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2-15.ラビットハザード

 非常灯らしき明かりが照らす薄暗い通路を冷気の来る方へと向かって幾度か曲がると、少々様子の異なる通路の先に、凍り付いた大きな扉が現れた。

 氷で覆われたことで半開きとなった隙間からはなおも強烈な冷気があふれ出し、あの向こうには恐らく、今回の騒動の原因がいるであろうことが予想できる。


 軽くマリオンとアイコンタクトを取ると、凍り付いたその扉の真ん中を躊躇もせずに思い切り蹴り上げて、通路の向こうへと勢いよく扉を開け放つ。

 その際どうやら凍り付いていた蝶番が折れたらしく、アリスの背丈の数倍ほどもある大きな金属の扉は、ガランガランと大きな音を響かせながら、奥の空間へと吹き飛んでいった。



 そうして見えた扉の奥は、巨大な岸壁をくりぬいたような、天然の物と思われる巨大なドーム状の空間となっていた。


 周囲はごつごつとした岩で囲われており、ドーム状になった天井部には大きな穴があいている。おそらく平時であれば、そこから星空が覗いていたのだろう。

 今その穴からは大粒の雪と、わずかながらの月光の光が降り注いでいる。どうやら今は臨戦態勢を整えるためか、吹雪を起こすのはやめているらしい。



 そしてその空間の中心には……かのウルフの氷の女王と見劣りのしないほどの、巨大なウサギの魔物が、静かに佇んでいた。


 ウサギとは思えぬほどにがっしりとした体躯はかつての世界の大型重機ほどもあり、やや前傾姿勢に二足で立ち上がったその手足は、本来の可愛らしいそれを覆い隠すように巨大な爪状の氷で覆われている。


 毛並みはやや茶色がかった白い毛で、一見モフモフと可愛らしいものではあるが、その奥にはとてつもない筋肉を内包していることが、その輪郭から察せられる。


 そしてその頭頂部には自分こそが王であると宣言するように、その体躯に見合った巨大な一本角を囲うように、無数の鋭利なとげを生やした、氷の王冠を頂いていた。


 周辺には通常のホーンラビットのほか、角に氷の刃を纏った変異種と思われるラビットも並んでおり、その数は300をゆうに超えるだろう。


 その堂々たる姿はまるで、兵士を従えた蛮族の王といった様子であった。



「なるほど、こちらは吹雪の王といったところですね。」


「どうやら、歓迎はされていないようです。」



 そして先刻の女王との謁見と致命的に異なるのは、こちらの王は私たちに対して、明確な害意を抱いていることが明確だということだろう。


 その赤く血走った目からは暴威しか感じられず、玉座へと踏み入った私たちに向け、刃を突き立てているかのような殺意を隠すこともなく向け続けている。

 事実先ほどから周囲がビシビシと音を立てて凍り付き始めており、今もアリスを覆う防御壁を貫かんと浸食を続けていた。



『マリオン、そちらは大丈夫そうか?』


『スラスターの転用で、冷気に関しては防ぐことができそうです。ですが、直接触れられると危ういと思います。』



 現在マリオンは、メイド服の隙間を埋めるように全身に設置されたスラスターから温風を吐き出し、その全身を覆うように冷気を遮断している。


 アリスは自身の魔法により変異種の起こす魔法への抵抗が可能であるが、マリオンは魔法が起こせないために、マナによる攻撃への防御力が薄い。

 恐らく強固なコーティングの施されたメイド服とガントレット部分は問題がないだろうが、それ以外の素肌へと直接触れられれば、抵抗もできずに凍り付かされてしまうだろう。


 即座にそれで破壊とはならないはずだが、あの強大な魔法を操る変異種の前で行動不能となってしまうのは、いささかまずい。



『分かった。そうしたら、周りの雑魚の数を減らすように立ちまわってくれ。混ざっている変異種は可能であればでいい。』


『分かりました。』



 そうしてこちらの戦術をすり合わせていると、いつまでたっても凍り付かない獲物に苛立ち始めたのか、王が一声、鋭い鳴き声を上げる。

 その声色こそ可愛らしいうさぎのソレであるが、濃密な殺意の籠ったその咆哮に押し出されるように、ウサギの津波がこちらを押しつぶそうと、一斉に走り出した。


 まずはとりあえず、あの大量の取り巻きと親玉とを分断するべきだろう。


 通常種だけであれば問題はないのだが、ちょろちょろと混ざる変異種の使う魔法は、アリスであっても無防備に受けることは出来るだけ避けておきたい。

 しかもラビットの特異種と通常種の体躯にはあまり差がなく、押し迫る津波ようにうごめいている現状では、注意を払わないとどこに特異種が居るかが分かりづらい。



「とりあえず、こちらをどうぞ。」



 マリオンがアリスの前へと一歩出ると、服の各所から一斉に複数の帯を展開する。

 その副腕の先には色とりどりの液体が封じられたガラス瓶が吊るされており、まるで不思議な実の生る木か、はたまたシャンデリアのようでもあった。


 そうして群れの先頭があと数メートルというところまで到達すると、ある瓶はそのままに群れの中へと放り投げ、ある瓶はその薬液を広範囲へとまき散らし、そしてあるものは薬瓶同士を勢いよくたたきつけることで、砕いて混ぜる。

