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 佐伯家へ来てからというもの、鈴は敷地内から一歩も外へ出た事はなかった。鈴を外の人に見られる事を久子が酷く嫌がったからだ。


 夕食を早々に食べ終えると、蝋燭の火を頼りに一人静かに挿絵の多い本を眺めていた。そこに控えめなノックの音が聞こえてくる。


「鈴ちゃん、まだ起きている?」

「蘭ちゃん?」

「ええ。今日ね、学校でお菓子をいただいたの。一緒に食べましょう」

「……ありがとう」


 この家でこんな風に鈴の事を気にかけてくれるのは蘭だけだ。


 涙が零れそうになるのを袖で拭っていると、蔵の鍵が開けられた。すると、そこにはすっかりラフな格好に着替えた蘭が両手に盆を持ってにこやかな笑顔で立っている。


「入ってもいい?」

「もちろん。狭いけど……」

「そんな事ないわ。人が一人住むには十分な広さよ。そうだ! いっそ私のお部屋と交換しない? 私、暗くて狭い所って落ち着くから好きなのよ。押入れとかお手洗いとか」


 そう言って冗談めかして笑う蘭を見て思わず笑ってしまった。


「もう、蘭ちゃんってば」


 鈴は蘭を蔵の中に招くと、蝋燭をもう一本点けた。


「まだ蝋燭なの? お母様ったら、何度言ったらここに電気を入れてくれるのかしら!」



 憤慨した様子でそんな事を言う蘭に、鈴は慌てて両手を振った。

「いいんだよ、私は蝋燭で。それに蝋燭の火ってずっと見てると心が落ち着くの」

「それは確かにそうかもしれないわね。火は人間の心を落ち着ける作用があるって、何かの本で読んだ事があるわ。はい、これ。お茶も持ってきたわよ」

「ありがとう。これはもしかしてチョコレートケーキ?」


 蘭が持ってきたのは幼い頃に何度か食べた事があるチョコレートケーキだ。


「ええ、やっぱり知ってたのね」

「うん。懐かしい」


 久しぶりに見るチョコレートケーキに思わず目を細めると、蘭は花が咲いたように微笑んだ。


「喜んでもらえて良かった! でも菫ちゃんやお母様たちには内緒よ?」


 そう言って蘭は唇に人差し指を当てて笑うと、チョコレートケーキを2つに切り分ける。


「うん、ありがとう。いただきます」


 蘭に手渡されたフォークでチョコレートケーキをそっと刺すと、記憶にあったケーキよりもフワフワで思わず目を見開いてしまった。


 しばらく二人で今しがた食べたケーキの話をしていたが、不意に蘭が真顔になって言った。


「ところで鈴ちゃん、うちに縁談のお話が来ているのを知ってる?」

「……うん。夕方、叔父さまと叔母さんが話してるのを聞いちゃった」

「そう。あれね、もしかしたら私が行くことになるかもしれないわ」

「え!? ど、どうして?」

「お夕飯の時に、お母様と父さまにその話をされたの。もちろん菫ちゃんは嫌がってたわ。だとすれば、残るは私しか居ないでしょう?」


 そう言って視線を伏せた蘭を見て思わず机に乗り出していた。

「わ、私が行く! 蘭ちゃんは夢を諦めないで!」

「え? で、でもあなたは……」


 あまりの勢いに蘭は驚いたように目を丸くすると、じっと鈴の目を見つめてくる。


「私はこんな容姿だし蘭ちゃんの代わりにも菫ちゃんの代わりにもなれないけど、叔母さん達もそうするつもりみたいだったし……」


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