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2-13.入室のためのノックは3回

 数メートルほど先を走る先導のウルフを追って、アリス達はいまだ猛吹雪の止まぬ雪原の中を走り続けていた。


 おおよそ30分ほどは走っただろうか。既に足元は軽く足を取られるほどに雪が積もってしまっており、ウルフが通った雪原の跡を、魔法で雪を吹き飛ばして道を作りながら突き進んでいるような状態だ。


 どうやら先導のウルフは、先刻の盆地からまっすぐと、山脈の麓へと向かって走っているらしい。岩壁のようにそびえ立つ山脈の圧迫感もだいぶ増してきているため、そろそろ目的地に到着する頃合いだろう。



『そちらは問題なさそうか?』


『はい、道を開いていただいているため問題はありません。ただ、視界が悪いのはどうしようもなさそうですね。』


『この吹雪も防ぎたいんだが、魔法の利きが悪くてな…我慢してくれ。』



 アリスははじめ、足元の雪をどかすのと同時に周囲の吹雪も除けるようなイメージを練っていた。だが想定していたよりも吹雪を防ぐのが難しく、精々半径10メートルほどの雪を除けるのがやっとであったのだ。

 そうすると周囲には吹雪のドームが出来あがるだけで、視界としてはむしろ見ずらくなってしまったために、今は降り積もった雪以外へは干渉をやめている。



『こんな広範囲に吹雪を降らせるなんて、どうやって…』


『正直よくわからん。理屈によらない魔法を起こすとなると、厄介だな。』



 実のところ、アリスの使う魔法は演算能力に任せた強固なイメージで物理現象を発露させてはいるものの、本来の魔法の原理を考えればひどく効率の悪い使い方である。


 魔法とは、強力なイメージを受けたことで発起したマナが、過程を無視してその結果を再現するという超常現象のことである。そこには本来、物理現象の仕組みを考慮する必要などは存在しないのだ。


 実際のところ、アッシュたちに教えた防御の魔法も、アリスと彼らとではその発生の仕組みは全く異なっている。あれは、過程を無視したイメージのみで現象を発生させているという点では、アリスの用いる魔法よりも遥かに魔法の本質に近いものなのだ。


 アリウスはその知識により、マナの性質や物理現象をこの時代の人間達よりも遥かに深く理解()()()()()()()()ために、そのイメージは強固な既成概念によりがんじがらめとなり、魔法の本質とは真逆へと到達をしている。


 魔法とは本来もっと自由で、無限の可能性をもつこの世界の理なのだ。



『魔法理論なんてものは、学生が自由研究でするような遊びだと思っていたからな。本気で魔法のある世界で生活することになるなんて、想像もしていなかったよ。』


『しかしこうなると、御伽噺とされていた伝承にも本当のものが含まれていたのかもしれませんね。』


『ああ、そうだな。まさか島が空を飛んでいたなんてことはさすがになかったと思うが…一夜で国を滅ぼした光の柱とやらくらいなら、あり得なくもないのかもしれないな。』



 そんなことを話していると、どうやら先導をしていたウルフの足がついに止まったようだ。だがどうにも、様子がおかしい。


 少し遅れてウルフに追いつくと、そこは山脈の根元から立ち上がる、巨大な岸壁に囲われた場所となっていた。

 だがウルフはその周辺をうろうろとし何かを探そうとしているようなのだが、目的のものが見つからないのか困惑をしているように見える。恐らく、周辺が雪に埋もれたことで目的地が分からなくなっているのだろう。



「雪をどかしますから、少し寄ってください。」



 そう声をかけると、しっぽを振りながらウルフがこちらへと寄ってくる。このウルフ達は本当に頭がよく、いまではふわふわと揺れるその尻尾が、だんだんと可愛らしく思えてきていた。

 まぁそのサイズはちょっとした重機に近いサイズであるため、ふさふさと揺れる尻尾に不用意に近づけば、なすすべなく吹き飛ばされる危険性があったりはするのだが。



 辺り一面はそれなりに深い雪によって覆われてしまっていたため、少し気合を入れて周囲数十メートルの雪を一度に吹き飛ばす。すると雪に覆われていたその下からは、押しつぶされてしまった草花と、ごつごつとした岩の塊がそこら一帯に広がっていたことが分かった。


