2-10.オオカミの巣穴
すみません、整合性を調整するために後半をきり分けました。
そのためちょっと短めです。
アリス達は先ほど逃げたウルフ達を追跡し始めてから、おおよそ20分ほど森の中を走り続けていた。
その際ホーンラビットの大きな群れを突き抜ける形になったが、恐らくアッシュたちであればなんとかできるだろう。
先刻ウルフへと投げつけた緑の球は薬草の一種を固めたもので、非常に強力な臭気を放つ薬である。
その臭いは雨風でも簡単には流れることがないため、嗅覚に優れたアリス達であれば、多少時間が開いていても余裕で追跡をすることが可能となる。
なかなか使用する機会が見つからずポーチの中に入れたままであったのだが、今回ようやく出番が来たというわけだ。
『それにしても、もう少しマシな臭いにはできなかったのか…』
『アリス向けなら、もう少し臭いを抑えてもよかったかもしれませんね。』
臭いの追跡を行うため、アリスは現在その嗅覚を最大限に鋭敏にした状態である。
生い茂る雑草の青臭さをこれでもかも煮詰めた上に汚物を混ぜ込んだかのようなその匂いは、アリスの嗅覚には劇物に等しいものであった。
本来これはマリオンのセンサーでも追跡できるように作られたものなのだが、現在森は荒れに荒れてしまっているために、そのほかの臭いの発生源がそこいらに溢れてしまっている。
そのため、迅速な追跡のためにはアリスがその匂いを追うほかはなく、そのために鋭敏すぎる嗅覚に悩まされていたのだ。
木々に体をこすりつけたのか、稀に強烈なにおいが濃く残る箇所があったり、それでなくても森に異臭を放つものがあったりすると、その度に強烈な臭気の嵐に顔をゆがめることとなる。
今のアリスではまだ完全な嗅覚の調整が利かないため、全力にするか、日常利用している程度にするか、完全にシャットダウンするかの三択しかないのだ。
そんな嗅覚への猛攻に苦労をしていると森を抜け、既に数センチほどの雪が降り積もる広い平原へとたどり着いた。
臭いもだんだんと濃くなっているため、先ほどのウルフに近づいてきているらしい。
『すまない、ここから先は任せてもいいか?』
「はい、これくらいであれば私でも追えます。」
そうして、ようやく嗅覚を普段のレベルまで落とすが、まだ鼻の奥がしびれているように感じる。
この依頼を終えて帰る頃には、元に戻っているとよいのだが。
そうでなくては、紅茶を楽しむのに不都合が生じそうである。
----
それからさらに10分ほど歩いたその先で、アリス達はウルフたちの根城を思われる場所を発見した。
発見した…というよりも、どうやら先にアリス達が気付かれ待ち構えられていたらしい。
周りを高台に囲まれた盆地へと入ろうとしたところで、周囲を多数のウルフによって包囲されたのだ。
どうやら、アッシュたちが倒した物よりも小ぶりな体格ではあるものの、氷の魔法を扱う特異種も、数匹混じっているらしい。
だが若干想定外な対応に、アリス達は困惑をしていた。
『…どうして、襲い掛かってこない?』
『ここから先へは進んでほしくないようですね。』
アリス達はウルフを刺激しないよう、マナ通信で会話をする。
ウルフたちはアリス達がこの先の盆地の先に入ろうとしたところで、行き先を塞ぐように高台から現れた。
だが、半ば不意打ちのように囲んだにもかかわらず、それ以上襲い掛かろうとはしてこない。
特に特異種達はアリス達の前面、盆地への道を塞ぐように固まっているが、側面に行くほどウルフの数はまばらとなっており、背面に至っては一匹のウルフも配置されていない。
つまり、彼らはどうやらアリス達に、今来た道へと退いてほしいようなのである。
『つまり、この先に何かがあるわけだな。それも恐らく、こいつらが守りたい何かだ。』
『…アリウス様、出来るだけ、このウルフたちを傷つけないようにはできませんか?』
『できなくはないが…どうしてだ?』
『私にもよくわからないのですが…なぜか、そうするべきだと思うのです。』
どういうことだろうか?どうやら、マリオンはこのウルフたちに、何か思うものがあるらしい。
何故かと思い、ウルフたちの姿を観察してみると…いくつかの点に気づくことが出来た。
『…随分と、ボロボロな奴らが多いな。』
『はい、どの個体も、怪我だらけです。あちらの特異種も。』
確かに、前方に立ちふさがる特異種をよく見るとその体格こそ立派なものの、毛皮のあちこちには血が滲み、既に満身創痍のようである。
だが、私たちが特異種のウルフを見たのは今日が初めてで、あれらの個体と戦った記憶はない。
つまり、私たちとは他に、何かと戦った後だということだ。
そういえば…私たちがここへと向かう前に町へと襲い掛かってきていた魔物は、あり得ないほどに大量のホーンラビットの群れだった。
もしかすると、彼らは既にあれらと交戦した後なのかもしれない。
『なるほど…今回の原因は恐らく、ホーンラビットの方か。』
『はい、恐らくは、ホーンラビットの方にも特異種がいるのではないかと思います。彼らも、それに追われて街まで来ていたのではないでしょうか。』
たとえ数が多かろうと、ウルフの特異種を通常のホーンラビットがどうこうできるとは考えづらい。
つまり、あれらと渡り合えるだけの存在がホーンラビット側にもいるということなのだろう。
だがそうなると、このままウルフたちを追いかけていても、今回の騒動の原因にはたどり着くことは出来ないだろう。
だが理由はともあれ、ウルフたちも街へと襲い掛かってきていた事実には変わりはない。
少なくとも、何かしらの成果は欲しいところだ。
『まぁとりあえず、この先は確認しておくか。』
『アリウス様…』
『分かっている、ウルフたちは極力傷つけないさ。なにせ、マリオンの頼みだからな。』
こちらへ威嚇を続けるウルフを無視し、一歩、脚を進める。
すると、彼らもそれに合わせ、一歩下がる。
そうして一歩、一歩と進みつづけ…五歩ほど進んだその時、ついに彼らの限界点を超えたらしい。
こちらへの威嚇を続けていた周囲のウルフたちが、一斉にこちらへ牙を向けて走り出す。
「ごめんなさい、ちょっと通らせてもらいますね。」
だが、ウルフたちの牙はアリスには届くことがなく、まるで空気のボールに阻まれるかのように、ボヨンボヨンと弾かれる。
本気の戦いであればもっと硬質の防御を張るのだが、今はむしろ、その防御で彼らを傷つけることも避けておきたい。
『ありがとうございます、アリウス様。』
そうして、彼らは周囲を飛び交うウルフをまるでないものかのように、窪地の奥へと足を進めていった。
【アリスの防御膜】
アリスが使う防御膜は、大気を押し固めて球状の膜にしたものです。
理屈としては以前にギルド長たちに見せたシャボンの膜と似たようなもので、不壊のイメージをつけているためかなり丈夫ですが、単純な硬さだけでよいのならばアリスの体の強度で十分です。
ですがマナを用いた攻撃はアリスの体でも貫く可能性があるため、そういったものを防ぐ際には役立ちます。
なお、アッシュたちが使うものはそういう防御ができる便利な奴、といったイメージだけで発動しているため、アリスが利用しているものとは理屈が異なります。




