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2-17.魔人と妖精

 天から突如現れた魔人の男は、怒気をもってこちらを認識をしているらしいものの、どうやらすぐにどうこうするつもりはないらしい。

 今もこちらを睨みつけてはいるものの、これといった行動に移る様子はない。


 だが彼の機嫌を損ねれば、愉快なことにはならないであろうことは確実だろう。

 なにせ、今もその周囲へと濃厚なマナを漂わせる彼の威圧感は、この肉体をもってしても、今すぐ逃げろと危機感を伝えてくるくらいなのだ。

 今は慎重に、この後の行動を見定める必要がある。



『これは、どう答えるのが正解なんだ…?』


『まずは状況の整理を…少なくとも、あの魔人は会話を求めてきています。』



 マナ通信でこっそりと、マリオンと相談を行う。

 現在のマナ通信による会話の速度は、通常のそれのおおよそ30倍にも達していのだが、あの暴威を目の前にしてであると、ほんのたった30倍しかないのだとしか感じることができない。

 こんなことであれば、もっと通信の特訓をしておくのだった。



『何をしている、と問われたな。いっそ素直に、街へ襲い掛かっていた魔物を追っていたら親玉らしき魔物を見つけたので、その退治をしていたと言うべきか?』


『ですが、もしも彼があの魔物に関わっていたとしたら、完全に敵対することとなります。』


『だが、あのウサギに止めを刺したのはあいつ自身で…ああくそ、そもそもなんであいつは、アレをあんなに簡単に踏み砕ける!?』



 天より降りた際に魔人が踏み砕いたマナリアクター、あれはアリスの肉体と同等か、もしくはそれよりも強固な不壊の概念を付与されていた。


 通常、マナリアクターは不意の破損を起こしてしまうとあふれ出したマナにより軽微なマナ災害が発生する恐れがあるため、それが民生用であっても、そこそこのマナコーティング処理が施されている。

 それがあれだけ高出力の新型リアクターともなると、それが実験用となれば尚更、に通常は利用されないレベルの高強度コーティングが施されているはずなのだ。


 それゆえに、あのリアクターに付着した肉片が再生しだしたのを確認した瞬間にアリウスの頭をよぎったのは、あれをどうやってウサギから切り離すか、ないしは停止させるかということであった。

 あのレベルの物質を破壊する手段は、今のアリス達には存在しない。


 そしてそれを念頭に全力で頭を回転させていたが故に、魔人がソレを造作もなく粉々に砕くその瞬間を、アリウスはしっかりと目撃してしまっている。

 あの時、魔人が履く古めかしい革のブーツの先にあったのがアリスの頭であれば…おそらく、その結果は変わらなかっただろう。


 そして現実時間ではおよそ10秒。そろそろ何らかの返答をするべきだろう。

 だがそのわずかな時間の中で、状況はさらに悪い方向へと変化を続けていた。



「なぁ…こそこそ話はいい加減済んだか?」



 首をコキリと傾げた魔人から僅かに漏れ出る殺意に、ぞわりと皮膚が波打ったような錯覚を覚える。

 まさかこいつは、マナ通信を知覚できているのか?



「どういう話をしてたかまでは分かんねぇけどよぉ…まぁどうせ、あのクソエルフどもの仲間なんだろう?」



 エルフ?エルフもいるのかこの世界?少なくとも、パイオンのギルドで読み漁った蔵書には、そんな記述はなかったのだが。

 次から次へと増える疑問点に頭を抱えたくなるが、今はそんなことよりも、先ほどよりも明らかに雰囲気が険悪となっていることが問題だ。



「今度はどういう玩具を作ったのかは知らねぇが…手足くらいならもいでも会話は出来るよなぁ?とりあえず大人しく……壊れときなぁ!」



 魔人はそう言うと、先ほどまではまだ抑えていたのであろう、形を持つと錯覚するほどに濃密な殺意を放ち始める。

 ビリビリと大気が揺れているように感じるのは恐らく錯覚ではなく、魔人の放つマナの波動により、事実何らかの反応が起きているのだろう。


 そして魔人はその肉体の周辺に、先刻この空間に降り立った時のように、バチリバチリと赤い雷光を纏い始める。

 この至近距離で発生から観察できたことでようやく理解が出来たが、どうやらあれはマナそのものが雷のように空間へと放たれているらしい。ちょっと待て、そんな現象、少なくとも私の知識にはないのだが?



