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14. いじめられっ子とアール

 その日、珍しく朝からリューグがソファーで寛いでいた。


 そしてどうもレンとリリーは数日遠出をすることになったらしく、しばらく帰ってこない彼らの代わりにリューグが私をたっぷり甘やかしてあげる、と言い出した。


 うわあ面倒なことを言い出したぞとは思ったが、彼の悲しそうな顔は心臓に悪いので、仕方なくフルーツを準備してもらったり軽く手や足をマッサージしてもらったり、ソファーで一緒に本を読んだりしてまったりと過ごすことになってしまった。



 だがユーリはそんな私達の様子に違和感を覚えたようで、作業場で仕事をしている時、私だけにこう言った。


「師匠、リューグさんが親代わりの人だってのは知ってる。でもその歳でそんなべったりした甘え方ってどうかと思うぞ?しかも親子の甘え方じゃないし。」


 いやいや、私だってそりゃ恥ずかしいですよ!でもリューグは時々こうしてめいいっぱい甘えてあげないと拗ねてどうにもならなくなっちゃうんです!


「仕方ないのよ。君には言えない大人の事情ってもんがあるの。」

「何だよそれ。ただ単にたまには師匠が甘えないとリューグさんが機嫌悪くなっちゃうだけだろ?」

「・・・」


 うちの弟子はやはり筋がいい。だがまあ今は適当に流しておこう。


「あ、そういえば来週からしばらく採集の仕事はお休みにするからね。」


 ユーリは今任されている道具の掃除をせっせと行いながら、顔を上げて不思議そうに聞き返した。


「お休みって、どうして?」


 私は散らばっていた文房具や本などを棚に片付けながらその疑問に答える。


「ユーリに、三ヶ月ほど学校に通って欲しいんだよね。」

「え、学校!?」


 驚いた顔を見てちょっと楽しくなる。


「そう。精霊道具士は一応国家資格だから、基礎的なことは本来学校で勉強しなきゃいけないの。でも実際に精霊道具士として登録されている人のところで師事をしている場合、三年を三ヶ月に短縮できるし課題も無いから楽だと思うよ。」


 ふむ、と言ったきり腕を組んで、ちょっとだけ寂しそうな顔でこちらをチラッと見上げた。


「なあ師匠、それって向こうに泊まりがけになるのか?」


 目をパチクリさせながらその質問の意図を考えてみる。


「・・・そんなに私のご飯じゃないといや?」

「違うよ!俺を食いしん坊少年みたいに言うな!」

「じゃあ何よ。」


 少し間を置いてユーリは言った。


「別に。師匠に会えないと、ちょっとつまらないかもなと思っただけだよ。」


 そう言って上目遣いで照れながらこちらを見つめるユーリの顔は、破壊力抜群だった。


「ぐふっ、そんな可愛いことを可愛い顔で・・・」


 すっかり瀕死の状態に陥った私は、テーブルに手をつきながら呼吸を整えた。そして心を落ち着けてから顔を上げる。


「馬を借りれば通いもできるけど、どうする?」

「嬉しい師匠!今は懐が潤ってるんだね!」

「・・・ああ、うん、まあ。」


 不本意ではあったが、ダンからの依頼に関する報酬を受け取ったため、無駄遣いをしなければ当分安泰な暮らしができる。


「じゃあそうしよう。俺も師匠のために掃除と洗濯は続けたいし。それに・・・」


 気がつけばユーリは椅子から離れ、テーブルに軽く寄りかかっている私のすぐ横に来ていた。


「何?相変わらず近いな!」

「師匠だって俺がいないと寂しいんじゃない?」

「なっ!?」


 目の前に迫る可愛らしい顔が私の頬を限界まで熱くしていく。だがその窮地を救ってくれる人、いや精霊がいた。


「うわあっ!?」

「リューグ!」


 リューグは軽々とユーリの服を掴んで後ろにポイっと放り投げた。もちろん怪我をするほどではないが、よろけたユーリはびっくりした!と呟きながら胸を押さえてリューグの後ろで体勢を立て直していた。


「小賢しい人間の男、不用意にアールに触れるな。そうだアール、手紙が来ていたぞ。」


 リューグは振り向きもせずそう言うと、私に微笑みを向けながら一通の手紙を差し出した。


「え?手紙?ありがとう。」


 リューグからその封筒に入った手紙を受け取って読み進めると、それはどうやらダンからで、学校の手続きの件で街に出るなら会いたいとのことだった。日時と場所の指定もあり、二人がよく使うカフェの名前が書いてある。どうやら今回はドレスで行かなくても良さそうだ。