 するとウルフは大きな岩の積み重なる壁際へと飛んでいき、ガリガリとその下を掘るしぐさをしながら、幾度も吠える。なるほど、どうやらあの崩落してしまった岩の向こう側に、彼の目的地があったらしい。



「ちょっと時間がかかりそうですけど、このくらいならどかせますかね。」



 目の前には大きく崩落した岩肌が広がっているが、まぁ魔法を併用すれば何とでもなるだろう。そうして、岩をどかすためのイメージを固めはじめたところで、マリオンが予想だにしていなかった反応を示す。



『…!アリウス様、ここにはマナ通信が通っています!』


『なに、この瓦礫の奥か!?』


『瓦礫の奥にも通じるようですが、もう少し東側から強い信号が来ているようです。接続は…暗号化されていて不可能です。』



 残念ながら、この体ではまだマナ通信の信号を感じることは難しいらしく、試しにマリオンの言う方角に意識を集中してみるが、とくに何も感じることはできなかった。


 だが、マナ通信に関しては私よりもマリオンのほうが遥かに熟知をしているのだ。なにせ、かつての時代ではあらゆる場所に張り巡らされたマナ通信の網を、彼女は空気のように当然のものとして生活に活用していたのだから。

 そのマリオンがあるというのであれば、それを疑う余地などないだろう。



『同じ通信が通っているなら、そちらから内部に入れるかもしれないな。』


『信号はこちらから来ているようです。ついてきてください。』



 マリオンはそういうと、岸壁に沿ってさらに奥へと進んでいく。


 それについて進もうとすると、先導をしていたウルフがこちらを見ながら吠え始めた。目的地はこの向こうだが、どこへ行くのかと問うているのだろう。



「どうやら、こちらに別の入り口があるみたいです。ついてきてください。」



 だがそう声をかけるとウルフはその場で軽く遠吠えをし、いまだ吹雪の止まぬ雪原の向こうと走って行ってしまった。


 あちらは私たちが走ってきた方角なため、道案内はここまでということなのだろう。もしかすると、彼もまだ女王のことが心配だったのかもしれない。

 ふわふわとした尻尾をたなびかせ、あっという間に吹雪の向こうへと消えて行ってしまった。



『アリウス様、どうしましたか?』


『いや、道案内にご苦労と…ああいや、そういえば言いそびれてしまったな。』



 彼らは本来、人間たちとは相いれない魔物である。彼らと人間、どちらかがその線引きを超えてしまわない限りは、きっともう会うこともないだろう。


 ……一度でいいから、もふっておけばよかったなぁ。


 そんなことを内心思い浮かべると、本来は猫派であるアリウスはマリオンの後を追いかけて、岸壁の更に奥へと足を進めるのだった。



----



『一番通信が強いのは、このあたりですね。』


『特に施設のようなものは無いようだが…いや、もしかしてこの壁は、人口のものか?』



 マリオンに案内をされた先は、切り立った岸壁が袋小路のようにくぼみ、小さな小部屋のようになっている場所であった。

 一見するとただの自然の地形のようにも見えるのだが、奥の壁の近くに寄ってみると、そこに不自然な点があることに気が付くことが出来る。


 どうやら最奥の岩壁の中程、人間一人が通れるほどの狭い範囲が、周囲に比べて若干材質が異なっているらしい。よく見るとその部分の一角が崩れており、そこから僅かながらに金属の構造物が覗いてしまっていることがわかる。



