第2話 くれない匂う
それから、ぼくは、外で立ちションしなくなったのはもちろん、家の便所にうんこに行くときはズボンだけ脱いでいくことにした。
うちの便所のオンナベンジョはそこだけ板間で一段高くなっていた。スリッパを脱いでオンナベンジョに上がって戸を閉めてから、便器をまたいで便器の底を見ながらパンツを下ろしてしゃがんだ。オンナベンジョをまたぐたびに薄暗いその底をのぞくのは幼稚園児くらいからしていた習慣だけど、すごく気持ち悪くてすごく臭いけど、もうすぐおなかの中ではちきれそうになっているものがあの中に落ちていくと思うとすごくドキドキして、いつもちんちんが少しかたくなった。
そして飛び出したおしっこがパンツに直撃した便器のふちから飛び出さないように、ぼくかたくなっら自分のちんちんに手を添えて、ふだんおしっこするときとはくらべものにならないほどじっくり見た。毛の生えたのは何かの間違いで、なくなっていたらいいなと思っていたけど、毛はどんどん生えていくばかりだった。おまけに、きんたまもだんだん大きくなって半ズボンをはいているときは少しはみ出すのが授業中気になって仕方がなかった。
そして、しゃがむとぼくは目の前にぶらさがるボールみたいな消臭剤のパラジクロルベンゼンの香りの中でいつものように合唱部で歌う曲を歌いながら、おしりの穴を開いた。中学生になってから理科の融点の実験で、試験管で加熱したあの白い結晶の香りだ
ぼくは家の便所でうんこするとき、とくに時間がかかりそうなるときやいっぱい出そうなときは合唱部で歌う曲を歌うくせがあった。便所の消臭剤にくらべたらごく薄い香りだけど音楽室の中でパラジクロルベンゼンの香りがしていたからだった。
特によく歌ったのはウェルナーの「野ばら」だった。「わらべは見たり、乙女の野ぐそ」というおかしな替え歌も上の学年の部員の子から教えてもらったけど。ぼくが便所の中で歌うときは普通ので十分だった。「わらべは見たり、野なかのばら、うーんっ!」とおなかに力を入れていきみながら「野ばら」を歌った。
合唱部で。顧問のT先生は本当に立って歌うときはおしりの穴を閉めてつま先に入れて歌うように指導されたけど、オンナベンジョにしゃがむときは、歌いながら思い切りおなかにちからを入れておしりの穴を開くと三日に一度しか出ないぼくの固いうんこも出やすい気がした。それにパラジクロルベンゼンの香りの中で歌っていると、ぼくがおしりを出してしゃがんでいることも、おしりの真下にたまっているものやその臭いも、そしてぼくがおしりから出しているものも全部自分とは関係ないような気になれた。
毎週月曜日の穴実小の全校朝礼の最後で合唱部は体育館の舞台に上がり何か曲を歌うことになっていたけど「野ばら」はよく歌うレパートリーだった。
合唱部に入ったのは小4の新学期のときで、それまでハーモニカやリコーダーみたいな音楽の授業で使う楽器しか触ったことがなく(それも下手くそ)ピアノみたいな楽器も全然習ったこともないぼくが合唱部に入ったのは、おきゅう部や水泳部のような苦手な体育関係の部活に入りたくなっただけだった。
他の部員はほとんど女の子しかいなかったし、顧問のT先生は4月に6年生の穴実小の担任として赴任してきたばかりで顔をほとんど知らなかったので不安で仕方がなかった。でもT先生の引くピアノに合わせて「野ばら」を歌ったら、自分でも思いがけないほど声量があってきれいなボーイソプラノの声が出て先生を含む周りの部員を驚かせ、そしてT先生はぼくのことをとてもほめてくれた。
T先生は、オルガンも引けなくて音楽の授業は専門の女性の先生にまかせ放しだったO先生と違って、男性の先生には珍しく音楽に熱心で、前の学校で合唱部を指導して地区の大会にも優勝したことがあったそうだ。ぼくは勉強自体はそこそこ得意だったけど、生まれつき手が多少不自由なのでスポーツや図画工作といった人に目立つ勉強以外のことそれまで学校でほめられたことが全くなかったので、T先生に歌でほめられたことがすごくうれしかった。
でもぼくのちんちんに毛が生えてパンツをはいてうんこに行くようになってから、「くれない匂う」のところであんなに抜けるようにでていたはずのぼくのボーイソプラノの声が出なくなっていた。その代わりに変なところに力が入るせいかいつもぼくのおしりからプスッとうんこが出た。
(続く)