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出会い

 後悔先に立たず、そんな言葉が脳裏をよぎる。春から通う高校の制服を、街まで取りに行った帰りの電車。そこまでは、何事もなかった。そのあと、大きな湖をぐるっと回るような単線に乗り換える。事件は、そこで手ぐすねを引いて待っていた。1両しかないワンマン電車。有名なアニメのラッピングが、僕をその車両へと誘う。そして、いつもの席に座る。この時間に乗る人なんてほとんどいない、平日の昼下がり。時間を気にせず出歩けるのは、春休みの学生の特権。そして、それを謳歌する自分。しばらくして動き出した電車に人の気配を感じ、ふと目を向けた。それが、僕の後悔の始まり。車両に乗った時から、なんとなく違和感は感じていた。それは、社内にも張られたラッピングの所為かと思っていたが、違っていたようだ。

 車窓から海か湖かわからない中途半端な、その大きなだいだらボッチの手をついた後といわれる水たまり。その風景を見ようと、向かい合わせの二人掛けのシートの窓際にすわった。そこからすでに僕の不幸は始まっていた。

 最初に目に入ったのが赤いピンヒール、黒いタイツに黒いワンピース。そして紫のリップに、吸い込まれそうな漆黒の髪。そして、黒く太いアイシャドウとルビーのような赤い瞳と目が合った。やばい。一瞬で凍りつく僕の背筋。

コスプレ?まさかこんなところで。0.2秒、いや0.1秒と見てない。すぐに目を伏せる。僕は、何も見ていない。手のひらに滲む汗。小さな蟻ですら踏みつぶせる僕の希望は、無いに等しかった。ギリシャ神話のメデューサの見てしまったという呪いは、一瞬にして僕に降りかかる。カツカツと近づく足音。ごくりと唾をのむ。斜め前のシートに彼女が座り、僕の隣のシートに何かが置かれた。沈むシート。そいつの持つ重力以上のフォースを感じた。たぶん、逃げられない様に足で塞がれたに違いない。そんなことしなくても、この電車一両しかないから逃げれないよ。

 電車の扉が閉まり発車のアナウンスが車内を通り過ぎる。

こんな田舎の車両なのに、英語のアナウンス付きだ。ネクストステーションイズ。今まで、何度もこの電車に乗ったけど、海外の人なんて見たことない。

「ねえ君、この辺詳しいよね?」

思わず、顔をあげて、再び顔を見てしまった。声だけ聞くと普通の人。車内アナウンスに気を取られ、そして、聞こえてきた流暢な標準語に反応してしまった。一瞬戸惑う。さらに彼女にどう答えていいのか、思案中の僕に

「とりあえず乗ったけど、わからないのよね。この辺の電車って。単線でワンマンだから簡単にわかるって言われたんだけど。」

「どちらに・・・?」聞いていいのかちょっと戸惑い、知らない駅名を言われたらどうしよう。と尻切れトンボとなった僕の言葉。尻切れトンボの気持ちがわかる気がした。

「ワンマン電車に乗って、8個目の駅で降りろってどういうこと?」

「えっ、僕何も言ってませんけど?」心の声聞こえた?

「私が、馬鹿だからってそんな教え方ないよね。」ちょっと不機嫌そう。僕悪くないですよね?

「8番目の駅だと。」

「まあ、いいわ。8番の駅に着いたら起こしてね。徹夜で眠いのよね。」

「そう。でも、それで問題が解決したわけじゃないですよね。」って僕の言葉を聞くまでもなく眠ってしまった。しかも、僕に足の先をくつけたまま。

それって、空港とかで、荷物を盗まれないように体の一部を荷物にくっつけるやつですよね?

