界は良好とはいえない。ほぼ反射的なそれでなんとか防いでいる状態、かつ魔女と戦った後である。体力的にも限界が来るだろう。

 なんとかレイニーだけでも逃がさないと、と考えていると、突然ドンと思い切り胸板を押された。

 後ろに跳んでいく身体。

 次の切っ先を受け止めたのはレイニーの刀だった。


「逃げろシュガー!」


 ぶらんと刺された方の手を落としたまま、レイニーは刀を握り叫ぶ。

 雫と共に落ちる血の色に、シュガーレットは悲しみよりも怒りを覚えた。


「お前を置いて逃げるわけがないだろう!」


 転がった身体を立て直し、再び剣を構えて走り出す。

 そんなこちらの姿にナイレンは小さく彼のガーディアンの名前を呼んだ。


「ハイネ」

「はい」


 一体どこにいたのだろう。

 未だにその気配を捉えることは出来ないがその切っ先に込められた殺意に気づき、シュガーレットは身体を反転させて彼女の得物であるダガーを受け止めた。

 高い音と低い音が同時に響く。


「ハイ、ネっ」


 足で何とか踏みとどまるも、少しずつこちらの背中が仰け反っていく。

 表情を歪め、歯を食いしばる。

 すると力を込めていた足がズルッと雨により滑り、姿勢が傾いた。

 ハイネはその好機を見逃す訳がなく、ダガーを横に振るう。しかしそのまま切らせまいとシュガーは彼女より先に足を伸ばし、その腹を蹴って距離を取った。

 ハイネのダガーはシュガーレットの鎖骨辺りの肌を軽く切るだけに終わる。

 チッと舌打ちがしたかと思えば、転がったシュガーレットに上から突き刺すような形でダガーを振るった。

 首を動かしそれを避ける。ガキンと石畳を叩く音。その腕を切り落とさんばかりの力を込めて剣を横に薙げば、ハイネは軽く跳んで距離を取った。

 素早くシュガーレットも立ち上がり、けれどハイネとは向き合わずに背を向けた。


「レイン! カラスになれ!」


 なんとかまだナイレンの相手をしていたレイニーの影に隠れながら走る。

 こちらの言葉に従った彼は瞬時にカラスへと姿を変えて、上空に飛び立つ。レイニーがいなくなったのを見計らい、「だぁあ!」とナイレンに剣を振り下ろした。

 しかしなんてことないようにナイレンはそれを受け止め、先ほどとは逆に彼がそれを弾く形になった。そのまま手を休めることなく彼に切っ先を向けるも、顔色ひとつ変えない。

 視界の端で、再び人間に戻ったレイニーが今度はハイネの相手をしている。


「ハイネ、そっちのガーディアンは任せた」

「わかりました」


 短いやり取りが行われ、そのまま遠慮無くこちらを切りつけてくる。

 攻めていた筈の切っ先はいつの間にか逆転し、弾かれた剣の隙をついて刀が振るわれる。それを再び必死に受け止めた。

 肩で息をする二人がナイレンとハイネの相手をするのはやはり難しく、どうしても攻めるよりも受け身になってしまう。

 体勢を立て直したところで何も変わらないだろう。

(どうする、どうしたらいい)

 ナイレンの刀を受け止めながらシュガーレットは考える。

 まずどうしてナイレンが私を殺そうとしているのかが分からない。少しでも会話をして隙を作れないだろうか。

 どちらにしても、このままでは殺されるのも時間の問題だ。


「ナイ、レン!」


 シュガーレットは刀を強く弾き、一瞬の間で距離を少しだけ開ける。


「お前は、どうして私を、殺そうとするんだ!」

「・・・・・・・・・・・・」


 刀を構えていたナイレンが、一度大きく深呼吸をし、その構えを解いた。


「お前は知らなくていいことだ」

「なぜだ」

「知らなくても問題ないからだ」


 彼の声音はどこまでも冷たく、そして冷静だった。

 同じアダムの使いを殺そうとしているにも関わらず、だ。


「へっ、理由も知らず死ぬ身にもなれってんだ」

「レイニーっ」


 トンと背中にレイニーの背中がぶつかる。

 振り返ると頬にも切り傷が出来ていて、ハイネとの戦闘に苦戦しているのが窺える。

 腕からの血は止まったようで、刀を構える手は両腕になっている。しかし、その腕は震え上手く力が入っておらず、実質片腕で彼女の相手をしているのが分かった。

 顔色もよくない。きっと雨に体温も奪われているのだろう。


「仲間殺しに加担するガーディアンも大変だな」

「・・・・・・本当に何も知らないんだな」


 ナイレン同様、冷たいハイネの声が響く。


「己の主人が何者かも知らずにいるなんて、愚かにもほどがある」

「どういう意味だ」

「そのままの意味だ」


 濡れた石畳を蹴る音が聞こえた。

 ナイレンに視線を戻すと彼の姿はもうどこにもない。

(しまった!)

