6
それと同時に女乗物の引き戸が開けられた。
乗物の中から外を伺うと、眼の前に見たことも無いほど豪華なお屋敷が建っていた。洋風の見た目はモダンで、いつか蘭が見せてくれた鹿鳴館の写真とよく似ている。既に神森家の敷地内なのか、道にあった街灯とは比べ物にならないほど辺りは明るい。
「何してんだい? さっさと降りといでよ」
「あ、はい」
何だかちゃきちゃきした人だなと思いながら恐る恐る乗物から降りて、顔を隠すために伸ばした前髪越しにチラリと女の人を盗み見ると、目の前にスラっとした艶やかな美女がこちらを見下ろして立っていた。
「あたしは雅だよ。って、こりゃ驚いた! あんた異人さん? さっきは全然気づかなかった!」
「あ……えっと私は……」
鈴はしまった! と心の中で呟いて慌てて目を隠すように帽子を深く被りなおす。
髪はいくらでも帽子で隠せるが、日本人離れした甘ったるい顔立ちや瞳の色はどうやっても隠せない。
どれほど世間離れしている神森家でも、佐伯の家に居る娘の目が青磁色などとは思いもしていなかっただろう。
だから勇はあれほど鈴に「こちらを見るな」と言ってきたのだ。あまりにも父に似すぎた鈴の姿が許せなかったに違いない。
神森家は一度縁談を持ちかけた家には二度と声をかけない。そこにどれほど美しくて評判の娘が居ても、だ。
だからこれでいい。どうせ断られる形だけの縁談だと久子も言っていた。その為に鈴はこの縁談を受けたのだ。世間体を気にする久子のため、お世話になった佐伯家に何か恩返しが出来ればそれでいい。
そう思い直した鈴は静かに頭を下げた。
「申し訳ありません。私は蘭でも菫でもありません。佐伯家に居候させていただいている、鈴と申します」
「こりゃご丁寧にどうもね。で、どうして二人はこないんだい?」
「蘭は佐伯家を継がなければなりません。そして菫はまだ女学園に通う身です。なので私が自ら名乗り出たのです」
「なるほどねぇ。まぁ確かに世間様は随分様変わりしたもんねぇ。しかしこりゃ困ったね。あんたは佐伯とは円も縁も無い訳? 正真正銘ただの居候?」
「一応佐伯の当主とは叔父と姪の関係にありますが、叔父は婿養子で私に佐伯の血は流れてはいません……」
すぐさま追い出されるのを覚悟で言うと、それを聞いて後ろで女乗物を担いでいた人たちが息を呑んだのが気配で分かった。
「なんだ。あんた佐伯の血は流れてないけど当主とは血が繋がってんだね。ここでは血がね、重要なんだ。それ以外は何もいらない。歴代の花嫁達は皆そう。人形みたいにニコニコ愛想よくしてればいいんだ」
そう言ってふふんと鼻で笑った雅に思わず引きつると、お屋敷の奥から男の声が聞こえてきた。
「雅」
たった一言なのに男の声はとても甘く優しげで、それなのに独特の艶のある声に鈴が身体を強張らせて視線を上げると、目に飛び込んできたのは濃紺色の長い髪に、明るい紫がかった青い目の儚げで端正な顔立ちの男だ。
「げ、千尋。居たのか」
「居たのか、ではありませんよ。鈴さん、ようこそいらっしゃいました。私が神森家の当主、神森千尋です。どうかよろしくお願いしますね」
「あ、はい。えっと……追い出さないん……ですか?」
「追い出す? まだ私はあなたの事を何も知りません。あなたも私の事を何も知らない。それなのにどうして追い出すのです?」
「だって、私……蘭ちゃんでも菫ちゃんでもないのに……」
それだけ言って俯いた。そんな鈴を見て千尋は困ったように微笑む。