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いつかたどり着く、ちょっとした未来。

その人は、確かに口が二つあった。

僕から見て、向かって右側に、小さなもう一つの口があった。

通常の口から出る声とは違う、軽やかな女の声で、僕を見て笑い続けている。

そんなに滑稽だっただろうか。

泥にまみれ、血にまみれ、腕や足は明後日の方に折れて、ヒューヒューと呼吸するだけの僕は、それはそれは滑稽だったのだろう。


『愚かだねぇ、愚かだねぇ』


笑いを止めず、僕を愚かだと笑う。

ただ、その人は、その人自身は泣いている。


「ごめん、ごめん」


その人は、低い声で謝り続けていた。

なぜ謝るのかわからない。

でも、その人は確かに泣いていて。

右から聞こえる声はとにかく甲高く気に障る。


『次は君だ、次は君だ』


確かにその口はそう言っていた。

何の事かわからなかった。

その時は確かにわからなかったんだ。


そう、何で今、そんなことを思い出しているのか。

やっとわかったからだ。

あの人が謝りたかったのはこういうことだったのだ。


視界が赤く染まっている。


全身がとても痛い。

前進がとても痛い。

身体中が引き裂かれている。

身体中が自然と引き裂かれている。


『*******!!!!』


目の前の男が何かを叫んでいる。

でも僕には何も聞こえない。

いや、実は聞こえているんだけど言語に聞こえない。

理解出来ない言語としてしか認識できない。

だから僕は、その声が何を言ってるかわからない。

何故、その人の左腕が吹き飛んでいるのかもわからない。

何故、その人が、土の塊を僕に向かって飛ばしてきているのかもわからないし、それが一切僕に当たらない理由もわからない。

ただ、それを避けている時、とても背中が痛く、身体の力が抜けると同時に、力が湧いてくるという不思議な感覚を味わっている。

いつ振ったかわからないけど、今度はその人の右腕が吹き飛んだ。

真っ赤な視界の隅にちらっと映ったのは真っ赤な鎌。

血管のようにドクドクと脈動している鎌は、どうやら僕の腕のようだ。

多分、あの人は僕の友達だった人なのだろう。



『●●●●●!?!?!?!?』


目の前の女が何かを訴えている。

多分、泣いているんだろうけど、僕の腕に抱きついてくる。

よくわからないけど、その女の身体が光っている。

僕はまた、とても背中が痛くなって、城壁の壁にその女ごとぶつかる。

その衝撃で肺が傷を負ったためか、血が混じった咳をした。

女の方も同じだったが、僕をにらみつける目は、血と共に涙を流していた。

今度、僕は気づいたら空高く浮いていた。

そのまま、落下しつつ、その女を地面に叩きつける。

その女は、一瞬白目をむきかけるが、僕を睨む目を閉じない。

僕の両腕の鎌でも、その輝きが消せないものか。

そう思うと同時に、彼女の両目を一線。

一筋の赤い筋が入る。

彼女の目を潰すと同時に、なぜか心地よい快感を得る。

でも、それは長くは続かない。

光を得られなくなったその目は、ずっと僕を同じようににらみ続けている。

痛みで泣き叫んでもいいはずなのに、その女は、両目から、光を得ていない目で僕を睨み続けている。

あぁ、多分あの人は僕の妹だった人なのだろう。



『・・・・・・』


その人は何も言わない。

ただただ背中で手を組み、僕を見つめながら、周辺に浮いた顔から光を飛ばし、僕を消そうとしてくる。

僕は両手、移動を繰り返しながら彼に近づこうとするが、そのたびに何かにぶつかるような感覚を得る。

それは大きな見えざる手。

それは時折殴る。

それは時折はたく。

それは時折振り下ろされる。

主変に浮いた顔は端正な美男美女。しかしその口からはとめどなく光があふれ僕を狙う。

見えざる両手が優しく僕を包んだかと思ったら握りつぶそうとしてくる。

僕は思わず口から叫び声をあげ、その包囲を解こうとする。

