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第4話 悪魔探偵 叢雲 華月

 「……」


 灰のように、鬼の姿が消えて行くのを確認すると、刹那は地面に腰を落とした。


 「実戦は……慣れないなぁ」


 パチパチと、何処からともなく、拍手が起こると、


 「あ~あ、見事なもんだねぇ」

 「!」


 聞きたくもない声に、刹那は瞬間的に身を捩る。


 「僕が、丹精込めて創り上げた鬼を、こうも簡単に壊しちゃうなんて、まいったなぁ」


 ケラケラと、人を小馬鹿にした笑い声をしているが、視線は鋭く、刹那を見下ろしていた。


 「華月、またお前か!」

 「そうですよ~、叢雲華月です、はい」


 叢雲華月(むらくもかげつ)は、神様探偵である刹那とは、商売敵である『悪魔探偵(あくまたんてい)』と称される存在であり、刹那が、神様からの依頼を生業しているのとは対照的に、華月は、魔王の依頼に対して、その責を負うことを義務としている。


 「お前達の存在は、現世にあってはいけないんだ!」


 語気を荒げる刹那を挑発するように、華月は腹を抱えて笑い飛ばす。


 「最高だよ~、相変わらずの真面目っぷりだね。でも、存在するなとは非道いなぁ、刹那ちゃんも知ってるだろう。善と悪が、合わせ鏡のように存在し、成立しているのが僕たちの住む世界の摂理なんだから~、僕ら側だけが、悪いってことは無いんだよ、うん、ないのさぁ」


 自分の言葉を確認するように反芻して、刹那の感情を高ぶらせる態度を、敢えて取る華月を見上げて、刹那が、拳の力を集中させるのを見た華月は、


 「恐い、恐い……本気になった刹那ちゃんを相手にするのもいいけど、楽しみは取って置かないと……ね」


 言い終わる寸前の、言い知れない威圧感に、刹那は緊張感を高める。


 踵を返す華月は、


 「魔王ちゃんの依頼はもう終わったし、これから、女の子と遊びに行かないといけないからさ、またね、刹那ちゃん」


 周囲の空間を歪めると、華月の肉体は、陽炎のように消えていった。


 「華月……」


 何事もなかったように、辺りの空間がもとに戻ると、悔しそうに唇を噛む刹那の携帯から、着信音が鳴った。


 「〃▽♀□」

 「何の用です!」

 「なはっ!」


 明らかに不機嫌な口調の刹那に、思わず、人語を発してしまった神様は、慌てて電話を切ってしまった。


 「本当に、何だったんだろう」


 ワンクッションを置いた事で、何時もの刹那に戻ると、身支度を整えて神社を後にした。


 日はすっかり落ち、街灯の無機質な光が、周囲を照らしていた。


 夕食を取るために、刹那は行きつけの定食屋へと向かう。


 「いらっしゃい!」


 中年の恰幅の良い女性が、威勢のいい掛け声で迎えた。


 「こんばんは」

 「せっちゃん、何時もありがとね~」

 「生姜焼き定食と生ビールを」

 「あいよ」


 テレビに流れる報道番組を見ながら、今日起きたことを、ぼんやりと回想していると、華月が現れた場面で思考が止まった。


 「あいつ、何で現世に戻っていたんだ?」


 過去に対峙した時は、三年前であったが、その時は、結界によって現世に行き来することが出来ないように処理した。


 それを可能としたのは、華月に依頼を頼んだ、魔王の仕業だろう。


 本来は、気まぐれな性格である魔王が、短期間に華月を戻したことに、一抹の不安を覚えた刹那であったが、空腹が、その思考を停止させた。


 「おまちどおさん、しっかり噛まないと、ウチの亭主のように、布袋さんみたいなお腹になっちまうよ」


大きな声で笑うと、調理場の主人が、バツの悪い顔を浮かべ、苦笑いしていた。


 刹那は、夫婦が営む定食屋で食事をするのは、この場所に流れる、温かい空気が好きだからだろう。


 「ご馳走様です」


 会計を済ませると、人気のない場所へ移動し、ポケットから鍵を取り出すと、何も無い空間に翳した。


 すると、重厚な扉が、さも当然のように現れ、刹那は何事もないように扉を開けて、空間に消えていった。


 「お帰りなさいませ」


 羊の頭と、人の身体を持つ存在が、背筋を正して刹那を迎え入れる。


 「ただいま、セバスチャン」


 セバスチャンは、刹那の持っているコートを手早く脱がせると、


 「今日のお務めも、滞りなく終えられたご様子で」

 「まあ……ね」


 若干の含みを酌み取ると、


 「私めは、坊ちゃんの執事でございます。如何なる時も、お側におりますぞ」

 「ありがとう、セバスチャン」


 長い顎髭を摩りながら、セバスチャンは、頼もしく一礼する。


 刹那は自室に戻ると、ベッドに腰掛け、辺りを、ぼんやりと眺める。


 刹那の部屋は、木目を基調とした内装で、間接照明が柔らかく辺りを照らし、クラシックの心地良い音が、空間を満たしていた。


 重たい身体を起こすと、書斎に置いてある、デスクトップパソコンの前に座る。


 メールをチェックすると、ウィル・アームストロングから、画像付きのメッセージが受信されていた。


 『やぁ、調子はどうだい?私は、相変わらずさ。此方の仕事も一段落したから、近い内に日本に行くよ』


 民族衣装を着た女性と、仲良く写っている写真には、ウィルが、満面の笑みでポーズを取っていた。


 「ははっ、ウィルは変わらないな」


 今までのモヤモヤが、吹き飛ばせてくれたウィルに感謝し、返信を送ると、程よい眠気が押し寄せてきた。


 「そろそろ寝るかな」


 服を脱ぎ、寝間着に着替えると、沈むように眠りに落ちていった。


 朝靄が閑静な住宅街を覆い、鳥たちの囀りが聞こえてくる。


 新聞配達員が、刹那の邸宅の前に立つと、


 「おはようございます」

 「やぁ、何時もご苦労様」


 庭で、ストレッチ体操をしていた刹那は、程よく温まった身体を確かめるようにして、爽やかな表情で、恒例の挨拶をする。


 「いつ見ても、綺麗なお庭ですね」

 「歳を取ると、庭いじりが面白くなってくるものさ」

 「はぁ、そんなもんですか……じゃあ」


 他愛の無い会話を楽しみながらも、今日の予定を頭の中で確認していく。


 お腹が鳴り、思考が現実に戻ると、身体を拭きながら、邸内に戻って行く。


 「坊ちゃん、朝食の用意が整っておりますが、如何なさいますか?」

 「勿論食べるよ」


 渡り廊下を過ぎると、六角の屋根が特徴的な食堂の扉を開けると、大きな円形の食卓に、香ばしく、食欲をそそる朝食が並んでいた。


 「本日は、焼き立てのパンに、フィナンシュ、兵庫県産の、ラズベリーのコンフィチュールをお楽しみ下さい」

 「ありがとう」


 空腹には丁度いい量の食事を、美味しそうに平らげるのを、背中越しに、セバスチャンは満足そうに見つめていた。

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