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2-19.少女を導く黒い影

ストックやばたにえん

まぁ、残りは章の後片付けみたいな部分にはなりますが…

 地響きのような振動が続く人口の通路を、メイドと少女が駆け抜ける。


 先刻、冷気を追って素通りした通路を逆走するように進むが、重要そうであろう区画へと向かう経路はそのこと如くが瓦礫や隔壁で塞がれており、奥へと進むことがなかなか出来ないでいる。


 その一方で、施設へ入る際に使った非常口への経路は綺麗なままであり、いっそ清々しいほどに、何者かの意図を感じざるを得なかった。



『なるほど、これも”クソエルフ”とやらの仕業か。』


『よっぽど見られたくないものがあるようですね。』



 曲がった先に数度目の瓦礫を確認した際、それを砕いて進むことも試してはみたのだが、瓦礫の先は岩盤ごと完全に通路がつぶれされてしまっており、どうあがいても先へは進めそうになかった。そのため瓦礫でふさがれた箇所に関しては、以降は無視をすることとしている。


 そして、今もまた視界の先に新たな隔壁を確認したが、ここを逃すと最も重要そうである区画への道は恐らくもうないらしい。

 かなり高度なコーティングの施された防爆仕様の隔壁ではあるのだが、ここに至っては覚悟を決めるしかないようである。



『くそ、やはりアレをぶち破るしかないか。』


『アリウス様、さすがにアレは厳しいのでは?』


『任せろ、やり方はなんとなく覚えている!』



 視線の先の隔壁へと向かって加速をすると、周囲のマナへ向けてではなく、自身の胸の中心へと備え付けられた機械の心臓へと向けて、意識を集中をする。


 先刻、私の胸に収められたリアクターは感情の高まりに応じて出力を高め、その結果として何らかの現象を起こしていたらしい。

 無我夢中だったために完全な記憶はないのだが、あの時自身の心臓は暴れるように高鳴り続け、全身を超高濃度のマナが巡っていたことだけは記憶にある。


 その時のおぼろげな感覚を強く思い浮かべ、あの不思議な力を呼び起こそうと、イメージを心臓へと流し込んでいく。


 だがブラックボックスたるリアクターはうんともすんとも反応をしない。勢いをつけてぶち抜こうと助走をつけていたため、隔壁は無情にも、目の前へと猛スピードで迫ってきていた。



『ぐぐ…なんだか、上手く……あー、なんとかなれ!!!』



 速度を落とさず半ばヤケクソに、右手を前へと思い切り突き出す。


 恐らくこのまま無防備な拳で殴りつければ、起こるのは精々が巨大な衝撃音だけで、結果として傷むのはアリスの手だけであろう。

 アリスの極めて頑丈な肉体をもってしても、大規模破壊から中身を護ることを前提とした隔壁が相手となれば、いくらなんでも流石に分が悪いのだ。


 そうして隔壁と握りこぶしとが衝突する寸前、恐らくひどく痛むであろう怪我を覚悟しギュッと目を瞑ったところで、ほんの僅かにトクリと、心臓が鼓動を刻んだような気がした。


 そうして今なお振動と地響きとが響く暗い通路に、それを上から塗りつぶすようにして、巨大な振動と衝撃音とが響きわたる。


 痛みと痺れを訴える右手を確認するため恐る恐る閉じていた目を開けると、右手は外傷こそないものの、小さな拳骨が真っ赤に腫れてしまっていた。

 そして打ち付けられた隔壁は大きくひしゃげ、深く刻み付けられた小さな拳の跡と、壁との間に出来た大きな隙間が、何が起きたかを如実に語っていた。


 そして少し遅れて、赤く腫れた拳はじんじんと、疼くような痛みを伝えてくる。

 恐らく折れてはいないはずだが、今日は幾度も痛みを覚える厄日である。



『めっちゃ痛い…!』


『防爆隔壁をこれだけ破壊して、痛いで済むのが異常ですよ…。僅かにではありますが、拳に高濃度のマナを纏っていたようでした。』


『一応、成功したか…しかし、先ほどはもっと、こう…。』



 なぜだか理由は分からないのだが、先ほどのことを詳細に思い出そうとすると、頭にモヤがかかったように記憶が曖昧になる。


 普段であれば一度経験したことは精密に思い起こすことが出来るはずなのだが、マリオン曰く、その時の私は相当に取り乱していたそうである。正直リアクターの様子も暴走していたと言えなく無い状態であったようであるし、記憶に不整合でも生じているのかもしれない。


 まぁ後で落ち着いたときにでも、また練習をすればいいだろう。



 そうしてギリギリ女子供であれば通れるほどに出来た隙間を抜けると、施設の奥へと向けて、問題なく通路は続いていた。


 今もまだ振動は続いているが、隔壁を抜けたこちら側はまだいくらか安定をしているらしい。やはりあの崩落自体が、重要施設を隔離するための処置なのだろう。


 そうして引き続きマリオンに先導されて通路を進むと、少し様子の異なる大きな部屋へと出た。


 最初の部屋のようにカプセルがあるということは無いのだが、整然とした部屋には様々な本や資料が置かれており、恐らく何かしら重要な地位の人物が執務室として使っていたのであろうということが伺える。