そう思ったら、僕の肩、背中、両手、両足から無数の鎌が生え、見えない手を切り刻む。

見えないはずの手から、おびただしい量の血液が噴き出る。

その人は表情を変えないが、額には脂汗が浮いている。

僕は永遠にも感じるその人への距離を、自らの鎌を足代わりに、背中から生えた『何か』の力で、一瞬で距離をゼロにする。

もう少しで密着するぐらいの距離で眺めたその人の顔は、苦痛で歪んでいるようだった。

何を言っているかよくわからないが、最後には笑っているように見えた。

だから僕も笑った。

酷く滑稽だった。

俺は笑った。

多分この人は、僕の師匠だった人なんだろう。



いつからそうしていたのかわからない。

周りに無数の人型の何かが転がっている。

視界が全て赤いせいか、周りのどこが血なのか、どこが普通なのかわからない。


『ケタケタケタケタ』


耳障りな声が聞こえる。

遠くで何か女性の笑い声が聞こえる。



『△△△△△△△△。。。。』


ゆっくりと遠くから女性が歩いてくる。

来るなと思った。

何故そんなことを思ったかわからない。

そんな思いとは裏腹に、俺はその人に接近する。

無数の鎌を振りかざし。

血液をまき散らし。

周りの異物達の臓物をまき散らしながら。

酷く背の低い彼女に接近し、俺の口から溢れる血かよだれかが彼女にかかり、彼女の顔や、ドレスを赤く染めていく。

その白い肌が、白いドレスが、赤く染まっていくのがどうしようもなく俺の欲を満たしていく。

でも、その顔は、何の表情も浮かべておらず。

ただただ僕の首に手を回し、弱弱しい力で僕を抱きしめる。



『ケタケタケタケタ』

『△△△』


耳元で聞こえるその女性の少し低めの声は、ケタケタと笑う遠くの声に対して何かを言っていた。

いや、遠くではない。

そのケタケタという笑い声は、僕の右側から聞こえてきた。



『次は君って言ったじゃんか、気を付けないとダメだよねぇ』

『△△△』


声が聞こえる。

僕の右側から。

もはや原型をとどめていない、鎌の手で自分の右側を触る。

口ではない、もう一つの口が、僕の右ほほに出来ていた。

それに気づいた瞬間、自身の持つ全ての鎌を自分の右ほほに向けて振りかざした。


血が噴き出る。


当たり前だ。


だけど当たり前出ないのが一つある。


僕自身が出血していない。

出血しなければならない場所から血が出ていない。


その血はとても暖かく、あってはならないものだった。


その血は、上からも横からも降り注ぐ。


その血の持ち主は笑っていた。


その血を見て、右ほほの口は笑っていた。


『バカだ、バカが居る!! 信じられないバカが居る!!!』

『△△△△』


その血の持ち主は俺を見て笑った。

その血の持ち主は、僕を見ながらどんどん生気を失っていった。

でもまだ立っている。

その血でまみれた手で、僕の左ほほを撫でた。


『どうしようもない男だな、君は』


その女性の低い声が僕に聞こえた。

何故かその言葉は認識出来た。

そう言ってほほ笑んだ彼女は、その場に倒れてバチャリと音を立てる。

自分の出した血に溺れるように。

少し痙攣した後、動きが止まった。


『なぁ、どうしようもないバカな男さんよ、どうするの?どうするの?』


甲高い女の声は俺に話しかける。


『このままなの? このままなの? ここまでなの?』


甲高い女の声は僕に話しかける。


切磋琢磨していた相手を僕は切り殺した。

生きる理由だった相手を俺は叩き殺した。

全てを与えてくれた相手を俺は見逃した。

あらゆることを教えてくれた相手を僕は、俺は刺殺した。


そこまでやって、僕は、ようやく見つけた。


その人は確かに口が二つあった。

確かに口が二つあったのだ。

だが、その口はどこにあった。


その口は。僕の右側にあるのだ。

だから僕はその口を。

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