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2-23.白雪の娘

 あれから更に3日が経ち、アリス達は街の中心部に位置する、市場へとやってきている。


 魔物による騒動が解決されてから約一週ほどが経過しているため、若干にではあるが、店先の品揃えは充実の様子を見せているようだった。

 とはいえすでにチラホラと雪が降り続く日も増えてきているため、市場に並ぶのは防寒具や薪や保存食といった冬の備えが中心で、流石に果物のような甘味の類は出ていない。


 これから更に本格的に雪が降り始めれば、露店である市場も閉鎖されしまうため、これが冬へ向けての最後の支度の機会となるのだろう。厳寒期も店舗を構える店はいくつか営業するそうではあるが、それはあくまで限定的な営業であり、平時ほどの品揃えは無くなるらしい。


 ただアリス達はこの冬は宿で過ごすこととなるため、そのあたりの手配はすべて宿の人間へと任せてしまっている。


 ちなみに、この土壇場で1名宿泊者が増えることとなったために、宿の人間には若干迷惑をかけることとなってしまった。

 幸いなことに、今街のあちらこちらではラビット肉による保存食を作るのに大忙しなため、食料の備蓄に関してはそこまで問題とはならないとのことだ。


 それに、無理を言った代わりとしてその分の報酬はそれなりに弾んでいるため、そのあたりはお互い納得してのことである。



「母様、あれ見たい!!」


「ラビ、走ってはだめですよ。」



 あの白い少女は、アリウスがゴーレム化の処置を行ったことで、その後まもなくして目を覚ましていた。


 一応念のためにと二日ほど寝かせて様子は見ていたものの、もういい加減に寝ていたくはないという本人の希望により、今ではこうして元気に走り回る姿を見せている。


 ちなみに目覚めた際の第一声は、すぐ隣で心配そうに手を取っていたマリオンに向けての「母様?」という言葉であった。どうやらその一言は相当に強力であったらしく、マリオンは今ではあの小さな娘に夢中である。


 今日も先ほどまで彼女のためのファッションショーが開かれており、その結果として、また大量の衣服を買い込むこととなった。


 アリスよりも小柄な彼女は、恐らく年齢でいえば10に満たないくらいだろう。そのためアリスとはまた違った方向性での可愛らしさがあり、アリスには少し子供っぽいかと思われたような衣服が、またよく似合う。


 今は毛皮のコートと帽子で身を包んでおり、自前の耳や尻尾は衣服に空けた隙間からこっそり、外へと出している。

 目覚めた彼女の眼はピンクがかった赤色で、その全身を白い毛皮と自前のそれで飾ったふわふわとした姿は、まるで小さな白ウサギのようであった。

 元気に飛び回ると共に、白く長い髪が舞い、まるで新雪のようにキラキラと輝いている。

 


 …魔物とか魔人とかエルフとか、この世界には色々と良く知らないものが居るようであるし、獣人なんてのもこの世界にはいるんじゃなかろうかとは、実は内心疑っていたりもする。


 まぁそれはさておいて、そうしてあの子にべったりのマリオンの様子を見て、なんとなく胸の奥がもにょもにょとするのは、一体どういう感情なのだろうな。



「アリスもこっち!」


「ラビ、前を見ないと転びますよ。」



 ラビという名前は、マリオンがつけた、彼女の名前だ。その名前の由来はもちろんラビットで、彼女の身体にある数々の特徴から名づけられたものである。


 どうやら彼女は、その記憶の大半は失われてしまっているらしい。


 目覚めた直後から流暢に話し始めたことからも、恐らくそれまではどこかで生活していたのだろうと予想されるのだが、自身の名前も生まれも、覚えてはいないのだそうだ。


 だがカプセルから連れ出されてからは意識自体は覚醒しており、周りの状況は大体把握をしていたらしい。意識だけが鮮明で、体を動かすことが出来ずにいたが、その間ずっと心配そうに看病を続けていたマリオンのことを、母であると認識していたのだそうだ。


 その際に私達の名前についても記憶をしていたらしく、私を見た彼女の第一声は「…アリス?」であった。そこはマリオンに倣って「姉様」とかではないのか。というか、なぜ疑問形なのだ。


 それからも彼女からは名前で呼び捨てにされており、その点においても、なんとなく心の奥がもにょもにょとしている。本当に何なんだろうな、この感情は?



