2-22.禁忌のゴーレム
女王達を見送りようやく街の中へと入った私たちは、とりあえずギルド長へと帰還の報告を行うと、早々に宿へと戻ることとなった。
その理由は当然、マリオンが抱えた眠り続ける白い少女を休ませるためであり、まずは詳細な報告をと言いたげなギルド長を視線だけで黙殺すると、早々に宿へと引きこもり、それからずっと宿から出ていない。
少女の看病を初めてから既に5日が経ち、その間ずっと、少女は目を覚ますことなく眠り続け、看病を続けていたマリオンにも少しづつ焦りが見え始めている。
バイタルも少しづつではあるが弱っているらしく、マリオンが魔法薬を飲ませたり、薬草を混ぜた重湯を飲ませてはいたものの、一向に目を覚ます気配はなかった。
私もそれを手伝う傍ら、施設で記憶した資料を読み解いて、何らかの治療の手がかりがないかというのを探し続けていた。
そうして今日、ようやく一つの結論へとたどり着けたため、今も看病を続けるマリオンのもとで、治療についての相談を行うことした。
『キメラ…ですか?』
『ああ、恐らく、そうだと思う。既に気づいていると思うが、その子には魔物の特徴があるだろう?』
この子供…まだ本人から聞けていないため名前は保留としているが、その身体には、いくつもの奇妙な点を見つけることが出来た。
まず一つ目、体の再生能力が、著しく高い。
この子を救出した際、体から伸びるコードはすべて切り飛ばしていたのだが、肉体にまだ残っていた断片はいつの間にか排出され、コードが繋がっていた場所には跡も残っていない。
そして念のためと採血をした際、あっという間に注射跡が消えてしまったことからも、どうやらこの子の体は再生能力が尋常ではないらしい。恐らくではあるが、あのウサギの王と同様に、身体能力を強化されているのだろう。
さすがにどの程度の再生力があるかと試すことは出来ないが、もしあれと同等だということになれば、生物としては埒外な驚異的な能力である。
二つ目、恐らくこの子は、魔物の肉体と融合させられている。
初めてその体を抱きしめた際、既に気づいてはいたのだが、この子の体には人間にはないような器官が幾つか生えていることを確認している。
それは、臀部に生える小さな尻尾であり、白い髪の隙間から伸びる長くふわふわとした耳であり、そしておでこにちょっとばかし出っ張った、小さな角がそれであった。
そのそれぞれの特徴からして、恐らくこの子はラビットと合成させられた人間なのだろう。頭の横には通常の人間の耳もあるため、恐らくベースとして人間も利用されているはずである。
そして最後の3つ目…おそらくこの子の身体には、あの新型のリアクターが埋め込まれている。
さすがに体を開いて見るわけにはいかないが、音響や振動、そしてマナによる検査を用いて確かめた結果、この子の心臓は生身のそれではなく、機械の心臓、新型リアクターへと置換されていることが確認できた。
本来であれば身体へ血流を送るはずのそれをリアクターに置き換えて、どういった理屈で生きているのかは不明なのだが、間違いなくそこにはそれが存在している。
…もしかすると、人間の心臓を模したあのリアクターの本来の用途は、このような利用方法であったのかもしれない。
開発者である真なる天才の顔を思い浮かべ、いったい彼は何を目的としてアレを開発したのだろうと、僅かにばかりに思考が飛ぶ。
まぁ一旦それは頭の隅へと追いやり、あの施設で見た様々な資料を読み取ることでその意図を推測してみたところ、どうやらあの施設では、魔物を人工的に強化することでより強大な何かを生み出そうとしていたらしい。
そのための方法が、魔物同士の合成であり、そして魔物の魔石をリアクターへと置換することであったようだ。
ちなみに、ラビットの遺体の山からマナ結晶が出てきていたのは、その前段階として、魔物の魔石をより高純度なマナ結晶へと置き換える実験もしていたからである。
大量のラビットの方はあの王から複製される形で生み出されているようであったため、恐らくは壁面へと並べられていた、魔物の検体の方にその加工がおこなわれていたのだろう。
そしてその次の段階が魔石をマナリアクターへと置き換える事であり、理論的には、より高純度なマナを体へと満たすための処置だったことが伺える。
そして、それらの研究の最終段階として…この子供の体に、それらの処置が施されたのだろうと、推測を立てている。
『それで…この子は、どのようにすれば目覚めるのですか?』
『恐らくだが…この子はまだ、未完成だ。』
『ですから、どうすれば…!』
なんとなく察してはいたものの、どうやらマリオンは、相当にこの子供に執着をしてしまっているらしい。
まぁ彼女ほどではないとは思うが、私も何としてでもこの子を救いたいとは考えているし、無理やりにでも何とかするほかはないだろう。
だがその思いついた方法には、少しばかり以上に、問題があるのだ。
『……フレッシュゴーレムだ。あのウサギの王は恐らく、フレッシュゴーレムだった。』
フレッシュゴーレム。
本来のそれは、生物から取り出した肉を組み合わせて作る、まるでゾンビのような悍ましいものである。
あれから私は、あのウサギの王が、なぜあれほどまでにも理不尽な再生能力を持っていたのかということを、資料を読み込むのと並行して考察し続けていた。
そうしてたどり着いたのが、あの王の肉体はフレッシュゴーレムとして、あくまでゴーレムのパーツとして、肉体を再生させていたのではないかということであったのだ。
