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30. 遅くなったデート

 西の山で『祝福付与』の初日の儀式を終えた翌日、私はジャミルとユーリを伴って再び西の山の麓へ出向いた。


 ジャミルと相談の上、件のネックレスには「顔色を明るく見せる効果」そして「流行り病からの保護効果」の二つの祝福を付与してもらうことになり、その場で再び儀式を行なって無事にネックレスは『祝福付与』を終えた。


「ジャミル、通常の精霊道具ほどではないけれど、今回はあえて大きな祝福をもらう代わりに通常の『祝福付与』よりも少し重めの契約を結んだわ。」


 ジャミルはネックレスを手にすると、ハッとして顔を上げた。


「ええ。もちろんそれで構わないわ。でも辛いことを思い出させちゃってごめん。」


 私は心からの笑顔を見せながら首を振った。


「ううん。だって私が言い出したことだもの。むしろ勝手に決めてごめん。その代わりジャミルが普通に使う分には何も問題ないから心配しないで。」

「わかったわ。ちなみにどんな契約なの?」

「ジャミル以外の人がそのネックレスを盗んだり壊したりした時に、それを実行した人間に老化の制裁を下す、というもの。結構交渉が難航したのよ!褒めて褒めて!」


 私がふざけてそう言うと、ジャミルは苦笑しながら私を抱きしめた。三日目に私がどんな対価を払うのか、彼女はその言葉で十分に理解したのだろう。


「バカね、またそんな無茶して!明日どうなっても知らないから!」

「ふふ・・・評判のいいマッサージのお店、紹介して。」

「わかった。」


 そんな私達の様子を、ユーリは何も言わずにただ静かに見守ってくれていた。



 そして『祝福付与』三日目。


 私はその日、ユーリを連れて行くかどうかギリギリまで悩んでいた。重い契約を結んでしまったがために、これから支払う対価の重さを考えるとユーリにその姿をあまり見せたくはなかったからだ。


 だが現実を知っておかなければ彼も同じ苦労をしなければならなくなる。だからこそ、私は悩みながらも決断した。


「ユーリ、今日、一緒に行こう。」


 ユーリは朝食のパンを食べていた手を止めると、私の顔をじっと見つめた。


「師匠、もしかして俺を連れて行くかどうか、悩んでたのか?」


 私はほとんど手をつけていないパンとサラダに目を落とすと、うん、と小さな声で答えた。するとユーリはパンを皿の上に置き、近くにあったナプキンで手を拭うと、テーブルの端に載せていた私の手に右手を重ねてこう言った。


「はあ。・・・アール、俺はこう見えても大人だ。そりゃあ初めて見るものに驚きはするけど、受けとめられないほどガキじゃない。成り行きで弟子にはなったけど、真剣にこの仕事をしてみたい気持ちに嘘は無い。だからそんなに悩まないで、何でも俺に見せてくれよ。」


 私はゆっくりと目を上げ、彼の黒く美しい瞳と向き合った。


「そうだね。わかっていてもつい見た目に流されちゃう。ユーリにはまだ早いんじゃないか、あれもこれもまだ見せられないんじゃないかって。」


 ユーリは優しい笑みを浮かべ、私の手をぎゅっと握りしめた。


「大丈夫。俺は少年だった頃だってそんなやわじゃなかったぞ!今のアールよりよっぽど掃除もできたしな!」

「む、それは今引き合いに出さなくてもいいじゃない!」

「あはは!まあとにかく、そうやっていつも強気でいてくれよ。俺のことは心配いらない。あ、それよりもさ、これが終わったら延び延びになってたデートをしようよ!」

「あ・・・そのことすっかり忘れてた!」


 それから私達はたわいもない話をしながら朝食を食べ終え、準備を整えて西の山へと出発していった。


 


