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第3話 その少女の名は、七海・M・アンク

 「は、は~い。いま開けますね」


 扉の向こうでは、寝癖の付いたままの髪を、櫛で解かしながら、刹那を満面の笑みで迎える女性がいた。


 彼女の名前は、七海(ななみ)・M・アンク。


 名前の通り、生粋の日本人ではなく、日本人の母と、エジプト人の父を持つクォーターである。


 彼女の『アンク』という名前は、古代エジプトで、眠りの神殿にて、神官をしていた人物の子孫であることを、密かに示していた。


 褐色の肌に、腰まである黒髪、緑の瞳には、好奇心に満ちた、子供のような人懐っこさを見る者に感じさせる。


 「いま起きたのかい?」

 「え、あ、その……はい」


 照れると、黒縁の眼鏡を触る癖を見て、相変わらずだなと思いながら、来る途中で買った和菓子を渡した。


 「わぁ、橋本屋(はしもとや)のみたらし団子」

 「七海ちゃん、くちっ、くちっ!」


 口から、涎が落ちそうになるのを、刹那に注意され、慌てて袖口で拭いた。


 もう少し、身嗜みに気を遣えば、本当に、魅力的な女性なのだが、少女、いや、幼児のような無邪気さは、天性の資質だと、刹那は苦笑いするしかなかった。


 「その分だと、今日は仕事が休みだったみ

たいだね」

 「はい、ここ一週間程は、お客さんがお見えになっていませんね」

 「だけど、『夢渡(ゆめわた)り』は危険が伴うし、依頼がないことは、個人的には安心するんだけど」


 七海は、その身に流れる、特殊な血により、他者の心の中に入り、その者の願望を、夢の中で叶える能力を持っている。


 その力を使い、依頼主の、抑圧した感情を解放し、精神を安定させることを生業としていた。


 時には、依頼主の心が、予測不能な行動を取り、術者の七海を、危険に晒すこともあるため、その事を刹那は何時も気に掛けていた。


 「でも、でも、今月は、新刊の書籍が沢山出るし、残りの生活費で全部買おうとしても、全然足りないんですよぉ!村可部先生の星降る街もすぐ読みたいし、どうしましょう」


 世の中には、本を異常なまでに執着する、『愛書狂(ビブリオマニア)』と呼ばれる人種がいるが、七海もその一人であった。


 先程会った、村可部の本を読みたいと言う七海に、どんな人物だったかを何気なく話した。


 「いいなぁ……私が想像していた通りの方ですね。作品に対する情熱が、一文字づつ紡がれて、其れが文脈に具現されて……」


 七海が恍惚の表情を浮かべて、八雲の作品を賞賛しているのを見て、刹那は、何時もの事とはいえ、七海の家以外で、話さなくて良かったと、苦笑いするしかなかった。


 「刹那さんっ!」


 自分の世界から戻ってきた七海が、真摯な表情を浮かべると、


 「そのお仕事は勿論、お受けになるんですよね?」


 唐突な言葉に、呆気に取られた刹那は、


 「えっ、何で……やる訳ないじゃないか」


 さも当然と、その一言を発した刹那に対して、七海は信じられないといった表情で、ワナワナと震えだし、泣き出してしまった。


 「七海ちゃん、どうしたんだい!」


 何が何だか解らず、慌てるしかない刹那に対して、七海は呼吸を必死で整えると、


 「……刹那さんは、自分が与えられた役目を、一度たりとも、違えたことは、無かったではありませんか!」

 「いっ、いや、それは、自分が神様から与えられた依頼に対してはだけど……」

 「受けるべきです!」


 七海の瞳が、緑色から金色に変わろうとするのを見た刹那は慌てて、


 「わっ、わかった。七海、八雲さんの作品に出るから!」

 「……本当ですか?」


 上目越しに、真意を確認するように、刹那の瞳を、じっと見つめる七海に対し、


 「本当だよ」

 「よかった~」


 七海は普段の表情に戻ると、刹那は一安心して胸をなで下ろした。


 「それにしても、何で、そんなに必死になるんだい?」

 「それは……その……」


 急に黙り込んでしまったので、何か、言いづらいことがあるなと解釈し、それ以上の追求は止めて、話題を変える。


 「今日は、桜子(さくらこ)ちゃんと桃子(ももこ)ちゃんは、遊びに来ていないんだね」

 「ええ、保育園で、出し物の準備があるそうですよ」

 「ちっちゃい子も大変だ」

 「そんな事はありませんよ。桜子ちゃんは、お姫様役の練習に余念がありませんし、桃子ちゃんは『何で私は魔女なのよ!』って、怒りながら衣装作りをしてましたよ」


 口を尖らして、桃子の口調を真似る七海は、とても楽しそうな笑顔を浮かべていた。


 「そろそろ、次の依頼が発生する時間だから、お暇するよ」

 「はい、無理をしないで下さいね」

 「お互いにね」


 神眠堂を出ると、うっすらと、日が傾いて来ていた。


 「逢魔の刻に近い依頼は、気を引き締めないとな」


 大きな参道の先にある、神社の社を目指して歩いていると、体に軽い違和感が襲う。


 「結界の力が弱くなっている?」


 突然、目の端に殺気を感じ、刹那は咄嗟に体を捩り、構えを取る。


 「ギギ……」


 黒く、大きく見開かれた眼に、刹那の身長を優に超える体格の、人ならざる者が、物欲しげに、大口を開けて対峙していた。


 「……鬼か」


 霊体などは、現実の世界では、幻として見えることもあるが、実体を具現化するほどの質量を伴い、危害を加える存在が、神聖な場所に現れる異変に困惑しながらも、神様が、申し訳なさそうに依頼した理由を察した。


 「グガァ!」


 大振りに振り上げた拳を回避すると、腰にぶら下げたカードケースから、霊符を一枚取り出し、祝詞を読み上げると、御札が青白く発光し、籠手の形状に変化すると、刹那の拳に装着された。


 「……韋駄天」


 足下に空気が集まり、一気に、鬼との距離を縮めると、力を込めた連撃を畳み込んだ。


 「グゥ……」


 苦しそうな呻き声を上げ、動きを止めた、鬼を構成するコアを見つけるため、瞼を閉じ、意識を集中させる。


 すると、先程は見えなかった、赤い球状のコアが鬼の左手に見えた。


 「はぁ!」


 力を込めた拳は、空気を摩擦し、炎となり、目標に向かって、一直線に撃ち抜く。

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