 だがこの部屋に踏み込む直前から若干振動の質が変わり始め、今ではこの中心区画も揺れが大きくなり始めていた。


 恐らくではあるが、施設を自壊させた何者かが私達の侵入に気づき、この区画も自壊させることに決めたのだろう。恐らくすでに、あまり時間はないはずだ。

 出口から安全に脱出することは半ば諦めてはいるものの、それまでに少しでも、残された情報を集める必要がある。



『とりあえず、私はそこらの資料を片っ端から記憶していく。』


『では私は、奥にある端末を確認します。』



 そういうと、マリアンは奥の執務机へと据えられた端末へと走っていく。


 残念ながらすべての資料をポーチにしまうことは叶わないため、アリスは手当たり次第にそこらから資料を手に取ると、パラパラと目だけを通して投げ捨てていく。

 さすがにその場で資料の意味を理解するのは難しいのだが、一度目を通しておけば後程記憶を呼び起こしてじっくりと確認することが出来るからだ。


 そうしてパラパラと資料に目を通していくと、チラホラと気になる単語が視界をよぎる。



『魔物の合成……魔石の置換……なんだか気になる単語がたくさんあるな。』


『どうやら当たりだったようですね。ただやはり、データの類は破壊されているようです。』

 


 マリオンがデスクの上に備えられていた筐体から帯を引き抜くが、どうやら一番重要であったであろう情報に関しては、既に破壊をされてしまっていたらしい。


 そうなると、ここらに置かれた資料も重要度としてはそこまでではないということなのだろう。物理的に火を放たれていないことからも、最悪見られても問題ないと考えていたであろうことが伺える。


 そうして一通り目に入った資料にすべて目を通し終えると、とうとう部屋の揺れは、常人であれば立っているのも難しいであろう段階まで深刻となっていた。


 さすがにこれから出口に走るのは難しいだろうなぁと、恐らく遠くないうちに崩壊するであろう、天井に視線を向けた、その瞬間。



 意識外の視界の端を、全身が黒ずくめの男の姿が、チラリとよぎった。



 先ほどまでは居なかったはずの私たち以外の存在に、最大限の警戒と共にそちらを振り向くが、男がいたはずのその場所には何も無い。

 そこにはただ資料を引っ張り出して枠だけとなった棚があり、何らかの存在がいたような形跡は見つからなかった。



『…マリオン、今その棚の前に、誰かいなかったか?』


『…?いえ、私はそちらに視線を向けていましたが、何も居なかったはずですが…』



 はて、あれは何かの気のせいだったのだろうか…?


 試しに先ほどの記憶を正確に呼び出し思い浮かべるが、やはりそこに何かが映っていた証拠は見つからない。

 だが記録にはないはずのその場所に、なにか得体のしれない黒い影が映りこんでいたはずだと、この頭脳ではなく心の奥の何かが、深く警鐘を鳴らしている。


 心の赴くままに、アリスの体に記録された記憶を再生するのではなく、先ほど感じたイメージそのもそのを、深く反芻するように呼び起こしていく。



 黒い背の高い帽子を目深にかぶった、全身黒ずくめの、影のような男。



 ふとした拍子に夢のように消えてしまうような朧げな印象ではあるのだが、妙に気になるその姿は、鮮明に思い浮かべようとするにつれ、なんだか胸の奥がザワザワと泡立つような気がする。


 そうして今にも消えてしまいそうなイメージを必死に手繰り寄せていくと、その男はどうやら、立っていた場所の向かいの壁に向かって、何かを指さしていたらしい。


 そうして男が指さす先を視線で確かめるが、そこには同様の空となった棚のフレームが並んでおり、特に不自然と感じるものは存在しない。



 だが、そちらへ視線を向けた瞬間、心臓がドクリと、強く脈打った気がした。



 近くに寄ってフレームを引き倒し、壁に何かがないかを慎重に確かめるが、どれだけ確認をしても、やはり何かがある様子は見られない。



 だが心の奥底が…魂と呼ぶような何かが、そこだと強く叫んでいる。



 そうして心の赴くままに、壁へと向かって思い切り拳を振りぬくと……衝撃音が響くと共に、打ち付けた拳には先ほどよりも、ずっと強い痛みを覚える。

 だがジンジンと痛む拳にも関わらず、その顔には思わず、笑みがこぼれていた。



 ああ、なるほど。つまり、ここを破られると、困るわけだな。



 そうして再び、心臓が深く、強く、鼓動を始める。

 ドクリドクリと脈打つたびに全身にマナの光が満ちていき、背中を抜けたマナの羽根はアリスを包むように大きく広がると、背中から周囲へと散布されたマナの光は、束ねられるようにその右拳へと集まっていく。



 そして振るわれた輝く拳は、最高位のコーティングと偽装とで隠蔽された隔壁を、完膚なきまでに粉々へとうち砕いた。

 


 それと同時に、因果へつながる悲劇の鎖は、人知れず断ち切られる。

 誰にも認識されぬ狭間の世界で、黒い帽子の男は人知れず、微かに笑み浮かべた。

【因果と過程】


 因果は世界そのものに定められた、楔のようなものです。


 因果へと至る過程は無数に分岐しますが、通常は最も可能性の高いものが適用されます。

 ただし特殊な条件下、あるいは世界に大きな影響力を持つ存在であれば、干渉が可能です。


 簡単に言うと、因果はチェックポイントのようなイベントで、過程はそこに至るまでのルートです。

 通常は既定のルートを通ることになりますが、条件が揃えば別ルートを選択することが可能です。


 つまりこの瞬間、ある存在の干渉によって物語のルートに変化が起きました。

 ちなみにどういう形で変化したかは、章の終わり辺りで言及します。


 なお、因果自体を変えることも不可能ではありませんが、それは神性存在であっても困難なことです。

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