5.お誘い‐斗希之丈side
夜馬之助の手紙に作られた大きな墨の滲みを見て、笑みがこぼれる。
(そんなに驚かなくても……、イヤ、ヤマの事だから本気にきこえたんだろう……)
斗希之丈には玖九良城で共に奉公している夕子という幼なじみの女中がいる。その女中の夕子と毎年、玖九良城で開かれる桜の夜の催し事を一緒に楽しんでいる。その時に言われた夕子の一言で、斗希之丈はこうして、今年は城下町に来ている。
(夕子のヤツ……──)
夕子の事を考えながら歩いていると、いつの間にか桜木道場に着いていた。
(はぁー……)
ため息を付きながら、桜木道場へ行くとそこには小さな門下生達がたくさんいた。その邪魔にならないように、桜木道場に玄関まで行くとそこには、ちょうど、愛以子がいた。
「あの……」
久しぶりの愛以子の姿に心の奥の方にしまいこんだ“初恋”が顔を覗かせる。だからといって、それが表情に出る斗希之丈ではない。
「はい、なんでしょう」
愛以子の返しにほんの少しだけ落ち込む。
(やっぱり、覚えてないか……。オレの事……)
「夜馬之助からの手紙を預かってきたので、届けに来たのです」
そう言って、手紙を渡す。愛以子はその手紙を受け取り、一言、斗希之丈にお礼を言ってから、直ぐに読み始めた。誰だって、大切な人からの手紙の内容は特に気になる。その様子を見ながら、斗希之丈は夜馬之助に言った通り、愛以子を“桜の夜の催し事”に誘うおうと、口を開こうとしたとき、愛以子にこう言われた。
「……夜桜、見に行きませんか? 私と……」
「へ?」
まさか、愛以子からそう言われるとは思っていなかった斗希之丈の口から間抜けな声が漏れた。その様子を見た愛以子が夜馬之助からの手紙の一部を見せてくれた。
“某の代わりに、愛以子殿と夜桜を楽しんできてほしい。それから、余計なお世話かもしれないが、女子の事は某よりも、愛以子殿の方がよくわかっている”
その一文を読み、斗希之丈は力が抜ける。
(ヤマだって、オレの事、よくわかってるじゃないか。冗談は通じないけどな……)
手紙に残された墨の滲みを見てそう思った。
「ありがとう、愛以子さん。見に行きましょう、夜桜」
斗希之丈の言葉に愛以子が頷く。そして、斗希之丈は預かっている残りの手紙と自分の用を片付けるために桜木道場を後にした。