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9. ジュナとランプ

 あの衝撃的な告白を受けた食事会の日から数日後。ダンに買ってもらった新しいローブに身を包み、私は彼に連れられて、ジュナ・マートンの家へと向かった。


 彼女は今の夫と結婚後もマートンの姓を使っていたようだが、どうも例のランプ騒動があってすぐに夫の姓に変えたらしい。


「そうだ、今彼女はジュナ・『リード』だから。気をつけてくれ。」


 と、先ほどダンから注意喚起があった。精霊道具士にとって本人の名前はとても重要だ。契約にあたって間違った名前を使うと道具そのものに不具合が起きやすいからだ。



 ジュナの家は街の外れにある簡素な木造の集合住宅の二階にあった。ダンの後ろについて彼女の家の前まで行くと、ノックをする前になぜか目の前のドアが開いた。


「あら、またあなたですか。」


 冷たい声が耳に入り、恐る恐る大きな背中の後ろから顔を出す。ジュナはこちらに気付くと、僅かに怒りの表情をゆるめて首を傾げた。


「こちらの方は?」

「リードさん、彼女は私の友人で同業のアール・レイノです。今日はできれば彼女も一緒にお話をさせていただきたいと思いこちらに伺いました。約束せずに来てしまって本当に申し訳ない。」


 ジュナは唇をきつく結んでしばらく考え込んでいたが、「これで最後にしてください」と言うとドアを大きく開け、部屋に迎え入れてくれた。


 中に入るとそこには二、三人座ればいっぱいになってしまうであろう小さなダイニングテーブルと二脚の椅子をが置かれていた。その椅子を二つ横並びにするとそこに私達を座らせ、彼女は奥の部屋から小さな丸い椅子を持ってきて私達の目の前に座った。


「レイノさんってもしかして、あの有名な精霊道具士のミリア・レイノさんの関係者の方、ですか?」


 お茶を差し出しながらジュナは興味深そうにそう私に尋ねてきた。私はダンをチラッと見てから頷く。


「はい、それは私の母のことです。ただ母はもうだいぶ前に亡くなりましたが。」

「そうだったんですね。変なことを聞いてしまってごめんなさい。」

「いえ。」


 そこからしばらく気まずい空気が流れてしまったが、ダンがテーブルの上に書類を出したことで話を戻すことに成功した。


「リードさん、以前にもお話ししましたが、どうしてもあのランプを受け取っていただくことはできませんか?」


 ジュナは顔を顰めて首を振った。その表情には怒りではなく不快感と、僅かに悲しみのような感情を感じる。


「前にもお伝えしましたが、私はあれを受け取るつもりは毛頭ありません。」

「ですがもしあなたに受け取っていただけないとなると、契約破りによりあなたのお母様もしくは関係者に何らかの『制裁』が降りかかる恐れがあります。」

「それは私には関係ないことです。母が勝手にあんな物を買って勝手に私に押し付けようとして、それで悪いことが降りかかるからって言われても本当に迷惑なだけです。」


 ジュナはそう言い切ると、顔を背けて黙ってしまった。ダンもその眉間に深い皺を寄せて口を閉じた。


 沈黙が重い。


 居心地の悪さを感じてモゾモゾと動いてはみたが、このままでは埒があかない。あまり人様の家庭のことに首を突っ込みたくはないのだが、仕事だと割り切るしかないか・・・


「あのー、ちょっといいですか?」


 顔よりちょっと上に片手を挙げて二人の注意を引いてみる。するとジュナとダンはキョトンとした顔でこちらを見た。


「どうしてランプを受け取りたくないのかだけでも、教えてもらえませんか?」

「え?」

「おいアール、それは」


 ダンの前に先ほど挙げた手を翳して彼の言葉を止める。


「私はこの国で今ただ一人の『効果消滅』ができる精霊道具士です。だからこそお伝えします。私はあなた方親子の関係がどうであろうと、また今後どうなろうと興味も関心もありませんし、深入りして仲を取り持とうという気もさらさらありません。」

「は、はあ。」


 ジュナが戸惑っているのがわかる。でもこれは私の役目だから伝えなければならない。


「ただこの仕事をしている以上、あなたのお母様の依頼で作られたランプから精霊の祝福の力を消滅させるためには、きちんとその背景を知っていないとうまくいかないんです。簡単にいうと、それを行う私、もしくは精霊と直接関わったダンの命が危うくなる恐れがあるんです。」

