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第7話 至福の時間

 「……八咫烏、その姿で、何時も買い物に行ったりしてるのかい?」

 「ええ。何故か、ドーナツをおまけして貰ったりして、なんだが悪い気がしやすけど」

 「あ~」


 刹那は、自覚のない確信犯とは、悪気なく人の心を動かすことが出来るんだなと、感心してしまった。


 「よし、ゆくぞ」


 千代姫が手を上げて、意気揚々と歩き出したので、刹那達もその後に続く。


 「千代姫、場所は分かってるの?」

 「分かるわけなかろう」

 「だろうね」


 八咫烏が、一番近い店舗を知っていたので、案内を任せる。


 駅の方角に進み、繁華街を歩いて行くと、千代姫は、物珍しそうに辺りを見回していた。


 「高い建物ばかりで、首が痛くなるわい。それに、よう分からん匂いが色々して、鼻が馬鹿になりそうじゃ」

 「気分が悪くなったら、すぐ言うんだよ」


 刹那が千代姫の体調を気遣いながら、周囲の環境に目を配る。


 人通りが多いとはいえ、千代姫の命を狙う輩は、鬼以外にも存在するからだ。


 八咫烏も、千代姫を守護するため、刹那と共に両脇を固める。


 周囲の人間からすれば、反って目立つ存在となった。


 人形のような整った顔立ちで、地面に付きそうな黒髪の少女と、彼女を護衛する、二人の青年の姿を見て、遠巻きでは、若い女性達が指をさして、黄色い声を上げていた。


 「今日は祭りかの?やけに人の流れが滞っているようじゃが……それに、儂らを見る視線を感じるのは、何でじゃ?」

 「人通りはこんなもんだよ。邪な気配は感じないけど……」

 「そうでやすね」


 当の本人達は、我関せずといった様子だっった。


 暫く歩くと、黄色い看板が見てきた。


 「ここでさぁ」

 「いらっしゃいませ」


 店員の明るい声が響く。


 「思ったより、小さい店じゃの」

 「へぇ、こんな所にあるなんて、知らなかったなぁ」


 店内に入ると、甘く香ばしい匂いが、三人の鼻孔を刺激した。


 千代姫は、陳列棚に所狭しと置かれたドーナツを見ると、興奮を抑えきれずに目を輝かせていた。


 「なんとな!見よ、この愛らしい形をした、揚げ菓子から漂う、雅な芳香。それも、色や形が違うものが、これ程あろうとはな!」

 「はは……」


 陳列棚を、マジマジと見つめる千代姫を見て、刹那はこれ程の反応を示すとは、想像していなかったため、少し驚いてしまった。


 だが、満面の笑みを浮かべる千代姫を見て、一緒に来て来てよかったと思った。


 「千代姫様は、初めてでやすから、あっしが見繕って差し上げやすよ」

 「そうじゃの、こう多くては、選ぶのに日が暮れてしまうわい」

 「それでは、先に座っていてくだせい」


 八咫烏は、定番の物から新商品の物まで、バランスよく選び会計を済ませると、千代姫達が座るテーブルに着いた。


 「千代姫様、どうぞ」


 トレイ一杯のドーナツを見て、千代姫は我慢出来ない様子で、前のめりになる。


 一つ一つ、食感の異なるドーナツを、美味しそうに頬張ると、あっという間に平らげてしまった。


 「すごい食欲だね」


 まだ、一個目しか食べていない刹那は、千代姫の食べっぷりに驚く。


 普段、屋敷で出される精進料理は、年頃の女の子には物足りなかったんだろうと思うほどだった。


 「満足じゃ」


 千代姫は、少し大きくなったお腹を、ポンと叩くと、


 「数珠のような形状をした、モチッとした食感の此奴は、なかなかのものじゃ」


 刹那のトレイにあった、ドーナツを指さし、プニプニと触感を楽しむ。


 「ああ、ポンデリングだね」

 「ぽんで……りんぐ?」


 千代姫は、聞き慣れない英語の発音に、首を傾げる。


 「千代姫が好きだって言った、ドーナツの名前だよ」

 「ふむ、不思議な響きをする名前じゃの。じゃが、気に入ったぞ」


 八咫烏は、目を輝かせて力説し始めた。


 「さすが、千代姫様!お目が高いでやすね。その商品は、ミスタードーナツの中でも、特に、人気の高い物なんでやすよ。しかも、今月から、商品のリニューアルをして、ドーナツの風味を高めるオイルを始め、原材料の配合まで拘った、企業の努力たるや!」


 もはや、手の付けようのない状態の八咫烏を、刹那は呆れて傍観していた。


 周りで食べている、お客の引いた視線が、痛いほどに突き刺さる。


 食べ終わった、千代姫の手を取ると店を後にした。


 無論、八咫烏を置いて……。


 「今日は本当に愉快な日じゃな」

 「そうかい?」


 刹那達は、公園のベンチで休んでいると、周りでは、子供同士がボール遊びに、夢中で興じていた。


 「儂と同じ歳の者達が、楽しそうに日々を謳歌しておる。羨ましいの」


 何時も見せない、千代姫の憂いを帯びた表情を見て、刹那は、動揺する感情を冷静に押さえて、千代姫に問いかける。


 「『時守(ときもり)』は、誰にも出来るお役目じゃない。小さな子供に任せるには、余りにも重い責務だ。けど、その辛さを、千代姫ひとりが背負う必要がないように、左近達や八咫烏、それに微力だけど、僕も千代姫の傍らで見守っているよ」


 先程とは違い、刹那は千代姫を真っ直ぐ見詰めていた。


 「うむ、そうであったな」


 千代姫は確認するように頷くと、何時もの、明るい笑顔に戻っていた。


 「姫様~、旦那~」


 息を切らした八咫烏が、二人のもとに駆け寄ってくる。


 「おお、どうした八咫烏。そんな必死な形相をして」

 「非道いでやんすよ、置いていくなんて。方々を駆けずり回って……ハァハァ」


 八咫烏は肩を大きく上下させ、続く言葉が出ない。


 「僕達の気を追跡すればよかったのに」

 「この姿の時は、出来ないんでやすよ」


 半泣き状態の八咫烏は、さながら、迷子の子供のようであった。


 「情け無いのう、しっかりせんか」


 千代姫が、よしよしと宥めると、八咫烏はようやく落ち着きを取り戻した。


 「これからどうしようか?」


 刹那は懐中時計を取り出すと、まだ正午を過ぎたぐらいだった。


 「そうじゃの。ドーナツも食したし、時間まで、色々と回ってみたいの」

 「そうだね」


 三人は公園を後にすると、周囲を散策し始めた。


 路地裏を歩いて行くと、猫達が、お互いの縄張りを巡って喧嘩をしている。


 その中で、毛づやのいい、銀色の猫が一匹、此方に近づいた来た。


 「なんじゃ、なんじゃ?」


 猫は千代姫に近づくと、ゴロゴロと仰向けになり、気持ち良さそうに声を上げる。


 「ニャ~」

 「クロ、ご飯だよ~」

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