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マッチを売ってくれと言われてももう遅い。世界に反逆するマッチ売りの少女

「マッチ……マッチ、いりませんか……?」


 女の子が、いっしょうけんめい大きな声を出し、マッチを売っていました。

 とても寒い冬の日です。

 息は凍えるほど白く、手はかじかみ、身体をガタガタ震わせて、それでも女の子は大きな声を出します。


「マッチ……。マッチ、買ってください……」


 けれど誰も振り返ってくれません。

 たくさんの人々が、お金を得るために忙しく歩いている町の中なのです。どんなに女の子が頑張って声を出しても、ほとんど掻き消されてしまいました。


「どうしよう……。今日も売れない……」


 女の子がマッチを売るのは、今日だけではありませんでした。

 雨の日も、風の日も、雪の日も、嵐の日も。

 来る日も来る日も女の子は町に立ち、大きな声でマッチを売り続けているのです。


 売れるのは、一日に一箱か二箱か。

 それで手に入るお金は、固くなった小さなパンを一つ買うことが出来れば良い方でしょう。


 それでも女の子はマッチを売り続けます。

 なぜなら以前、女の子はこの暖かさに救われたことがあるからです。


 どうしようもなく寒くて、寂しくて、凍えそうな夜。

 手元で灯った小さな灯り。

 それは小さな小さな、吹けば消えてしまうほど小さな灯りでしたが、確かにその灯りは女の子の心に希望の日を灯し、暖かく救ってくれたのです。


 だから女の子はマッチを作り、それを売り続けます。

 一人でも多くの人に、その暖かさを届けたいから。


 けれど


 ――ドンッ


「ってぇな! どこ見てやがる!」


 少しボーッとしていたのがいけなかったのかもしれません。

 女の子は歩いていた大きな男の人とぶつかり、転んでしまいました。


 ばらばらと地面に落ちてしまったマッチ。

 それを必死に集めると、女の子はすぐに顔をあげて男の人に言います。


「ごめんなさい。あの、良かったらマッチを買ってくれませんか?」


「あぁ? マッチだぁ? んなもん買うわけねぇだろ!」


 男の人はそう言うと、落ちていたマッチをグシャっと踏み潰し、去って行ってしまいました。


 女の子は泣きそうでした。

 いつもいつも泣きたい気分でした。


 どうして誰もマッチを買ってくれないんだろう。

 わたしはただ、みんなに暖かさを分けてあげたいだけなのに。


 ガチガチと、奥歯が寒さに震えます。

 転んでしまったために身体が冷えてしまったのです。


 女の子は立ち上がると、町の隅っこに移動しました。

 身体を暖めるため、マッチで暖を取ろうと思ったのです。


 売り物のマッチ。

 いつも寝る前にいっしょうけんめい作っている大事なマッチ。


 泣きそうになりながら、それを一本取り出すと、ボッ――。

 女の子は火をつけました。


 すると不思議なことが起こります。

 なんと燃え上がったマッチから、精霊が現れたのです。

 女の子が燃やしたマッチは、何千兆分の一で作られるという、奇跡のマッチだったのです。


「おぉ、健気な少女よ。我を呼び出したのはお前か?」


 精霊が語りかけてきました。

 女の子はビックリしながら、コクッと首を縦に振ります。


「そうかそうか。ではよいか? よく聞くがいい。我はマッチの精霊。マッチをこよなく愛する者の元に現れ、なんでも一つ願いを叶える存在だ」


「なんでも?」


「あぁ、どんな願いでも構わない。大金持ちになりたい。不老不死になりたい。王様になりたい。どんな願いでも一つだけ叶えてあげよう」


 女の子は、夢でも見ているのだろうかと思いました。

 でも、こんな幸せな夢ならずっと見ていたいとも思いました。

 だから頑張って考えます。


 大金持ちになって、何不自由なく暮らせたらいいなぁ。

 不老不死になって、いつまでも笑って暮らせたらいいなぁ。

 王様になって、たくさんの人に頭を下げられるのも面白そうだなぁ。


 色々な願いが女の子の頭をよぎり、けれど女の子はその全てを振り払いました。


 違うのです。

 そんなものでは満たされないのです。

 さげずまれ、蔑ろにされ、踏み躙られた日々の渇きは、ちょっと幸せな程度で癒されるほど生温くねぇのです。


 女の子の中に、炎が灯りました。

 暗い、暗い、復讐の炎です。

 マッチだけに。


「願い、決まったよ」


「ほう。では聞かせてもらえるかな?」


「わたしの願いはね、『世界中で、わたしが作ったマッチ以外で火が着かないようにして』っていうこと」


「……ん? どういうことかな?」


「だーかーらー。わたしが作るマッチ以外では、誰も火をつけることが出来なくなるの。ライターでも、ガスレンジでも、火炎放射器でも、原始的な火起こしでもダメ。あらゆる着火をわたしのマッチ以外では不可能にするの」


 精霊は困惑しました。

 マジ困惑。

 この子なに言ってんの?

