2-14.ウェルカム・トゥ・ラビットシティ
『やっちゃってるよなぁ、これ。』
『これは…今回の原因に関係がありそうな予感しかしませんね。』
岸壁の内側へと隠されていた施設の中へと踏み入ったアリス達の目の前には、透明なシリンダーの中へと浮かんだ、様々な魔物の検体が並んでいた。部屋のそこらではランプやモニターがチカチカと瞬いており、この施設がまだ完全に生きていることが分かる。
先ほどアリス達が入った入り口はどうやら裏口ないしは脱出口のようなものだったらしく、入り口直ぐの天井には脱出口を示すマークの明かりが点灯をしていた。
そしてその通路から繋がっていた最初の部屋には、その壁面を埋め尽くすように大小さまざまな透明の筒が並べられており、ホーンラビットやウルフ、ボアにベア、そして名前も知らぬ様々な魔物の標本が並べられている。
そしてそのそれぞれには様々な管や機械がつながっており、何らかの管理が行われていることが分かる。そしてこのような光景は、アリウス達にとってはそれなりに見慣れた光景でもあった。
『恐らく、生物系の研究所だろうな。』
『こちらの研究資材は、ギュスト博士の研究室にあったものと酷似をしていますね。同じ技術系統でしょうか?』
『…やっぱり、魔物ってあそこの奴らが作ったんじゃないか?』
ギュスト博士はかつてアリウスの勤めていた研究所の、生物研究室の室長であった人間である。
アリウスもアリスの肉体を作る際、強化生体パーツのアイデアを得るために何度か伺ったことがある。
元々関わりが薄かったこともあり当初はだいぶ交渉に苦労をしたものだが、いくらかのマナマテリアルと交換で参考論文やアイデアなどをもらい、アリスにもそれらが反映されていた。
だが、彼自体は珍しくといっては悪いが…割と、良心的な科学者であったように思う。彼が生物の研究をしていたのも、より生産効率を上げた家畜を開発することで、世界の食料供給率を向上させるといったことが主目的だったくらいだ。
まぁその過程で、足が4本あるニワトリなどを作っては「レッグが4本とれる」とフライドチキンを振舞っていたのを、私は忘れてはいないが。
ちなみにそのフライドチキンは悔しいことに、とても美味かった。
まぁなにはともあれ、彼の研究室を訪ねた際にその研究室の中には同様のカプセルがいくつか置かれていた記憶がある。
だがじっくりと近くで観察することで、これらのカプセルにはかつてのそれとはいくつか相違点があることにも気が付くことが出来た。
『…随分と作りが雑だな。少なくとも、当時のアレほどの技術力ではなさそうだ。』
『当時のものではなく、新造されたものということですか?』
『うーむ…だが、新造というにはいささか技術力が高すぎるしなぁ。当時品を、無理やり改修して使っているのか?』
目の前のカプセルから伸びる様々な色のケーブルを手に取る。どれも規格が統一されておらず、無理やりつぎはぎした部分もあるため、大事に補修をして利用していたのであろう。だがそうなると、新たな疑問が生まれてしまう。
『これを直しながら使っているとして…誰がここを使っていた?』
周囲を見渡すが、あちらこちらがとっ散らかり機材も古びてはいるものの、長年放置されていたような印象は見受けられない。むしろ機材も施設もまだ健在で、大事に直しながら使用されていた設備を見るに、今もこの施設は誰かが使っているといわれたほうがしっくりくる。
『ですが、周囲に人がいる様子は…いえ、奥から何か聞こえるようですね。』
『あー…そうだな。やっぱりそんな感じになってたわけか。』
言われて気が付いたその気配に、何気なく手に取っていた誰かが使用したままに放置をしたマグカップを床に放り投げると、マナリアクターの重低音が静かに響く部屋へと甲高い破砕音が響き渡った。
瞬間、ざわりと部屋の空気が変わったことを肌が感じる。
『ああ、なるほど…だれかがやらかしたわけですか。』
部屋の奥の扉のさらに奥、通路になっているであろうその奥から、ザワザワとした振動が伝わってくる。何か巨大な群れが、こちらへ向かって進んできているようだ。
『ゾンビパンデミック…いや、ウサギパンデミックか?』
そうして向かいの部屋の扉が勢いよく破られると、通路を埋め尽くさんばかりのホーンラビットの群れは、こちらを獲物として見定め押し迫るのだった。
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「これで…最後…!」
バッグの紐を握りしめ、勢いよくバッグを振り上げる。アリスの顔目掛け、その鋭くとがった前歯を突き立てようとしていたホーンラビットの腹へと赤いポーチが突き刺さり、そのままの速度で振りぬかれる。
バッグによってひしゃげるようにつぶれたホーンラビットだったものはそのまま壁へと叩きつけられ、ビシャリと血のりが壁へと飛び散った。全力を出してしまうと相手が血の霧と化してしまうし、最悪紐が切れてしまうため意外と加減が難しい。
「ふぅ…数だけは厄介でしたね。」
「163匹…でしたね。よくもまぁ、あれだけの数が詰まっていたものです。」