 頭上を見上げると、雨と共に両手で刀を握って落ちてくるナイレン。シュガーレットは跳ぶようにしながらレイニーの身体を押した。

 レイニーも姿勢を崩し、横に倒れたシュガーレットはナイレンの刀を完璧に避けることは出来ず、肩を切られる。


「がっ・・・・・・!」


 痛みに表情を歪ませるシュガーレット。ドクンドクンとまるでそこにも心臓が出来たように脈打つのを感じる。しかしそれを気にしている余裕はない。

 肩を押さえながら上半身を持ち上げ、周囲に視線を向ける。そこで先ほどのは陽動だったのが分かった。

 姿勢を崩したレイニーにダガーを握るハイネが迫っていた。

 片腕に力が入らない彼がいまハイネのそれを受け止めることは無理だろう。


「やめっ」


 シュガーレットは目を見開き、それを阻止せんと剣を伸ばす。だがそれはナイレンの足に踏まれ、簡単に落とされた。

 あっけなくカランと響く音。それでも足に力を入れ立ち上がろうとするが、今度はそのまま腹を蹴られ先ほどよりも遠くへ転がされてしまう。


「かはっ」


 身体をくの字に曲げ、咳き込む。

 全身に痛みが広がり小さく呻くも、それでも何とか身体を起き上がらせた。

 視界の端にまた刀を持って近づくナイレンがいるが、それよりもその向こうで倒れたレイニーに向けてそのダガーを振り下ろそうとするハイネに「やめてくれ!」と手を伸ばす。


「1145番、お前は本当に愚かだ」


 ハイネの言葉が大きく響く。

 その番号はレイニーという名前がつけられる前の番号だ。

 彼女の刃は確実に彼を切り裂くだろう。

 ドクンと嫌な脈が大きく跳ねた。

 また自分のせいで死んでしまう。


(やめろ)

 彼はレイニーだ。

 自分が呼んで、名前を与え、共に見つけ合った存在だ。

(頼む、やめてくれ)

 そんな番号、もう必要ない。お前はレイニーで、私の大切な――――


「やめろおおおおおお!」


 雨が降りしきる中、大きく雷の音が鳴った。



――――瞬間だった。

 ハイネの身体が吹き飛び、それだけではなくレイニーの身体も吹き飛んだ。


「なっ!」


 その声を上げたのはシュガーレットではなく、今の今まで顔色を一切変えなかったナイレンだ。


≪あ、あアあ、ァ≫


 気付けば魔女がそこにいた。

 シュガーレットは突如現れた目の前にいる魔女の存在を見つめていた。


「くそ、新手かっ」


 ナイレンが刀を握り直すと、魔女は彼に向かって手を差し出し、かと思えば指が伸びた。

 まるで蔓のようなそれを彼が切り落とすのに必死になっている間に、シュガーレットは立ち上がり、剣を拾いつつ魔女に吹き飛ばされ身体を石畳に叩きつけられたレイニーの元へ走っていった。


「レイン、レイン!」


 彼の身体を揺さぶると、「いってぇ・・・・・・」と呻く声が聞こえた。


「無事か、シュガー」

「ばかっ、自分の心配をしろ!」


 シュガーレットは彼の身体を支えながら起き上がらせる。肩の痛みに一瞬顔を歪めるがそれを気にしている余裕はない。

 レイニーは「なんでまた魔女が・・・・・・」と、魔女の相手をしているナイレンとハイネを見つめ呟くように言った。


「分からない。でも正直助かった」


 シュガーレットは魔女を見つめる。

 まだ彼女の記憶は読み取れない。彼女と向き合わなければ分からないのだろう。


「シュガー、今のうちに戻ろう」


 レイニーの言葉にシュガーレットは頷くも、少しだけ不安が残る。


「だが、ナイレンはあの魔女の名前を知っているのか?」

「知ってても知らなくてもあいつらは俺たちを殺そうとしている。助ける義理なんてねぇっつーの」


 支えていた筈の身体はいつの間にかシュガーレットを引っ張るように歩き出す。

 魔女は依然としてナイレンの相手をしているだけで、こちらを気にする様子はない。

(すまない、助かった)