 ちなみに、彼女を引き取ることは、暗黙の了解として既に決まっている。


 マリオンの希望に関しては言わずもがなであるし、アリウス自身も、彼女にゴーレム化の処理を施すことを決めた時から、決心をしていたことである。

 彼女に命の危険のある処置を施した以上、その後の彼女の人生に責任を負うのは、当然のことだろう。


 だがまぁ、あのマリオンの様子を見るに、どう転んでもそうはなっていた気はするのだが。まぁ、これも何かの縁ということなのだろう。

 …何かを忘れているような気もするのだが、まぁ忘れるような事柄であれば重要ではないはずだ。そもそもこの体に、忘却という機能は無いはずだしな。



「そろそろ約束の時間ですね…ラビ、もう少ししたらギルドに向かいますよ。」


「えぇー…」


「さすがにちょっと、報告が遅くなっちゃいましたからね。」



 一応、ギルド長にはある程度の事情は説明はしていたものの、詳細な顛末の共有はまだできていない。


 先日まではラビの看病や治療法の検討でそれどころではなかったし、向こうは向こうで今後の女王との付き合い方に関して、連日の有識者会議では色々と紛糾をしていたらしい。

 そして今日、ようやくお互いに一息付けたということで、直接面談する約束を取り付けていたわけである。



『恐らく長くなりますから、ラビの話は初めに済ませましょう。』


『ああ、流石に子供に長話は辛いだろうからな…長くなりそうなら、先に戻っていてくれ。』



 パイオンのタイダルギルド長ほどにはならないとは思うのだが、共有しないといけないことが山ほどあるからな…。

 

 正直を言えば私も、面倒なことはマリオンに任せて、さっさと宿へと帰りたい。



----



「なるほど…それで、その子供は君たちが引き取るということでいいのだな?」


「はい。幸い、パイオンに帰れば家もあります。ですので、春になったら連れて帰ろうと考えています。」



 ギルド長との面談は、まずはお互いの現状を報告するとことから始まった。とはいえ、あまりに色々と重大そうなことが多すぎたため、だいぶ端折っての説明ではある。


 今回の騒動の原因となる魔物を退治しに行ったその先で、遭難者らしき彼女を見つけたために、今までその看病を行っていた。そして目覚めた彼女は記憶はすべて失っており、自身がどこの誰かもわかっていない。


 アリス達からはそう、そう説明をしている。


 ただ遺跡に関してはある程度は説明したものの、それがどの様なものであったかといった詳細までは教えておらず、何らかの事故で遺跡は既に失われているということだけを伝えている。


 また同様に、遭遇した魔人の事や、彼女がその遺跡の中で隠されていた何らかの研究の検体であるということも、伝えてはいない。


 それらに関しての情報は少々、今の時代の人間には劇薬が過ぎる。



「うむ…君たちがそれで良いのなら構わないが…」


「備蓄に問題があるようでしたら最悪、パイオンまで走って戻りますから、安心してください。」

 


 大まかな経緯に関しては何度か宿まで訪ねてきていた職員経由で伝えていたために、彼女の扱いについては、最終確認の意味合いが強い。


 念のために確認をとってはみたものの、少なくともヴィルドーでは、彼女のような子供がいたという記録は無いらしい。そのため彼女は、現状では孤児ということになるのだろう。


 さすがに表立って言うことは無いだろうが、このように厳しい土地に生まれてしまった孤児というのは、どうしても扱いに困ってしまうものである。

 ヴィルドーには孤児院自体が存在しないため、幸運であればどこかの裕福な家庭に引き取られるかもしれないが、そうでなければ最悪、不幸な結末を迎える可能性もあるだろう。



「そうか…そうしてくれると、私としても助かる。すまないが、よろしく頼む。」


「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。その…あんな感じなので…」



 アリスとギルド長が向けた視線の先には、退屈さですっかりと眠ってしまったラビを抱く、マリオンの姿があった。

 その様子はまさしく母親のそれであり、あれから子を引き離そうと画策しようものならば、壮絶な抵抗を受けることは想像に難くないだろう。


 事実、先ほどまでは少々ピリピリとしており、ギルド長の正式な許可が出たことで、ようやくと空気は落ち着きを取り戻していた。ギルド長の側頭部から冷や汗が流れているため、きっと彼もそれを察していたのだろう。



「それで、女王からの要求はどうなりましたか?」


「女王…?ああ、森の守護神のことか。あちらに関してはとりあえず、数年ほど様子を見ることとなった。」



 女王の提案した共存に関して、街の有識者たちで話し合いの場を持ったのだそうだが、はやり相当に意見は割れたらしい。


 幸いにも死者は出ていないものの、ウルフの襲撃による負傷者の数は相当で、中には四肢の欠損のために、高級な魔法薬を必要とするものも居たのだそうだ。

 そのため特に、街の防衛の担当者や交易中に襲われた商人たちを中心として、反対の意見が出ていたらしい。


 中には逆に、あの特異種を仕留めた英雄「氷狼殺し」のアッシュを中心に、討伐隊を組むべきだという案も出たのだそうだ。


 だが当然アッシュ達には断られ…エルには逆に脅されて、その案は廃案となったらしい。いつの間にか二つ名をつけられていたアッシュは迷惑がり、連絡役のウルフをもふりながら話を聞いていたエルは、割と本気でキレたのだとか。

