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第1話 え?僕がオーディション?

 呪いや、占いで使われるような方術の類いのモノを、素人が興味半分で使用しても、大抵は、遊びの延長上で意味を持たない。


 だが、稀に、血が色濃い者が使うことで、効力が発揮することがある。


 そのような場合、開いてしまった穴を放置すると、そこから、邪なる者が溢れ出てしまう。


 そこで、このような歪みを発見して、修復する『神様探偵(かみさまたんてい)』と称される者たちが、日々、各地でその作業に当たっている。


 弥生刹那(やよいせつな)も、そんな神様探偵の一人である。


 三十歳には見えない童顔に、女性よりも白い肌、百八十センチはある長身の彼が向かうのは、東京のある録音スタジオ。


 建物の中に入ろうとすると、入口の前に、体格のいい警備員が、スタスタと近づいてきた。


 「通行証はありますか?」


 一見、丁寧な口調だが、昨今の流行然り、その手の輩を警戒してか、警備は厳重であった。


 刹那は、用意していたカードを胸ポケットから取り出して、警備員に見せると、


 「失礼しました、お疲れ様です」


 関係者であることを確認した警備員は、事務的な笑みを浮かべて、道を開けてくれた。


 階段を上がり、三階の廊下に出ると、照明が規則的に並んでいる一角に、目的の場所があった。


 通常の目には、視認することの出来ない、黒く、くすんだ靄を見つけると、刹那は素早く手印を結び、小さな声で囁く。


 『古より住みし、大いなる御霊の光を持って、悪しき扉を閉ざさん』


 小さな光が、刹那の指さした場所に螺旋を描き、矢の形になって靄を撃ち抜いた。


 湯気が上がるようにして、たちまち靄は消えていった。


 「何時も、このくらい簡単なら、楽でいいんだけど」


 ここ最近の仕事を思い出して、刹那は一人ぼやいていた。


 すると、後ろに気配がして、ハッと振り向くと、不思議そうに刹那を覗き込んでいる一人の女性がいた。


 「あの、何をやっているんですか?」


 刹那は彼女が、背後に気配を感じることなく近づいた事に動揺しながらも、平然とした態度を作り答えた。


 「芝居の練習を……」


 苦し紛れの回答だが、女性はあっさりと納得し、嬉しそうに話し始める。


 「あなたも、今日のオーディションの参加者なんですね」

 「オーディション?」


 何のことか、さっぱり分からない様子の刹那を無視するように、彼女は、陽気に話し始めた。


 「今日、ここで、春の新作アニメの配役を決めるんじゃないですか、もうっ!」


 彼女はパンと勢いよく刹那を叩いた。


 「そ、そうだったな。階段を歩いて来たから、脳に酸素が回っていなかったよ」


 まずい展開になる予感がして、足早に去ろうとすると、その腕を取って、逆方向へ連れて行こうとする彼女の腕力に、為す術なく、刹那は困惑の表情を浮かべていた。


 「……まいったな」

 「ここです」


 先程とは違い、真剣な表情をして、入口の前に立つと、


 「お互い全力で行けば、監督たちの心に届く、いい演技が出来ますよ」

 「い、いや、だから」


 扉越しには、何人かの声がしていた。


 何かのキャラクターの台詞を、真剣に練習する声を聞いて、明らかに場違いである自分と、意気込む彼女の真摯な瞳が相反して、小さな空間を分け隔てていた。


 扉が開かれると、男女合わせて、数十人が狭い部屋に座って、白い紙に書かれた文章を読み込んでいた。


 「オーディションの方ですね」


 柔らかな声をした女性の係員が、数枚の紙の束を渡すと、


 「時間になりましたら、制作者の方々がお見えになりますので、それまで、お待ちください」


 二つ空いたパイプ椅子に座るように促されて、刹那は仕方なく座ると、隣では、渡された紙に書かれた幾つかの台詞を目に通して、静かに瞼を閉じる彼女がいた。


 十分位が経った頃、数人の年配の男達と、一人の女性が入って来た。


 「おはようございます!」


 その場に、さっきまで練習をしていた男女が一斉に立ち上がり、大声で挨拶をする。


 刹那は、呆気に取られて、座ったままの状態でいた。


 係員が着席を促し、進行を始めて行った。


 「それでは、4月に開始される、新作アニメ、『星降(ほしふ)(まち)』のオーディションを開始したいと思います」

 「はい、お願いします!」


 軍隊のように、一糸乱れぬ一連の行動は、刹那からしては、異質極まりないものではあったが、この業界では当たり前であることは、隣の彼女をみれば、自然と納得がいった。


 「それでは、順番に所属、名前を言ってから、自分が演じたい役の台詞を読んで頂きたいと思います」


 係員は、集まった役者たちが頷くのを確認してから、


 「開始する前に、この作品の原作者である村可部八雲(むらかべやくも)先生と、小西孝之(こにしたかゆき)監督に一言、皆様に挨拶をお願いしたいと思います。まず、先生からお願いします」


 マイクを渡され、役者たちよりも緊張を隠しきれない様子の男性は、震える声で話し始めた。


 「お、おはよございます……」

 「おはようございます!」


 八雲の声をかき消すような声量で返された言葉に、ガクガクと、体を硬直させている。


 青白くなった顔には、冷や汗が滲み出ていたが、参加者の手前もあり、おずおずと語り始めた。


 「この星降る街は、僕のプロデビューの切っ掛けとなった作品です。今回、アニメ化が決定した時は、青天の霹靂であったと同時に、僕みたいな者の作品を、映像化して貰えることに対する重圧もありましたが、本日、この場所に僕が生んだキャラクターを演じるためにお越し頂いた皆さん方を見て、その不安も消えました。この場にいらっしゃる、何方が演じることになっても、小西監督を始め、制作者のみなさんと共に、作品を作り上げていければと思ってます……以上です」


 先程の態度からは、想像も出来ない見事なスピーチに、一斉に会場から拍手が起こった。


 八雲はお辞儀をすると、席に座る。


 一頻り拍手が鳴り止むと、制作者の席に座っていた、一人の女性が話し始めた。


 「おはようございます。私は、村可部先生を担当する、編集の霜月女々(しもつきめめ)です。先生の作品は、皆さんもご存じの通り、デビュー作品としては、日本初となる発売一週間で、二百万部を記録した異例の媒体として、映像業界のみならず、様々な分野で、メディアミックスすることが決定して下ります。その第一弾として近年、海外でも評価が高い、日本のアニメーションを通じて、プロモーションをして行こうと我々は考えております。皆さんには、その一翼を担うという自覚を持って、このオーディションに望んで頂きたいと思います」

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