 

 すると投擲した薬瓶は群れの先頭へと届くと同時に爆炎をまき散らし、薬液を振りかけられたラビットは悲鳴を上げながら肌を爛れさせ、たたき割ったことで混ざり合った薬品は、爆轟のような強烈な音と光とをまき散らす。



 まるで太陽のような閃光が収まると、マリオンは既に群れを大きく迂回するように空洞の奥へと向けて駆け出しており、幸運にも閃光を見ずに済んだラビット達はそちらへと向かって走り始める。

 少しずつ正気に戻り始めたラビットたちも既に駆け出している個体を追うように旋回し、今や群れ全体の意識はマリオン一人へと集中していた。


 もちろんあの親玉の意識もマリオンへと向かっていたため、奥へ向かう彼女を追おうと振り向いた側頭部へと向かって、割と本気目に一本の釘を投げつける。

 親方に直接交渉することで箱ごと譲ってもらった巨大な釘は、今ではお気に入りの投擲武器の一つである。


 だが伝承の暗殺者の獲物がごとく致命的な杭は、特異種の骨肉をえぐる寸前で小さな火花を散らすと、不自然に軌道を変えてあらぬ方向へと飛んでいってしまう。

 その側頭部には寸前までは存在していなかったはずの氷の装甲板が張りついており、無礼な不意打ちに気づいた血走った目が、じろりとアリスの姿を睨みつける。


 残念ながら、さすがにそう簡単には終わらせてくれないらしい。



「ほら、あなたはこっちですよ。」



 ダメ押しでさらに二本三本と釘を投げつけるが、そのどれもがふわふわとした毛皮に届く前に弾かれて、甲高い音とともに小さな火の粉が幾度も咲く。


 どうやら全て、表面を覆う魔法の氷によって弾かれてしまっているらしい。

 マナを込めて作られた物質は通常の物理現象よりも強固にできるため、あれだけ強力な魔法で形作られた氷の装甲ともなると、ただ物理法則に従って投げただけの釘では貫通が難しいのだろう。



「それなら、これはどうでしょう?」



 ならば、投げつけた釘にも魔法を纏わせれば?

 マナによって起こる現象は、同じマナによるイメージによって浸食することが出来る。つまりこちらも、魔法を攻撃に用いればよいわけだ。


 先刻、エルの見せた流星の矢を倣い、超超高速の弓矢をイメージする。

 ただしエルのそれとは異なり、アリスには感覚によるイメージだけでの魔法の発動が難しい。そのため、物理現象を明確にイメージすることで似たような現象を発現させる必要がある。



 彼我の距離はおおよそ15m。

 釘の質量を数十倍にまで増幅。

 飛行の安定化のために高速で回転させ。

 音速を超えるだけの運動量を付与する。



 魔法を維持させるためのマナ結晶は不要。

 アリスであればこの程度の距離は魔法を維持させることが可能であるし、あの流星のように大きなトンネルを貫通させたいわけでもない。


 そうして、ポーチから抜き出した釘を数本、宙へと放り投げる。

 くるくると舞うように回転する釘は、まるで獲物を見定めたかのように、特異種目掛けて空中でピタリと止まった。


 そしてアリスがその心でトリガーを引くと同時に、音速を超えたことによる鋭い破裂音と、空気との摩擦によって生じた灼熱の閃光とが、ほの暗い空間の中を赤く染め上げ駆け抜ける。



 そして、その結果は……まぁ、しょせんは野生の動物だということだろう。

 赤い閃光が駆け抜けた月明かりの下には、噴水のように赤い血を噴き上げる、顎から上のない巨大なウサギのモニュメントが起立をしていた。



「ラビット串一丁上がりと…さて、あちらはどう始末しましょう。また風で巻き上げて叩き落しますかね?」



 数月ほど前、ヴィルドーへの道中でラビットを片付けた際の方法を思い浮かべる。


 だが、あの時はマリオンにもう少し丁寧に処理しろと小言を貰ったのだったか。そうなると、巻き上げた先でカマイタチでばらばらにするか、地面に穴あけておいてそこに直接ダストシュートするか…そんなことをのんきに考えながら、マリオンがいまだ巨大な群れを引き連れて走り回る、空洞の奥へと足を向けた。