 …剣呑となる雰囲気に、モンドだけがうろたえている姿が目に浮かぶようである。


 ちなみにその話を目の前でした時点で、ウルフ達にはしっかりバレているため、割と本気で戦争となりかけていたことを、先走って話を持っていったその商人は気づいていない。

 後日、風の噂で聞いた話では、その商人はヴィルドーで落ちぶれて、他の街へ移らざるをえなくなったのだとか。まぁ恐らく、色々とあったのだろう。村八分とか。



 まぁそんなこんなで話し合いは紛糾したものの、最終的にはまず数年間、お互いに不可侵として試しに生活をすることとしたらしい。


 ただし生活圏は以前より近くなり、限定的に被る地域も意図的に設けて、森で遭遇した際は互いに害をなさないということに決めたのだそうだ。

 またその生活に慣れるまでの数年は、森の中を互いの見回りが歩き回るのだいう。


 ちなみにウルフ達とのすり合わせも、エルが間に入ることで直接の意思疎通が可能となり、驚くほどスムーズに進んだらしい。


 おかげでエルはヴィルドーのギルドへの移籍を強く切望されたそうだが、もう少し今の仲間たちで旅をしたいとのことで、固辞をしたのだそうだ。


 その代わりとして、今はギルドの人間と共に、文字盤を示すことで意思の疎通を図る方法を検討している。まぁあの賢いウルフたちのことであるし、遠くないうちに文字盤の使い方を覚えることだろう。


 ただ本人としても、あの仲良くなったウルフ達と離れるのは若干未練があったらしく、将来に広域調査員を引退した際はヴィルドーで雇ってもらえるよう、約束を取り付けているのだそうだ。


 なにはともあれ、これにて今回の騒動は、一件落着ということであろう。



「今回は本当に世話になった。それで、報酬に関してなのだが…」


「温泉…」


「ん?」


「混浴ではない、温泉が欲しいです…!!」



 若干食い気味に出したその要求に、スヤスヤと眠るラビの頭をなでるマリオンが、呆れたようにため息をつく。


 まぁ私としても、だいぶ無茶を言っていることは重々承知の上なのだが、それでも私はまだ、それを諦めきれていなかった。

 ここまで来て、目の前に名湯があるにも関わらず、短くない冬の間を宿に籠って過ごすなど、正直我慢が行かないのだ。


 もしもこの要望が叶わないのならば、最悪近場のどこかに温泉を掘りに行くぞ、私は!



「…なるほど、そういえば昨年、別風呂の宿は廃業をしていたな。一応、施設自体は残っているのだが…」


「そこを使わせてもらうだけでもいいんです…!」


「いや、あそこは汲み上げの機械が故障してしまってな…一応修理は試みたのだが、機関部の故障でもう直せそうになかったらしい。そもそも、あれらも元は遺跡だからな…仕組みがよくわからんのだそうだ。」 



 なに、今何と言った?

 あの温泉が実は遺跡で、機械で汲み上げを行っていた?



「任せてください。機械のことはちょっとばかし詳しいですよ、私!」



 可愛らしいポーチの中で質量兵器のウェイトとなっていた、数々の工具のことを思い浮かべて思わず勝利の笑みが浮かぶ。

 専門外の機械ではあるのだが、少なくとも、新たに岩盤に穴をあけるよりはよっぽど楽な仕事だろう。

次回は分量の都合で2話更新です。


【動体遺跡】


 過去の文明の遺産のうち、建造物状の物は総じて遺跡と呼ばれる。


 新たに発見されるようなそれは既に朽ちてしまっている事が多いが、中にはその土地で代々、生活の中に組み込まれるようにして使われ続けるものも存在をしている。


 そういったものは既にメンテナンスのノウハウが失われているものが多く、特に機械類の稼働が必要なものに関しては、無理やりに修理を繰り返して利用されているのが現状である。

 そのため、機関部が大きく破損した場合や、精密な回路が故障した際には修理がかなわず、動体遺跡は年々数を減らす一方である。


 ただし、中央ギルドにはある程度の技術が継承され残っているとも噂され、生活に必須な機械が破損した際には、中央ギルドへ相談が行われることも少なくはない。

 ただしそれも確実ではなく、ヴィルドーのような辺境の街であると、修理の依頼がかなう可能性は限りなく低い。


 ちなみにではあるが、パイオンのギルドの建物はエレベーターが破損し封印されているため、動体遺跡ではない。どちらかと言えば、遺構と称するのが正しいだろう。


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