2-20.導かれた白い少女
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更新遅れたら察してください…
アリスにより打ち破られた壁の先には、何らかの実験室らしき、大きな円形の部屋が設けられていた。
だがその様子は今まで見たどの施設よりも異様であり、壁面はいっそ荘厳さを感じるまでに、美しく整った機械とケーブルとで埋め尽くされている。
その緻密さはかつての時代でさえも記憶にないほどに高度なもので、おそらくここは、あの時代よりも更に高い技術力で作られているであろうことが伺えた。
そしてその部屋の中心には一本の透明なシリンダーが据え付けられており、周囲の機械類はそのすべてが、その管の中の物体のためだけに用意されているのだと、直感で理解することができる。
その透明な管の向こうにあるものを確認し、アリスの表情が僅かにゆがむ。
『アリウス様…これは一体…』
『…下衆どもが…』
薄い黄緑の液体で満たされた管の中には、一人の小さな、アリスよりも小さな少女が、体の各所へコードを繋がれるようにして、封印をされていた。
長く白い髪は全身を覆うように液中を漂い、その表情を伺うことは出来ない。
全身の色素が薄いのか、白磁のように透き通った肌は、新雪のように輝いている。
その体はかすかに赤みを帯びて見えるため、恐らく生きてはいるのだろう。
先刻のウサギの王や、先ほどちらりと見た数々の単語から、恐らくそういった実験のために用意された検体なのだろうと察することが出来た。
言うまでもなく、このような人体実験は、最も禁忌とされる忌むべき行為である。
かつての研究所でもそういった実験は固く禁じられており、生体を扱うギュスト博士の研究室や、幾多の薬物を扱う薬学研究室であっても、人体に関わる研究を行う際にはとても厳重な手続きが取られていた。
アレがどう言ったものなのかはわからないが、少なくとも病の治療といった善性の研究ではないであろうということは、いままでの状況証拠からも容易に伺うことが出来る。
もしもこの場に関係者が残っていたならば、間違いなくその顔面には拳を埋めていたことだろう。
『とりあえず、端末を確認します。』
『いや…そんな時間はなさそうだ。』
アリスがこの部屋に踏み入った瞬間から、壁面に埋め込まれた機械のいくつかが点滅を始め、何らかの動きを見せていることは確認をしていた。
そのため恐らく、データに関してはもうとっくに破壊をされているだろう。
それにどうやらこの施設を管理していた奴らにとって、この部屋を見られることは、よっぽどに避けたいことであったようだ。
先刻までは施設の崩壊というもっともらしい事故に見せかけて、それとなく出口へと誘導をしているようであったが、いよいよもって完全なる証拠隠滅を決意したらしい。
突如、床や天井の数か所から金属のパーツが飛び出すと、そこから赤い霧状となった高濃度のマナが、部屋の中へと瞬く間に満たされていく。
流石にそのものを見たことは無いのだが、この後起こるであろうことは、大体想像から遠くはないだろう。
『これは!?』
『丸ごと焼き払うつもりなんだろうな。』
試しにマナへの干渉を試すが、反応をしない。恐らくすでに、部屋丸ごとを破壊し尽くすような、破滅的なイメージが付与されてしまっているのだろう。
あと数秒もすれば、アリス達やあの少女を巻き込んで、すべてが灰燼に帰すようなマナ災害が発生するはずだ。
ちなみにかつて、研究所のセキュリティに関する会議で似たような機構を提案したことがあったりもするのだが、その際はごく一部を除いた大多数により否決をされてしまった記憶がある。
曰く、貴重な研究データを破壊するなど言語道断であるとのことであったが、どうやらこの施設の人間たちにとっては、研究データよりもそれを隠すことのほうが重要らしい。
ロマンという意味では共感を覚えなくもないのだが、女子供を実験体として扱った上にそれを焼き払おうとするような連中とは、仲良くなれるとは到底思えない。
『マリオン、シリンダーの近くへ!』
『このレベルのマナ災害では危険です!今すぐ退避を!』
『もう遅い、全力で防御を固める準備だ!』
マナの噴出を確認した直後、アリスは既に走り出している。
そうして一息にシリンダーの根元へとたどり着くと、逡巡せずに、分厚いガラスの筒を蹴り砕く。
内部へ衝撃が行かないように丁寧に、だが豪快に管を砕いたアリスは、内部を満たしていた液体で濡れるのも構わずに、中の少女をひったくるように抱きしめた。
そしてマナの刃で少女へとつながる管をすべて一度に切り飛ばすと、踵を返して、遅れて駆け寄るマリオンのもとへと走る。
周囲へと満ちたマナがいよいよもってその暴威を解き放とうとしたその直前、抱き着くようにマリオンと合流し姿勢を下げると、マリオンのガントレットと服の帯とが、三人を覆うように一斉に展開をする。
全周を覆うように展開された繭が閉じるその直前、隙間からは僅かながらに赤い炎の光が見えたために、どうやら破壊は焼き尽くす形で起こるらしい。
間一髪でシェルターへと逃げ込む事は出来たのだが、上へと展開した盾を向けたままのマリオンの顔が、ある意味予想通りの破壊の規模に、わずかにゆがむ。
『ダメです、外周から焼き切れていきます…!』
『そのまま維持しろ、中から補強する!』