 ……そうして完全に無防備に踏み出したアリスの足を目掛け、研ぎ澄まされた刃のような一本のツララが、その肉体を串刺しにせんと、勢いよく突き出される。

 そして脚を覆った革のブーツをズタボロのくず切れへと一瞬で貫き砕くと、その小さな体を大きく宙へと吹き飛ばした。



「痛っっっっっっった!!!!!!」



 足元から突き上げられたことでクルクルと宙を舞いながら、強烈な痛みを覚えた足へと視線を向ける。


 そこにはズタボロとなってしまったブーツであった革切れと……傷ひとつなくつるりと可愛らしい足が、まだそこにあることを確認することが出来た。

 どうやら肉体そのものへの損傷はないものの、不意に受けた強烈な衝撃に、さすがのアリスの肉体でも痛みを覚えたらしい。



「罠?伏兵?」



 クルクルと宙を舞いながらも、冷静に高速化した思考で状況を確認する。

 だが地面にはどう目を凝らしても罠らしきものが見つからず、周辺にも魔法を発動できそうな別の特異種の姿は見当たらない。

 

 そうしてようやく地面が近づき、回転を抑えこんで地面に着地しようとした直前に、ようやくとある違和感に気が付くことが出来た。


 先ほどまで空洞の中央へと置かれていた噴水がピタリと止まり、そればかりかまだ血肉が覗く大きく欠けたウサギの頭部が、アリスをじっと見据えるように動いていたのだ。



「うっそでしょ!??」



 そうして体をひねる様に着地しようとしていたアリスを待ち構えるように、二本三本と、新たな氷の刃が硬質な岩の地面から飛び出し生えた。


 先ほどのように痛い思いは御免だと、今まではアッシュたちの手本くらいにしか利用することのなかった空気の防御膜を、とっさに本気で発生させる。

 氷の刃はシャボンのような空気の層にブスリブスリと中程まで突き刺さるが、アリスの体に達する手前で、なんとかその勢いを止めた。


 そうして地面へと足が付いたと同時に跳ねるように横へと走ると、アリスの跡を追うように次々と、氷の刃が地面から突き出し追いかけ始める。

 その間も特異種の頭はこちらを追うように動き続け…その断面の肉が、ボコボコと湧き出すようにうごめき始めていた。

 そうして30秒ほど逃げ回りながら観察を続けていると、ついには特異種の頭部には、脳や目と思しき部位が再生を始めているようであった。



「いやいやいやいや、ダメでしょ、それは。」



 さらには……さきほど噴水の元に出来た血の池からはホーンラビットの手足が成長を始め、飛び散った肉片からは特異種と思しき頭部も生えだしている。

 先刻ウサギパンデミックとは冗談で言ったものの、まさか本当にこんなにホラーな光景になるとは想像だにしていなかった。



『マリオン!そちらはどうなっている!?』


『アリウス様?こちらはとりあえず数を四分の一ほど減らしましたが、特異種が硬いためもう少しかかりそうです。トラブルですか?』


『そちらで死んだラビットは蘇っているか!?』


『いえ、そんなことはないようですが…なるほど、そちらはだいぶ厄介なようですね。』


『とりあえず、特異種は放っておいてくれ。最悪、そいつから増える!』


『でしたら朗報です。特異種も2体ほど倒していますが、動きはないようです。』


『助かる、そうするとやばいのはボスだけか!とりあえず、引き続き数を減らしておいてくれ!』



 本当によかった。どうやら異常なのは、あの親玉の特異種だけらしい。

 もしも他の特異種からも増えるとなったら、シャレにならないところであった。



 そうして追いすがる氷の刃が止んだために足を止めると、視界の先には、視線だけでこちらを害しそうなほどに殺意に満ちた、王の姿があった。

 その頭部はすっかり元に戻ってしまっており、その周りには、特異種を含む数十匹の群れが形成されている。

 


 …さすがにあれが天然物ということは、ないだろうなぁ。

 アレを作ったどこかの馬鹿に、溢れんばかり殺意の念を送るアリウスであった。

【アリスの受けたダメージ】


 アリスは感じた痛みは、レゴブロックを全力で踏んだくらいのものです。

 外傷こそありませんが、思い切り内出血する程度にはダメージを受けています。

 ただしその程度の傷に関しては直ちに修復されるため、損傷は残りません。


【特異種のラビット】


 通常の特異種としてのラビットは、正直そこまで脅威にはなりません。

 元々のラビットの体躯や魔石が小さいために、特異種として成長をしてもちょっと魔法が使えるラビット程度の力しか持たないためです。

 

 しかもそのうえ、本来のラビットは凶暴性も大してないために、脅威度としてはむしろ低くなる可能性が高いです。

 もしも正常に発生をし歳を重ねたラビットの特異種が存在したならば、それはきっと賢王としてラビットたちの王として君臨しているはずです。


 ですがここのラビットたちはその発生方法があまりに特殊なうえに、元となっている個体があまりに凶暴なため、周りの生物に見境なく襲い掛かります。


 当然ながら、これは自然に発生した個体ではありません。

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