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「ええ、聞こえていましたよ。あなたには佐伯の血は流れてはいない。であれば、あなたの出自を調べるまでです。貴族同士の婚姻であればこちらは菫さんであろうと蘭さんであろうと、鈴さんであろうと構いはしません」
「あんた、それはあたしが言った事とさほど変わりが無いと思うがね」
「そうですか? あなたよりは大分優しいと思いますが」
「どうだかね。来ていきなりそんな嫌味言われたんじゃ、今すぐここから帰りたくなるに決まってる。今までの失敗を少しも学習していないんじゃないのか?」
「今までの失敗は私だけのせいではありませんよ。自分の事を棚に上げるのはどうかと思います。それに、鈴さんにはどうやら大した問題でも無いようですよ」
そう言って千尋は鈴を見て微笑んだ。その笑顔は儚げだけれど、どこか水のように冷たくて怖い。
けれど鈴はもう心を決めたのだ。そんな事を考えながらもう一度深々と頭を下げた。
「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします、旦那さま」
「千尋でいいですよ。さあ、帽子を取って楽にしてください。そんなに目深に帽子を被っていては、お顔が見えないではないですか」
千尋に言われて鈴はそっと帽子を取った。その拍子に帽子の中に隠していた明るい小豆色の伸ばしっぱなしのお下げが腰のあたりまで垂れる。
「これは驚きました。両親のどちらかが海外の方なのですか?」
「はい。父がイギリス人なんです」
「なるほど。髪も瞳もとても綺麗な色ですね」
「あ、ありがとうございます」
面と向かって両親以外の誰かにそんな事を言われた事が無くて戸惑う鈴を見て、千尋はおかしそうに肩を揺らした。どうやらからかわれたようだ。
「ちょっと、いつまでこんな所で話してるんだい? さっさと部屋に案内してやりなよ」
「そうですね。ではお手をどうぞ、鈴さん」
そう言って差し出された手を指先だけでおずおずと取ると、そんな様子がおかしかったのかまた千尋が笑う。
「これはこれは、どうやら今回は本当に可愛らしい方がいらっしゃったようです」
「……」
「からかってないで! 早く! 案内!」
「はいはい。それでは行きましょう。屋敷の中は広いので、迷子にならないよう気をつけてください」
「は、はい」
こうして、鈴は曰く付きだと噂される神森家に足を踏み入れたのだった。
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「鈴さんはもう眠りましたか?」
千尋は気怠げに自室のソファに座って頬杖を付きながら部屋の隅に声をかけると、部屋の隅からニャア、と控えめな声が聞こえてきた。これは肯定だ。
「そうですか。さて、あの子を見てどう思います?」
続けて問うと、先程まで猫が居た場所に雅が立っている。
「小さい、白い、気を張りすぎ、あと痩せすぎ」
「そうですね。私もそれが気になりました。白いのは混血だからでしょうが、あの腕や足の細さは少し気になりますね。あと、少し薬品の匂いもします」
「調べるのかい?」
「いえ、それほど強い匂いでは無いので大丈夫でしょう。ただ佐伯が血の繋がらない彼女をどういう意図でここへ寄越したのかは気になりますね」
「そりゃここの悪評を聞いて居候のあの子をここへやったって考えるのが一番妥当だと思うけど」
「なるほど。自分の娘達は嫁がせたくないけれど、侯爵家との繋がりは欲しいということですか。だとしたら彼女は佐伯の家では不当に扱われていたという事でしょうか?」
「まぁあの栄養失調一歩手前の体つき見りゃバカでも察するよ。で、どうする? あの子の世話係増やすかい?」