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2シャーリー教会に拉致される

相変わらず虐げられていますので注意ください。

 馬車から逃げることもできず、抵抗すれば殴られそうになり……恐怖で萎縮したまま連れてこられたのは、当然ながら教会だった。

荘厳な建物は、本来なら祈りをささげる場所のはずなのに、生きている音が聞こえないほど静かで、恐ろしいとすら思える。


一体どうしてと、疑問に思う前に腕を引っ張られ、広間に放りだされた。


「いたっ」


 べしゃり、と嫌な音がしてシャーリーは大理石の床に倒れこむ。すっとできた影に体勢はそのまま顔だけ上げれば、聖職者たる青い衣服に身を包んだ老人が立っていた。


「シャーリー・アンダーソンは君かな?」


 淡々とした感情のない声。

 優し気に見えるくせに、どこか恐怖を抱かせるような顔。

 まるで、シャーリーを救ってやろう、などという高慢ささえうかがえる。


 シャーリーは先ほど拉致されたときよりも恐怖を覚えた。少女の金色の目が大きく見開かれる。


 ――ここにいては、まずい!


直感だった。

思わず逃げ出そうとしたが、それよりも早く、老人が彼女の身体を押さえつけてきた。


「うっ――!」

「まあ、慌てるな……」


 しわがれた声は優しく、シャーリーの耳元で告げる。


「君には神託が下った

 君は今から――聖女となるのだ」


 せいじょ……その言葉は聞いた事はある。が、シャーリーには理解できないものだった。そもそも神への祈りで奇跡を起こす聖女というものは、おとぎ話の中に存在するものだと思っていたからだ。


魔法は存在し何かしらの現象を起こすが、奇跡は起こせない。

聖女奇譚のような死んだ者をよみがえらせることも、時をさかのぼる事もできない。


 それが常識だから。


「そんな……そんなものじゃ、私はありません!」


 だから強く否定し、自分は聖女ではないとシャーリーは叫ぶ。さっさと家に帰せと睨みつければ、聞いているのか、いないのか……身体を押さえつけたままの老人は、顔を歪ませあざ笑った。


「決めるのはこちらだ

 君に決定権はない」


 まるで自分たちが正しいかのように。


「シャーリー・アンダーソンは、間違いなく聖女である」


 その言葉が告げられた途端に、シャーリーの周りに控えていた聖職者たちが騒ぎ立てる。まるで、「待て」をしていた犬のように。中心にいる少女だけが、その異常から外れただ茫然と光景を見ているだけだった。


「聖女様!」

「我々に奇跡を!!」

「聖女様の誕生だ!!」

「聖女様!」


 口々に勝手な事を言い合い、シャーリーを崇めたてている。

 さあ、さあ! 奇跡を! と言われても彼女には何のことかわからない。慌てて違うと否定しても、悲鳴と狂気じみた奇声にかき消されていく。


「さぁ、奇跡を……」


 老人がそう言って、目の前にやって来たのは、軽い怪我をした男だった。慌てて首を振り暗に治せないと告げたが、次にやってきたのは激しい頬の痛みだった。


「っ!」


 ぱしり、と乾いた音がして、シャーリーは老人に叩かれたのだと自覚する。彼は、叩いたことなどなかったかのように、笑顔を顔に貼り付けたままもう一度告げる。


「さぁ、奇跡を……」


 街で普通に暮らしていた少女にとって、地獄の門を潜り抜けたに等しいことだった。



 できなければ叩かれ、言われた通りに祈りをささげても、何も起きなければ殴られる。返してと訴えても、彼らは聞こえないのか何もせずに心無い顔で笑うだけ。

 逃げ出そうとしても、捕まり――今度は老人が持っていた杖で背中を叩かれた。


「さぁ、奇跡を……」


 繰り返される言葉、繰り返される暴力。

 三日もあれば、人の心というものは簡単にぽっきりと折れる。


 シャーリーの精神は疲弊し身体にいくつも痣ができた頃、いつものように傷口に向かって祈りをささげる。当然、治る事もなく近くにいた聖職者が、罰――彼ら曰く、愛のある罰だそうだ――を与えようと手を振りかざしていた。


 諦めにも似た感情で、彼女はせめて痛くないようにと身構え――ふと、父の蔵書の中にあった記述を思い出した。それこそが彼女にとって、奇跡だったのかもしれない。


少なくとも、この場では。


 ――お願い!


 すると、突然男の傷が再生し始めた。聖女のような光に包まれ、跡形もなくなったものではなく、ただ傷口を塞ぎ、かさぶたが取れたような状態。


「奇跡だ! 奇跡が起きたぞ!!」


 奇跡でもなんでもない。魔法の根底ともいえる強い願い。

シャーリーは、祈りではなく「彼の傷を治してほしい」と願ったのだ。


「おお……おお! 奇跡が起きた……!

 間違いなく聖女である!」


 だが、それは地獄の始まりに過ぎなかった。


 シャーリーは、次々やってくる『怪我』をした――否、あるいはさせた――聖職者たちを治す事になってしまったのだから。

 擦り傷、火傷、打撲、骨折……。

 ありとあらゆる損傷に、もう考える事すら放棄したかった。


 やがて、死や欠損、致命傷以外の怪我なら治せるようになった頃、彼女は再び馬車に乗せられた。少しばかり抵抗してみせたが、やっぱり無理やり押し込められ……向かった先は王城だった。


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