「僕は、あなたの荷物ですか?」

「何?」

「いえ、こちらの話です。寝てください。ぼくが、この後、あなたにどうされるかなんて。」消え入りそうな僕の声。

「ついたら起こして!何もしないよ。でももし、お願いできるなら、その駅の近くのおじさんの別荘のあるところまで、連れていって頂けると助かるんだけど。」と睨まれた。言葉は丁寧だけど、目が怖い。

「わかりました。」

「よかった。ここまでは、何とか来れた。あとは、君次第ね。逃げるなよ!」

「君次第?」何故、そうなるのか自問自答したけどわからない。

「海坂高校の山田海人君。」

 なぜ、この人は僕の名前を知ってるの?この人僕の知り合い?知り合いのコスプレイヤーなら、他の人がいいな。

「すみません。失礼ですが、何故僕の名前を知ってるんですか?会ったことないですよね。」

「エッ、私のこと覚えてないの?この間の集会で合わなかった?」戸惑う僕。集会って何。魔女会のこと?

「うそよ。君の袋に名前が書いてある。もうこれで、君の個人情報を摑んだから、私のしもべになりなさい。」と言って、彼女は僕の隣に座って、僕の肩に頭をのせて再び眠りについた。

隣に来たのは、そういう理由ね。でも、ちょっとうれしい。そして、少しだけ甘い香りがした。 

「8番目の駅までね。とりあえず、魔女じゃなくてよかった。」と僕は、ぼくを慰めた。

でも、生贄じゃないよね。ただのコスプレイヤーなんだよね。なんか沼ってる。都会の人ってこんな人ばっかりなの。

 8番目の駅について、恐る恐る彼女を起こした。

「もうすぐ、駅に着きますよ。」

長いまつげが、ゆっくりと動き出し、そしてルビー色の瞳がこの世の光を浴びて輝きだす。

 僕の顔を見て、誰?と言う表情、そうして周りを見渡して、ここどこ?って。見ていてわかるような動き、ありがとうございます。

「降りますよ。」の言葉で、やっと状況が理解できたみたい。「誰、お前?」って言われなくてよかった。もし、そんなことを言われたら、こんな僕でもめげるかも。どんな僕だよ?

「駅の近くにおじさんの別荘が有って、子どものころによく車で来てたけど、電車で来るのはくるのは初めて。」って彼女は、見ず知らずの僕に思い出話をし出した。

「ありますよ。地元の人も知らないようなところが。東京の会社が、お金持ちのために作ったような。」

「よかった、たぶんそれ。今日中に、そこに行きたいんだけど。」

「わかりました。でも、その前に僕の荷物返してください。」

知らない間に彼女は、僕の制服の入った袋を抱えていた。

「駄目よ。人質。連れて行ってくれたら返す。」

 実は、僕もその別荘の一角に住んでいる。と言っても、両親とは、一緒に暮らしてない。両親は、会社を持っているので、土日と会社の会議で使うときぐらいしか、ここにこない。

 僕は、ちょっと事情が有って地元の学校に居られなくなって、高校から母の実家の近くで子どものころから有ったここの別荘で暮らすようになった。実は、父親と母親の両親と仲が悪くて、帰省は母親の実家ではなくいつもここだった。高校から母親の実家って話も有ったが、僕も一人暮らしがしたくて結局ここに落ち着いた。

 中学卒業からここにいるけど時々祖母の家には、遊びに行くようにしている。

「ごめんね。だって、みんな声かけようとすると、逃げていくんだもの。君にまで逃げられたら、どうしよう?と思ってたから。」

「それは、そうでしょう。外人だってめったに会わないのに、そんな格好した人見たら、この辺の人は、みんな逃げますよ。僕だって、こんな状況じゃなければ逃げてます。」

「で、すみません。1つお聞きしていいですか?」

「いいよ。」

「どうして、そんな格好してるんですか?」と聞きたいけど、ストレートすぎる。「集会の帰り?」もまずいかな。とりあえず、どこから来たかわかれば何とかなるかも。

「今日は、どちらから来られたんですか?」

「東京。」

「父親がコスプレを辞めろって、うるさくて。」と言って彼女は、フグのように頬をふくらませた。

うかつにも僕は、ちょっとかわいいかもと思ってしまった。化粧をしているからかもしれないけど。10㎜ぐらい精神的に近づいてしまった。喋り方も僕の知っているひとに似ている。