「・・・そうですか。母のせいでご迷惑をお掛けして申し訳ありません。」


 ジュナの苦しそうな顔には、今度は深い怒りが含まれているように見えた。


「いえ。ですから失礼は承知でお聞きします。受け取りたくない理由は何ですか?それさえ教えていただければ、もう二度とこちらに私達が来ることはありません。」

「アール!」

「そうでしょ、ダン?」


 ダンはまだ諦めていないのだろう。きっとこの親子の関係を修復し、ランプを然るべき人の元に届けたいのだ。彼はそういう優しい人だと、彼の親友の私はよく知っている。


「もう一度言います。ランプを受け取らない理由さえ教えていただければ、もうこちらには来ません。お約束します。」


 ダンもまた渋々といった様子ではあったが、深々と頭を下げた。ジュナは困惑した表情を浮かべながらお茶の入ったカップを強く握っていたが、その手を外すとおもむろに口を開いた。


「わかりました。お話しします。」


 そうして彼女が語ってくれた話は、胸の痛むような内容だった。



 ジュナとジョーが幼い頃、彼らの父親は家を出ていった。後で知ったのは、彼が浮気をして妻であるメイリーに追い出されたかららしい。


 ジュナは仕事で忙しくしている母親を支えようと必死で家事を覚え、勉強を頑張り、時には弟の面倒もみてあげられるような賢い子供だったようだ。


 ジョーはその頃幼かったということもあり、母親にも姉であるジュナにも甘えっぱなしだったという。しかし幼い頃はそんな甘えも可愛いだけだったが、大きくなるにつれ要領の良さを発揮して楽をしようとし始め、ただの甘ったれたわがままな人間になっていった。


 そしてジュナが十二歳になった年のこと。彼女が母親を拒絶するきっかけとなる大きな出来事があった。


 それは、彼女が数年前から欲しがっていたが買ってもらえなかった『精霊のランプ』を、母が弟に買ってきたことだった。


 ジュナはそのことにショックを受け、母に詰め寄った。しかし母は「あの頃はお金がなかったから」と言ってジュナに謝ることはなく、またジュナのためにもう一つを買おうともしなかったそうだ。


「私はその時ようやく、それまで母に何となく感じていた違和感にはっきりと気付いたんです。母は恐らく父に似た私を憎んでいたんだと思います。だから自分が可愛がっていた弟にだけ、しかも私が欲しがっていたものをプレゼントした。ジョーはランプなんてたいして欲しがってもいなかったのに!」


 ジュナの恨みはそこから徐々に積もり始め、母が優秀なジュナではなくジョーを後継にすると言い出した段階で愛想が尽きて家を出た、とのことだった。


「母はジョーが後継者の器じゃないと今さら気付いて、私にすり寄るためにあのランプを作らせたんでしょうけど、そんなもの大人になった今貰ったって嬉しいわけありませんよね?だから受け取らなかったんです。」

「なるほど。」

「・・・」


 私は深く納得し、ダンは青ざめた顔で腕を組み下を向いてしまった。


「事情はよくわかりました。では私達はこれで失礼します。突然押しかけて申し訳ありませんでした。」


 仕方なく私が最後を取り仕切り、ダンを無理やり椅子から立たせると荷物を引っ掴んで外に出た。


 バタンとドアが閉まり、鍵が掛かる音が外まで響いてきた。


「ダン、しっかりして。」

「あ、ああ。」

「とにかくここを離れましょ。ほら、歩いて!」


 太く逞しいダンの腕に自分の腕を絡めてグイグイ引っ張り、階段を降りて建物の外にどうにか連れ出した。疲れた。


「アール、俺は間違っていたのか?」

「ダン、あなたが間違っていたわけじゃない。でも、この仕事に関わる以上、こうしたことは避けて通れないでしょ。」

「そうだな。わかってたことだ。」


 明らかに落ち込んでいる様子の親友をここに置き去りにはできない。仕方ない。うちで美味しい夕食でも振る舞ってやろう。


「ダン、今日はうちに泊まっていきなよ。美味しいものたくさん食べさせてあげるから、ね?」


 ダンの顔色が目に見えて良くなっていく。現金なヤツめ!


「いいのか?そうか、じゃあ今夜は一緒の部屋で」

「弟子見習い君もいるけど。」

「・・・」


 しっかり釘を刺しつつも大好きな親友を励ましてあげたいと、すっかり落ち込んだ様子のダンと共に、森の中の私の家へと歩き始めた。


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