アリス達は先ほどのカプセルの並べられた部屋から移動をしていないが、部屋の様子は先ほどとは一変をしてしまっていた。
辺り一面にはホーンラビットだった残骸が大量に積み重なっており、吹き飛んだラビットの流れ弾を食らったカプセルもそのほとんどが割れてしまっている。
カプセルの中の魔物はまだ生きていたらしいのだが、カプセルが割れると同時にホーンラビットたちにたかられていたために、もはやどこに遺体があるかもわからない。まぁ、変に改造された魔物でもいたらまた厄介なことになっただろうし、今は都合がよかったのかもしれない。
血しぶきが飛んだ服を軽くはたくと、表面についていた血や汚れがスルスルと表面を滑り落ち、瞬く間に元の清潔な恰好へと復帰する。
現在の衣装はヴィルドーの街で購入した一般的な衣服だが、マナマテリアルによる極少量のマナコートをかけることで、汚れをはじく性能が付与されている。これはマリオンからの提案により加工したものであった。
「やはり、汚れだけでも落とせるようにしておいたのは正解でした。」
「ちょっともったいないかとも思いましたけど…確かにこれは便利ですね。」
アリス達の周辺は血や汚物にまみれ、なかなかの大惨事となっている。こんなもの、普通の服を着ていていたらと思うとぞっとしない。
「さすがにちょっと掃除をしますか…えーっと…乾燥、風化、ついでに一か所に集めてと…」
頭の中でイメージを固め、部屋へ飛び散った血肉を乾燥、そのまま砂のようになるまで風化させる。そこそこ価値のある毛皮や角も残ってはいるが、今は特に必要性を感じないため、そのまま一緒に風化させてしまう。
すると後には部屋の中央に積もったチリの山と、その山の隣にかき集められた小粒の魔石だけが残っていた。
だがそこには、少々想定にないものも一緒に残っている。
「あれ?マナ結晶がいくつかありますね。」
「部屋のどこかに散らばっていたのでしょうか?」
「いえ、ラビットの遺体以外には操作していなかったはずなんですけど…まぁ、もしかしたらどこかで飲み込んでもしていたのかもしれませんね。」
そう言って、魔石とマナ結晶の山を軽く選り分けながら、ポーチの中へとざらざらと流し込んでいく。
これは後程落ち着いたらマナマテリアルへと加工を行うつもりなのだが、ホーンラビットの魔石は大きさも質も大したことがないため、あれだけ数がいてもせいぜいが手のひら大の塊にしかならないだろう。
そのため、少しばかりとはいえ高品質なマナ結晶が混じっていたことは、うれしい誤算であった。
「さて、あとはあの扉の先なんですが…」
そう言って先ほどラビットたちが飛び出してきた扉に視界を向けると、先ほどのように勢い良く、不意に扉が大きく開け放たれる。だが扉の向こうには何もおらず、代わりに部屋へと雪崩れ込んだのは、強烈な冷気の嵐であった。
触れれば凍り付くといった致命的なものではないものの、不意に吹き付けられたことで思わず身震いをしてしまう。
「やはり、変異種がいるようですね。」
「まぁ予想はしていましたけど…とりあえず行ってみるしかないですかね。」
別にこの程度の冷気であれば体に害はないのだが、薄くしかコーティングをしていない衣服が凍り付いてしまう可能性はあるだろう。
アリスはその周囲に熱を防ぐための空気の膜を作ると、今なお冷気を吐き出す薄暗い扉の奥へと足を進めるのだった。
【帝国魔導研究院 生物開発研究室】
かつてアリウスが勤めていた研究院の、生物分野を対象とした研究室です。
研究室の室長はギュスト・オルト・モンドで、実はモンドの遠縁のご先祖様です。
とはいえ、家系図なども無いためモンドはそのことを知る由もありません。
主な研究内容は家畜類の改良でしたが、その中には生物のマナへの適応といったものもありました。そのため、現代の魔物が持つ魔石はその研究の成果ではないか?というのをアリウスは疑っています。
アリスの体の大部分はマナマテリアルを原料としたあらゆる性能を強化した生体パーツでできているため、機械と生体の中間のような性質を持っています。
生物から取り出した生体パーツで作り上げたゴーレムはフレッシュゴーレムと呼ばれるため、アリスは実はフレッシュゴーレムの亜種だったりします。
とはいえ、原典のフレッシュゴーレムはどちらかというとゾンビのようなおぞましい存在なため、アリウスもギュストもその存在を良しとはしていません。
生体パーツのアドバイスを貰おうとした際に良い顔をされなかったのも、そういったフレッシュゴーレムを作ろうとしているのかと思われたためでもあります。
その点に関してはちゃんと説明をすることで理解を得られたため、最終的にはそこそこ友好的な関係を築けています。少なくとも、4本足のフライドチキンは彼なりの好意的な差し入れです。
ちなみにそのニワトリは後に新品種として登録されて一般にも流通していますが、都市伝説として「ファーストフードのチキンは8本足のチキンを使っている」という風評被害が流れてしまい、ひっそりと廃止されてしまいました。
それを聞いたギュストは「8本か…カニと混ぜれば行けるか?」と割と乗り気でした。まぁつまり彼も、そこそこにマッドな人物ではありました。