その仮説が正しいのであれば、頭を消し飛ばしても動き続けた理由も、リアクターを核として宿っていたゴーレムが動かしていたからだと、一応の説明が付く。
『…一度この子を殺して、それから再生するということですか?』
『違う、アリスと同じ方法だ。体は生きたままにゴーレムの核を定着させて、脳と体との繋ぎを作る。』
ゴーレムとは、その本質は、マナで作られた人形である。
自在に動くマナの人形。それに、何らかの物質で肉付けすることで生まれるのが、この世界におけるゴーレムの定義である。
アリスの身体もその本質は、人工で生み出した幾多もの生体パーツを組み合わせて造られた、人工の生物と言っても過言ではないのだ。
だがそのままでは体を動かす意志…魂が宿らないため、純粋なマナで作られた動く人形を、リアクターをマナ結晶の代わりの核として、その内部へと封じ込めている。
そうして封じられたマナの人形には、頭脳たる演算機によって行動を決めるよう命令をすることで、高度に人間のように振舞う仕組みが出来ているのだ。
まぁ正確には、アリスにはまだその演算機が思考をするためのプログラムを流し込んでいないはずなため、実際にどういう理屈で思考をしているのかはのかは、さっぱり分からないのだが。
それはともかくとして、その点に関して恐らくこの子は、魂自体は既に自前の物を持っている。マリオンに抱かれてあれほど幸せそうに眠っていた子供に、魂がないとは考えにくい。
だが恐らく、体を改造されすぎたことで魂と肉体との接続が切れてしまい、体を動かすことが出来なくなってしまっているのだろう。
だから、ゴーレムと同じ理屈で肉体へのつなぎを作ってやり、生身の脳を制御元として設定やれば、正常に体を動かすことが出来るようになるはずなのである。
…だが、どれもがあくまで理屈と推測と希望的観測であり、それで解決が出来るという確証は得られていない。
理論的にはうまくいくはずではあるが、生身の身体にゴーレムを入れる話など、その道の専門家であった自分であっても聞いたことが無いし、場合によっては魂を維持する霊子にマナが干渉して、消し去ってしまう可能性すらある。
そしてもしもこの子にそれを施すとなれば…それはきっと、この子に数々の非道な改造を施した科学者たちと同じ、人体実験とさして変わりはないだろう。
それゆえに、アリウスにとってもこれは、可能であれば避けたい苦肉の策である。
『……この子は恐らく、あと一月も持ちません。』
『延命を続けてもか?』
『肉体は保つと思います。ですが、少しづつ精神が弱っています。』
恐らく彼女につながれていたおびただしい数の機械には、何らかの方法で精神を壊さないようにする役目もあったのだろう。
またあのカプセルに詰め込めば延命が望めるかもしれないが、あれらはもう既に塵も残らず焼き尽くされてしまっている。もう一度あのカプセルと同等の物を探すのも、偶然あの研究所を見つけた経緯から言っても、難しいだろう。
だからと言って、この子をあそこから連れ出したのが、間違いだったとは思いたくはない。そのどれもが禁忌に触れるような実験を、こんな子供に施すような連中の手元に残して、この子が幸せになれるはずなどないだろうから。
そうして部屋に、静寂が訪れる。
もとよりマナ通信による会話を行っているため部屋へはこの子の寝息以外に音は無いのだが、精神的にそのように感じられた。
だが、どちらにせよ、私はもう決めていた。
たとえその結果がどうなったとしても、私はこの子に責任を持つ必要がある。
それがあの時、この子を連れだした、私の責務だからだ。
『ゴーレム化の処置を行う。』
『ですが…せめて、確証を持ってからでないと…。』
『残念ながら、現在の設備ではこれ以上の検査は不可能だ。それに資料を精査したうえであらゆる可能性を検討したが、これが一番、生存の可能性が高い。それに一応、似たような事例がここに居るからな。まぁ、この身体が一番、よくわからんわけだが。』
そう言って、肩をすくめる。
本当に、私の魂は今どこに、どういう理屈で、宿っているのだろうな?まぁ少なくとも、魂と体とがゴーレムで結びついていることには、変わりはないとは思うのだが。
そうしてマリオンはしばらく瞑目すると、決心がついたのだろう、こちらを見据えて、静かにうなずく。
『外に出ているか?』
『いえ、ここに居ます。』
マリオンは、今も眠り続ける子供の手を包み込むように握ると、祈る様に頭の前で手を結ぶ。
そしてアリスは胸の中心、心臓と置換されたリアクターをゴーレムの核とするべく、今も眠る少女の胸に、震えそうになる両手を抑えながら、静かにあてた。
……そういえば確かアイリス教には、子供を守護する役割の女神がいたはずだな。そんなことをふと、思い出した。
アイリス教には中心となる三柱の女神がおり、そのそれぞれが様々な事象に対する役割を担っている。
そして子供の守護を司る女神は、偶然にも、マリオンへと名づけをする際にあやかった女神の名でもある。まぁ、あやかったというよりは、使うと決めた名前が、その神の名をもじったものであったというだけではあるのだが。
実際に神の存在なんて感じたことは無いし、本当にそんなものが居るかは知らないが、もし本当にいるのならば、今こそ是非力を貸してほしいものだ。
女神、マリアリリー
この子供に、祝福があらんことを
【女神マリアリリー】
この世界で広く信じられているアイリス教における、三女神の一柱。
愛、守護、清純といった事柄を司り、とりわけ子供の守護者としての側面が有名。
それが子供のためとあれば、時に奇跡を授けることも珍しくはない。
今度は願う対象を、間違えませんでした。




