2-18.彼女たちのかくしごと
「お、おい…いいからちょっと落ち着け!」
「うるさい!!死ね!!変態!!!」
アリスはその小さな背中から光の羽根を広げたままに、洞窟内を縦横無尽に、重力をも無視するような勢いで駆け巡る。
そして逃げる魔人へと向けて光に包まれた拳を振り回し続けるが、そのどれもが空を切り、その度に空洞内には衝撃が駆け巡る。
先刻より魔人とアリスとの攻防は逆転し、今は魔人がひたすらに、アリスの攻撃から逃げ続けることを繰り返して続けていた。
初撃のビンタをまともに受けた魔人の左頬は真っ赤に膨れ上がり、時折ふらつく動作から、小さくないダメージを負っているらしい。
だが先の一撃はかのウサギの王の心核ですら砕きかねない一撃であったため、その程度の怪我で済んでいるのがまた、驚異的ではあるのだが。
そして現在、アリスの理性は羞恥と怒りとで完全に蒸発し、ただひたすらに殴り蹴とばそうとがむしゃらに、逃げる魔人の後を追いかけまわし続けている。
その背中からは尚も濃密なマナの羽根が噴き出し続けているのだが、アリスはそのことに気がついていない。
そして同時に、魔人から害意が消えていることにも、気がつかない。
「おい、そこのメイド!なんとかならねぇのかこれ!!」
頬をまるで何かの戯画のように腫らした魔人が、離れて様子を見ていたマリオンへと言葉を飛ばす。
だがその言葉はマリオンへと、別の意味をもって衝撃を与えることとなった。
「あなた…この衣装の意味が分かるのですか?」
「んなもん、どこからどうみてもメイドだろうが!それにお前、ゴーレムだろう!?どこから来たんだお前ら!!」
的を得た魔人の言葉に、マリオンは再びの衝撃を覚える。
実のところ、この時代に、メイドという職業は存在しない。
というよりも、そのそもこの世界にメイドというものは存在せず、それを世に広めた…いや、正確には広めようとしていたのは、アリウスが初めてであったのだ。
故に、この服装を見て「メイド」という言葉を出したのは、こうなった世界では彼が初めてである。
そしてマリオンのように、精緻に人間を模して作られたゴーレムというのも実のところ、世界にはほとんど存在をしていない。
ガイド用や受付用としていくつか人を模したモデルは作られていたものの、それはマリオンよりも前世代的なモデルであり、一目で人間ではないと分かるものだけだ。
僅かながらにマリオンをダウングレードして作られたモデルもありはするものの、それは非常に数が少なく、一部の層からしか認知をされていなかった。
故に、彼女を見て一目でゴーレムと見抜いたことは、少なくない衝撃をマリオンへと与えていた。
恐らく彼はメイドという存在と、精緻な人間型のゴーレムという存在、その二つを同時に知りえている。それは、つまり…。
「…私たちは、魔物の大量発生を調査するためにやってきた広域調査員です。先のラビットの特異種はその原因と思われるものでしたので、交戦をしておりました。」
「広域調査員だと!?馬鹿言え、お前らみたいなのがそこらに居てたまるか!!」
覚えた動揺を必死に抑え、なるべく正確に、こちらの現状を説明する。
少なくとも当初の彼は会話を試みようとしていたようであるし、殺意の薄れた今であれば交渉が通じるかと考えたためである。
それに、どうも彼の様子から察するに、彼が怒りを覚えるのはむしろ、この施設に関連している人間に対してであるように思うのだ。
「数月ほど前、パイオンにて広域調査員となりました。それ以前は、ここよりずっと、遠くに。」
「新人か!くそっ、それなら情報がねぇのも…」
まぁ正確には場所ではなく時間的に遠くなのだが、今はそこに関しては意図的にぼかして情報を渡す。
彼はかつての時代を知っている可能性が高そうなのだが、下手につついて怒りを買ってはたまらないためだ。
それにこの種の情報を渡す場合はアリスと相談をしておきたいが、いま彼女にはその相談をできるだけの余裕がなさそうである。
だが、これならばなんとか交渉が通じそうだとマリオンが確信をしたところで、また状況は一変してしまう。
ズシリと一瞬空間が振動したかと思うと、細かい揺れが洞窟内を連続して襲い、そこらかしこからパラパラと欠片が崩れだしたのだ。
そしてその振動は収まることがなく、時間がたつにつれて、徐々に大きくなり続けているようだった。
一瞬、アリスの拳が遂に洞窟を致命的に破壊したのかとも思ったが、振動が起きたタイミング的には、恐らく関係はしていないはずだ。
そして同時に、魔人が何かを察したのか、再びの怒気を放ち始める。
「くそ!やっぱりいやがったか、クソエルフどもがぁ!」
「どういうことですか?」
「クソどもが、ここを潰して逃げるってことだ!俺はもう行くぞ!!」
そういうと、魔人は先ほどまで逃げ続けていたのがただの戯れであったかのように一息に加速をすると、天井に空いた穴を抜けて一瞬で空洞の外へと飛び出す。
