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過去との決別

「くっ、やっぱり重いな」



 腕から滴り落ちる血を見ながら心の中の自分が自分を笑う。ドラゴンクローを使っていれば今のデスナイトの一撃も無傷で防ぐことが出来た。本来なら防げた筈の攻撃に対して自らダメージを受けるなど馬鹿馬鹿しいにも程がある。



「魔力補填」



 傷を負うことが得策でないことなど分かりきっている。ここはまだ5階層目で死霊のダンジョンはまだ10階層も残っている。体力の温存はどうした?魔力の温存はどうした?



「危なっ」



 飛んで来たデスナイトの斬撃を転がることで回避しながら心が冷めて行くのを実感する。本来なら勝てる相手の筈だ。試したい技も大体試し終わったしもうデスナイトと必死こいて戦う理由は存在しない。



 時間だって限られてるんだ。こいつを倒して休息を取って次の階層でまた新しいことを試してそうして、その先に何がある?



「ぐはっ」


『無事か?』



 考え事をしていたせいか腹にまともな一撃を喰らってしまった。ドラゴンアーマーのお陰で致命傷ではないもののダメージは大きい。戦闘中に考え事をするなんて本当にどうかしている。



『早く起き上がらぬと今度こそ死ぬぞ』


「それは、嫌ですね」



 死にたくない。俺は世界を救うんだ、こんな所で死んではいられない。でも何故か、起き上がろうという気にはなれない。



 なんで格下相手にここまで追い詰められてるんだろう。そもそも、俺は追い詰められてるのか?魔力はまだ残ってる。今この瞬間にもドラゴンクローを使えばデスナイトの攻撃は凌げるしドラゴンブーストがあれば逃げられる。ドラゴンフライで空に退避するのも悪くない。



「違うな」


『ん?』



 それは最悪の選択だ。一歩、また一歩と迫り来る死の足音を聞きながらようやく認識を改めることが出来た。



「強いな、お前。俺より強いよ」



 強さとはなんだろう?無機質に光る赤い瞳には感情は読み取れない。ならば、強さに感情は関係ない。敵が来るまで待機して負ければ復活するだけの存在が鍛錬などしてる訳がない。ならば、強さに過程は必要ない。



 自身の眼前で剣を振りかぶるデスナイトを見ても焦りや恐怖は生まれない。



 あの日、魔王エイミー・ロゼットに捕えられた瞬間、俺は自身の弱さと相手の強さを理解した。これまでの修行で自分は強くなったと勝手に思い込んでいた。自身が弱いことを認めたくなかった。



「あぁ、俺は過去の俺を否定したかったのか」



 ようやく腑に落ちた。勇者任命式から感じていた焦りの正体。それは強さへの渇望ではなく過去への執着。



「ドラゴンクロー」


『出力が上がっているのか』



 振り下ろされた剣を右手のドラゴンクローで受け止めそのままデスナイトを蹴り飛ばす。



『縛りはもう良いのか?』


「はい、ようやく覚悟が決まりました」



 勇者であるユリウス兄さんに勝ったあの日、強くなった実感と共に俺は過去を否定されたような気がした。十数年積み重ねてきた研鑽の日々がたった数ヶ月で塗り潰されたようなそんな感覚。



「前の世界で俺はずっと自身を肯定し続けて来ました。勇者の弟なのに才能がない自分、そんな自分を他ならぬ自分だけは肯定して味方で居ようと考えました」



 誰に笑われようとも、どんなに惨めに敗北しようとも、自分だけは自分の味方で居続けた。



 けど、魔王エイミー・ロゼットに負けてから俺のこれまでは完全に否定された。それでも、心の何処かで諦め切れずに自分だけは過去の自分を見限れなかった。



「ユリウス兄さんやリリーに勝って、アリアに認められて、ソードやマリンに敵視されて、その度に過去の自分が否定されてるようでした」



 今の自分が肯定されるほど過去の自分が否定されるように感じた。だから、この戦いを最後のチャンスにした。



「もしこの戦いを竜魔体術なしで勝つことが出来ればそれは過去の証明になる。けど、結果はこの通り剣があってもきっと勝てなかったと思います」



 十数年に及ぶ研鑽には意味があったのだと言いたかった。その人生には意味があったのだと信じたかった。だが、もう結論は出た。



「俺の過去に意味はない。強さは正義で弱さは罪だった。だから俺は今、過去の俺を否定する。ドラゴンスラッシュ!」



 過去への決別、ずっと怖かった筈なのにいざやってみると心が軽くなったように感じる。



「ドラゴンブースト、ドラゴンナックル」



 思考がクリアだ。全体が良く見える。何かの枷が外れたように全力で力を振るえる。



『(動きのキレが一段増したな。恐らく、無意識のうちに力をセーブしていたのだろう。そう考えるとこの戦いは確かに意味があったな)』


『そのまま畳み掛けよ』


「はい!」



 あれほど苦戦していたのに今は負ける気がしない。過去の俺より重い剣でも今の俺の拳より軽い。なんの躊躇いもなくそれを証明出来る。



「終わりだ、ドラゴンナックル」



 壁へと吹き飛び瞳から色の消えたデスナイトはそのまま糸の切られた人形のように動かなくなり勝敗が決した。



「俺の勝ちだ」


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