9.桜の夜の催し事‐愛以子side
ついに、桜が満開になり、桜の夜の催し事が始まった。誰も何も言わないが、そわそわしているのが伝わってくる。だからといって、仕事の手を抜いて言い訳じゃない。愛以子はそのそわそわする気持ちを心の片隅においやり、仕事に集中した。
そして、その日の女中の仕事が終わり、夕子と一緒にお風呂に入り、夕子の決意を聞き、お風呂を出る。その女中部屋へ行く途中、夕子の想い人である斗希之丈とあった。すると、お風呂で言っていた、決意はどこへやら、夕子は愛以子の背中に隠れてしまった。
「おい、夕子。隠れるなよ」
斗希之丈の問いかけに、夕子は答えない。
「……去年は悪かった、誘わなくて。でも、去年は大事な用が、お前の親御さんにあったんだ……!」
斗希之丈は頬を少しだけ赤く染めながら、言っているのを見て、愛以子は自身の頬が赤くなるのを感じる。
(私に言ってるんじゃないのに……)
わかってはいるが、話の内容からして、2人の関係性はきっと、そういう事なんだろう。
「ジョウ……」
夕子が、愛以子の隣に出てきた。
「良かったわね、夕子。大事にされてるじゃない」
その愛以子の言葉にコクンっと頷く夕子。そして、斗希之丈はそんな夕子に近づいてきて横抱きにした。
「それじゃあ、愛以子さん。コイツかりるな……」
そして、斗希之丈が夕子の耳元できっと愛以子に聞こえてはいけない言葉が聞こえてきた。
“夕子……、覚悟しろよ……!”
そして、斗希之丈は夕子を横抱きにしたまま、愛以子に背を向けて歩き出した。そして、少しだけ見えた。耳や頬を赤くしている夕子が。
(ガンバってね、夕子)
そして、斗希之丈と夕子が行ってしまった方向から、夜馬之助がやって来た。それを見て、愛以子は少しだけ緊張する。そして、夜馬之助に向かって、歩き出す。
「愛以子、殿……、少しだけ、お時間を某に頂けますか? 夜桜を楽しむために」
夜馬之助は愛以子の前に立ち、愛以子の手に触れる。その手は少しだけ震えている。
(夜馬之助様も、私と同じ……)
それがわかると、先程まで感じていた緊張感が薄くなる。
「はい、喜んで」
2人は城内で桜の夜の催し事が行われるという部屋に着き、襖を開けて、少しだけ頬を染め見つめ合う。そして、目の前に敷かれている一組の布団を避けて、部屋の奥へ進む。そして、そこにある障子を開け、月明かりに照らされている大木の桜を眺めた。その桜は見事に咲き誇っていた。
「夜馬之助様は、今まで、こんなにキレイな夜桜を知っていたのですか?」
「えぇ。ですが、一番キレイな夜桜は愛以子殿と見る夜桜が一番キレイです」
その言葉に愛以子は頬を赤く染める。
そして、少しの沈黙の後、夜馬之助の手が愛以子の肩に触れた。愛以子が夜馬之助を見つめると、お互いに向き合うように向きを変えた。
「愛以子殿……、某と、一緒になってくれないか?」
夜馬之助の真剣な言葉を聞き、愛以子は頷く。すると、夜馬之助に抱き締められた。
「はい、よろしくお願いいたします。夜馬之助、様」
そして、夜馬之助が抱擁を緩めて小さな声で「口付けても?」と聞いてきた。愛以子はその問いかけに答える代わりに、まぶたを閉じた。そして、愛以子の唇に、ほんの少しだけ荒れた、でも優しい温もりが触れた。それは一瞬。そして、何度か繰り返されるそれ。お互いが至近距離で見つめあう。
「幸せです……」
「某も……」
そう言って、2人は肩を寄せ合い、桜を眺める。畳に映る2人の影は寄り添い合っている。それからの2人を見ていたのは月と桜だけだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。これで夜馬之助と愛以子のお話は完結ですので、一度、完結とさせていただきます。