『不味い…!マリオン、私が注意をひくから、全力で逃げろ!』


『なりません!アレは危険すぎます!』


『お前では、触れずとも破壊される!私は当たらなければ大丈夫だから、少しでも距離を取れ!』



 そうこう言い合っているうちに、遂に臨戦態勢が整ってしまったらしい。

 右足を軸に前傾姿勢を取ったかと思うと、次の瞬間、赤い雷が薄暗い洞窟内を眩しく照らす。


 岩盤を踏み砕く勢いで飛び出した魔人は、赤い雷を周囲へとまき散らしながら、右手を前に突き出しアリスへ向かって猛進する。その体の周囲には圧縮された空気でできた輪が出来ており、恐らく音速はゆうに超えているのだろう。


 そうして突き出した右手が、ゆっくりとアリスの顔面目掛け迫りくり………いや待て、これはもしかして走馬灯か?


 そうして、致命的な威力を秘めたであろう右手はアリスの頭部を目掛け一直線に空間を走り、その頭を一息に割り砕く……ことはなかった。


 手が届く直前で必死にアリスが体をひねったことで、鷲づかみにしようと大きく開かれた指はかろうじてアリスの眼前を通り過ぎ、遅れてきた強烈な衝撃とマナの雷とが少々体を舐めただけで、やり過ごすことが出来ていた。


 若干皮膚がピリピリしている気はするが、どうやら損傷はないらしい。



『……あっぶねぇ!!!!』


『大丈夫ですか!?』


『なんか見えた!動いた!!とりあえず生きてる!!!』



 あの野郎、手足をもぐとか言っておきながら、初手から頭を狙いやがった!


 擦れ違うように背後へと通り過ぎた魔人を振り返るが、どうやらすぐに追撃をするつもりはなかったらしい。空振りした右手の感触を確かめるように、今なお赤い雷をまき散らしながら、空の右手を開閉している。



「ほぉ…?随分速ぇな。なるほど、なかなか上等な体じゃねぇか?」

 

「手足をとか言っておきながら頭を狙うとは、魔人とはなかなか下衆なんですね?」


「いやぁ?頭を抑えるだけで砕くつもりはねぇよ。砕くつもりなら、こうしてるからなぁ!」



 またしても魔人の足元が爆発すると、先ほどと同様に赤い雷光がアリスへと迫る。


 だが先ほどとは異なり、魔人の右手はその周りを炎のように赤いマナの光が包み込み、明らかに致命的であると認識できる存在感を放っていた。

 そうして今度は恐らく右の肩口を狙いに定めているのだろう。今度は腕を大きく振りかぶるような姿勢で突進し、再びアリス目掛けて猛烈な勢いで突き進んでくる。


 だがアリスは、先ほどとは異なりその動きを、冷静に目で追うことが出来ている。おそらく先ほどの走馬灯からのとっさの回避の際に、アリスの体の使い方がまた一段向上していたのだろう。

 引き伸ばされた体感時間の中、今度はゆっくりと冷静に攻撃を見定め、余裕をもって回避が出来そうである。


 死の気配に沸騰しそうになる頭を冷静に抑えつつ、一歩斜め後ろに下がる様に体をずらし、目前を魔人が通り過ぎるように移動をする。

 そうして努めて冷静に観察をしたところ、どうやらこの魔人は速度ほど尋常ではないものの、反応速度自体はそこまでではないらしい。少し遅れて、魔人の目線がこちらを追おうとしているのが目に入った。


 これならば、ひたすらに回避に努めれば時間を稼げるだろうか?そう考え油断してしまったことが失敗だったのだろう。

 余裕をもって避けたと思っていた右手の先から、その指先を覆うように、爪のような赤いマナの光が伸び始めたのだ。


 まずい。そう焦るが、既に思考も速度も限界まで加速をしてしまっている。


 限界まで引き伸ばされた世界の中で必死に体をねじることで、本当にギリギリのところでツメのように伸びたマナによる一撃を避けようとする。

 無理にひねったために通り過ぎる瞬間を見ることは出来なかったが、痛みは感じていないようであるし、何とか避けることは出来たはずだ。



 再び通り過ぎた魔人の姿を視界に入れるため振り返るが、どうしたことだろう、わずかながらに様子がおかしい。

 何故かその視線は若干右に傾いており、こちらを正視していない。


 視線を切らさないようジッと見つめていると、なにやらバツが悪そうに、再びこちらへと言葉を投げかけてきた。



「あー…まぁ、その、わざとじゃねぇからな?」



 何のことだろうか?