「で、家を追い出されたということですか?」

「そうなの。で、おじさんに相談しだら、こっちの別荘使っていいよって。他も色々手配してくれた。」

「で、しばらくは、コスプレできないでしょうって、東京のコスプレ仲間が撮影会開いてくれて、それでこの格好のまま、ここまで来たって事なんだけど。だから、後は、よろしくね。」

 電車を降りる。魔女と僕。もしも、駅員さんが居れば「僕は、魔女に集会の生贄として捉えられているんです。誰か助けて!」って叫んでみたい。

残念なことに、この駅にはおいしいパン屋さんがあるだけで、駅員さん、居ないんだよね。

 ぼくには、見慣れたその駅も、東京の魔女には、とんでもない辺境に連れてこられた!というように周りを見渡し、そして、僕を睨んだ。

「ほんとに、ここ?もう少し街中のように思ったけど。」騙したな!と言いそうな目で僕を睨んだ。

「そう思うんだったら、後は、一人で行ってください。」

「うん、空気がおいしい。緑もいっぱい。でも、住んでる人いるの?」

 すごい変わり身。しかも、嫌味も入ってる。これだから、都会人は、好きじゃないんだよね。傷つくこと平気で言って、ジョークって言葉でごまかす。

「ちゃんと居ますよ。現に、ぼくもここに住んでます。」

「あっ、第一村人発見!」と言って彼女は笑い転げた。

「行きますよ。別荘地に。ここから歩いて20分ぐらい掛りますよ。」

「えっ、ほんと?」「タクシー無いの。」

「有りません。こんな田舎の駅で、タクシーを待っても来ませんよ。東京じゃないんですから!」

 彼女は、ぶつぶつ云いながら最後には、ピンヒールも脱いで、僕におんぶをねだってやっと別荘地の事務所に着いた。

 「村下さん、東京からお客さんが来てますよ。」とぼくがカウンターに備え付けのインターホンに吠えた。奥から小柄の40代後半のスーツ姿の男性が現れた。僕を見てニコッと笑い、

「いらっしゃい。」「如月様の親戚のお嬢様が、先日預けられた鍵を、取りにいらっしゃると伺っております。」

「じゃ、後はよろしくお願いします。その如月様の親戚お嬢様は、外のベンチでアイスクリーム食べてるから。変な格好してるけど、普通の人見たい。」

「わかりました。ありがとうございます。」

「じゃ、ぼくはこれで。これ以上関わりたくないから裏口から行くね。僕の住んでるところも内緒ね。」

やっとぼくは、面倒なことから逃げられた喜びで、スキップして家まで帰った。

そして、その日の夜、ベッドに入る時に気が付いた。

「しまった。制服返してもらってない。どうしよう」

 魔女と制服のことはすっかり忘れて、週末を思いっきり好きなウィンドーサーフィンと釣りを堪能し、月曜日になった。

今日から始まる高校生活、自分の過去を知らない人たち。新学期の期待をもって、8番目の駅で電車を待つ。さっきから背中に感じる視線。振り向くとそこに、同じ高校の制服の少女がいた。

「おはよう。しもべ君。これからもよろしく。」そういって彼女は笑った。そして彼女は、

「ちょっとそれ、樟脳臭いわよ。近寄らないでよね!」っと言って、僕に見覚えのある袋を渡してくれた。

『樟脳臭いのは、わかってるよ。でも、誰のせいなんだよ。』と僕は、心の中で叫んだ。

 僕は、たまたま5つ上のいとこのお兄さんが同じ高校だったので、タンスの中にしまわれていたちょっと樟脳臭いよれよれの制服を、再び現世によみがえらせるべく着てきたのだ。



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