4.手紙‐夜馬之助side
毎年、行われる桜の夜の催し事。その時期は必ず、愛以子と一緒に城下町の桜を見て2人の時間を楽しんでいた。だが、今年は違う。こうして、玖九良城で過ごすのは初めてだ。
(はぁー……、不甲斐ない……)
毎年、玖九良城ではこの時期になると、武術・剣術大会が行われる。そして、その優勝者には景品として、桜が咲いている時期だけ城下町に行くことが許される。それを知ったのは玖九良城で奉公を始めてからだった。だから、毎年、愛以子に逢えるように、その大会に毎年、夜馬之助は出場し、毎年、優勝していた。だが、今年は、夜馬之助と同じ時期に玖九良城に奉公し始め、幼い頃から桜木道場で顔馴染みの斗希之丈に負け、その上ケガまでしてしまった。だから、今年は城下町に行くことができない。そして、その事は正直に愛以子に、手紙で伝えてある。そして、愛以子からの手紙にはこう書かれていた。
“そうだったのですね。残念ですが、仕方ありません。早く良くなることを祈っています”
この文面は何度も見て、覚えてしまった。そして、同時にため息もついてしまう。自分の不甲斐なさに。そうしているところに、今年の優勝者である、斗希之丈がやって来た。
「ケガはよくなったか?」
斗希之丈との勝負でのケガはほとんど治りかけている。だから、その問いかけには頷くが、斗希之丈を見ていると、自分の不甲斐なさ、悔しさ、そして愛以子に今年は会えないという思いが浮かんできて、苛ついても仕方がないのに苛ついてしまう。
「そういえば、ヤマは愛以子さんに手紙はいいのか? 毎年、俺たちの手紙を城下町に行くからとヤマが集めて回ってくれていただろう。今年はオレの役目だから……」
(本当は、行きたくないんだよな……トキは)
夜馬之助と同じ様に斗希之丈にも想い人がいる。だが、その人はこの玖九良城に行儀見習いの女中として、玖九良城に奉公している。だから、斗希之丈は毎年、武術・剣術大会には出場していなかった。だが、今年は優勝を目指すと夜馬之助に宣言し、見事に優勝した。
(どんな理由かは、某にはわからないが、トキにはトキの事情があるのだろう……)
「ちょっと、待っていてくれ。直ぐに書く」
夜馬之助が愛以子への手紙を書き始め、少し経つと斗希之丈が夜馬之助にこう言った。
「今年の城下町での桜の夜の催し事……、愛以子さんと行っても良いかな? ヤマ」
その言葉に驚き、愛以子への手紙を書いている筆が止まり、半紙に大きな墨の滲みを作った。