 それ世界がやべぇって。


 そんな感じ。


「できないの?」


 しかしそう聞かれると、首を横に振るわけにはいきません。

 精霊にもプライドがあるのです。一度「なんでも叶えられる」といったのに、今更撤回は不可能でした。


「で、出来る……ぞ?」


「じゃあやって」


「だ、だがな? それをすると世界中の人が困るのではないか?」


「今までずっと困らされてきたのはわたしなの。だから今度は世界中の人が困る番なの。それだけでしょ? なにかまちがってる?」


「お、おぅ……」


「分かったらさっさとやって。これ以上わたしを困らせないで」


 かくして世界から炎が消えたのです。

 そして女の子は、たっぷり三日ほど引き篭もりました。

 何故なら、その方が効果的だと思ったからです。


 晴れて三日後。

 町の中に現れた女の子は衆目を集め、人々の前でマッチを擦ってみせました。


 ――ボッ


 それは小さな種火です。

 けれど人々は、すでに世界から火が失われたことを知っていました。


 人の文明は火を利用するところから全てが始まったのです。

 火を失うということは文明を失うということなのです。


 誰もが絶望し、けれど誰にもどうしようもなかったのです。


 そこに現れた炎。

 それは確かに、人々の心に希望を取り戻させる炎でした。

 マッチだけに。


「う、売ってくれ! そのマッチを俺に売ってくれ!」


 最初に声をあげたのは、いつか少女にぶつかったあの男です。

 男は手に硬貨を握り締め、そのマッチを売ってくれと叫んでいました。


 売りたくて、買って欲しくて、でもほとんど売れなかったマッチ。

 それが今、たくさんの人々から「売って欲しい」と願われているのです。


 だから女の子は言いました。


「今更売ってくれとか言われてももう遅いんですけど? ってかなに? そのはした金。そんな小銭で買えるわけないでしょ?」


 当たり前でした。

 いまやこのマッチは、世界でただ一つ、火をつけることが出来るマッチなのですから。

 女の子に比べればずっと身なりの整った男でしたが、それでも普通の町人でしょう。

 つまり女の子からみれば、てめぇに売るマッチなんかねぇんだよカス、ってなもんです。


 その後、町はパニックでした。

 次から次に人が殺到し、お金の投げ合いが始まったのです。


 結局この日、マッチは完売しました。

 しかもマッチ一箱で、家を建てられるほど高値での取引きです。

 ストップ高などありません。数に限りがあると言われれば、際限のないマネーゲームに突入なのです。


 こうして女の子は大金を手にしました。

 大豪邸を建て、警備を雇い、たくさんの使用人を傅かせる日々なのです。


 けれど女の子は、マッチ作りを休んだ日はありません。

 一箱で、せいぜい二十本しか入っていないマッチ。まだまだ求める人が後を絶たないからです。


 ですがそれも、最近ようやく落ち着いてきました。

 相変わらず女の子のマッチ以外で着火することは出来ませんが、一度起こした火を種火とし、それを絶やさないようにすることで、火の需要は少しずつ減少し始めたからです。


 なんとも小賢しいことだ……。

 と女の子は思いましたが、しかし自分とていつまでもマッチを作り続けるわけにはいかないので、ある意味助かったとも言えるでしょう。


 お金の貯えは、死ぬほどあります。

 世界の富の半分くらいが女の子の手元にあるのです。

 ならばもう、マッチを作る必要も、苦労する必要もないかもしれません。


 そうして悠々自適な日々を送り始めていた女の子でしたが、ある日、転機が訪れました。


「どうして水がでないのっ!!」


 なんと水道から水が出なくなっていたのです。

 いえ、水道からだけではありません。

 お風呂も、おトイレにも、どこにも水がないのです。


 この異変は、女の子の家だけではありませんでした。

 世界中から水が失われ、大混乱になっていたのです。


 だから女の子は気付きました。

 こんなふざけた真似が出来るのはアイツしかいません。


「マッチの精霊……っ! 誰かが引き当てやがった……っ!!」


 二度目に起きた奇跡が、女の子以外の人に買われてしまっていたのです。

 そしてそいつは、かつての女の子と同じ方法で、世界を混乱に陥れたのです。


 許せませんでした。

 わたしの真似をするとか、ぶっ殺すぞ、でした。

 とりわけ、おトイレの水が流れないのマジファック、でした。