 シュガーレットは引っ張られながら魔女に礼を言う。

 鎮魂の祈りで浄化させてやれないのは申し訳ないが、今は殺される前に逃げなければ。

 シュガーレットは切られた肩を押さえながらレイニーと走り、手短なドアにカギを差し込んだのだった。


~ * ~


 再びドアを開ければいつもの扉の間で、無意識にシュガーレットはホッと息を吐く。しかしレイニーは険しい表情を消すことなく、走るようにこちらを引っ張り続ける。


「レインっ?」

「家のカギ、早く返してもらおうぜ」


 周りのアダムの使いから視線を感じる。

 それはそうだろう。ずぶ濡れかつ怪我をしている自分たちは目立つだろう。


「それより早くネネとノノの所に! お前の怪我を見てもらわないと!」

「こんなの怪我のうちに入らねぇよ」

「でも!」


 確かに普通の人間より自分たちの身体は強いかもしれないが、それでも治療が必要だ。


「あんな実験場より家の方が安全だ!」


 役所にまで行き、アンノウンのいるところへ足を進めたが、目の前に交差した鎌が現れ引っ張っていたレイニーの足が止まる。

 突然のそれにシュガーレットはもう片方の手で柄を握るも、その鎌を持っていた正体に驚きに目を見開いた。


「お前は本当にボクたちが嫌いネ」

「嫌われて悲しいノ」


 鎌を持って行く手を阻んだのはネネとノノだった。


「ネネ、ノノ?」

「シュガーレットも怪我して可哀想なノ」

「治療が必要だネ」

「黙れ」


 シュガーレットから手を離し、刀を抜いたのはレイニーだ。


「お、おい」

「どうせホワイト・コアも安全じゃねぇんだろ」


 彼は静かに言うが、肩で息をしているのは見て分かる。

 早く治療をし、休息を取らなくては。


「ナイレンが殺しに来た」


 その一言に、もともとこちらを注目していたアダムの使いたちが一斉にざわついた。

 元々ナイレンの名前は有名だ。だから尚更騒ぎになるだろう。


「てめぇらの命令じゃねぇのか」

「・・・・・・残念ながらボクたちの命令じゃないネ」


 ネネが塞いでいた鎌を解き、クルンと回しながら宙に浮かせる。

 いつもの長い袖の白衣であるにも関わらず、難なくそれをキャッチし、長い持ち手の部分をトンと肩に置いた。


「むしろボクたちはシュガーレットを守りたい側ネ」

「そうなノ」


 双子は頷き、そして続ける。


「ボクたちの所に来るノ。安全は約束するノ」

「へっ、信用できっかよ」

「それでも構わないけど、その怪我はどうするノ?」


 ノノの視線がこちらに向く。


「怪我をしているのはお前だけじゃないノ」

「・・・・・・っ」


 その言葉にレイニーが悔しそうに黙った。

 それに今度はシュガーレットが口を開く。


「レイン、刀を仕舞え」


 濡れた髪の毛が頬に貼り付き、顎から雫が落ちた。


「ネネとノノ、世話になる」

「シュガーっ!」

「今はお前の治療が最優先だ!」


「また何が私たちを襲ってくるか分からない」と呻くようにシュガーレットは言い、双子に強い視線で問う。


「信用していいんだな、ネネ、ノノ」

「勿論なノ」

「二人はボクたちが守るネ」

「・・・・・・よろしく頼む」


 小さく頭を下げれば、レイニーは舌打ちをしつつも刀を仕舞った。

 異常に静かな、けれど周りの視線を受けながら二人は双子の後をついて行った。



 研究所に着くと、ノノはレイニーの治療を。ネネがシュガーレットの治療を始めた。

 濡れた服は問答無用とばかりに剥ぎ取られ、乾いたいつもの黒いパンツに上半身を白いタオルで覆い隠す状態だ。

 レイニーはそのタオルは使わず、上半身は裸体のままノノの治療を受けている。


「ナイレンに殺されそうになったって、一体何を二人はやらかしたノ?」

「別に何もしてねぇよ」


 刺された腕を伸ばした状態で、もう片方の手で頬杖をついている。

 まだムスっとした状態なのは、きっとこの研究所にいるのも嫌だからだろう。

 シュガーレットはそれに申し訳なく思うも、双子に気になっていることを話した。


「ナイレンの件は分からないが、その前に討伐以外の魔女が現れた」


 そう言うと、「ネ!」「ノ?」と、それぞれに反応を見せる。


「魔女が二人現れたってことなノ?」

「正確に言うと三人だな」

「三人も出たネ!?」


 ネネが驚きの声を上げた。


「そんな中でよく生きて帰ってこれたノ」

「魔女に助けられたようなものだ」


 二人は鎮魂の祈りで浄化し、もう一人はナイレンが相手をすることになってその隙に帰ることが出来たと説明する。