 西の山はこの日、燦々と降り注ぐ日の光に照らされて、神々しいほどの美しさで私達を迎え入れてくれた。


 だがここからは試練の時間。私は大きく深呼吸をすると、目標地点であるサンフェリニの滝の前で目を瞑り例の精霊を呼び出した。


「来たわね。」


 精霊の声が聞こえる。


「ええ。対価を支払いに。」


 私がそう言うと、ざーざーと豪快な音を立てて落ちていたはずの滝の水が、スッと目の前から消えた。滝壺すら、今はもうただの窪みになっている。


「は?え!?滝が消えた!?」


 後方に立つユーリの上擦った叫び声が山の中に響き渡る。私は振り返らずに彼に告げた。


「ユーリ、ここで待ってて。」

「師匠・・・俺は一緒に行けないのか?」

「うん。これは私だけの仕事だから。」


 それだけ伝えると、私は滝壺の中を歩いて移動し、水が消えた滝の裏側に現れた岩肌にそっと触れた。その瞬間、私は全く見覚えのない場所へと移動していった。




 数時間後。はっきりとした時間は定かでは無いが、おそらく六時間ほどは経過していたと思う。私は再びあの滝の裏側に戻されていた。


 すでに日は傾き始め、山の中には柔らかく赤みを帯びた光が、最後の力を振り絞るように何本もの手を伸ばしているのが見えた。


 そして、私はその場に膝をついた。


「師匠!?」


 ユーリが私に気付き、手に持っていた荷物を放り出して駆け寄ってくる。


「・・・ごめん、立てないかも。」


 怒っているのか悲しんでいるのかわからないような複雑な表情でユーリは黙って私を背負い、水がまだ消えたままの滝から離れた場所へと連れていってくれた。


 どうにか滝壺も抜けて乾いた地面に辿り着き、私もその場に腰を下ろしたその時、滝の上部から再び大量の水が流れ始めた。


 ザーッという音と冷たい水飛沫を顔に感じて初めて、私は自分の疲労感がピークに来ていることを実感した。


「はあーっ!!疲れた!!」

「師匠、お疲れさま。」


 ユーリがほぼ地面に寝転んだ状態の私にタオルを差し出した。私は濡れてしまった顔を軽く拭うと、身体中に走る筋肉痛に呻き声を上げながら時間をかけて立ち上がる。途中ユーリにも手を貸してもらって、何とか自分の足でその場に立つと、可愛い弟子に笑顔を向けて言った。


「終わった!帰ろうか!」

「・・・ああ。」


 彼はそれ以上何も言わず、ただずっと心配そうに私を支えながら山の麓まで歩き続けた。きっと、待っている間は相当不安だったことだろう。どの位時間がかかるとか、何が起きているのかとか、何も説明をしていなかったのだから。


 でも、ユーリは信じて待っていてくれた。


 それが何だか嬉しくて、私は疲れきって使いものにならない体のことはほんの少しだけ忘れて、ヨタヨタしながらもどうにか山の入り口まで帰ってくることができたのだった。



 ほぼ夜のような暗さになった頃、私達はようやく麓まで戻ってくることができた。するとなぜかそこには、明かりを持って立つダンの姿があった。


「ようアール。お疲れさん。」

「ダン!?いったいどうしたの?」

「ジャミルに頼まれたんだよ。たぶん一人じゃ森まで帰れないだろうってさ。」


 ダンはユーリに支えられて立つ私にずいと近づくと、彼に離れるよう目配せをしてから私を軽々と抱え上げた。


「ちょ、ちょっと!?」


 こんなの恥ずかし過ぎる!私は思わず顔を両手で覆った。


「ほら、いいから大人しく俺の馬車に乗せられとけ。」

「もう!恥ずかしいことしないでよ!バカ!」


 ダンはローブの汚れが自分の綺麗な服に付くのも気にせず、子供のように(いや、荷物のように!?)私を抱え上げた状態で移動し、馬車の座席に下ろした。


「さあ、帰るぞ。あー、お弟子くんも乗りな。」

「・・・はい、ありがとうございます。」


 ユーリは丁寧にそう答えてはいたが、目は笑っていなかった。この二人、やはり相性があまり良くないらしい。


 そうして私はその帰り道、馬車の座席のほぼ半分を占領して(つまり寝転がって)森へと戻り、その後ユーリの肩を借りて自宅まで帰ることとなった。




 そんなことのあった翌日。ひたすら寝て過ごす。


 翌々日。午前中はぼーっとして過ごし、午後はジャミル紹介のマッサージ店に向かう。



 そしてさらにその次の日。


 私は元気を取り戻し、朝ユーリにこう言われてようやく頭を動かし始めた。


「師匠、そろそろ約束のデートに行こうか?」

「・・・へっ?」


 もう一日のんびり過ごす予定だった私は、頭ボサボサのままブランケットも雑に肩にかけたまま、彼の提案にそんな気の抜けた返事しかできなかった。なんと情けない。


 だがユーリは気にも留めず、ぼんやりした私に付け入ってくる。


「その感じだと問題ないってことだな。じゃあ身支度手伝うよ。今日は俺が一日アールを案内するから任せといて!」

「え、あ、は」


 単語すら出てこない私のことをニコニコと見つめる愛弟子くん。その後彼は機嫌良さそうに行動を開始し、手際よく私をお出かけモードに仕上げていった。


「うん、いいね。すごく可愛い。」

「かっ!?」


 私、今日まともに会話ができていないな。


「可愛いよ、アール。」


 少しだけ首を傾げ、微笑みながらそう言い放つ私の暴力的なまでに可愛い弟子は、きっとその可愛さで私の心臓を止めようとしているに違いない。


「ぐふうっ!か、可愛いのはそっち・・・」

「あはは、大丈夫。アールの方が俺より何倍も可愛いよ。ほら、行こう?」


 ユーリは当たり前のように私に手を差し出す。よく見ると今日は彼も、我が家に来た日に着ていた、少し裕福な子が着ていそうなあの洒落た服に身を包んでいた。


「まあ、約束だったしね。とりあえず行こうか。」


 私が諦め半分、楽しみも半分でそう言うと、ユーリは私の手を取って玄関を開け、スタスタと歩き始めた。


 どこに行くのかも何をするのかもわからないけれど、たまにはこうして弟子と二人、何も考えずにお出かけするのもいいかもしれない。


 そんな呑気なことを考えていた私は、このデートの後にいくつもの後悔に苛まれることになるとは、全く予想もしていなかったのだった。


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