6.夜桜‐斗希之丈side
用を済ませた斗希之丈は急いでいた。自分自身の用に一番時間がかかってしまい、愛以子との約束の時間に遅れそうだ。女性を待たせるなんて失礼にあたる。斗希之丈は出来るだけ早く移動しようと走っているのだが、不意にこんなことを思った。
(夕子と城下町の桜の夜の催し事、見たかったな……)
玖九良城に奉公する前は、夕子とはただの幼なじみという関係性だったから、城下町で行われる桜の夜の催し事に行ったことがない。桜を“見る”ということは何度も夕子と一緒に見ているが、夜に待ち合わせをして、桜を見たことはなかった。
(初めては、夕子と見たかった……)
そこまで思って、頬が赤くなるのを自覚した。
(なのに、なんでアイツは……)
走っていたのに、いつの間にか立ち止まっている。これでは、愛以子との約束に間に合わない。すると、前から砂利を踏む音が聞こえてきた。
「斗希之丈様、どうかなさいましたか?」
目の前には愛以子がいた。
「どうして……」
「なんだか、ソワソワしてしまって……。夜馬之助様以外の男性とこうして夜に桜を見るのが初めてで……。それに、待っているより、探した方が早いかなって思いましたから……」
「えっ、時間……」
懐に持っている、懐中時計を見ると約束の時間を過ぎていた。
「申し訳ない。愛以子さん」
「いえ、大丈夫ですよ。私も少し遅れてしまったので……、お互い様です」
そう言って、微笑む愛以子を見ていると、夕子が時々見せる嬉しそうな顔が浮かぶ。
「夕子……」
不意に口から漏れた名前。自分でとっさに口を手で押さえる。
「大切なんですね……。夕子の事」
嘘を言っても仕方がない。それに愛以子に聞いてもらいたかったのは、夕子の事。愛以子と夕子は、夕子が斗希之丈と一緒に玖九良城に奉公しに行ってしまう前から、よく一緒にいたのを覚えている。
「はい、スゴく。だからこうして、夕子以外の女性と夜桜を見るのが、夕子に悪い気がして……」
「一緒ですね。でも、いつも夜馬之助様と一緒に見ているここは、提灯の形で区別しているから大丈夫ですよ。ほら……」
愛以子に指差されてみた所にはこう書かれていた。
“丸い提灯は桜の夜の催し事。四角い提灯は夜桜見物”
それを見て、なんだかホッとした。
「ありがとう、愛以子さん」
「行きましょう、斗希之丈様。夕子と……夜馬之助様のお話、たくさん聞かせてください。もちろん、斗希之丈様のお話も聞きます」
そうして、斗希之丈は愛以子と様々な話をしていたら、あっという間に時間は過ぎていた。そして、斗希之丈は、夜桜を見終わって帰る愛以子を桜木道場の前まで送り届けていた。
「今日はありがとうございました、愛以子さん」
「いえ、私の方こそ、ありがとうございました。それに私の話も聞いていただいて」
「いえ、それぐらいなら、いつでもしますよ。といっても、来年以降は──」
その言葉に、小さな笑みをこぼす愛以子につられて斗希之丈も笑みをこぼす。
「それじゃあ、おやすみなさい。愛以子さん」
「はい、斗希之丈様もお気をつけください。おやすみなさい」
桜木道場を後にして、斗希之丈は久しぶりの実家に帰る。その帰り道、愛以子が決めたことを思いだした。
(ヤマ、お前は幸せ者だな……。愛以子さんにあんなに想われていて)
それを思うと、斗希之丈は夕子に逢いたくなっていた。