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 さらに怖いのは戻ってきた娘たちは皆、何故か神森家で過ごした日々をすっかり忘れてしまっていたという。あまりにも誰も覚えていないのでその度に狐に化かされたのか、何かショックを起こすような事があったのかと話題になるのだが、家族がどれだけ訴えても警察は一向に動こうとはしなかった。


 それだけ聞けば相当おかしな家だが、何故か実際戻ってきた人たちは神森家の事を覚えていないにも関わらず、皆がもう一度あそこへ行きたいと言うのだそうだ。

 

 余裕を持って家を出たが、ようやく街を抜けた頃には辺りはすっかり薄暗くなっていた。人力車を降りると街灯の明かりだけが森に向かって伸びていく。


 その明かりを頼りに森の入り口に向かって歩いていたのだが、何だか森の入り口が騒がしい事に気付いて咄嗟に身を隠した。


 目を凝らしてみると森の入り口で数人が何やら頭を突き合わせて話している。その脇には時代錯誤も甚だしい豪華な女乗物が置いてあった。

 

 耳を澄ませると静かな夜景に男たちの声が聞こえてくる。


「次の花嫁は合格かな?」

「どうだろうなぁ。あの方はああ見えて厳しい人だから」

「そろそろ早く決めてもらわないと、いつまで経っても力を持つ子が生まれないぞ!」

「それは困る! あの方だって永遠にここに居られる訳じゃないのに! 誰がこの土地を守るんだ!」

「そうだそうだ! そもそも今どきこんなので輿入れってしてくるのかなぁ。これも絶対に気味悪がられてる原因だと思うんだけど」


 鈴は草陰に隠れてしばらくその話を聞いていたのだが、不意に後ろから誰かに足を叩かれた。


「ひっ!」


 あまりにも集中していた鈴が驚いて振り返ると、そこには一匹の黒猫がおすわりをしてこちらを見上げている。


「にゃぁ」

「あ……びっくりした……猫か……」


 ポツリと言って猫を抱き上げようと両手を伸ばしたけれど、生憎猫は鈴の手をひらりと避けて何を思ったか男たちの元へ駆けて行ってしまう。


 しばらくすると、一人の男がこちらに気づいて近寄ってきた。

 

 それに気づいて咄嗟に逃げなければと思い立ち上がって走り出そうとした所で――。

 

「待って! もしかして佐伯の所の娘さん、ですか?」

「!」


 その声を聞いて恐る恐る振り返ると、そこにはやたらとリアルな狐の被り物を被った青年が立っている。


 それを見て思わず悲鳴を飲み込んだ。あまりにもその被り物は精巧で、まるで本物の狐が二足歩行をしているかのようだ。


「そうです……けど」


 怪訝に思いながらも答えると、青年の声が嬉しそうに跳ねた。


「ああ、良かった! あ、挨拶が遅れて申し訳ありません。僕は神森家の使いの者です。どうぞこちらへ。神森家までご案内いたします」

「あ、ありがとうございます」


 何だかよく分からないし怖いけれど、どのみち鈴にはもう神森家に向かうしかない。


 鈴が覚悟を決めてゴクリ息を呑み、青年に付き従う形で時代遅れの女乗物に乗り込むと、目の前で引き戸が容赦なく閉じられた。


『これからどうなるんだろう。私もすぐに追い出されて記憶が無くなるのかな……もう佐伯家にも戻れないのに……』


 鈴は佐伯家が嫌いではなかった。母親の菊子からよく聞かされていた勇も、優秀で優しい蘭も、菫の嫌味だってもう聞けないかもしれないと思うと寂しい。ただ久子だけは本当に鈴を嫌っていた。あの事故の時だって――。


 鈴が上の空でそんな事を考えていると、女乗物が止まり外から威勢の良い女性の声が聞こえてくる。


「着いたよ。ようこそ神森家へ。今期70人目の花嫁候補さん」

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