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2-12.女王の復権

 完全におとなしくなった彼らを刺激せぬよう、ゆっくりと女王へと近づいていくが、再度敵意を向けてくる様子はないらしい。

 先ほどまでは時折唸っていた変異種たちも、こちらをじっと見つめてはいるものの、動き出す様子はないようだ。


 まだ数匹のウルフが周囲をうろうろとしてはいるのだが、敵意があるからというわけではなく、単純にどうすればいいかわからずに混乱している様子である。

 オオカミはもともと知能が高く上下関係がしっかりとしているため、魔物となったウルフも同様に凶暴性よりも知性が勝っているのかもしれない。


 そうして、手が触れられるほど近く、女王のそばへと近づく。


 近くに寄ったことで、氷の奥に包まれた彼女の腹が大きく斬り裂かれ、その中身がこぼれだしてしまっているということが良く見えた。

 幸いその内容物までは溢れ出していないようであるが、このまま自然治癒での治療は見込めないだろう。



「これは酷いですね…私は何をすればいいですか?」



 魔法薬は傷口にかけることでその治癒を促進し、時に部位の欠損すらも治すことが可能な、まさしく魔法のような強力な効果をもった薬品である。


 だがそれは決して万能などではなく、傷口の洗浄や壊死した箇所をとり除くといった処置を怠ると、むしろ状態を悪化させてしまうこともある。そのためマリオンの持つ魔法薬の効果も併せ、適切な治療を行う必要があるのだ。



「幸い傷口は鋭利ですし、腐敗の様子も見られません。ただ念のために患部の消毒と、薬液をかける前に内蔵の位置を腹腔内に戻しておく必要があります。」



 マリオンはその袖から副腕たる帯をウネウネと伸ばすと、先ほど女王に見せたものとは別の薬剤を開けて、その中身を丁寧に塗布していく。恐らくあれは消毒薬なのだろう。伸ばした全ての帯に薬剤をかけ終えると、こちらへ瓶ごと渡してきた。



「アリスは内臓が地面へと触れないにしつつ、氷の除去と周辺の消毒をお願いします。私は副腕を用いて内臓の位置を整えます。」



 なるほど、そうなるとまずはこの周囲を覆う氷の処理をする必要がある。恐らく傷口の保護と腐敗を防ぐために腹を覆った分厚い氷の塊は、治療の妨げとなってしまっているのだ。


 手のひらをを氷に当てて、中に包み込まれた内臓の位置を保つように浮かせつつ、その周辺だけを溶かしていくイメージを固めていく。


 この氷も魔法で生み出されたもののために若干の抵抗があるが、ゆっくりと作業を出来るのなら問題はないはずだ。そうして少しづつ、鮮血の染みた氷水を、溶かした隙間から排出していく。



 氷と内臓との隙間が広がると、その隙間に滑り込むように、マリオンの副腕がするすると間へと差し込まれていく。そうして零れ出た内臓を布の帯が包み込むようにして、氷の塊の中に治療をするための空間が出来上がっていた。



「浮かせている内臓を離します。消毒液を浸透させるので、そのまま帯で支えていてください。」


「はい、こちらはしっかり保持できています。」



 そうして内臓を浮かせていた魔法をゆっくりと止めると、少しずつ帯の隙間から、鮮やかな鮮血が滴りだす。幸い噴き出すことはないようなため、ゆっくりと作業をすることが出来そうだ。


 先ほど受け取った瓶を斜めにして消毒液を垂らすと、そのまま指先で空中を指し、薬液を宙へと浮かせる。



「消毒するのはどのあたりですか?」


「飛び出した腸管全体と、傷の周辺、それに傷から内側も可能な限りお願いします。消毒液に毒性はないため、使い切ってしまって構いません。」



 なるほど、これも魔法薬の一種なわけか。便利なものだ。


 そうして、浮かせた薬液を半分は布に包まれた腸管へ、もう半分は裂けた傷口を覆った後、その隙間から内部へと送り、まんべんなく塗り広げていく。どうやら止血の効果もあったらしく、滴っていた血も止まったらしい。



「ありがとうございます。そうしたら、少しばかり傷口を広げてください。この内臓を、そこに押し込みます。」


「構いませんが、痛みはないのですか?」


「はい。消毒に、止血に、麻酔。すべて可能な薬剤です。」



 どうやら、かつての世界であればこの成果だけで薬剤研究室の長の座が取れるほどに、便利な代物であったらしい。色々と文明が衰退はしてしまっているが、この世界で新たに生まれた物もあることを知り、少しばかりうれしくなる。



 そうして、魔法で可能な限り傷口を押し広げると、布で包まれたままの内臓が、少しずつ腹腔の中へと戻されていく。そうして数十秒ほどすると、内臓はすっかりと元の腹の中へと納まっていた。


 そうした時、マリオンからマナ通信を利用して話しかけられた。



『後は傷口をなるべく閉じて、この魔法薬をかければ治療は完了です。ですが、アリウス様…』


『分かっている。帯を腹の中に入れたまま、加工をすればよいのだろう?何にすればいい?』


『ありがとうございます…こちらの薬液とともに後程体に吸収されるよう、生体に吸収される素材にしてください。それと、内部にたまった血液などが排出されるよう、カテーテルも出すようにしてください。』



