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6:婚約破棄へ

 馬車に拘束され、身なりを整えられる暇もないまま、放り出された謁見室で、王はまるで明日の天気の話でもするように口を開く。


「シャーリー、と言ったか

 貴殿は聖女の名を騙ったそうだな」

「……違います!」

「ふむ?

 おかしいな……では何故クラリスが聖女なのだ?

 よもや聖女が二人存在するなど、おかしな話であろう」


 ニマニマと胸糞悪い言動で告げる王は、どうあれシャーリーが詐欺師であると言いたいらしい。

 そんな事は知らない、お前らが勝手に聖女にさせたんだろう! と訴えようにも「王が絶対である」という前提ではそんなものが覆るはずもない。横に立っている王子も、歪んだ笑顔を見せつけてきた。


「この者が僕をだまそうとしたなど……

 クラリスが居なかったら、僕は詐欺師と結婚する事になっていたのですね……」


「――っ!!」


 どの口がそれを――!


 望まない婚約。

 望まない聖女。

 望まない戦い。


 そうして彼女は気づいた。

 否……気づいていたが、彼女に考えられる程の思考能力が残っていなかったのだ。

 騎士も将軍も「逃げられるときにすぐに逃げろ」とシャーリーに言っていた意味が……。


 この国の王族はもはや腐敗し、ひどい悪臭がしている。

 恐怖で人を押さえつけ、支配し何もかもを奪い去っていくような、そんな悪魔のような国になっていると。


 彼らの言葉に耳を貸さなかったのは、シャーリーの失態だ。何度も彼らは献身的に癒しの力を使う少女に、忠告してくれたのだろう。


 逃げてもいいのだと。

 このおかしな国から、逃げて生きてもいいのだと。s


 だが、もう遅い。

 すべてが崩れ去った後だ。


「シャーリー・アンダーソン

 王子や騎士たちの心を弄んだ罪、この国の聖女を騙った罪は重い」


 王がつらつらとでっちあげた罪を告げる。絞首台の階段に登るのもすぐそこだ。


「が、聖女としての働きは見事だった

 ゆえに、貴様は国外追放のみにとどめてやろう」


 罰を軽くしたつもりなのだろう。

 少なくとも目の前にいる人間にとっての話だが。


 まともな金銭もなく、身体を売るにもこの成りではどうする事もできない。シャーリーにとって、死刑宣告も同義の内容。

 呆然とするシャーリーは、何か言う暇もないまま、再び手足を縛られた。


「黒い森にでも捨てればよいでしょう

 あそこには人食い狼もいると聞く」


「おお、そうであったな

 ではそこへ……二度と戻ってこられないであろう」


 あっさりと死刑にするよりも酷く、人としての尊厳すら削り去るような発言をする王子と王に、シャーリーの遅すぎる怒りは爆発した。


「お前たちは……呪われろ! 呪われてしまえ!!」


 怨嗟の声に王は笑うだけ笑うと、連れて行けと一言だけ告げて……あとは興味がなくなったように、次攻める場所を臣下と相談し始めていた。


「呪われろ――!!」


 舌を噛み切らないように布を詰められ、下着も同然な姿で、シャーリーは檻の中に入れられた。


 馬車は走り続け、光すら通さないような暗い森の中に入っていく。やがて夜との境目もなくなった頃、シャーリーは檻から出された。手足を縛られ動く事もままならない少女は、そのまま芋虫のように地面に転がる。

 近衛兵は、彼女を少しだけ憐憫の目で見た後で、何も言わずに走り去っていった。

 だが、彼の行為は正しい。シャーリーを助け出し連れ帰ったところで自分の命が無くなるだけだ。


「…………」


 どうしてこうなったのだろう。

 それだけがシャーリーの心の中で渦巻いている。チェスターが言っていたように、さっさと逃げてしまえば良かったのかもしれない。けど、毎日のように聖職者たちに見張られ、人としての尊厳をなくしてしまえばもう考える事は出来なくなっていたのだ。


「………………」


 じっとりと湿気を含んだ服は、彼女の体温を奪い去る。少しでも寒さを軽減しようと丸くなってみて、そこで何の意味があるのだろと考えた。どうせここで死ぬのだから、抵抗したって無駄だろう。ただ、縛られた手足と、殴られた場所だけが痛んだ。自分を回復させるという手段にたどり着く思考回路は、もうなかったのだ。


 だから、彼女は生きることを諦めた。


 そうして、どれだけの時間が経ったのだろう。数分かもしれないし、数時間かもしれなかった。暗い森の中では時間の感覚もわからず、それこそ何年もたっているかのようにすら感じてしまった。

 木々や枯れ葉を踏むような音が聞こえ、シャーリーは首だけを音のする方に向ける。この森に住む、人食い狼というやつなのだろうか。


 暫くして、暗闇で慣れた目に映ったのは、仔馬程もあろうかという巨大な狼の姿だった。

 狼はシャーリーを認識すると、そろそろと近づいてくる。


「……食べても、いいよ」


 力なく、それだけを告げれば狼は慌てたように走ってくる。


 ――きれい。


 暗闇の中、僅かばかりの月明かりが差し込む。きらきらと光を受けて輝く白銀の毛を持つ狼は、シャーリーを見つめるとべろりと頬を舐めてきた。温めるような行為なのか、それとも――


「たべても、いいよ」


 だから、もう一度同じことを告げて――シャーリーは目を閉じる。


 そこで彼女の意識は途切れた。


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