未来の話
冥府の森に飛ばされてから六日が経過した現在、俺たち三人はいつものように味の薄い魔物の肉を食べていたのだが初日に比べて明らかに二人の俺に対する距離感が縮まっているのを実感する。
「アレン様、こっちのお肉も食べてください」
「アレン、水も遠慮なく飲んでね」
「はい、ありがとうございます」
聖女であるアリアと王族であるルーナ王女に挟まれて甲斐甲斐しく世話を焼かれている今の現状を他の貴族連中が知ればさぞ嫉妬してくれることだろう。無事に冥府の森から帰還しても面倒事がたくさん待ってる筈だが今の状態に比べれば幾分かマシだ。
「アレン様、あまり顔色が優れませんがやはり一度眠られた方がよろしいのではないですか?」
「いえ、問題ありません。ただ、生還後のことを考えると少し憂鬱でして」
顔色が悪いのは魔物との連戦と寝不足が原因だが後数日は持ちそうなので問題はない。なので誤魔化す意味も込めて帰還後の話題を二人に振ってみる。俺の予想が正しければ明日には森を出られるかも知れない。
けど、二人からすればあと何日森を歩かないといけないのかというストレスが今もなお不安を掻き立てていることだろう。なので精神面の回復も考えて未来の話をする。
「私はもうどうでも良い。いっそのこと王族の地位を捨てて平民になってみるのも良いかもね」
諦観、というよりはやや自嘲気味な声音でルーナ王女が口を開く。良くも悪くもルーナ王女は今回の一件で世界が広がったように思える。普通王族や貴族にとって平民になることは相当の罰であることが多い。
前の世界で騎士団に所属していた俺はある程度の平民の思想も理解出来るし、魔王による奴隷生活のお陰で貴族の価値観や裕福さに対する執着などはない。けど、欲しい時に欲しいものが手に入り衣食住以外にもあらゆるものが揃っている貴族の生活を一度味わえば平民の生活は耐え難いものがあるのだろう。
「ねぇ、アレン。アレンはどう思う?私が王女を辞めたいって言ったら反対する?」
俺はルーナ王女が実は王妃様から愛されていることを知っている。だから、下手なことは言えないが一つだけはっきりと断言出来ることがある。
「本当に嫌になったら辞めてしまっても良いと思いますよ。ルーナ王女の人生ですから」
前の世界で彼女は既に死んでいた。ならば、俺がそうしているように彼女もやりたいことをやれば良い。行動の責任を取ることは出来ないが全てが破壊されるバッドエンドだけは阻止出来る。
「私は、聖女の職務もあるのですぐに聖法国へと戻ることになりますが御二人とは頻繁に会って是非お茶会をしたいです」
こんな状況でも穢れのない笑みでお茶の誘いを掛けてくるアリアに俺もルーナ王女も毒気を抜かれる。俺は公爵家の次男ではあるがユリウス兄さんみたいに正式な地位がある訳でもないのでアリアとのお茶会は難しいだろう。それ以前に後四年もすれば本人からロザリオを奪って犯罪者になる予定だ。
「俺は地位的に無理だとは思いますがルーナ王女が王族である限りお茶会の機会は幾らでもあると思いますよ」
「いえ、その時は是非アレン様もご一緒して欲しいのです」
「私も、またこの三人で会って何のしがらみも無く話したい」
「それこそ、この三人が会う為に散々しがらみが着いて回りますよ」
例え三人でのお茶会が叶っても、結局四年後にはこの関係も終わる。けど、せめてそれまでに思い出の一つでも作っておくのも悪くはないのかも知れない。
「まぁ、何によせ帰ったらまずはお風呂ですね」
本音は睡眠一択だがあまり二人に心配を掛ける訳にもいかないのでここはお風呂と答えておく。
「さて、食事も摂り終わったことですし俺は魔物の間引きに行ってきます」
「はい、お気を付けてください」
「怪我しないでね」
「もちろんです」
二人を安心させる為に笑顔を作りながら俺は内心で集中力を高めて行く。日増しで魔物の数が増加しているせいかドラゴンアーマー越しとはいえまともに攻撃を受ける回数がここ数日で徐々に増えて来た。それが原因で二人との距離感が縮まった訳だが昨日からは遂に未来視の魔眼を使わなければリンチに合いかねないほど魔物の数が増している。
お陰で良い修行にはなっているがこの森に来てから一睡もしてないことでコンディションは最悪そのもの。油断してドラゴンアーマーを貫かれて死んだのでは笑い話にもならない。
「敵の数は四十近いかな、ここまで来ると森の生態系が狂ってそうだ」
俺一人でかなりの魔物を殺した自覚がある。そのお陰で食べる肉には困らなかったが他の魔物を餌としてそれなりに強い魔物もこの襲撃に加わって来ているので素直に喜ぶことは出来ない。
それから俺は二十分掛けて簡易拠点に集まって来ていた魔物を全て倒すことに成功する。だが、未来視の魔眼を使い続けたことでそれなり以上に魔力を消耗してしまっている。
「もう少しで」
『すぐにその場を退避しろ!』
疲れた体が竜神クロノス様の声に反応して瞬時に動く。だが、それよりも早く鋭利な獣の爪がドラゴンアーマーを切り裂き冥府の森に入ってから初めて俺にダメージを喰らわせた。
「くっ、」
「アレン様!」
「アレン!」
後ろから二人の必死な叫びが聞こえて来るが今はそれ所じゃない。
「「「グルルルッ」」」
「ケルベロス、冥府の番人がわざわざ出迎えに来るなんて光栄だな」
そう軽口を叩きながら俺は再び未来視の魔眼を使用したのだった。