そして穴の淵からこちらを見下ろし、不吉な捨て台詞を残していった。
「てめぇらはさっさと逃げな。それと、また今度話聞かせてもらうからなぁ!」
そういうと、魔人は赤い雷光と衝撃音を残して、一瞬で姿を消す。
おそらくは、ここから逃げたという何者かを追っていったのだろう。
色々と謎は残ってしまったが、あの魔人が会話が出来る存在であるとわかったことは、大きな収穫であった。あの口ぶりから察するに、きっと彼はいろいろなことを知っているに違いがない。
正直もう遭遇をしたくない相手ではあるのだが、それと同時に、彼に尋ねることで何かが分かるという確信もそこにはある。
そして彼の去った洞窟の中心にはアリスが立ち尽くしており、暴れ疲れてしまったのか、肩で大きく息をしていた。
その小さな背中から噴き出していたマナはいつの間にかおさまっており、恐らく多少は落ち着くことが出来たのだろう。
あれが何だったのかはよくわからないのだが、まずは落ち着いてくれたことにほっと一安心をする。
そして念のために慎重に近づき、刺激をせぬよう、丁寧に声をかける。
「アリス…大丈夫ですか?」
「…あいつ、今度会ったら、絶対もう一度、殴ります。」
どうやら、怒りそのものはまだ収まっていないらしい。
彼が去ったことで多少は落ち着いているようなものの、握りしめた手はプルプルと震え、その瞳からはぽろぽろと涙を流している。
きっとこれは、アリス自身の怒りなのだろう。
「まぁ、今度はちゃんと話を聞いてあげてからにしてあげなさいね。」
そうアリスを宥めながら、破れた服の応急処置として、伸ばした帯で上半身を包んでいく。ポーチの中には代えの服がいくらかあるものの、今は悠長に着替えをしている時間はない。
そうしてとりあえずの処理として胸を隠すようぐるぐる巻きにすると、まずは今の状況をどうするかを問いかける。
「どうやらこの施設は、何者かによって自壊をさせられているようです。どうしますか?」
そうアリスに問うが、どうやらまだ、正常に頭が働いていないらしい。
今も続く振動と共に、パラパラと小石ほどの破片が落ち続けている中で、数秒じっくりと考えることでようやく答えへとたどり着いたようだ。
まぁ、生き埋めになったところで彼女たちであればなんとか出来るため、最悪生き埋めになったところで問題はない。
「情報が、欲しいです。」
「わかりました。そうしたら、先ほどの施設内を少々家探ししましょう。よいですね?」
「はい、それでいい、です。お姉、様。」
どうやら、冷静さを取り戻したことでようやくと状況を把握できて来たのだろう。
その言葉がだんだんと、ぎこちなくなる。
…さて、どうしたものだろうか。
『さて、何を探しましょうか?アリウス様。』
『…………とりあえず、研究目的が分かるものがいい。それと、時系列もだ。』
『ええ、分かりました。おそらくデータの類は破壊されているので、物証を探しましょう。』
あえてマナ通信を介して呼びかけることで、アリウスとしての認識を呼び起こす。
……そうしなければ、きっと彼女は、気が付いてしまうから。
『可能な限り、施設の通路や構造はマッピングしています。構造的に重要そうな場所を重点的に回りましょう。』
『ああ…案内は頼む。』
そうして、先導するように進むマリオンを追いかけ、アリスは走る。
その胸の奥に、少しづつ大きくなる、一つの疑問を抱えながら。
【メイド】
アリウスの提唱する、女性の使用人を指す名称。
彼は頑なに、自身の開発した女性型ゴーレムに着せた衣装に対し「これはメイドの制服である」と宣伝をしていました。
だが彼曰くメイドとは、主人を補佐し、客をもてなし、時に戦う戦士なのだといいます。そのあまりに謎な主張についていけるものは少なく、ごく一部の賛同者を除いて広まることはありませんでした。
当然この時代においては、メイドなる概念は既に失われています。
【アイドール型ゴーレム】
マリオンをダウングレードし、民生用としたモデルです。
アリウスが軍事転用にあまり積極的ではなかったため、マリオン以降の技術はいろいろと秘匿にしているものが多いですが、彼女たちは限定的にその技術が活用されています。
その目的はずばり「ゴーレムによるアイドルユニット」であり、企画を持ち込んだ企業に全面的に賛同したアリウスが、研究所に通さず独断で協力を行ったものです。
出力は大幅に抑えられているものの、その構造の緻密さや知性の高さはマリオンとほぼ同レベルであり、グループの三人すべてが完全ワンオフの機体となっています。
なお本来であれば研究所内から持ち出し厳禁であるマナマテリアルも皮膚にしっかり使われており、その事実を知った関係者が後日頭を抱えました。
マナマテリアルは使用方法によっては経済を破壊しかねないため、所外へは秘匿をされています。