 するとスルスルと包帯を巻き始めたネネが疑問を口にした。


「討伐対象を浄化出来たのは分かるけど、どうやってもう一人を浄化したネ? 名前が分からないよネ?」

「・・・・・・魔女になる前の彼女と話が出来る」


 自分がおかしいことを理解している。そのため、絞り出すように言ったのだが、ネネとノノは嬉しそうに「凄い!」とノとネの不協和音を奏でた。


「どうやって話すことが出来るノ?」

「魔女になった瞳を見つめると、別の空間に移動したみたいになって、そしたら目の前に魔女になる前の彼女がいるんだ」

「それは魔女になった思念の中に元々あった彼女たち自身と話せるような感じかネ?」

「もしかしたら魔女になっても、生きていた頃の自分がまだ存在しているのかもしれないノ」

「私が話した彼女は自分が魔女になっていることを理解していて、自ら名前を教えてくれた」

「ならそれは思念の中にあった過去の彼女たちと話しているわけではないネ」


 包帯を巻き終えたネネは「これで大丈夫だネ」と新しいワイシャツを渡してくれる。

 パンツもそうだが、サイズがピッタリなのが謎である。

 しかしその疑問を口にする前に、ネネが急いで紙を挟んだバインダーを取り何かをメモっていく。


「三人目の魔女は、ナイレンとの戦闘中に現れたって行ってたネ?」

「あ、ああ」


 双子とレイニーに背を向けながらワイシャツのボタンをしめていると問われ、頷いた。


「そのとき、シュガーレットは何かしたネ?」

「なにかしたとは?」

「うーんと、殺しに来たナイレンに対して憎しみを抱いたとか、自分を守る為に殺そうとしたとかかネ?」

「それは・・・・・・」


 確かに殺されそうになって剣を抜いていたが、殺してやろうという気持ちはなかった。

 けれど強いて言うならば。


「レイニーが殺されそうになった」

「・・・・・・・・・・・・」


 どこか空気が変わり、静寂が研究所に満たされる。


「やめろと心から思った」

「・・・・・・そしたら魔女が現れたネ?」

「あぁ」

「大変だったネ」


 どこか慰めるような声に、シュガーレットは唇を噛み締めた。

 あそこでレイニーを失っていたら、自分は自我を保っていられただろうか。

 ガーディアンはアダムの使いを守る存在だと分かっているが、それは魔女の討伐の際の話で、ナイレンやハイネに殺されるのは違う。

 魔女になら殺されてもいいというわけでもないが、それでも納得出来るわけがない。

(どうして私が殺されそうになったのか、ちゃんと聞かなければいけない)

 ボタンをしめ終わったシュガーレットは振り返り、「なぁ」と声を掛ければ、その前にレイニーが立ち上がって「おい」と声を掛けた。

 先ほどの静寂がピリピリとした殺気に変わる。


「さっきからお前ら、シュガーに何してる?」

「レイン?」


 彼も治療が終わったようで、腕に包帯が巻かれている。しかし目を細めて苛立つ姿に、シュガーレットは突然ことについていけない。

 だがそれを無視してノノがこちらに質問をした。


「そういえば、シュガーレットはまだ日記を書いているノ?」

「え、あ、あぁ。そうだな」

「相変わらず消えてしまうノ?」

「あぁ」


 カリカリとネネがそれをメモする音が響く――――と、レイニーがダン! と怪我をしていない方の手で拳を振り上げ、デスクを殴った。

 ビクリと驚いたのはシュガーレットで、双子は特に驚いた様子もなく、むしろ表情を冷たくしてレイニーを見た。


「レイニー、うるさいノ」

「いま大切な話をしてるネ」

「だから聞いてんだよ」


 ふらりと立ち上がり、殴ったデスクに置いていた刀を持つ。そして引き抜いてそれを構えた。


「ちょ、レインっ」

「シュガーに何してるかって聞いてんだよ」


 そんな彼の様子にネネが溜息をついて、持っていたバインダーを置いた。


「魔女についての研究をしているのは知っているネ?」

「それの延長戦と言えば納得かノ?」

「魔女を知りたいなら、シュガーのことを聞く必要なんてねぇだろ」

「「・・・・・・・・・・・・」」


 双子は黙る。


「お前らが魔女について知りたいならそれだけしか聞かない筈だ。それは俺がよぉく知ってんよ」


 レイニーは瞬きをし「この瞳の時に嫌っていうほどな」と笑った。


「こっちが痛いってどれだけ叫んだとしても、そんなものどうでもいい。見えるか見えないか。一瞬だけ見えたらどうして見えたのかは考えたとしても、俺が何かをして見えたという考えには至らねぇんだよ、お前らは」

