4:戦場にて
シャーリーが連れてこられたのは、王の言っていたウィルクス王国とアルス皇国の国境付近だった。
出迎えた男は、この場を指揮する将軍で赤い髪を短く整えており、人好きのするような茶色い瞳と、精悍な顔つき。将軍の名にふさわしい大木のような男だった。年はまだ若く二十代といったところか、将軍と聞いていたので年老いた男かと思っていたのだが――。
彼は少しばかり難しい顔をした後、シャーリーに挨拶をする。
「チェスター・フリントだ
この辺一帯を指揮している者だ。宜しく頼む」
「……はい、シャーリー・アンダーソンと言います……」
貴族の挨拶は分からないので、シャーリーは一つ頷く。チェスターとシャーリーが何か言う前に、ついてきた聖職者が割って入り、張り付けた笑顔のまま、チェスターに告げる。
「聖女であらせられるシャーリー様は私がお世話をいたします」
「……わかった」
「それで、さっそくですが患者やけが人はどこへ」
「おい、先に聖女……シャーリーちゃんを休ませるほうが先決だろ」
チェスターが告げれば、聖職者は首をがくり、とチェスターに向けそれがまるでおかしい行為であるように「何故?」と言ってきた。
「こちらは聖女様ですよ? 治すのが先決でしょう?」
「なっ、それじゃ治せるもんも治せないだろ」
だが、聖職者はそんな事はお構いなしで、シャーリーを怪我人たちが寝ているテントへと引きずっていく。中に入れば、うめき声と血の匂い……そして死臭がした。
「……っ……」
恐怖で怯える少女を押し出し、聖職者はまるで歌うように告げた。彼だけが異質で兵士たちは皆、驚いたような表情を向ける。
「さあ! 聖女様がいらっしゃいました!
皆さま、奇跡をお望みください!」
清潔な青の衣服に身を包んだ聖職者に対し、シャーリーはみすぼらしい平民が着るようなワンピースのままだ。おまけに見えるか見えないかの瀬戸際で、痣のようなものがあるのがわかった。
おかしいと思うには十分な内容だ。
兵士たちが何か言う前に、聖職者は正しい事をしているのだと言わんばかりに、シャーリーに兵士たちを回復させるように強制させてくる。その顔は、教会で老人がしていたものと同じだった。少女の顔がさっと恐怖に染まり、慌てて近場にいた兵士の一人を治療する。
「な……まじか」
滅多に大怪我をしないであろう人間は気づかないが、長年前線にいた兵士たちには、それは強力な治癒魔法だという事がわかる。そして、同時に彼女が教会にいかに虐げられたのかということも理解できた。
だが、目の前でニコニコと胡散臭い笑顔で見張られているため、少女に何か言う事もできないもどかしさが彼らを支配する。
「なあ、悪いんだがそう見られると緊張して、治るもんも治らねえよ
ちょっと離れていてくれないか?」
「ええ、わかりました」
だから、別の兵士がシャーリーと聖職者を離すように伝えれば、青い衣服の男はそっとある程度の距離を取った。シャーリーが治癒魔法を使っている間にそっと耳打ちする。
「いいか、あいつらから逃げたくなったら……いや、隙を見て逃げろ
俺たちなら大丈夫だから」
いざとなれば将軍であるチェスターに言え、と伝えたがシャーリーは感情の無い目でこちらを見て首を振るばかりだった。機械的に治療を施し、他の兵士の場所へと向かう。その姿は聖女というよりも、命令されて動く人形のようにすら思えた。
ああ、遅かったのかもしれない……。
そんな考えが過っていく。
痛むのは傷だったのか、それとも――
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