 そこで女の子は、自分の持てる資産、持てる権力、持てる伝手をフル動員し、水を売っている者を探すことにしました。

 水の枯渇した世界で、今水を売っている者。そいつこそが怨敵なのです。


 ですが、数日経ち、数週間経っても、敵は姿を現しませんでした。

 狡猾です。ヤツはマッチで願う前に、火を起こせなくなったのもこの精霊のせいだと気付き、ならばきっと自分を探そうとする者がいることに気付いていたのです。


 そうして表舞台から姿を隠し、ヤツが着々と富を集めていることに、女の子は大層ご立腹でした。

 それに女の子が掻き集めた巨万の富も、水を買い漁るため、日々減り続ける一方なのです。

 金は命より重いのです。削り取られる富は、まるで身を切り刻まれるかのごとくなのです。


 つまりこれは、戦争でした。


「必ずその尻尾を掴み、暗がりから引き摺り出し、ハラワタ食い千切ってくれるっ!」


 鬼がいました。

 女の子は鬼と成り果てたのでした。


 その日から女の子は、ますます必死に謎の存在Xを探し始めました。

 潤沢な資金を湯水のように使い、ヤツを探し出すのです。水だけに。


 そんな日々が、五年、十年と続きました。


 疲弊しました。

 女の子は心身ともに疲れ果てました。

 もはや資金も底が見え始めています。

 浪費した時間とお金は戻りません。

 覆水盆に返らずなのです。水だけに。


 やがて女の子は考えるようになりました。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 いまさら存在Xを探し出して、自分はどうしたいのか。

 自分が本当に探しているのは、果たして存在Xなのか。


 考えます。

 女の子は、いつしかそればかりを考えるようになりました。


 そしてようやく気付きました。

 自分がどうしてマッチを売っていたのか。自分がいったい何を探していたのか。


 あぁ。

 今頃こんなことに気付くなんて……。


 女の子は、ふと懐かしくなって、マッチを作ることにしました。

 そして作ったマッチを擦ると、ボッ――。

 小さな小さな炎が灯ります。


 すると――


「おぉ、健気な少女よ。我を呼び出したのは…………またお前かぁ……」


 精霊が現れました。

 三度目の奇跡が女の子に舞い降りたのです。

 奇跡は奇跡とは思えないほどげんなりした顔でした。


「あぁあぁ、分かっておる。どうせそなたのことだ。水を元に戻せと言うのであろう? それとも水を独占した者を八つ裂きにしろ、か? まぁ良い。呼ばれてしまったのだから仕方ない。さぁ、願うが良い」


 ひどい偏見でした。

 けれど仕方ないことかもしれません。

 全ては自分の招いたことだと諦め、女の子は大きく息を吐き出しました。


 ――本当は、最初にこう願えば良かった。


 だから願います。

 女の子の、本当の願いを。

 願いは、とうの昔に決まっていたのです。


「■■■■■■■■」


 精霊は驚きました。

 まさかこの女の子から、そんな殊勝な言葉が聞けるとは思っていなかったのです。


「分かった。けれど、お前はそれで良いのか? 富と権力を独占したかったのではないのか?」


 女の子は、もう一本マッチを擦りました。

 なんの変哲もないマッチです。

 二人目の精霊が現れるなどということはありません。


 けれど女の子は、その優しい炎をジッと見詰めるのです。


「それでいいよ。……ううん、それがいいの。だってこの灯りは世界中には届かないけれど、擦った人の心を暖かくしてくれるものだから」



いきすぎた資本主義は人々に幸福をもたらすのか否か、というテーマがあったとかなかったとか。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえばここはなろうだったと思い出させてくれる作品でした。 「今更もう遅い」ブームが童話にも到達したのですね。 けれど、ハイファンの流れとは違い、最後に女の子は優しい気持ちを取り戻した。…
[一言] 冬童話にも「もう遅い。」の波が! 途中で「もう遅い。」に走ってしまった少女の気持ち、よくわかります。一生懸命に頑張ってきたことが報われずにたくさん傷ついてしまったから、大きなチャンスを目に…
[一言] どうやることやらと思いながら読み進めました。 最後は優しい結末になって良かったです。
2020/12/17 16:11 退会済み
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