 マナマテリアルはいまだ貴重なものではあるが、こういった用途であれば必要経費であろう。


 幸い、ヴィルドーでは多すぎるほどの魔物の退治をしていたために、パイオンで生産したものと合わせて現在は5ブロックほどの在庫が残っている。それに今使っている帯程度の量であれば半ブロックにも満たないため、そこまで痛い出費というわけでもない。


 マリオンの袖から女王へと伸びる帯を横から握ると、帯を構成していたマナマテリアルを変化させ、まずは傷口を軽く縫合していく。


 その後、内臓を包み込むように引き込まれていた内部の帯もスポンジ状の生体素材へと変化させ、追加で渡された薬剤をまんべんなく浸透させる。


 最後に、マリオンの袖の中へとつながっていた部分をプチリと切り取ると、そこだけは管上にして、体の外へ出るように残しておいた。



「…はい、問題なさそうです。」



 そういうと、マリオンは瓶に入った薬剤を、軽く縫合をされた傷口にかけていく。


 すると薬剤はあっという間に体に染み込むように消えていき、その代わりとして、いまだ継ぎ目の見えていた傷口が波打つように変形をし、あっという間に継ぎ目がどこにあったのかもわからなくなっていた。



「お疲れさまでした。これで治療は完了です。」



 マリオンがそう声をかけると、先ほどまでは僅かな声も上げずにじっとしていた女王は半身を起こし、グルリと小さな声を上げた。まだ体力は戻っていないはずだが、心ばかりか、その表情は良くなっているように見える。



「問題はなさそうですか?」



 そう声をかけると、女王は再度グルリと、声を上げる。

 本当にこの女王は、頭が良いらしい。

 間違いなく、こちらの言葉を完全に理解している。


 その声に、周りに伏せてじっとこちらを見ていたウルフたちが一斉に腰を上げた。


 だがそれは先刻までの殺意を込めたものとは異なり、溢れんばかりの喜びの感情によるものだ。ちぎれてしまうのではないかと心配になるほどに大きな尻尾をぶんぶんと振り回すと、辺り一帯を跳ねまわりだした。


 すると女王はその姿勢を変え、アリスとマリオンに向かい、首を垂れる用に伏せをする。周りで喜び狂っていたウルフたちも同様に、こちらへ向かって一斉に、頭を地に伏せた。


 恐らく彼らなりの礼か、服従の印か、その両方なのだろう。



「それでは、先ほど言ったこと…街への襲撃は、やめるようにしてください。」



 ぐるりと、女王が答える。



「それと…あなた達を追いやった相手の場所に、心当たりはありますか?」



 そう問うと、変異種の一体が小さな鳴き声と共に勢いよく立ち上がった。

 どうやら、彼はこの原因の場所を知っているらしい。

 尻尾をぶんぶんと振りまわし、今すぐにでも走り出しそうだ。



「そうしたら、あなたは私たちをそこまで案内してください。原因は私たちが必ず解決しますから。」


「貴女は…なるべくまだ動かないようにしてくださいね。」



 そう言うと、もう我慢ならんとばかりに山脈の方向へ向かって駆け出した変異種のウルフを追いかけ、アリス達も走り出す。


 だが…マリオンのかけた最後の言葉に、女王は返答の声を上げていない。


 そうしてアリス達の姿が見えなくなるほど遠くへ去ると…女王は氷のベッドへ貼り付けて久しかったその腰を上げ、幾月かぶりに、その強靭たる四肢で大地へと立ち上がった。


 まだ万全ではないものの、その威光はいくらも衰える様子はない。


 そして、まわりを囲むウルフたちを一瞥すると、グルリと小さな声で鳴く。その声には、先ほどまでの問答には含まれていなかった、身震いするほどの強烈な闘志が含まれていた。


 その声を聴いたウルフたちは、女王を囲うように陣形を固めると、一糸乱れぬ動きで行進を始める。


 女王はその身をつつむ氷のドレスに王者の風格を漂わせ、悠々と歩みを進める。

 その方角には、今なお喧騒の止まぬヴィルドーの街があった。

 ちょっと実験的に、段落の分け方を変えてみました。

 表示する端末によって見え方とかも変わってきますし、どうするのが正解かよくわからないですね…。

 昔から国語の段落わけの問題って苦手でした。



【魔法薬】


 魔法薬は、現在の世界で薬草と呼ばれている、マナを含んだ植物を調合することで得られる超常の薬です。その効果はまさしく魔法そのもので、植物のもともと持っていた薬効を強化したような特性を持つことが多いようです。


 魔法だけでも似たような効果を出すことは可能ですが、イメージを加える必要がなく誰でも同じ効果を出せることが魔法薬の最大の利点となります。


 ちなみに、現在マリオンの持つ魔法薬は自分で調合したものとなります。初歩的な知識はパイオンの街に所蔵してあった蔵書を元に独学で勉強し、依頼の調査先で見つけた薬草を調合しています。


 なお初級の調薬のライセンスも既に取得済みなため簡単な薬品であれば販売も可能ですが、今回利用した治療薬はすべて中級以上のものなため、あくまで個人的に作成したものです。


 また一部の薬はマリオンの独自の調合であり、現在は失われている元々の植物の知識を合わせることで、現在流通している魔法薬よりも若干効果が高いものが多くなっています。


 これはあくまでマリオンの趣味の延長線上であり、ちゃんと治験なども行っていないために、そのうちフラーラの街にあるという研究施設を訪れた際にでも見せるつもりで作成していました。



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