 リューグは私が手紙を読み終えるのを確認すると、静かに作業場を出ていった。そろそろ夕方になる。彼本来の姿になる時間が迫っているのだ。


「師匠、あの人って確か半分精霊なんだよな?夜っていつもどこに行くんだ?」


 ついにユーリからその質問が来たか、と心を決めて彼と向かい合う。


「リューグはね、夜は精霊の姿に戻れるの。だから本来の彼の姿に戻って、本来の彼の役目を果たすために森に戻っていくの。」

「ふうん。じゃあどうしてそんな曖昧な状態になったんだ?」


 一番聞かれたくないことの一つだが、いつかは説明しなければならない。だが今はもう少しだけ、その話題は先延ばしにしておきたかった。


「・・・その時が来たら、説明する。」


 ユーリはこう見えても中身は大人だ。その言葉だけで何やら理解してくれたのだろう。


「わかった。」


 彼はそう言って頷き、それ以上しつこく聞いてくることはなかった。




 そんな出来事があった三日後。


 私は街でユーリの学校の手続きを終えると、約束通りダンとの待ち合わせ場所である二人の定番のカフェに行き、そこで彼と落ち合った。


「よう。この間はありがとな。」


 遅れてきた彼はどっかりと私の前の椅子に座った。今日の目的は書類の受け取りだ。彼からメイリーに書いてもらった必要書類を受け取ると、私は安堵して彼に尋ねた。


「それで、あれからどう?」

「メイリーさんのことか?」

「違うわよ。私が心配しているのは君のこと。」


 ダンは、私が先回りして注文していたシシルという実を炒って淹れた飲み物を飲みながら、ふっと笑って言った。


「俺はお前のそういうところが好きだよ。でもまあメイリーさんのことも聞いてくれ。彼女、あれから少しずつジュナさんと交流を始めてるらしい。絶縁されたって話だったが、彼女の夫が間に入ってくれたお陰で少しだが話せるようになったんだと。それにジュナさんも結構体がきつい日があるみたいでな、メイリーさんの方から協力させてくれと懇願して、無理のない範囲で手助けしてるってさ。」

「そうなんだ。で、あれから精霊さん達の雰囲気はどう?」


 さらっとそう話すと彼はカチリと音を立ててカップを置いた。その表情は少し硬い。


「そっちも問題ない。・・・はあ、俺もまだまだだな。そうだよな、俺とお前の違いはそこだよな。俺は人間重視だが、お前はもっと全体を見てる。」

「よくわからないけど、褒めても貶しても何も出ないわよ?」


 彼はハハハと楽しそうに笑うと、椅子の背にぐっと体をもたれさせた。ギギと不穏な音がして、壊れるのではないかと不安になる。


「まあいいか。俺はそんなお前が好きだからな。」

「・・・そういう恥ずかしいことをよく平気で何度も本人に言えるわね。」


 照れと気まずさで渋い顔をしながらそう言うと、ダンはふいに立ち上がり、お金を私に手渡してから優しく頭を撫でてきた。


「ひゃっ、ちょっとダン!?」

「化粧っ気の無いお前も可愛いな。じゃあ俺はこの後仕事があるから帰る。送っていけなくて悪いな。」


 そう言って彼は笑顔で店を出て行った。




 そのさらに四日後。


 今度はユーリを連れて諸々の手続きや準備のために街に向かった私は、そこでとある出来事と遭遇することになった。


 その日はまず国の精霊道具管理局に正式にユーリを私の弟子として登録し、証明書を発行してもらった。弟子になる時には姓の登録が要らず、むしろ弟子ということで私の姓を名乗ることが可能だ。ユーリは以前から詳しい素性をまだ話せないと渋っていたので、これには小躍りして喜んでくれた。


 さらに学校に通うために必要な本や文具などを買い揃えると、学生用のローブを受け取るためにジャミルの店へと向かって細い道を歩き始めた。



 だが数分歩いたところでふとあることに気付き、立ち止まる。


「師匠?突然止まったりしてどうしたんだ?」

「え?ああ、ちょっと気になることがあってさ。」


 私がぼんやりと眺めていた場所を、少し先を歩いていたユーリが戻ってきて確かめる。


「何だありゃ?喧嘩か?いじめか?」


 私が見ていたのはそれではないのだが、確かによく見ると一人のひ弱そうな少年が数人の男女に囲まれて地面に座り込んでいるのが見える。


 その光景が目に入った直後、ふっと頭の中にあるイメージが浮かんだ。だが遠いせいか明瞭な言葉にならない。


「んー、もうちょっと近付いてみようかな。」

「え、師匠!?」


 唐突に少年達の方に歩きだした私に驚いてユーリが慌てて追ってくる。私はあと数歩で彼らに手が届くというところまで近付くと、黙ってその周りを見つめ始めた。


「うわっ、何だこいつ?何見てんだよ!?」

「ちょっとおばさん、気持ち悪いんだけど!」


 そんな暴言を吐かれていたと後からユーリに聞かされたが、私はそれどころではなかったので彼らの言葉は聞いていなかった。


 そしてハッと気がつくと、もうそこには先ほど地面に座り込んでいた少年とユーリしかいなかった。


「あれ?ああ、君!」

「え、僕ですか?」


 か弱い声がどうにか耳に届く。


「そうそう。あのねえ、西の山の方にサンフェリニっていう滝があるの、知ってるかな?」

「・・・はい?」


 戸惑うのも知らないのも無理はない。西の山は恐ろしい魔物が住み着いているなどという伝説があり、滅多に人が寄りつかない場所なのだ。


「ああ、知らないよねえ。あそこは魔物なんてものは当然いないけど、傷付いた精霊達がその心と体を癒しに行く場所だって言われてるの。それでね、君はマチェって名前の赤い宝石のことは知ってるかい?」


 とりとめのない話に、とうとうユーリが口を挟んだ。


「師匠、この子が困ってるぞ?」

「いいからいいから。とにかくそのマチェだけど、君にはぜひお勧めするって言ってるわ。よかったらだけど!」


 少年は瞬きもせずに困惑した表情でこちらを見上げていたが、私がにっこり笑って手を差し出すと、その手を掴んで素直に立ち上がった。


「じゃあ私達は用事があるからここで。まあ怪我は無いみたいでよかった。とにかく気をつけて家におかえりー。」

「ええっ、師匠、何だよそれ!?」


 同じく訳がわからないといった顔をしたユーリが、さっさとその場を離れた私を追いかけてきたが、気にせず歩き続けた。


「師匠ってほんと、時々意味不明だよな。」

「そう?だとしたら君の実力不足なのよ。精進しなさいね。」

「・・・そういうことかよ。はいはい、頑張りますよ。」

「ふふふ、そうそう。頑張って!」


 そうして私達は予定通り、ジャミルの店へと足を運ぶことにしたのだった。


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