 先ほどの攻撃で何かがあったのか?そう思い、魔人から注意を切らさないようにしつつも、自身の体を確認する。



 するとそこには、本来あるはずのものが存在をしていなかった。



 具体的には、体をすっぽりと覆っていたはずの上着の前面と、さらに内側にあったはずの肌着とが、綺麗さっぱりと千切れて無くなってしまっていたのだ。

 幸い体に傷はないようなものの、アリスの慎ましくも美しいそれは、完全に外界へと晒されてしまっている。



 現状を正確に把握するのに、およそ5秒。

 魔人は律儀にも、ずっとそっぽを向いているらしい。

 もちろんその間、アリスの美しい素肌は外界へと晒されたままであった。



「…………!!!!!!!!」



 現状を正確に把握してしまったことで、冷静に努めていたはずのその頭脳が、別の意味での予期せぬトラブルによって急速に赤熱をしていく。


 動体視力こそその速度でもないものの、あの反応を見るに、恐らくあの魔人には何かが見えてしまったに違いがない。

 その事実に頭がかつてないほどのに沸騰し、心臓が限界を超えて熱くなる。



「こ、この………」



 急激に湧き上がる羞恥心と怒りとが、思考を塗りつぶし赤く染める。

 そうして限界を超えた二つの感情はアリスの心臓へとたどり着き、鼓動を打たないはずの機械の心臓が、ドクリと大きくマナの鼓動を放つ。


 そうして体を駆け抜けた超高濃度のマナは、容器に詰め込みすぎた煙のように、アリスの体からジワジワとあふれ出す。

 全身からあふれ始めたマナの光はやがて心臓の裏側、背骨と肩甲骨との隙間を噴出口と定めたのか、二束の光の奔流として収束をしていく。


 膨大なマナを内包する光の羽根を背に生やしたその様子は、まるで、御伽噺に出てくる大妖精のようであった。



「おい…お前、それ…」


 

 どうやら、魔人が何かを言っているようだが、関係はない。

 今アリスがするべきは、ただ一つだ。



「へんたぁぁぁぁぁぁい!!!!!」



 アリスの背から広がる光が一瞬大きく膨らむと、赤い光その矢のものととなったアリスが、洞窟内を一瞬で駆け抜ける。



 そうして全力で振りかぶったアリスの右手には薄っすらと赤い光が包み込み。

 音を置き去りにして振りぬかれたそのビンタは、正確に魔人のその左頬を打ち抜いていた。


アリスちゃんマジ大妖精…そんなイメージ。

大天使じゃない理由は、鳥系の翼っぽくはないためです。

あくまで勢いよく噴き出しちゃってるだけですからね。



【魔人】


 魔人とて、人並みの知性や感性は存在します。

 なにせ彼らも、人間ではあるからです。



【新型リアクター】


 マナ工学開発室にて開発されたこのリアクターは、その基本理論からして既存のリアクターとは一線を画するものです。

 その形状はなぜか人間の心臓を模しており、密閉式とされたその内部構造がどの様になっているかは、開発者本人しか知りえません。


 その過剰な出力はアイドリング状態であっても通常のリアクターを大きく上回るという規格外のもので、事実今まで、アリスはリアクターの出力を一切上げるることなく最低出力のままで活動を行っていました。

 またどういう理屈なのか、内包されたマナは枯渇する様子もなく、実質的な無限機関であると推測されます。


 実のところ、このリアクターは研究所で開発をされたというよりは、上記の研究室の室長であったとある人物が、極めて個人的に制作を行ったものです。

 その人物は天才/変人と呼ばれていたアリウスをもってして、あれこそが真の天才とである、と評されるような人物でした。


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