そう言ってポーチへと手を突っ込むと、その手には、マナマテリアルのブロックが握られている。
現在の在庫は5ブロックと少しほどで、ヴィルドーでは魔物を狩る機会が増えていたために、以前よりも若干多いほどまで補充が出来ていた。
そして手に取ったマナブロックをそのまま帯の繭へと叩きつけると、繭の内側を覆うように、半分は先刻の隔壁と同じ極めて頑丈な合金に、そして半分はそれをコーティングするマナコートへと変化させる。
余談ではあるが、マリオンの骨格にはこれと同じ金属が利用されているため、極めて剛性や耐熱性などが高くなっている。その代償として重量が嵩んでしまったために、のちほどちょっとばかし恨まれる原因にもなっていたりもするのだが。
だが、その熱にも衝撃にも極めて強いはずの合金は、熱によって見る見るうちに変色していき、あまり長くはもたないであろうことが推測される。
『帯が全て焼き切れました!ガントレットも限界が近いです!』
『構わん、切り離せ!』
マリオンの前腕へと固定をしていた金具がガチャリと開くと、ガントレットからマリオンの細い手が引き抜かれる。
展開したまま天辺へと固定されていたガントレットは見る見るうちに赤熱し、焼き付いていく。恐らく表側のコートが完全に焼け落ちたのだろう。
ガントレットよりも更に内側に、追加でマナマテリアルを叩きつけて新たな壁を作る。
その追加の防壁へも見る見るうちに熱が伝わると、その色味がだんだんと変化をしていく。だがその変化は先ほどよりもわずかに緩やかで、もう幾何か耐えることが出来れば、このまま無事にしのぐことが出来るだろう。
ガントレットを切り離したマリオンは手持無沙汰になったということもあり、アリスの代わりに少女を抱いて、周囲から伝わる熱を防ごうとしている。
どうせただの魔法では暴れ狂うマナ災害によってかき消されてしまうため、少しでも楽になればと、アリスは魔法で内部の温度を適温へと保つように努める。
そうして追加のマテリアルを二つほどドームへと叩きつけた後で、熱による壁の変色はようやくと収まった。
じわじわと逆回しにするように色見が変わり、少しづつ外の熱が収まってきたのだろうということが伺える。
外が冷えるまではもう暫くかかるだろうということで、外の熱が収まるのを待つ間で、先ほど救出した少女の様子を確かめることとした。
『だいぶ強引に引きずり出したが、大丈夫そうか?』
『意識は無いようですが、バイタルは正常ですね。おそらく、気絶しているだけと思われます。』
少女の手足に帯を巻き付け、マリオンが少女の状態を確かめる。
これは追加でマナマテリアルで生成したもので、おかげでマナマテリアルの在庫はもう1ブロックに足りない程度にしか残っていない。
いい加減在庫を増やしていきたいところなのだが、一向に増える気配がないのは何の因果であろうか。
そんなことは意にも解せず、白い髪の少女はスヤスヤと、まるで母に抱かれて安心しているかのように眠り続けている。
管の中では伺えなかったその顔はとても愛らしく、アリスと比べても遜色ないほどに整っていた。
きっと知らない人間が彼女たちを並べてみれば、片親でも異なる姉妹であると思うのではないだろうか。
マリオンは器用にもスラスターからの温風で彼女の髪を乾かしており、密閉空間内へと飛ばされた湿気はアリスが集めて冷やし、繭の端へと捨てている。
どうやらそれが気持ちいいらしく、こんな状況にもかかわらず、どう見ても笑顔で寝ているようにしか見えないその表情は、なかなかに大物の予感を感じさせた。
『さて…そろそろ外に出ても問題はなさそうか?』
『はい、恐らくもう大丈夫だと思います。ですが…』
うん、まぁそうだろうなぁとは思っていた。
ふわふわとした長い髪の毛で覆われた少女はその身に何もまとっておらず、各所を帯で覆われた以外は毛で隠れているのみで、ほとんど生まれたままの姿である。
季節はすでに冬の入口で、先刻まで雪が降っていたこともあり、アリス達でもなければ直ちに凍えてしまうのは必須のはず。
まぁつまりは、なけなしのマナマテリアルで服を作れということだろう。
『まぁ、後で戻せるしな…』
そうしてポーチからマテリアルを取り出し、作る服について指示を待とうとしたが、マリオンは何故か首をかしげている。
『ああいえ、確かにそれも必要ではあるのですが…』
はて、どういうことだ?
『このシェルターですが、どのようにして外に出ましょう?』
ああ…そういえば、全周をがっちりマナコートで固めてしまったからなぁ…。
底をつきそうなマテリアルの在庫以上に、全力で固めたシェルターからの脱出方法に、頭を抱える事となるのだった。
【人体実験】
人体を用いた実験は、よほどの事情がない限りは、かつての世界でも、今の世界でも、固く禁じられています。
ただし医療分野に関しては厳正な審査と、十分な理由があれば許されていたため、全くなかったというわけではありません。
ただし、アリウスが知る限り研究所ではせいぜい新薬の治験程度までしか行われておらず、人間の生体を用いた実験の記録はありませんでした。
ただごく僅かにではありますが、自分の体を対象とした改造を行おうとするマッドな研究員も在籍はしています。
ギュスト博士の研究室にも1人、そうした研究員がかつて、在籍をしていました。
ですが数々の違反を重ねた結果、その研究員はクビとなり、その後の行方は知れません。