「「・・・・・・・・・・・・」」

「お前らが魔女について知りたいのなら、シュガーが何をしたのか、何を思ったのかなんて聞くわけがねぇ。どうしてそこに魔女が現れたのかだけを考える。なのに、お前らはシュガーのことを聞く。ようするに、だ」


 構えた刀の柄に力を込める。


「お前らが知りたいのは魔女のことじゃなくて、シュガーのことなんだよ」

「・・・・・・鳥頭なのによく考えたノ」


 ノノはケタケタ笑い、身体を揺らしたかと思えば一瞬にしてレイニーの刀が宙を舞っていた。

 理由はノノがいつの間にか鎌を手に取り、刀を引っ掛けて宙に飛ばしたからだ。

 そのままノノはデスクに飛び乗り、鎌をレイニーの首に掛けながらそれをキャッチした。


「レイン!」

「ノーノー」


 慌てたシュガーレットとは逆に、のんびりと、否、呆れるようにノノの名前を呼んだのはネネだ。


「だから、どうしてノノはそうすぐ手を出すネ?」

「一所懸命考えた子にはご褒美が必要かと思ったノ」

「・・・・・・これのどこがご褒美だよ」


 首に鎌の刃が迫っているというのに特に気にした様子がないレイニーは、もしかしたらされ慣れているのかもしれない。だがつい先ほど彼を失うところだったのだ。

 その光景を見ているシュガーレットは、また自分の脈が強く打つ感覚がする。


「レインから鎌を退けろノノ」


 シュガーレットは低い声で言う。柄を握らないでいられるのは、レイニー本人が本当に殺されるとは思っていない様子だからだろう。


「ここは安全だと言った筈だ」

「・・・・・・ノノ、早くするネ」


 ネネも囁くような声で言うと、ノノはそっと鎌を退け、デスクからも降りる。

「刀もレインに返せ」と呻けば、その通りに従った。


「レイン、大丈夫か」

「あぁ。別に問題ねぇよ」


 シュガーレットが走り寄れば、レイニーは微笑みこちらの頭を撫でた。


「ありがとな」

「礼を言われるほどのことはしていない」


 小さく首を横に振り、包帯が巻かれた腕を見て、そっとそこを避けて肩辺りを撫でた。


「大丈夫か?」

「ん。しっかり縫ってもらった。シュガーの肩は?」

「私も大丈夫だ」


 レイニーは頬をそっと撫でてくる。

 それがどこかくすぐったくて、顔をそちらに傾けて笑えばレイニーはその撫でていた手で頬を小さく摘まんできた。


「ちょ、急になんだ」

「いや、今のはそっちが反則だろ・・・・・・」


 はぁと顔を押さえ溜息をつく彼だったが、次に顔を覗かせた時には、鋭い瞳で双子を見据えた。

 肩を怪我していることを気にしているのか、シュガーレットの腰を持ってそっと引き寄せる。


「で? マッドサイエンティストはシュガーに何してんだ?」

「突然のイチャイチャを見せつけられたこっちの気にもなって欲しいノ」

「勘弁して欲しいネ」


 双子は袖を揺らしながら首を振った。

 けれどすぐにオッドアイの瞳を覗かせ、二人で視線を交わせる。


「今のでまた刺激になる可能性があるネ。もし何かあったらノノのせいだネ」

「それならそれで実際に〝結果〟が見られたことだから大きな成果なノ!」


 ケタケタと笑う博士である双子の言葉の意味が分からないシュガーレットは首を傾げることしか出来ない。

 けれどレイニーは何か思うところがあったのだろう。ギリっと奥歯を噛み締めたのが分かった。

――――そうだ、彼はここを何て呼んでいた?


「シュガーレット」


 いや。


「シュガーレット・アインツ」


 名前が呼ばれる。

 まるで、魔女の名前を呼ぶかのように。


「お前は魔女の思念を入れた、実験体なノ」

「ボクたちの、ネ」


 あそこは実験場だ、と初めて聞いた時の声が耳の奥で聞こえたような気がした――――

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