『遺跡…というのはまだ違和感があるが、どうしてこんなところに施設が隠すようにしてあるんだ?』


『シェルターか何かでしょうか?私の中にはこの辺りの地図が残っていないため、元々何かの施設があったかは不明です。』


『そうか…とりあえず中に入りたいところだが、開けられそうか?』


『…いえ、残念ながら無理そうです。恐らく、外から開けるためには通信が必要なタイプの扉だと思います。』



 マリオンが袖から帯を伸ばして壁の周囲を探っているが、どうやら物理的なハッキングは難しいらしい。そうなると…まぁとりあえず正攻法から行くべきだろう。


 とりあえず手始めに、のぞいてしまっている金属の部分を、軽く手でノックする。カンカンと硬質な音が袋小路の中に響くが、当然のごとく返答はない。

 手ごたえとしては、大体数センチほどの厚さだろうか?少なくとも、防爆用のシェルターの扉といったほどに頑丈ではなさそうだ。


 続いて、少し力を入れてガンガンと扉を叩くと、表面に張り付けられていた偽の岩壁からはピキピキと音がなり、小さなカケラがぽろぽろと剥が落ちる。だがやはり、反応はない。


 最後に念のためもう一度。少し力を込めてガツンガツンとノックすると…ついにはベキリと大きな破砕音が周囲へと響きわたり、表面を覆っていた岩壁が丸ごとバリバリと音を立てながら剥がれだす。


 岩壁が重力に引かれて倒れこむのをサッと避けると、大きな岩が砕ける効果音をバックに、金属製の硬質な扉が目の前へと現れる。

 その最下部には、以前に自身の研究室を脱出した際に利用したような、緊急用の解除レバーが埋め込まれているようだった。



「…アリス。」


「ノック、ノックをしただけですから!きっと経年劣化ですよ!」



 小言を避けるために心にもない言い訳を吐き出しつつ、扉の下のレバーに手をかけたところで、ちょっとした違和感を覚える。

 そして手をかけたレバーを恐る恐ると引くと、ガキリと小気味のいい動作音を響かせながら、横へと勢いよくスライドするようにその隠し扉は解放された。

 その向こうは薄暗く、かろうじて通路が続いていることが確認できる。



「…壊れてないんですね?」


「そのようですね。無理やりこじ開けることにならなくて助かりました。」



 そういうとマリオンは、今も受信している通信を追って扉の中へと進んでいく。


 はて、以前に開けた研究所の扉は劣化をしていて破損してしまったものだが、この扉は保存状態がよかったのだろうか?

 そんな疑問に頭を傾げつつも、アリウスも続いて扉の奥へと足を踏み入れるのだった。

【マナの性質】


 マナはこの世界にどこにでも存在する、物質とは異なるモノです。大気中や物質中などあらゆる物に含まれていて、強いイメージを与えることで物質や現象に変換することが出来ます。ただし変化をさせたマナは十分な濃度とイメージの強さが無ければ、やがては元のマナへと戻ってしまいます。


 マナは原則的に不滅で、変化することはあっても消滅することはありません。そのためマナを消費するとというのも、それ以上利用できないものに変化、ないしは変化させられないほどに拡散してしまっているだけになります。


 イメージを通じて性質を変えるのは、マナには与えられた意志を保存し、かつそれを再現しようとする性質があるためと考えられています。そのため、既に変化しているマナへ影響を与えるためには、より強いイメージをぶつける必要があります。



【魔法理論】


 魔法はかつての世界でも理論上は利用可能でした。


 ただしそれはマナ結晶から高濃度のマナを取り出して拡散して薄れてしまうまでの間に強いイメージを与えて現象を起こすという、一種のマナの性質実験のようなものになります。


 マナを取り出すだけであればリアクターを利用せずともマナ結晶を砕けばよいだけなので、小遣いに余裕のある学生の自由研究としては割と鉄板の題材でした。


 ちなみに一部のマジシャンやパフォーマーにはそれを利用する人間もいましたが、種としてはありふれたものになるため、どちらかというと複雑な現象を起こすことのできるイメージ力を誇るようなパフォーマンスとなることが多いです。


 ちなみに本当に極一部には魔法を操る超常の存在も居たのですが、アリウスたちはそれを知る由もありません。なおこの設定は今突然生えてきたものなので、今後そういった存在が出てくるかはわかりません。

 まぁ…たぶん吸血鬼とか魔女とかそんなのがいたのかもしれませんね。

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